【三人の王子シリーズ】無能王子に婚約破棄されたので実家に帰ろうとしたら、王国のトップ3(全員仕事中毒の変態)に拉致されました。「私の書類を恋人のように撫で回すのはやめてください」
【番外編】「逃がしませんよ。貴女の全ては僕のものです」天使な第四王子との読書会は、朗読という名の隷属契約でした。こっそり声を録音して「毎晩聴いて寝ます」って、その純粋な笑顔の裏が真っ黒すぎませんか?
このお話は、本編『無能王子に婚約破棄されたので実家に帰ろうとしたら、王国のトップ3(全員仕事中毒の変態)に拉致されました。「私の書類を恋人のように撫で回すのはやめてください」今さら復縁?私の承認印がないと予算出ませんよ 』の後のエピソードです。
まだ本編を読まれていない方は、先にそちらをお読みいただくと、より楽しめます!
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イグニス殿下との市場調査、テオ殿下との下町デートを経て、私の休日はことごとく「王族対応業務」へと消えていた。
今日こそは、一人静かに過ごしたい。
誰にも邪魔されず、好きな本を読んで心を落ち着けたい。
そんな私のささやかな願いを察知したのか、あるいは私の思考パターンを完全に先読みしていたのか。
昨日の夕方、第四王子ウィル殿下から一通の招待状が届いた。
『静寂と知性を愛するレイラさんへ。
王宮の地下にある「禁書庫」へご招待します。
そこなら誰も来ませんし、貴女が読みたがっていた東方諸国の経済史料も揃っています。
美味しいお茶を用意して待っていますね』
完璧だった。
私のニーズを100%満たす提案だ。
イグニス殿下のような強引さもなく、テオ殿下のような物理的な拉致もない。
あまりにスマートで魅力的なお誘いに、私は二つ返事で了承してしまったのだ。
……それが、彼の狂気を知ってしまう事になるとも気づかずに。
◇◆◇
王宮の地下深く。
選ばれた王族と一部の学者しか入ることを許されない「王宮禁書庫」。
重厚な扉を開けると、そこには古紙とインクの混ざり合った、本好きにはたまらない香りが満ちていた。
壁一面を埋め尽くす書架。魔法のランプが灯す、温かな明かり。
そして、部屋の中央に置かれたアンティーク調のテーブルセット。
「お待ちしていましたよ、レイラさん」
本を読んでいたウィル殿下が、顔を上げて微笑んだ。
色素の薄い金髪に、知的な碧眼。
まだ14歳という少年ながら、その佇まいはすでに完成された美しさを持っている。
まさに、天使のような笑顔だ。
「おはようございます、ウィル殿下。お招きいただきありがとうございます」
「いいえ。僕が貴女と過ごしたかっただけですから」
彼はさらりと甘い言葉を口にしながら、私をエスコートしてくれた。
「座ってください。今、お茶を淹れますね」
テーブルの上には、見たこともない高級な茶器と、可愛らしい焼き菓子が並んでいる。
ウィル殿下の淹れる紅茶は、プロの宮廷茶師も顔負けの絶品だった。
温度、蒸らし時間、茶葉の量。全てが計算し尽くされている。
「はぁ……美味しい」
一口飲んで、私は思わず息を吐いた。
日々の激務でささくれ立った神経が、柔らかく解れていくようだ。
「気に入っていただけて嬉しいです。茶葉は、貴女が以前『香りが良い』と褒めていた銘柄を取り寄せました。お菓子も、甘さ控えめのものを選んであります」
「私の好みを、よくご存じですね」
「当然ですよ。貴女のことなら、何でも知っていますから」
彼はにっこりと笑った。
その言葉が、単なる比喩ではなく、文字通りの意味(徹底的な情報収集の結果)であることを私は知っている。
少しだけ背筋が寒くなるが、この快適な空間には代えがたい。
私は彼に勧められるまま、貴重な古文書を手に取り、読書に没頭することにした。
◇◆◇
静かな時間が流れる。
ページをめくる音と、時折カップを置く音だけが響く、理想的な空間。
私は幸せを噛み締めていた。
……はずなのだが。
視線を感じる。
それも、かなり熱烈な視線を。
私は本から顔を上げずに、静かに尋ねた。
「……ウィル殿下。先ほどから、ページが進んでいないようですが」
「ええ。進んでいませんね」
「本を読まないのですか?」
「読んでいますよ」
彼は即答した。
「貴女という、この世で一番難解で、美しい本を」
私は思わず顔を上げた。
ウィル殿下は、手元の本を開いたまま、頬杖をついて私を凝視していた。
その瞳は、獲物を観察する学者のようでもあり、宝物を愛でるコレクターのようでもあった。
「……そんなに見られると、集中できません」
「困りましたね。僕は貴女が思考に没頭している時の、その冷たくて美しい横顔を見るのが一番の趣味なのですが」
「悪趣味です」
「最高の賛辞です」
彼は悪びれもせず、くすくすと笑った。
そして、席を立つと、私の隣へと移動してきた。
「レイラさん」
「はい?」
「少し、近づいてもいいですか? 貴女のインクの匂いを嗅ぎたいんです」
「……お断りします。私はインクではありません」
「比喩ですよ。……貴女からは、知性の香りがするんです」
彼は拒否を聞かなかったことにしたのか、あるいは最初から聞く気がなかったのか、私の座る長椅子の隣に腰掛けた。
そして、ふわりと私の髪を一房すくい上げ、鼻を寄せた。
スゥ、と深く空気を吸い込む音。
ゾクリと鳥肌が立つ。
物理的な接触は髪だけなのに、まるで全身を愛撫されたような気分になる。
絡め取られるような湿度のある接触。
「……ああ、落ち着く。最高の香りだ」
ウィル殿下はうっとりと目を細めた。
「殿下、近いです」
「許してくれませんか? 僕は、今とても幸せを感じているんです。貴女が嫌でないのなら、このままで」
「……まあ……いいでしょう」
口が達者だ。
14歳にしてこの図太さ。末恐ろしいにも程がある。
私はため息をつき、本を閉じた。
これでは読書どころではない。
◇◆◇
「……はぁ……」
読書を続けていると、ウィル殿下は、私を見つめ、わざとらしくあざといため息を何度もつく。
「……何かご用でも?」
私が観念して尋ねると、ウィル殿下はパァっと表情を明るくした。
「さすがレイラさん。察しが良いですね」
彼は一冊の古い書物をテーブルに置いた。
革の表紙は古びており、かなりの年代物に見える。
「実は、目が疲れてしまって。……少し、朗読をしていただけませんか?」
「朗読、ですか?」
「ええ。耳から情報を入れたい気分なんです。それに、貴女の声はとても聞き取りやすい。……低くて、理知的で、冷ややかで。脳に直接染み込んでくるようだ」
彼は熱っぽい瞳で私を見つめ、甘えるように上目遣いをした。
「お願いできませんか? 僕の可愛い先生」
……ずるい。
この「年下特権」と「美少年」という武器を、彼は完璧に使いこなしている。
ここで断れば、私が冷たい大人のように思えてしまう。
「……分かりました。どこを読めば?」
「ここです。古代ルーン語で書かれた詩なのですが、解釈が難しくて」
彼が開いたページには、複雑な幾何学模様のような文字が並んでいた。
古代ルーン語。
魔術の契約や、王家の儀式に使われる古い言語だ。
普通の貴族令嬢なら読めないだろうが、生憎と私は「超」がつくほどの勉強家だ。これくらいなら翻訳なしで読める。
私は咳払いを一つして、読み始めた。
「……『我、深淵より来たりて、汝に誓う』……ですか?」
「はい。続けてください」
私は朗読を続けた。
内容は、ある騎士が主人に対して忠誠を誓う、一種の宣誓文のようだった。
だが、読み進めるうちに、少し違和感を覚えた。
『我が魂は汝の器なり。汝の言葉は我が理なり』
『星が巡り、海が枯れるとも、この鎖は解かれず』
……重い。
忠誠にしては、あまりにも表現が重く、そして情熱的すぎる。
『――故に、我は汝を離さず。死が二人を分かつまで……』
そこまで読んで、私は言葉を止めた。
最後のフレーズ。
これは、古代語における「魂の婚姻」、つまり「永遠の隷属婚」の定型句だ。
「……殿下。これ、ただの詩ではありませんね?」
私が指摘すると、ウィル殿下は薄く目を開けた。
その碧眼は、とろりと濁っていた。
「おや、気づきましたか」
「これは古代の『隷属契約書』、それも伴侶に対する絶対服従の誓いです。……こんなものを私に読ませて、どうなさるおつもりですか」
私が咎めるように言うと、彼は体を起こし、私の顔を覗き込んだ。
その距離、わずか数センチ。
彼の整った顔立ちが、妖艶な笑みに歪む。
「……貴女が、僕にこれを誓ってくれたらいいなと思いまして」
「私が殿下に誓うのですか? 主語が逆では?」
文脈からすれば、『我(読み手)』が『汝(聞き手)』を離さない、と誓う形になる。
つまり、私が彼を束縛することになってしまう。
しかし、ウィル殿下は嬉しそうに首を振った。
「いいえ。逆だからこそ、成立するんですよ」
「……はい?」
「『私(汝)を離さない』と、貴女自身の声で宣言してくれた。……それを僕が承認したことで、契約は完了しました」
彼は私の手を取り、指先に口づけを落とす。
ただの指先への口付けなのに、何故かとても濃密な湿り気を感じた。
「言質は取りましたよ、レイラさん。ご自分で誓った通り、死が二人を分かつまで……責任を持って、僕を飼い殺してくださいね?」
彼は頬を染め上げ、とろとろにとろけた瞳で私を見つめ、そう言った。
「は……?」
私は絶句した。
つまり、私は自分の口で、彼という存在を一生背負い込む契約をさせられたということか?
「貴女の声で紡がれる束縛なら、僕は喜んで受け入れますよ。……ああ、ゾクゾクする。貴女に管理されるなんて、最高の快楽だ」
彼は恍惚とした表情で、私の手を取り、その掌に頬を寄せ、猫のように何度も擦りつけた。
まるでマーキングでもするように。
妙に熱を帯びた肌の感触。
そして、その瞳の奥には、狂気じみた情熱が燃えている。
この子は、Mなのか、Sなのか。
あるいは、その両方を併せ持つ怪物なのか。
「じょ……冗談ですよね?」
私が引きつった笑いで尋ねると、彼はスンッと真顔に戻り、天使の笑顔を作った。
「もちろんです。ただの古い詩ですよ。……そんなに怖がらないでください」
嘘だ。
絶対に嘘だ。
この顔は、本気の時にしか出せない顔だ!
◇◆◇
夕方になり、私は禁書庫を後にした。
ウィル殿下は名残惜しそうに、出口まで見送ってくれた。
「今日はありがとうございました、レイラさん。人生で最高の時間でした」
「え……ええ。お茶は美味しかったです。お茶は」
「ふふっ。また来てくださいね。次はもっと面白い本を用意して、貴女をおもてなししますから」
彼は無邪気に手を振った。
私は一礼し、足早に廊下を歩き出した。
背後に、まだ彼の熱い視線を感じる気がして、自然と歩調が速くなる。
やはり、あの子が一番危険かもしれない。
イグニス殿下やテオ殿下は分かりやすいが、ウィル殿下は何を考えているのか底が見えない。
そんなことを考えながら角を曲がった時、私はあることに気づいた。
ポケットに入れていたハンカチがない。
禁書庫に忘れてきたのかもしれない。
いや、でも、禁書庫では使ってないし、落とすとも考えにくいけど……。
戻るべきか。いや、明日取りに行けばいいか。
そう思ったが、もしウィル殿下がそれを拾って「レイラさんの匂い……」とかやり始めたらと思うと、背筋が凍った。
今すぐ回収すべきだ!
私は踵を返し、忍び足で禁書庫へと戻った。
扉は少しだけ開いていた。
中から、ウィル殿下の声が聞こえる。
「……再生」
ヴンッ、という魔法の発動音。
その直後、禁書庫に響き渡ったのは――私の声だった。
『――故に、我は汝を離さず。死が二人を分かつまで……』
先ほどの朗読だ。
それも、一番重い誓いの部分。
どうやら、彼は魔道具を使って、こっそりと私の声を録音していたらしい。
「あぁ……いい声だ。レイラさんっ……」
ウィル殿下の、甘く蕩けたような独り言が聞こえてくる。
「あぁ……これを毎晩聴いて眠れば、夢の中でも貴女に会える。……貴女に管理される夢が見られるなんて、幸せすぎる……。毎晩……夢の中でも僕に甘く囁いてください……」
私は扉の隙間から、彼が魔道具を抱きしめ、うっとりと身をよじっている姿を見てしまった。
そして、その手には――私が探していたハンカチが握りしめられていた。
彼はハンカチに顔を埋め、深呼吸をしている。
「すぅ……はぁ……。あぁ……逃がしませんよ、レイラさん。貴女の知性も、声も、全て僕のものです。あなたの、この匂いも……僕だけのもの……」
その言葉は、もはや少年のものではなかった。
執着と独占欲に満ちた、一人の男の宣言だった。
彼はその後も、何度も何度も私のハンカチの匂いを嗅いでは恍惚の笑みを浮かべ、深呼吸を繰り返した。
私は、そっと扉から離れた。
さて。
ハンカチは諦めよう。
彼は、ヤバい。
ヤバすぎる。
あれは彼への手切れ金……いや、供物だと思えば安いものだ。
私は逃げるようにその場を去った。
心臓が早鐘を打っている。
恐怖か、それとも――。
彼の底知れない狂気に満ちた愛情に、少しだけ絆されてしまった自分への戒めか。
いずれにせよ、私の平穏な日々は、この天才ヤンデレ変態王子によって、これからも甘やかに、そして執拗に脅かされ続けることだろう。
これが、私と、天使の顔をした悪魔な第四王子との、秘密の朗読会の顛末である。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
現在、本編(番外編含め)連載版の執筆中です。
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