Route:013 - 名もなき湖と、生命のタンク
川沿いの道路を抜け、視界が開けた瞬間。
私たちの目に飛び込んできたのは、圧倒的な「青」だった。
「おっきー」
「ん。大きい。海みたい」
近くにあった広い駐車スペース――かつては観光客で賑わったであろう湖畔の広場――に『ポラリス』を停め、私たちは外に出た。
目の前に広がっているのは、巨大な湖だ。
対岸が霞んで見えないほどの広さは、確かに海と見間違えるほど。波の音も、どこか潮騒に似ている。
「これ、名前なんだっけ?」
「名前?」
「ほら、日本にあった湖の中で一番大きいやつ」
「ん……琵琶湖じゃなかった?」
「あ! それだ!」
とはいえ、ここが本当にその「琵琶湖」であるかどうかを証明する術はない。
錆びついた観光案内の看板はいくつか立っているけれど、塗装が剥げ落ちていて、辛うじて「湖」という文字が読み取れる程度だ。
まあ、名前なんて人間が勝手に付けたラベルに過ぎない。
今はただ、この雄大な水瓶が目の前にあるという事実だけで十分だ。
「ん。正確な名前は不明。地図データ、この辺り少し壊れてる」
「そっかぁ……まあ関係ないか」
ルナがタブレットを弄りながら首を振る。
私は湖面に近づき、しゃがみこんで水をすくってみた。冷たくて気持ちいいけれど、少し濁っている。そのまま飲むのはリスクが高そうだ。
「ルナ、浄水器って使える?」
「使える。ユキが定期的に見てるから、ステータスはオールグリーン」
「よし。じゃあ、水、補充しとこう」
「ん」
旅の命綱、水の補給だ。
私はキャンピングカーのサイドハッチを開け、リールに巻かれた給水ホースと、水中ポンプを取り出した。
私の自慢のキャンピングカーには、当時の最新技術を詰め込んだ「高性能浄水システム」が搭載されている。
これは「世界が滅ぶ前」に、私がキャンピングカーに購入して搭載したものだ。自分のことながら、当時の私にグッジョブ。これのおかげで水が飲めていると言っても過言ではないわけで。
湖にポンプを投げ入れ、スイッチオン。
低いモーター音と共に、湖の水が吸い上げられ、車内の何層ものフィルターを通って「飲める水」へと変わっていく。
ウイルスも、細菌も、重金属もカットする優れものだ。動力はもちろん、キャンピングカーから余裕で賄える。
「どのくらい補給する?」
「この際だから満タン! 警告が出る限界ギリギリまで入れちゃおう」
「ん。りょーかい。バルブ開ける」
ルナが慣れた手つきで車体側のバルブを操作する。
最初は機械音痴だった彼女も、今では立派な助手だ。私が教えた手順を完璧にこなし、時には私が忘れていたチェック項目を指摘してくれることさえある。
私はポンプの様子を見守りながら、ふと思う。
性格は真反対。ルナは静かで理知的、私は感覚派で行動的。
だけど、こうして作業分担をしていると、パズルのピースみたいにカチッとはまる感覚がある。私たちが生き残っているのは、運が良かっただけじゃなく、この「相性の良さ」のおかげかもしれない。
「……満タンになった。自動停止」
「よし、お疲れ様!」
ホースを巻き取りながら、私は満足げに唸った。
生活用水のタンクが満たされると、心まで満たされた気分になる。これで当分は、シャワーも洗濯も、美味しいコーヒーも飲み放題だ。
「ここ、景色もいいし、今日はここでキャンプしよっか」
「ん。賛成。……魚、釣れるかな?」
「お、いいね。久しぶりに焼き魚定食といこうか」
満タンの水と、広大な湖。
私たちの気ままな旅は、まだまだ続きそうだ。
(続く)




