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9 「落窪物語」をアレンジ③

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 レオポルドは、デルクを使って何度もリーセロットに手紙を送った。だが、リーセロットは封を開けもしない。それどころか「こんなものが見つかったら、イフォンネお義母様に何をされるか分からない」と怯え、引き出しの奥にしまい込んで隠したつもりになっているほどだ。


 アレッタは頭を抱えた。母君と死に別れたとは言え、あまりにも奥手すぎる。それに、イフォンネたちに見つからないように頑張って侵入し、手紙を届けてくれるデルクにも、リーセロットを気に掛けてくれるレオポルドにも申し訳ない。


 リーセロットは、どうせ自分に声を掛けてくるような男は、遊びで手を出す程度だと決めつけている。とにかく男は危険な生き物だと、前の邸にいた時の乳母が繰り返し繰り返し言っていたのを、まるで一つ覚えのように信じ込んでいるのもある。


 とにかく、リーセロットは、イフォンネが怖いのだ。イフォンネから逃れたいと思いつつ、世間知らずの貴族の女一人ではどうしようもないことを理解しているからこそ、身動きがとれない。「そんなの構うかぁ!」と出て行けたらどんなにいいだろう。


 その上、今は真冬だ。外は雪が降り続いており、一晩屋根のないところで過ごせば間違いなく凍死する。いや、春だって夏だって秋だって、無理なものは無理だ。もし生きられるとしたら、それは家を出てすぐに人さらいに攫われて、人身売買に掛けられて、娼婦に身をやつすか、奴隷になるか……まあ、慰み者にされて捨てられることもあるから、やっぱり無理だ。


 リーセロットはため息をつく間もなく、夜会服を縫う。冷たくなった手に持つ針も冷え切って、間違って指を指しそうになって慌てる。


 血なんかつけたら、とんでもないことになるもの。


 だが、今日はもうこれ以上は縫えそうにない。明日早く起きて続きを縫おう。


 片付けをして、寝る準備をする。アレッタはリーセロットの支度を手伝うと、隣の部屋に移動した。最近、アレッタは自室に戻らずに隣の狭い部屋にいることがある。夜に侵入者がいるのではないかと心配してくれているのだ。イフォンネが男を送り込んでくるかもしれない、それをリーセロットとアレッタは警戒している。それだけイフォンネから憎まれているのだ。母の娘であるというだけで、これほどまで憎まれるものなのか、とリーセロットは母を父に嫁がせた祖父である国王を恨めしく思う。


 それより、国王陛下(お爺さま)は、お母様が亡くなったことをご存じなのかしら? それ以前に、私が生まれていることをご存じなのかしら?


 考えても仕方ないことを考えてしまうのは、疲れている時と辛い時だ。良いことを考える余裕がなくなり、悪いことや過去のことばかり考えるようになる。


 カタ、と物音がした。この部屋は娘の部屋だというのに、外鍵がかからない。隣室にいたアレッタは、物音に気づいて、隣室から出ようとして、男に口を手で塞がれた。暴れると、耳元で「アレッタ、静かにして」と言われた。はっとして男をよく見れば、それはデレクだった。


「どうして? 何が……まさか、姫様のところに、少将様が? だめよ、まだ心の準備も何も」

「いいから黙って。絶対に姫様に悪いようにはしない。手紙を出しても返事がないんだ。こうなったら直接会いにいく以外方法がないだろう?」


 アレッタはぐっと手を握りしめた。


「絶対に姫様のことを、若が助けてくれる。そのために必要なことなんだ」


 アレッタは力を抜いた。


「僕も隣で待たせてもらう。一緒に待とう」


 うなだれたアレッタの目には、みすぼらしい姿で褥に入ったリーセロットの姿があった。せめてきれいな姿で会わせてやりたかったと思った。


 その頃、リーセロットは、侵入者に腕を捕まれて震えていた。


「何回も手紙を書いたんだけど、返事がもらえなくて、驚かせるとは思ったんだが、もうこれしか方法がなかったんだ」


 薄化粧さえしていない。夜着ということにしてはいるが、つぎはぎだらけのそのネグリジェは、平民でさえ着ていないだろうと思われるほどにくたびれている。こんな姿を見られたことが恥ずかしくてならない。


 レオポルドはといえば、リーセロットの、みすぼらしく痩せ細っている姿に痛ましさを感じていた。それと同時に、美しく高貴なたたずまいながら、恥じらって涙を流している姿に心を射貫かれた。


「リーセロット。君にとっては意に染まないことかもしれない。だけど、俺を信じて。必ず俺が守ってみせる。だから、俺に君を守る権利をくれ」

「どうしてそれを信じられると?」

「これからお互いを知っていこう。手紙でお互いを知り合えたらと思ったんだが、君が返事を書く気にさえなっていないと聞いて、このままでは時間ばかりが経ってしまう、君が夫人に厄介払いされるのではないか、そう思うといても立ってもいられなかった。突然来たことを怒るのは当然だが、こうしなければならない状況に俺を追い込んだのは君自身だということも理解してほしい」

「理解したく、ありません」

「ならば次からは手紙を書いたら返事をくれるか?」

「……このような無体を働かないとお約束くださるのならば」

「わかった。約束する」


 雪雲はどこかへ行ったようで、隙間から月の光が差し込む。その月の光に淡く浮かぶリーセロットは、はっとするほど美しく、儚げだった。そっと掴んでいた手を離すと、リーセロットはその辺りにあった布を引きかぶった。


「アレッタの夫が、俺の従者なんだ。それで、君が辛い思いをしていると聞いた。素晴らしい女性なのに、継母にいじめられている、誰か助け出してくれないかと、そうアレッタがいっていたそうだ」

「……」

「君が本当にここから逃げ出したいと思うなら、俺を使え。君の血筋なら、俺の父も君を妻にすることを認めてくれるだろう。できるだけ誠実でありたいと思っているから、今日、君を襲うようなことはしない。君が俺を選んでくれたらと思う、それは本当の気持ちだ」


 リーセロットは布の隙間からレオポルドを盗み見た。立派な体格に、美しく凜々しい顔立ちの、いかにもモテそうな男だ。


「お相手に困っていないという噂を聞きました。たとえこの家から連れ出していただけたとしても、慰み者にされてそのまま捨てられたら、同じことですわ」

「俺が先ほど『妻』とはっきり言った。俺は女性と交際したことはない。女性たちが勝手に争っているだけだ」

「何とでも言えますわ。私のように引きこもっている者には、真実は分からないものです」

「はは、これは強敵だ。だが、だからこそ、君が未成年とはいえ、しっかりした女性だということがよく分かったよ」


 レオポルドは立ち上がった。


「今日はこれで帰る。必ず返事を」

「承知しました」

「約束だぞ?」

「ええ」


 突然布を引き剥がされた。驚くまもなく、リーセロットは唇を奪われた。


「俺のことを忘れないように」


 レオポルドは、来ていたマントをリーセロットにまとわせた。


「少しでも君が寒くないように。手紙と一緒に、いろいろデレクに持っていかせるよ」


 それだけ言うと、レオポルドは出て行った。隣でカタカタと音がして、誰かが出て行く気配がした。おそらくアレッタの夫が一緒に来て、アレッタがこちらに来るのを留めていたのだろう。


 マントは暖かかった。だが、こんなみっともない姿を見られたことがショックだった。泣いていると、アレッタが心配そうにやってきた。


「姫様、助けに来ることができず、申し訳ありません」


 声を殺して泣くリーセロットの背中を、アレッタはさすり続けた。


「だから返事を書いた方がいいって言ったんですよ? でもね、姫様。あの方は、本気で姫様をこの家から助け出そうとお考えなのだそうですよ」

「そんなの分からないわ。どちらかかから縁談がくれば、大切に育てられたご令嬢の方に心が傾くに違いないわ」

「いいえ、縁談は全部お断りになっているのですって」

「え?」

「騎士団に見学に来るご令嬢たちに辟易していらして、釣書を送ってくるのはみんなそういう積極的なご令嬢ばかりで、そんなご令嬢と結婚しても心が安らげない、穏やかで上品な人はいないかとずっとお探しだったんですって」

「いるでしょう?」

「異母姉妹をご覧になっても、そうお思いになります?」


 姉たちも、妹たちも、確かに外に出てキャッキャと騒ぐタイプだ。ああいう人が多いのだろうか。


「姫君のような人がタイプなんですって。今日会って、ますます興味をお持ちになったそうですよ。それに」


 アレッタは声を低くして言った。


「その場で姫君を攫うこともできたし、姫君をご自分のものにしてしまうこともできたのに、それをしなかった。お互いを少しずつ知っていこうとおっしゃった。それだけでも、信じられないほどの自制心をお持ちです。姫君のことを大切に思っている証拠です。慰み者にするだけだったら、今頃姫様の純潔などとっくに散らされていたはずですよ」


 リーセロットは物思いに沈みながらも、アレッタの言葉を冷静に受け入れていた。そして、一言ぽつりといった。


「文通は、してみるわ。でも、お義母様にみつからないか、それが心配だわ」

「デレクと私の関係をうまく使いましょう。ね、姫様、少将様にお迎えいただけるように、こんな家から早く出られるようにしましょう」


 リーセロットは隙間から見える月を見上げた。


 お母様、私、ちゃんと見極められるでしょうか? お父様のような人ではないと自信をもってあの方について行けるでしょうか?


 月は何も言わない。ただ、冷え冷えと、リーセロットを照らしていた。

読んでくださってありがとうございました。

原作ではしっかり少将に襲われている落窪ですが、さすがにね。

ということで、まだ清い関係の二人です。

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