一時限目 入学生は一度死んでいる
(ん…ここは…?)
ある日僕は突然…真っ暗な空間の中で目を覚ました。真っ暗だからまだ寝ているか夢の中なのかと思うがそうではなかった。
(え…何これ…動けない!?)
寝ているにしては感覚が鋭く、身体を動かそうにも丸まった状態で閉じ込められているのが伝わり、閉所暗所恐怖症になりそうなほどに恐ろしかった。
「ねぇ?何これ?」
(誰か!助けて!?)
外から幼い男の子の声が聞こえてきて僕は精一杯に声を出して助けを求める。しかし声を発しているはずだが、喉風邪を引いた時みたいに上手く声が出せず焦りと恐怖で気がおかしくなりそうだった。
だが、その際に力んで身体を捩ったら僕の周りを隔離している物体から割れるような音がし、それに伴って外からの光が差し込んで中が少し明るくなり目が眩んでしまう。
(ん…んん〜!)
よくは分からないがその亀裂を広げるように力いっぱい身体を伸ばしてみる。すると思ったよりも囲んでいた物体は容易く割れ、僕は勢い余って外に飛び出るのだった。
「わあ…!産まれたぁ…!」
(産まれたって何が…え?)
男の子の言っている意味が分からず、上を見上げると先程の真っ暗な空間から一転して、まるで漂白したように真っ白な空間が広がる中で七歳ぐらいの男の子がこちらを興味深く観察していた。
しかし一番気になっていたのはその男の子の頭に犬耳とフサフサの尻尾が生えていたことだった。
(え…何これ、犬の獣人…?)
「君のお母さんは?」
するとどうだろうか、その獣人の男の子は小柄な体格に似合わず僕のことを容易く抱き上げたのだ。
「それにしても…君は初めて見るドラゴンだね」
(ドラゴン…?)
男の子からそう言われて、僕はふと自身の身体の違和感に気が付いた。
あんな閉鎖的な場所に隔離されていたためか何となく全身がフサフサと毛深く、背中やお尻辺りに何かがぶら下がっているような重みを感じる。
『キュウ…!?』
ところがそれは都合の良い解釈だったらしく、僕は全身をよく見渡すと背中と腕には大きな鳥のような翼にそれに伴って全身には羽毛、腰からは靭やかな尻尾に立派な尾羽根が生えていた。
おまけに僕のその輪郭は四足獣とも恐竜とも言えるような身体…その姿は正しくファンタジー物では定番の伝説の生物ドラゴンそのものであった。
しかもずっと声を発していなかったため気が付かなかったが、姿がドラゴンであるためか僕の驚きの声は人の声ではなく可愛らしい鳴き声となって発せられる。
「可愛いね…ドラゴンってもっとゴツゴツした感じかと思ってたけど、こんなにフサフサなんだね…!」
『キュア!?キュルル…!?』
普通はドラゴンは体表は鱗で覆われているはずだが、今の僕の姿は全身が毛…いや、よく見るとこれは鳥の羽毛のような物に覆われていた。
そんな中で獣人の男の子は何故かドラゴンになって困惑気味の僕を可愛いと言いながら頬擦りしてくる。その際に僕の身体の羽毛が掻き分けられていく感触が何だかくすぐったかった。
「ふわぁ〜…何だここ?」
「あれ〜?ここ、グラウンドじゃないや」
訳も分からず男の子に抱き上げられ撫で回されていると、他にも人の声が聞こえてきたので見回してみる。
少し離れた位置に大きくあくびをしているカウボーイのような男の子やチアリーダーの格好をした女の子がいて、何が起こったのか分からず混乱している様子だった。
「きゃはは!何ここ!」
「…?」
「何もかも真っ白ね…」
いや、二人だけではなかった。四方八方、地平線の先まで真っ白な空間の中には年齢や服装はバラバラだが、三十人以上の男女が反応はそれぞれ異なっていたが揃って混乱している様子を見せていた。
しかしながら三十人以上の男女の中には必ずしも人間ではない存在も混じっていた。
『ルニ〜…!』
「これは…猫なのかな?」
まず目に入ったのが某まん丸ピンクのゲームキャラクターを彷彿とさせる体格をした真っ白な猫だった。それを物珍しそうにオモチャのロボットのような見た目をした男の子が見ていた。
『ギシャア!』
「わあ!?何なのこれ…!?」
次に気になったのはファンタジーやゲームでよく見かけるタイプの宝箱が鎮座していたが、突如として蓋が開いて鋭い牙とウネウネ動く触手が飛び出し、角と翼とフサフサの尻尾が生えた少年に襲い掛かろうとしていた。
「おい、てめぇ…あのドラゴンの子供か?」
『ギュ…!?』
「え…お兄ちゃん、誰…!?」
呆然としていたら腕と足が硬い鱗に覆われ、背中と腰からはドラゴン特有の翼と尻尾を生やした俗に言う竜人のような不良が突然睨みつけてくる。
抱き上げられているため、獣人の男の子がいきなり不良に因縁を付けられたことで震えているのが分かる。けど、大丈夫、少なくとも相手は君じゃないはずだ。
「え…何してるのドラゴンちゃん?」
『クキュルルル!』
そう考えた僕は男の子の腕からスルリと抜け出し、姿勢を低くして不良を威嚇し男の子に向かないようにする。自分がドラゴンだったと言う自覚はないが、少なくとも身体は自分の思ったように動いてくれるようだ。
「チビドラゴンの癖に一丁前に威嚇してやがる…まあ、良いぜ。こんな姿にしやがったドラゴンは全部ぶちのめしてやる!」
『キュル!』
正直言って僕もこんな不良の竜人の相手は怖い。けど、獣人の男の子に向かないようにするには相手するしかなかった。
「キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪」
『キュル…?』
「あ?何だ今のは?」
恐らく学校のチャイムのつもりだろうか、真っ白な空間に謎の声が響いてきて僕と不良は唖然となる。
「皆、よく来たな。そろそろ入学式を始めるぞ」
「「「入学式…?」」」
チャイムを口で言った謎の声はこの場にいる全員に入学式を始めると言い出したのだ。
入学式とは学校に生徒として入ることを指すのだが、意味は分かるもののいきなり入学式とはどう言うことだろうか?
「単刀直入に言おう。君達が今いるこの場所は神の領域『神域』である」
「神の領域…と言うことはあなたは祈りを捧げた主でありますか?」
シスターのような格好をした少女はここが神の領域だと聞いて打ち震えるように祈りを捧げていた。
教会とかで神様に祈りを捧げているのは知っているけど、こうやって神様の領域に踏み込めたのだからシスター冥利に尽きて打ち震えるのも当然だよね。
「そうなるだろう。そして君達がここに来て、何人かは自分達の今の姿に驚いているだろう」
その謎の声はシスターの言葉を否定はしなかったが気になることを言っていた。
今の姿と言うことは自分達の姿は本来の姿ではない…言われてみると僕だって根拠がある訳ではないが、この姿はどうも今までの姿とは異なるような気がする。
「当たり前だ。神様のくせに寄りにもよってこんな姿にしやがって…俺に何の恨みがあるんだよ!」
その中でも不良は同じ境遇どころか願ってもいない忌々しい姿にされたと言わんばかりに吐き捨てながら謎の声に喧嘩を売っていた。
一応はドラゴンの姿になっている僕を親の仇のように見ていたのだから、竜人の姿にされたのなら相手が本当に神様だったとしても恨みたくなるはずだ。
「そうか、勝手なことをしたか済まない。しかし君や他の生徒達にも当てはまるが、肉体を大きく損傷した場合は手近な物や依代を使う必要があったのでな」
「御託はいいんだよ!こんなフザケた姿にしやがったてめぇの面をぶっ潰してやる!」
不良の竜人は姿が見えない声の主に苛立ちと鬱憤をぶつけるように負けじと大声を張り上げていた。
「しかし君達にはもう一度新しい人生を歩めるチャンスを手にしているんだよ。仲間に裏切られ、ダンジョンの最奥でドラゴンに食われたリュウトよ」
「…!何で俺の名前を…しかも俺が死んだ時のことをどうして…!?」
不良の竜人の名前…彼はリュウトと言うらしいが、謎の声の主の言うことが本当なら異世界転生の裏切り系のような死に方をしたらしく、声の主は彼の壮絶な生涯を全て言い当てたために、リュウト自身は動揺を隠しきれないでいた。
「あの…もしあなた様が祈りを捧げていた主…神様であるならお答えください。私は確か敵国の襲撃に追われ、崖から落ちて死んだと思っていたのですが…ここはもしや天国なのでしょうか?」
実はリュウトの話を聞いて僕も同じことを考えていた。リュウトやシスターの少女の話を聞くに、ここへ来る前に一度死んでいると言うのがどうにも気になっていた。
実際のところ僕自身もこのドラゴンの姿に違和感があるけど、うろ覚えだが何か重要なことが起きて死んだような記憶があった。
「そうとも言えるじゃろうな。ワシはこの神の領域…『神域』を作り出し、一度死んだんだ君達を仮転生させた存在じゃ」
カミングアウトと言うべきか、声の主はここにいる全員に衝撃的なことを言ってのけたためにその場にいた何人かがザワザワと騒ぎ立てる。
それはつまり…僕もだけどここにいる全員が死んでいると言うことになるが僕は不思議とそれを受け入れていた。
転生。それはつまり死んでしまったものの新しく生命として生まれ変わることだ。
そして生まれ変わって自分が生きていた世界とは異なる世界で新たなる人生を歩む物語…俗に言うラノベで流行りの『異世界転生』を僕や僕の周りにいる子達が身を持って体験しようとしているのだ。
今の状況はラノベなどでお馴染みの神様と謁見し、新しい姿や特殊なスキルや転生特典を授かる正しく神イベントなのだろうが…
(今、仮転生って言ったような…?)
仮転生。確かに神様はそんなことを言っていた。そんな単語はこれまでのラノベでも聞いたことがなかったためどう言うことに疑問に思っていると…
「そこの羽毛のドラゴンの生徒から質問があった仮転生に付いて説明しよう」
『キュル!?』
この声の主はさっきから僕らの考えていることがお見通しなのか?いや、もう僕らの心を見透かしているとしか言いようがないほどに心の内を言い当ててくることに驚きの声…と言うよりも鳴き声を出してしまう。
「そもそも私が君達を異世界へ転生させず、この神域で転生させたのにも訳がある。確かに以前は多くの者達を転生者として異世界へ送り出していた」
この辺もよく聞くストーリーだ。何かしらの要因で死んでしまい、神様の手によって転生させられるのはよくあることだ。…まあ、人間からすれば生命の倫理に反するような気がするけど。
「転生者達は様々な異世界で活躍し時代を発展させたり、世界の平和を守ってくれたりした。私も大いに喜ばしかったさ」
今だに声しか聞こえないが何処か頬を緩ませているような口調に不思議とこちらも和やかになってくる。
「しかし…何も良いことばかりではなかった。転生者の中には与えられた力に溺れ、世界を破滅に追いやったり、不幸をもたらし暗黒時代を招く者も現れ始めたのだ」
しかし途端に暗く悲しげな口調になり、転生者が必ずしも善人ばかりではないと重々しく告げてくる。
確かにラノベでも必ずしも転生者が善人だった試しはないし、寧ろ良くてもダークストーリーとして有名になるぐらいだ。
「逆に転生者の中には自身の力を上手く扱えない者や転生した異世界に適応出来ず、そのまま死に絶えてしまう者も多数いたのだ」
悪人に限らず、それ以前に異世界で生き抜くことが出来ずにせっかく転生しても再び死んでしまう転生者もいることにより口調が悲しく聞こえてくる。
前世でも高学歴であっても職に就くことが出来ずにニートになる人や、そもそも身体が病弱だったり環境に対応出来ない人などもいたため、それが異世界で起きているとなるとより現実味があるようにも思えた。
「そんな悲しいことが起きないように私はある決意に至ったのだ」
「それが今の私達に置かれた状況だと言うのですか?」
「そうだ。長くはなったが君達は今日から私の可愛い生徒だ!」
そう宣言すると真っ白な空間が霧が霧散するかのように一気に色づいていき、目の前に大きな建物が目に入る。
「ようこそ『リンカネーションスクール』…またの名を転生者学校へ!」
目の前には近代的かつギリシャ神殿のような石造りを混じえた立派な学校がいつの間にか建っていた。
そして僕達はこれから知ることとなる。目の前学校は転生者のための学校であり、教わることは異世界転生のあらゆる全てを…。




