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8 『落窪物語』をアレンジ②

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 シルフィア改めアレッタには、実は夫がいる。お互いに主がいるので同居していないので恋人のようにも思われるが、一応籍は入れてあるし、各自の主にも報告済みである。


「ねえ、デルク、聞いてくれる?」


 長年の片思いを実らせてアレッタと結婚したデルクは、アレッタに甘い。とにかく甘い。


「ああ、何時間でも聞こう。どうかしたのかい?」

「あのね……」


 アレッタは自分の主のリーセロットがどれほど美しく素晴らしいお嬢様であるか、裁縫が職人並みに上手なのをいいことにイフォンネ夫人にいいようにこき使われていること、王女を母にもちながら使用人と変わらぬ生活をさせられていてあまりにも気の毒なこと、その他思いの丈をぶちまけた。


「つまりね、諸悪の根源はイフォンネ夫人なのよ! あ~あ、リーセロット様を大切にしてくれるきちんとした方に、助け出してもらいたいものだわ」


 話を聞きながら、デルクは考えていた。助け出してもらいたい、というアレッタの言葉に、デルクはふとひらめいた。


「アレッタ。僕に考えがある。少し時間をくれないか?」

「ほんと? でも早くしてね。こんな境遇に置いておくこと自体が私には辛いし、あのイフォンネ夫人がリーセロット様によくないことを考えるかもしれないから」

「うん、わかった。でもね、アレッタ。せっかく僕と一緒にいるのに、ご主人の箏ばかり考えていると、僕が妬くって考えなかったの?」

「あ」


 その夜、アレッタはデルクにたっぷりと理解させらることになったのだった。


・・・・・・・・・・


 デルクの主人は、騎士団の少将をしているレオポルドである。レオポルドの父は騎士団の副団長をしており、騎士として国と王家に忠誠を誓った家門の長男だ。いずれは父の後を継いで副団長、さらには団長、もっと進んで軍務大臣になる道までもが開かれている。鍛えられた体を持ち、よりよい作戦を立てるために知力判断力知識も優れているのだが、それだけでなく、これがまたどうしようもないほどの美丈夫であった。結婚を考えるような年齢になったのでいろいろな所から縁談も持ち込まれるし、騎士団の訓練の見学にやってきて猛アピールする女性陣も数知れずいるが、レオポルドはそれらを煩わしく感じていた。とはいえ、結婚したくないわけではない。女性に興味がないわけでもない。追いかけられるのがいやというだけである。こういう男は、追いかけたいのだ。


「デルク、お前評判のいいお嬢さん知らないか?」


 ある日デルクはレオポルドにそう尋ねられた。家の中で緩みきったレオポルドは、こうみればただの年頃の若者なのだと実感させられる。


「まあ、心当たりがあるというか何というか……」

「教えろ、どんな人だ?」

「僕の妻の主ですよ。王女が降嫁して生んだ姫様なんですが、王女様が亡くなると同時に父親と王女の降嫁によって第二夫人に下げられていた義母の住む邸に引き取られたんですが」

「ですが?」

「なにせ王女様のせいで正妻の座を明け渡さねばならなくなったわけですからね、王女様だったから手出しはできなかったけれども、自分は正妻になったし、娘なら怖くないってことで、いじめているんだそうです」

「まあ、聞かない話ではない。だいたいいじめられた姫君は性格がひねくれているものだ」

「それが、本当に品があってお優しくてお美しい姫様らしいですよ。裁縫の腕が立つんで寝る暇も無いほどドレスやらスーツやら縫わされているらしいですし、王家流のリュートの弾き手だそうで、レッスン料を払わなくいいからと自分の息子に教えさせているそうです」

「健気だな」

「今の境遇が辛くて、よく泣いておいでだそうですよ」

「なあ、デルク。その姫城に一度会ってみたい」

「は?」


 デルクはレオポルドの顔を見た。心なしかその顔が上気しているように見える。


「母親には先立たれ、父親には無視され、義母からいじめられているんだろう? 成人してもいないのにひたすら縫い物をさせられて、泣きながら服を仕立てているんだろう? 心を慰めるものはリュートと侍女一人しかいないんだろう?」

「そう聞いていますが」

「俺の手で守ってあげたいなって、お前は思わないのか?」

「僕はただ、妻が姫様がって悲しがるのをなんとかしてやりたいだけです」

「ならば、利害は一致している。一度会って、これはという女性だったら、俺が助け出す。そうすればお前の妻だってうちについてくることになるだろう?」

「なんと! それは素晴らしい案です!」


 主従2人ががっちりと握手を交わした。


「では若様。行ってきます」

「うまく渡りを付けてくれよ」


 その日、デルクはアレッタの所に出かけた。そして、レオポルドがリーセロットに逢いたいと行っていることを伝えた。


「ちょっと、冗談じゃないわよ! 少将様っていったら、モテ男で有名な人じゃない! うちのリーセロット様に手を出してそのまま逃げようなんて、そんな男の話をしないで!」

「待ってよ、アレッタ。俺の主人はそんな男じゃない。誰とも付き合ったことがないんだ。ただあの顔だからさ、モテるのは否定しないが、いつも女性たちから逃げているんだよ?」

「嘘よ、だって『私、少将様と目が合って、じっと見つめ合ったことがあるの』って自慢している侍女がいたのよ?」

「それ、ただの自意識過剰」


 アレッタがギャーギャー言っている向こう側をチラリと覗けば、儚げな美女が縫い物をしている。成人前の、大人と子どもの中間に立っているような、なんとも危うい儚さを讃えていた。


「一度でいい、話もなくてもいい、ちらっとお姿を見るだけ。これでもだめか?」

「分かったわよ」

「アレッタ、ありがとう。それにね、もしうちの若とアレッタの姫様がご一緒になったら、僕たちだって一緒にいられる時間が増えるって気づいている?」

「あ……」

「愛しているよ。アレッタ!」


 颯爽と主の元に返っていくデルクの背を見て、アレッタはいい考えなのかも知れないと思い始めた。


「でもやっぱり、姫様にふさわしい男かどうか、私が見極めないとね」


 アレッタは気合いを入れてリーセロットの元に戻った。


(sideレオポルド)


「で、どうだった?」

「あれは美人になりますね」

「ん?」

「若もまだ成人なさってあまり経っていらっしゃいませんが、あちらの姫様はまだ成人前です。結婚もできませんからね、手を出したらだめですよ」

「分かったから! 手紙を届けてくれないか?」

「分かりました!」



(sideリーセロット)

 アレッタはデルクから預かった手紙をそっとリーセロットに差し出した。


「手紙なんて、久しぶりね。どなたから?」

「姫様のことを助けようとお考えの方のようです」

「ふうん。私を助けようなんて、変な人もいるものね」


 リーセロットは手紙を開いた。ラブレターというものであろうと思うのだが、リーセロットにとっては他人事でしかない。


「ねえ、誰かと間違えているんじゃないかしら? でも字がきれいな方ね」


 まるで脈なしである。


「いただいた以上、返事しないわけにはいきませんよ」

「私には関係ない話だわ。それに、お義母様たちに知られたら大変だし」


 アレッタは、返事を今か今かと待ちかねているデルクの所に戻り、「まだ無理ね」とだけ言った。


「全然だめ?」

「今はね。本気だって分からないうちは、リーセロット様だって私だって動けないもの」

「そうか……分かった。そう若様にお伝えするよ」

「待たせてごめんね」

「じゃ、行ってくる」


(sideレオポルド)


「で、どうだった?」

「一回目の手紙で動きがあるなんて思っちゃいけませんよ。それこそ軽い女ってことになるじゃないですか」

「そうなのかな」


・・・・・・・・・・・


 久しぶりにリーセロットの様子を見に来た父エンゲルベルトは、リーセロットがこの寒い中暖炉に火も付けずにワンピース一枚でいることに気づいた。


「なんて格好をしているんだ! 貴族の娘らしくちゃんとした格好をしなければだめじゃないか!」


 そんなこと言われたって、他人の服を作ることはあっても、自分の服を作る暇などないし、そもそも布を入手することもできない。


 ない服を、どうやって着ろというの?


 あまりにも恥ずかしくてリーセロットは一言も物が言えない。そんなリーセロットに業を煮やしたエンゲルベルトはそのままの勢いでイフォンネの所に行った。


「リーセロットが寒さに震えていたぞ。誰かの古着でいいからやりなさい。あれでは夜、寒かろうに」

「まあ、また捨てたの?」


 イフォンネは憤慨したように言った。


「あの子にはちゃんと着せていますよ。でもね、気に入らないって、すぐに脱いで捨ててしまうのよ」

「何だって? 嫌な奴だ。母親に早く死なれてちゃんと育たなかったのか」


 育てていないのはお前たちである、という言葉はここでは飲み込んでおこう。だが、イフォンネはさすがに死なれるのは困ると思った。それで、新しい反物をもってリーセロットの部屋に行った。イフォンネは何枚も重ね着した上に、ストールまで巻いている。


「これをいつもより丁寧に縫いなさい。上手にできたら服をあげるわ」


 リーセロットが喜んだのは言うまでもない。いつもより早く、きれいに仕上げたリーセロットに、イフォンネは約束通り服を与えた。といっても、自分が着古してもう着なくなった厚手の上着だ。これ以上寒くなったらどうしようと思っていたリーセロットは、着古して型が崩れ、なんなら虫食いの穴までありそうな上着に驚喜している。いじめられすぎて、感覚がおかしくなっているのだろう。


 イフォンネが縫わせた服は、娘婿のための外出用の服だった。この婿殿、いいものはいい、悪いものは悪いとはっきり口にする方で、リーセロットが縫った服を見て、「これはいい仕立てだね」と褒めてくれた。それを妻である娘がイフォンネに報告すると、イフォンネは言った。


「絶対にリーセロットに聞かせてはだめよ。自信を持ったら大変。ああいう者はね、這いつくばっていればいいの!」


 娘たちは「さすがにひどすぎない? あの子が可愛そうよ」とひそひそ話した。


読んでくださってありがとうございました。

次回、2人の関係に進展が?

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