Route:012 - 行き止まりの川と、鈍感なふり
「……ルナさんや」
「何?」
「向こうに見えるのって、また森では?」
「うん。そうだね。濃い緑」
長い長い緑のトンネルを抜けたと思ったら、その先にはまた別の山と森が広がっていた。どうやら日本列島は、私たちが思っている以上に自然に還ってしまっているらしい。
「でも、その手前に川がある」
「あ、ホントだ」
ルナが指差した先を見ると、森と森を分断するように、結構大きな川が流れていた。
水面が太陽の光を反射して、キラキラと眩しい。川幅はかなり広く、向こう岸までは結構な距離がある。
そして最大の問題は――
「……向こうに渡れそうな橋、ないね」
「そうだね。落ちてる」
数百メートル先に、かつて橋だったと思われる巨大なコンクリートの残骸が、川の中に突き刺さっていた。
どうやら私たちの直進は、ここでゲームオーバーのようだ。
「……とまあ、冗談は置いておいて」
私はハンドルを切って、車を路肩に寄せた。
橋はないけれど、川に沿うように道路が左右に伸びている。ここを進めばまだ旅は続けられそうだ。問題は、右に行くか左に行くか。
「あっちが山っぽいから、こっちに行けば下流かな?」
「たぶん」
「地図情報だとどうなってる?」
「ん……これ見て」
ルナがタブレットをこちらに向ける。
「……わぁ、画面いっぱい緑だあ(棒)」
「衛星写真だと、木しか見えない」
道すら森に隠れてしまっているらしい。
まあ、水は高いところから低いところへ流れるのが物理の法則だ。下流へ行けば、海か湖か、あるいは大きな平野に出るはず。
「川の流れを見た感じでも、左が下流っぽいよね」
「だと思う。逆流してなければ」
「よし、じゃあこっちに行ってみよっか」
「ん」
ルナが頷いたので、私はウインカー(出す必要もないけれど)を出して、左側の道へと『ポラリス』を進めた。
まあ、間違っていたら戻ればいい。
私たちには、締め切りもなければ、帰るべき家もない。時間は無限にあるのだから。
「にしても、この川大きいね」
「うん。水量が多い」
川の名前は何だろう。
看板は見当たらないし、あったとしても誰かが勝手に付けた名前だ。人間がいなくなって、川はただの「川」に戻った。それはそれで、清々しい気もする。
川沿いの道は、森の中よりはずっと走りやすかった。
視界が開けているし、風も心地よい。
所々アスファルトがひび割れて車体が揺れるけれど、悪路には慣れっこだ。直す人もいない世界で、道が残っているだけでも感謝しないとね。
「……ルナはさ」
流れる景色を見ながら、私はふと聞いた。
「こんな私と旅して、楽しい?」
「うん。楽しい」
間髪入れずに返ってきた答えに、少しだけ驚く。
普段は言葉少なな彼女が、こういう時は迷わない。
その真っ直ぐさが、私の胸の奥をくすぐる。
「そ、そっか。それは良かった」
「ユキは?」
「え?」
「ユキは、楽しい?」
助手席から、金色の瞳がじっと私を見つめている。
その瞳に映っているのは、間違いなく私だけだ。
「……楽しいよ。ルナと居られることも含めてね」
「……そ、そう」
私の言葉に、ルナが少しだけ頬を染めて視線を逸らした。
可愛い反応だ。
――知ってるよ。
ルナが私に向けてくれる感情の種類も、時々熱っぽい視線を送ってくることも。私が「鈍い」ふりをすると、拗ねたり怒ったりすることも。
全部、気づいてる。
気づいていないふりをしているだけだ。
だって、名前をつけてしまうのが怖いから。
「友達」以上の名前をつけたら、この心地よい関係が変わってしまう気がする。
この終わった世界で、互いに依存し合うだけの関係。それが愛なのか、執着なのか、ただの生存本能なのか。
……まあ、今はまだいいかな。
そろそろ自覚しないといけないのかもしれないけれど。
もう少しだけ、この「鈍感な運転手」と「不器用なナビゲーター」の旅を続けていたい。
私はアクセルを少しだけ踏み込んで、きらめく川沿いの道を走り抜けた。
(続く)




