### **第六章 旅順要塞戦**
残酷描写ここです。タイトルで何が起こるかは薄々分かるとは思いますが……。
苦手な方はお気を付けて。
夜設定なのに遠く見えてるのおかしくないか? と思ったんですが、調べたらロシア軍が迎撃用にサーチライト使ってたそうなので、多分サーチライトの光で見えたんだと思います。
(書いてないけど)
なので……。まあ起こりうる範囲かなと思ったので直さないでおきます。
戦場の空気は、かつて知っていたものとは違っていた。
かつての戦は、剣と鉄砲のぶつかり合いだった。
しかし、旅順要塞の戦場に降り立った桐野は、その光景に言葉を失った。
眼前に広がるのは、無数の塹壕。
鉄条網が張り巡らされ、遠方にはトーチカがそびえる。
砲台が睨みを利かせ、ロシア軍の機関銃陣地が鉄の雨を降らせる。
これは、もはや「戦い」ではない。
まるで、人間が地獄を作り出したかのようだった。
「お久しぶりですね、桐野さん」
背後から、落ち着いた声がした。
振り返ると、そこには乃木希典が立っていた。
軍服姿の彼は、以前よりもさらに精悍な顔つきをしていた。
「お前も相変わらずだな。長州の坊ちゃん」
「ええ。そして貴方も、相変わらずですね」
乃木は微笑し、遠くを見た。
「——ここはどうです?」
「悪くねぇな」
桐野は、わざと無表情に答えた。
「武士の戦場としては、最悪だがな」
「ええ……」
乃木の声が、少しだけ低くなった。
「ここは、我々が知る戦とは違います」
「知っていたさ。熊本城攻めの頃から、時代は変わりつつあった」
「……それでも、目の当たりにすると、思うことはあるでしょう?」
「思うことは山ほどあるさ」
桐野は、戦場を見渡した。
泥と鉄にまみれた兵士たちが、ただ戦い、生き残ることだけを考えている。
そこに、名誉も誇りもない。
武士という生き方は、とうに終わっていたのだ。
---
その夜、砲弾の雨が降った。
ロシア軍の砲撃が始まり、塹壕の中が地獄と化す。
土煙が舞い、爆音が響く中、兵士たちはひたすら身を縮めるしかなかった。
桐野は、砲火の向こうに、一人の若い軍人を見つけた。
乃木保典。
乃木の息子であり、少尉としてこの戦場にいた。
彼の隊が撤退を開始したとき、保典はしんがりを務めていた。
その最中、砲撃の爆風に巻き込まれ、瓦礫に脚を挟まれてしまった。
「チッ……」
桐野は、何も考えずに動いていた。
彼は泥を蹴り、砲撃の中へと飛び込んだ。
「……動けるか?」
保典は歯を食いしばり、頷いた。
「……はい」
「なら、行くぞ」
桐野は彼を抱え上げ、駆け出した。
その瞬間——砲弾が炸裂した。
爆風が全身を打ち、視界が暗転する。
彼の右腕が、灼熱の衝撃に包まれた。
そして、意識が遠のいていった。
---
次に目を覚ましたとき、桐野は泥の上に転がっていた。
目の前には、乃木希典の姿があった。
「お目覚めですね」
「……俺は、生きてるのか?」
「ええ、ただ——右腕は、もうありません」
桐野は、自分の右肩を見た。
そこにあるはずの腕が、消えていた。
「……笑えねぇな」
「……」
乃木は、じっと彼を見下ろしていた。
その表情には、同情も憐れみもなかった。
ただ、静かな決意の色が浮かんでいた。
そして彼は、こう言った。
「右手がなくても、雷は落ちるのです」
その言葉の意味を、桐野はまだ理解していなかった。
しかし、それが「再生の雷鳴」の前触れであることだけは、感じていた。