Route:017 - 幽霊列車と無人の駅
「ん……?」
「ルナ、どうかした?」
それはいつも通り、AIアシストに任せてキャンピングカーを走らせていた時のこと。
助手席のルナが、タブレットを覗き込みながら不思議そうな顔をしていた。
「これ見て」
「ん?」
差し出された画面には、路線図のようなものが表示されている。けれど、駅名や地名の部分が、あの湖の時と同じように激しく文字化けしていた。
『■■駅』『Te#s%t...』といった具合に。デジタルデータなのに、まるでインクが滲んだみたいになっているのが不気味だ。
「これ、運行情報?」
「ん。この先の駅、現在進行形でダイヤが動いてる」
「え、まさか」
人類が消えてから、もうずいぶんと経つのに?
「どれどれ」
私はルナが指差した方角へ車を向けた。
森を抜けた先に現れたのは、驚くほど綺麗な状態で残っている高架線と、ガラス張りのモダンな駅舎だった。
今まで見てきた建物はどれもツタに覆われた廃墟ばかりだったのに、ここだけ時間が止まっているみたいに白い壁が輝いている。
――ガタン、ゴトン。
「え」
「ん」
車を降りた私たちの耳に、聞き覚えのある音が届いた。鉄の車輪がレールの継ぎ目を叩く、あの独特のリズム。ノスタルジックで、どこか寂しい響き。
私たちは顔を見合わせ、吸い込まれるように駅舎へと向かった。
自動ドアはスムーズに開き、涼しい空気が流れ出てくる。
コンコースの照明は全て点灯していた。
広告サイネージも生きていて、誰もいない空間に向かって新製品のスマートウォッチや、旅行会社のツアーを宣伝し続けている。
「いらっしゃいませ。改札通過の際は、ICチップをかざしてください」
改札口に立つホログラムの駅員AIが、私たちを見て定型文を喋った。
その映像は少しノイズが混じって明滅しているけれど、機能は死んでいない。
「……なんか、変な感じ」
「まるで営業中」
私たちは壊れて開放されたままのゲートを通り抜け(ホログラム駅員は笑顔のままスルーしてくれた)、エスカレーターでホームへと上がった。
そこには、近未来的な流線型の車両が停車していた。
窓から漏れる温かな光。
運転席も車掌室もない、完全自律走行型の列車だ。
「電車!! 動いてるの見るの、いつぶりだろ」
「ん……懐かしい」
よく見れば、天井にあるパンタグラフは降りたままだ。架線はあるけれど、電気は取っていない。
この車両も私たちの『ポラリス』と同じ、超小型核融合バッテリーを搭載した最新型なのだろう。
エネルギーが尽きるその日まで、あるいは車体が朽ち果てるまで、プログラム通りに走り続ける幽霊列車。
――ピンポンパンポーン。
あまりに聞き覚えのある、軽快な発車メロディーが流れる。
天井のスピーカーから、合成音声のアナウンスが響いた。
『■■■行き、発車いたします。次は、ザザッ……■■、■■です』
「駅名は……やっぱり、聞こえないね」
「ん。肝心なところだけノイズが走ってる」
『扉が閉まります、ご注意ください。駆け込み乗車はおやめください』
プシュー、という音と共にドアが閉まる。
中に乗客は一人もいない。空気だけを載せて、電車は滑るように加速し、遠くのカーブへと消えていった。
「……なんか、寂しいね」
「うん。運ぶ客も居ないまま、永遠と走り続ける」
利用する人間だけがいなくなった世界で、機械たちだけが忠実に役割を果たしている。その健気さが、胸を締め付ける。
ホームに残された私たちは、赤いテールランプが見えなくなるまで見送ってから、来た道を戻ることにした。
駅のコンコースに戻ると、喉が渇いていることに気づいた。
「あ、自販機生きてる」
改札横の自販機コーナー。
最新のタッチパネル式だ。電子マネー対応のマークが光っている。試しにスマホをかざしてみたけれど、『通信エラー』の赤い文字が出るだけだった。
「だよねー。サーバー落ちてるもんね」
「ん」
「もしかして、小銭ならいけるかも?」
私はしゃがみこんで、自販機の下や釣り銭口に指を突っ込んでみた。
昔の漫画とかでよくある、ラッキーな小銭拾いである。もしかしたらワンチャン、500円玉くらい落ちてるかもしれない。
「……ユキ」
「なに?」
「何やってるの……」
「いや、もしかしたらと思って」
ルナが呆れたような、でも少し温かい目で私を見下ろしている。まあ結局、埃まみれの10円玉が一つ見つかっただけだったが……これじゃあジュースは買えない。
「残念。やっぱり『ポラリス』の冷蔵庫が最強だわ」
「ん。帰って冷たいお茶飲もう」
私たちは無人の駅を背にして、愛車の待つ場所へと歩き出した。
(続く)
こういう、背景はシリアスだけど主人公たち視点ではまったりとした感じで進行します。
廃墟巡りじゃいいぞ(?)




