Route:015『三大欲求と、世界で一番静かな黒白』
お ま た せ ?
百合注意。
長い橋を越え、再び陸地に戻ってきた私たちは、日が暮れるまで車を走らせた。
辿り着いたのは、海沿いの小さな町――の残骸だ。
「廃墟だね」
「ん」
廃墟というより、崩壊した町。
屋根が抜け落ちた家々、ガラスの割れたコンビニ。
こうした光景は道中で何度も見てきたけれど、夕暮れ時の廃墟はどこか物悲しい。
「所々、街灯が点いてる」
「うん。他の町と同じ」
生き残ったセンサーが夜を感知して、ポツポツとオレンジ色の明かりが灯り始める。
住民のいない町を照らす、無意味で優しい光だ。
「もう日も暮れるし、今日はここで休もうか」
「ん、賛成」
私は適当な空き地に『ポラリス』を停め、エンジンを切った。
夜の運転はリスクが高いし、何より私たちには睡眠が必要だ。
「ふぁ……お腹空いたね」
「ん。夕飯にする」
リビングのソファに二人並んで座りながら、私はふと、どうでもいいことを思い出した。
「そういえば、人間の三大欲求ってあるじゃない?」
「……急に何」
「えっと確か、食欲、睡眠欲、あと一つなんだっけ?」
「……性欲」
「そうそう、それ」
缶詰を開けながら、私は軽い調子で続けた。
「食欲と睡眠欲は私たちも普通にあるけど……真ん中の性欲についてはどうなんだろうね? 私もルナも、そんなの色気のない生活だし」
「……」
「崩壊前も、そんな浮いた話なかったしなぁ」
そこで私は、魔が差したように聞いてしまった。
隣で静かにスープを飲んでいる相棒に。
「……ねえ、ルナは」
「?」
「性欲って、強いほう?」
「っっ!?」
ブフッ、とルナがむせ返る。
白い肌が瞬く間に真っ赤に染まり、頭から湯気が出そうなほど動揺しているのが分かった。
「……っ、バカユキ!」
「痛い、痛い痛い!」
ルナがポコポコと私の肩を叩いてくる。
小動物みたいな可愛らしい怒り方だけど、顔は本気で赤い。
「な、なんてこと聞くの……デリカシーない」
「ごめんごめん。ほら、三大欲求の話の流れで、つい」
「……最低」
ルナが拗ねて、クッションに顔を埋めてしまった。
うーん、これは失敗したかな。空気を変えようとして、私は慌ててフォローを入れる。
「そ、そういう私はね? 別にそこまで強くないかなって思うんだ。自分でも枯れてると思うし」
「……でも?」
「え?」
クッションの隙間から、金色の瞳がじっと私を見ている。その視線に射抜かれて、思考回路がショートした。
――心の奥に隠していた本音が、ポロリと口から零れ落ちる。
「……あー、でも。ルナとなら、してもいいかなって」
「!!!?」
――時が、止まった。
あ、やば。
自分の発した言葉の意味を脳が理解した瞬間、冷や汗が噴き出した。
何を言ってるんだ私は。これじゃまるで変質者じゃないか。あわてて口を塞いだけれど、覆水盆に返らず。言葉という弾丸は、もう発射された後だ。
終わった。嫌われた。軽蔑された。
こんなこと言ったら、もう友達には戻れない――。
「る、ルナ、今のは冗談というか、言葉の綾で……」
「……いいよ」
「え?」
弁解しようとした言葉が、宙に浮く。
今、なんて言った?
「ルナ?」
「……いいよ。わたしも……ユキとなら、いい」
顔を上げたルナは、耳まで真っ赤に染まっていた。けれど、その瞳は潤んでいて、どこか熱っぽい。いつもクールな彼女が見せる、とろけるような色気。
「る、ルナ……正気?」
「ん。正気」
ルナが私の服の裾をぎゅっと掴む。
「わたし、ユキのこと前から好きだったから」
「っ!?」
心臓が、早鐘を打つ。
嘘ではない。ルナの真っ直ぐな瞳を見れば分かる。これは、彼女の本心だ。
「好きってその……そっちの意味で?」
「ん……友達(Like)じゃなくて、愛してる(Love)のほう」
「!」
決定的な一言。
世界が滅びる前なら、関係が壊れるのを恐れて言えなかった言葉。でも今は、世界に私たち二人しかいない。
「ユキは……どうなの? わたしのこと、好き?」
「……」
ルナが身体を寄せてくる。
甘いシャンプーの香りと、彼女の体温が私を包む。
逃げられない。いや、逃げたくない。
私は自分の胸に問いかける。Likeか、Loveか。
答えなんて、とっくに出ている。
関係が変わるのが怖くて、「鈍感なふり」をして蓋をしていただけだ。
「……もちろん」
「それは、どっちの好き?」
ルナが逃がしてくれない。
私は観念して、大きく息を吐いた。そして、震える声で告げる。
「好きだよ。私も、ルナのことが好き」
「……ん」
「もちろん、Loveのほうで」
言った。言ってしまった。言葉にした瞬間、胸のつかえが取れたみたいに軽くなる。
――ああ、なんだ。最初からこうすれば良かったんだ。
「ユキ……」
「……ルナ」
外の街灯の光が、車内に差し込んでいる。
薄暗がりの中、お互いの顔が近づく。
ルナがゆっくりと目を閉じた。
「ん……」
触れ合った唇は、驚くほど柔らかくて、温かかった。
世界が終わってから一番静かで、一番熱い夜が、こうして幕を開けた。
(続く)
はい、ということで。
過去作と同じくらいのところでこうなりました。
黒白→こくはく
黒→ルナ 白→ユキ




