### **第二章 雷に打たれた男**
ビリビリと紙が裂ける音が響いた。
新聞だったはずの紙片は、谷晋助の足元に無残に散らばっていた。
気がつけば、自分の手が勝手に動いていた。
彼はゆっくりと握りしめた拳を開く。
そこにあったのは、もはや何の意味もなさない破れた紙切れだった。
だが、彼の脳裏にはまだ焼き付いていた。
あの記事の言葉が。
西郷を、あの男を、英雄として消費し、汚し、貶めるあの言葉が。
雷が落ちたのは、彼の心だった。
何年ぶりだろうか。
ここまでの怒りを覚えたのは。
「……紙切れ一枚が、人を殺す時代になったのか」
ふと、新聞輸送を始めたときに聞いた言葉が脳裏をよぎる。
たかが紙切れが、人を殺す。
たかが記事が、世の中を動かす。
西南戦争のとき、政府は新聞を使って世論を操った。
武士の反乱は、政府にとって「逆賊」だった。
西郷隆盛は、民を惑わせる「叛徒」だった。
その物語を作ったのは、刀ではなく言葉だった。
谷は、自嘲気味に笑った。
剣では、時代は変えられなかった。
だが、言葉は——時代を動かせるのか?
「……くだらねぇな」
新聞の残骸を踏みつけ、彼はその場を離れた。
怒りは収まらなかったが、どうすることもできなかった。
だが、その夜——雷鳴が頭の中で轟いた。
衝動のまま、彼は筆を取った。
破れた新聞の言葉に対する、反論を書いた。
かつて剣を振るっていたときのように。
戦場で敵を斬るように。
言葉を刻みつけていった。
その文章をどうするつもりだったのか、自分でも分からなかった。
ただ、書かずにはいられなかった。
そして翌日——。
彼の文章は、新聞の片隅に載っていた。
**「市民の声」として。**
谷晋助という名はそこにはなかった。
だが、その文章は確かに、人々の目に触れた。
それが、新たな戦場の始まりだったことを、彼はまだ知らなかった。