Route:014『水面を渡る橋、孤島の塔』
「でっかい橋」
「ね。向こう岸が見えない」
巨大な湖にかかる、これまた巨大な橋。
『ポラリス』は今、水面から数十メートルの高さを走っている。
この湖の名前は確定しなかったけれど、対岸へと続く立派なアーチ橋があったので、私たちはそこを渡ることにした。
橋の欄干は錆びついているけれど、崩落している様子はない。タイヤが継ぎ目を越えるたびに、タタン、タタン、とリズミカルな音が響く。
「……あれって、灯台?」
橋の中ほどに差し掛かった時、私は左手の窓の外に見えた奇妙なオブジェクトに目を留めた。ハザードランプを点滅させ、広い路側帯に車を停める。
「ん……いや、灯台っぽく見えるけど、展望台かも?」
二人で車を降りて、欄干から身を乗り出す。
湖面から突き出すように、白い塔が立っていた。てっぺんにはライトのようなものが見えるけれど、奇妙なのはその立地だ。
「湖の中に灯台って、あるもの?」
「ないと思う。船の目印だとしても、普通は岸に建てる」
そう。普通、灯台は岬の突端とかにあるものだ。
でも、あの塔の周りには「陸」がない。
コンクリートの基礎が直接水に浸かっていて、そこへ至る道も、桟橋すらも見当たらない。まるで孤島だ。
「あれ、行く手段ないよね?」
「うん。ボートでもないと無理」
何がどうしてこうなったのか。
答えは一つしかない。
「この様子だと……水位が上がって、元々あった陸地が沈んじゃったのかな」
「ん。地球温暖化による海面上昇。湖でも同じことが起きてるのかも」
かつてはあそこまで湖岸だったのだろう。
それが水に飲まれ、あの塔だけが墓標のように残された。そう考えると、キラキラと輝く湖面が、少しだけ恐ろしいものに見えてくる。
「でも、どうしてライトとか付いてるんだろう?」
「多分、あれも独立したソーラー電源なんだと思う」
「あーね。ソーラー発電は便利だものね」
誰もいない塔の上で、チカチカと点滅する航空障害灯。あれもまた、人間を待ち続けている機械の一つだ。
「ん。ただ天気が悪いと、思ったより発電できないけど」
「そうだねー。それが最大の弱点」
私のキャンピングカーも、屋根にソーラーパネルを積んでいる。
メインの核融合炉があるから電力不足にはならないけれど、サブバッテリーの充電には太陽光が欠かせない。
大事な命綱だから、定期的に私が屋根に登って拭き掃除をしているのだ。
「……それにしても」
私は大きく息を吸い込んだ。
橋の上ということもあって、少し強い風が吹いている。湿り気を含んだ風が、隣に立つルナの黒髪をさらさらと靡かせていた。
低い位置で丁寧に結ばれたローツインテールが揺れる。白い肌に、長い睫毛。金色の瞳が、湖面を静かに見つめている。
今更ではあるけれど、ルナってかなり美少女だよね。
結構長い間一緒に居たから感覚が麻痺しちゃってるけど、もし学校とかがあったら、高嶺の花扱いだったに違いない。
「……どうかした?」
私の視線に気づいて、ルナが小首をかしげる。
その仕草がまた、なんというか、絵になる。
「何でもないよ。ただ、ルナって美少女だよねって思って」
「っ!」
率直に感想を述べると、ルナが目を見開き、みるみるうちに耳まで赤く染まった。
「な、なに……急に」
「いや、お世辞抜きで。この景色に映えるなぁって」
「……ユキのほうが、美少女だと思う」
ルナが蚊の鳴くような声で反撃してくる。
「へ?」
「その、髪とか。瞳とか。お人形さんみたいだし……」
「私? いやいや」
私は自分の白い髪を指先で摘まんだ。
色素の薄い髪と肌、銀色の瞳。
昔、おばあちゃんから「遠いご先祖様の隔世遺伝」だと聞いたことがあるけれど、自分ではあまりピンと来ていない。
むしろ、ルナの艶やかな黒髪のほうがずっと綺麗だと思うんだけど。
「……なんか、お互い褒め合うのって気恥ずかしいね」
「ん。……ユキが変なこと言うから」
「あはは、ごめんごめん」
赤くなった顔を隠すように、ルナが先に車へと戻っていく。私はもう一度だけ、水没した塔を見やった。
取り残された塔と、取り残された私たち。あっちもあっちで、案外気楽にやっているのかもしれない。
「よし、出発!」
私は風に吹かれた髪をかき上げて、運転席へと飛び乗った。
(続く)




