### **第一章 死んだ男の漂流**
※AI出力分は酒を飲む描写がありましたが、史実を見た限りだと桐野利秋は飲まない人のようなので修正、削除。編集を入れました。飲んでそうなイメージだし、酒の銘柄にもなってるんですが……意外ですね。
東京の片隅で、谷晋助は生きていた。
いや、「生きている」と言えるのかどうか、本人ですら分からなかった。
死んだはずの男が、ただ日々をやり過ごしているだけだった。
建設現場で汗を流し、郵便配達の仕事を請け負い、夜は疲れで、倒れるように眠る。
そんな生活が何年も続いた。
明治という新しい時代は、かつての武士にとっては窮屈なものだった。
武士という身分は消え、刀を差して街を歩けば笑われる時代になった。
だが、谷はそんな時代の流れすら意識しなくなっていた。
もはや戦うべき主君もなく、守るべきものもない。
彼はただ、死体のように生き続けていた。
そんなある日、奇妙な仕事を紹介された。
新聞の輸送。
「紙切れ運ぶだけの楽な仕事だぜ」
そう言われ、深く考えずに引き受けた。
だが、その配達員たちは異様なほど警戒していた。
腰に短刀を忍ばせ、銃を隠し持つ者すらいる。
「なんだってこんな物々しいんだ?」
谷が問うと、先輩の配達員が苦笑した。
「新聞は、時に人を殺すんだよ」
その意味を、谷はまだ理解していなかった。
彼にとって、新聞などただの紙切れに過ぎなかった。
記事がどうであれ、時代がどうであれ、そんなものは彼の知ったことではない。
彼の時代はとうに終わっていたのだから。
だが、その考えは、新聞輸送の初日で覆された。
路地を曲がった瞬間、何者かが襲いかかってきた。
無言のまま、数人の男が飛びかかる。
刃が閃く。銃が火を噴く。
「新聞を渡せ!」
その叫びを聞いたとき、谷はようやく理解した。
たかが紙切れ一枚が、人を殺す時代になったのだと。
彼は無意識に身体を動かしていた。
敵の刃を避け、反撃し、あっという間に襲撃者を無力化する。
だが、その戦いの最中、新聞の束が散乱し、地面に広がる。
谷はその中の一枚を拾い上げた。
そして——雷が落ちた。
紙面には、西郷隆盛を侮辱する記事が載っていた。
それは悪意に満ちた文字列だった。
罵詈雑言、嘘、誇張、貶めるための言葉が並ぶ。
谷はそれを読みながら、脳が痺れるような衝撃を受けた。
雷が落ちたのは、空ではなかった。
彼の心だった。
次の瞬間、彼の手は無意識に新聞を握り潰し、力任せに引き裂いていた。
ビリビリと紙が裂ける音が響く。
それは、彼の中で眠っていた何かが目覚めた音だったのかもしれない。