2話 END?
END?
「あれは……人間?」
今日も森の恵みに感謝しようと、御神木に祈りを捧ようとした時、奇妙な人間を見つけた。木の下で独り言を呟きながら、何やら落ち着きなく動いている。
「人がこんな所に何の用かしら……装備も無しに森の中に?まさか、私たちの村に気づいた?でも、それにしては……」
不審な存在ではあるが、どうも間抜けな様子だ。武器や防具は皆無で、まるでこの森の脅威を何もわかっていない。
「そんな装備で大丈夫か、確認しなければ。そう、これは人助け。村の奴らには……黙っておけば大丈夫よね」
長い耳をぴこぴこと動かしながら、草むらから颯爽と飛び出した。
「人間!こんな所で何をしている!」
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一方その頃、勝は謎の声と格闘……いや、実態はないので口論していた。
勝はステータス画面を睨みつけ、深い溜息を吐いた。「これ絶対に俺の能力、低いだろ」と独り言を溢しながら。それを謎の声は当然のように拾う訳だが。
『感動するほど低いですね。どうしてここまで低いんでじょうか?』
「俺が知りたいよ。ていうか、お前が見ろって言ったのに、お前が教えてくれないのはどういう用件だ!職業がギャンブラーなのも意味がわからん」
定職に就いていなかった勝の職業欄は空白、もしくは無職と表されるはずだ。ギャンブラーなどという職業として自称するのはどうなのかと疑問符があがる職業に就いた覚えはないし、自称した事もない。働かないで金が手に入る自分ラッキーとは思っていたが。
『ステータスの低さについては知りません。しかし、それも含めて先に知っておくべきである事だと思いましたのでお教えしました。そして1番お教えしなければいけないのが職業です』
「して、その心は?」
『この世界で生きていく為には職業が重要です。実際にあなたが使ったダイス1も職業に基づいたスキルです』
「そうだ。あのサイコロぶん回しの事を忘れてた」
ここで1度、何があったのかを振り返ったのは良くなかった。今日、起こってしまった急展開に焦りと不安が押し寄せる。
「……なんで俺は気がついたらあんな空にいて、どこかもわからない場所に突き落とされてるんだ?それだけじゃない、あの女も声だけのお前も一体誰なんだ。詳しい説明もなしに淡々と、俺が何も言えない意気地なしだからってそろそろふざけるのも大概にしろよ」
『…………』
「急にダンマリかよ。さっきまでは上から目線で指図ばかりしてたのによ。実は全部ドッキリで、どっかからカメラで撮ってたりするんだろ。さっきから変な視線を感じるしな」
『軽いパニック症状です。落ち着いてください』
「うるせぇ!そうだ、すまほだ。これさえ壊してしまえばお前は出てこざるをえないだろ」
高ぶった感情のまま、ポケットからスマホを取り出して地面へ叩きつける。叩きつけられたスマホからはガラスの割れる音と共に破片が飛び散り、それだけで容易に壊れてしまったことがわかる。壊れやすいので気をつけろと言われていたが、ここまで簡単に壊れるものへ数万も支払ったのは納得がいかないものがある。
しかし、これで声は届かない。そうすれば仕掛け人やカメラマンなども出てくるだろうと思っていた時、さっきから不自然な視線を感じていた草むらが音を立てた。
「人間!こんな所で何をしている!」
現れたのは鎧の隙間から浅黒い肌が見える銀髪の少女。驚くべきは日本人離れした肌色と髪色……ではなく、銀色の髪から覗く尖った耳だ。幾ら耳に特徴がある人間だったとしても、流石に髪から突き出る程長いのは異質だと感じてしまう。
声だけだった何者かが姿を現した可能性はある。しかし、それはまた何者かが声を発したことで否定された。
『現地の人に近い種族です。先程から感じていた視線は彼女のもので間違いないでしょう。返事をして敵意がないことを伝えるのをおすすめします』
「黙っていたと思ったらまた喋り出して。まだ続けるって事か。いいさ、お前は後回しだ。先に目の前の娘と話をつける」
近づいてこない少女に向けてその場で手を上げ、何もしないとできるだけ目に見える様にみせる。
「俺は煉瓦 勝!ここへは迷い込んでしまったんだ!よければ森の出口まで連れて行ってはくれないだろうか」
「そんな訳ないだろう。お前みたいな軟弱そうな奴が迷い込んで生きていける場所ではない!」
頭の中にハテナが浮かぶ。『生きていけない』とはどういう意味だ。熊や猪でも出るから危ないのだろうか。確かに野生動物は危ないが、軟弱だから生きていけないと言われるのは心外だ。どう見ても言っている本人の方が腕は細く、非力そうな見た目をしているというのに。
しかし、相手は少女。荒れた心を1度落ち着かせ、できるだけ優しく努めて言葉を返す。相手は心配してくれているのだ。不信感が溜まりに溜まった2人とは違う。
「すまない、お嬢ちゃん。ここがそんな危ない場所とは知らなかったんだ。きっと親がどこかにいるんだろう?そこまでで良いから案内してくれないか」
そう、努めて優しい口調で話をしたつもりだった。しかし、勝は知らなかった。サブカルチャーに少しでも精通していれば思い当たる節があるだろう。彼が見た小説の登場人物にも彼女のような耳の尖った種族は出てきていた。それはエルフ。森と共に住み、森を守る種族。様々な作品に共通した特徴は尖った耳と長寿。故に、一目見れば大体の人間が彼女を見ればエルフだとわかる。惜しむべきは勝の記憶力が興味のない事へ当てられない事だろうか。
ひ弱そうな人間にお嬢ちゃんと呼ばれたエルフがどうなるか。馬鹿にされたと勘違いしたエルフは顔を赤くしながら体を震わせる。声も動きもまるで子供が癇癪を起こしたようで、余計に子供のように見える。
「お……お嬢ちゃんだって!?私を舐めているのか!私は警備隊隊長、ミーティア・レイ!お前が何歳かは知らないが、少なくともお前より2倍は生きてるんだぞ」
「おちついておちついて。おじさん、何も知らないからさ。教えてくれると助かるな」
何故だか癇癪を起こしている少女を落ち着かせる為に声のトーンを数段上げて接する。猫撫で声とまではいかないが、声色でわかるくらいには高くなっている。それがまた気に食わなかったのだろう。
少女は地面を強く踏み、子供のように地団駄を始める。
「舐めやがって!珍しいから見逃そうと思ってたけど辞めだ。ここで殺してやる!リリース インパクトボウ」
急に手を突き出したかと思うと、光と共にどこからともなく真っ赤な弓が現れる。そして矢を装填する素振りも見せずに流れるようにこちらへ向けて弓を弾き絞り、
「跡形もなく……消し去れ!」
と言って、弦から手を離した。全てが一瞬の出来事。運動など普段から全くしない勝の身体能力は階段を急いで登ると息切れするレベル。そんな彼でもギャンブルに必要な動体視力は人並み以上に優れており、ミーティアと名乗った少女の動作を全て目で追えていた。故に普通は矢を装填するはずの場所が虚空だったにも関わらず、何処からともなく弓と同じ色である赤色の矢が現れたのを見逃さなかった。
『避けなければ……死にますよ。それとも受け止めて見ますか?』
「ちくしょう、一々うるせぇ!」
一直線で迫る矢を横へ倒れ込むように避ける。ヒョロヒョロのおじさんが華麗に避けた事で相手が驚いて攻撃の手を一瞬でも緩めてくれればよかったのだが、子供っぽい態度とは裏腹にしっかりと次を撃ち出そうと構えている。
しかし、矢を撃ち出す前に背後から爆発音が鳴り響いた。あまりの爆音につい振り返ってしまったのを次の瞬間には後悔した。後ろにあった木の1つから煙が上がっており、煙の隙間から抉られた幹がちらりと見えていたのだ。
「嘘だろ、おい。弓矢って当たったらあんなに抉れるのかよ」
「レベルの低い人間にはわからないかもしれないけど、これは魔法の弓だ。当たればお前の体はパァだぞ。どうだ、馬鹿にした事を謝るのなら手心は加えてやるぞ?」
「本当か?いや、本当ですか?すいません、あまりにも顔や体つきが幼かったもので勘違いしてしまいました」
「やっぱり私の事を舐めてるな!体つきが幼いだと?私は265歳だぞ!もう良い、殺す。死体すら残さず綺麗に処理してやる」
どうやら本気で怒らせてしまったようだが、これで良い。こんな非現実な事は全て夢。彼女の攻撃を受けて擬似的に死ねば夢は覚める。勝は今日一日の事象をそう結論づけて思考を放棄した。
「はっ。ギャンブルのやりすぎで脳汁が出まくったせいで頭がおかしくなっちまったんだな。明日からは低レートで脳みそに優しくギャンブルするか」
今度は直接的ではなく、足元を狙う矢を見て勝は目を瞑る。足元を爆発させて消し去るつもりの一撃だろう。どの道、これでは目を開けていても避けられる未来が見えないので諦めて正解だ。せめて、痛みまでは現実に寄せるなよと願い、事の終わりを待った。
そう、望み通り事は痛みすら感じず終わった。勝は知らず知らずの内に異世界転移を終わらせたのだ。
『ジ・エンド……にはまだ早いです』