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7 『落窪物語』をアレンジ!①

読みに来てくださってありがとうございます。

日本版シンデレラといえば、『落窪物語』と『鉢かづき』かと思います。

今回は、『落窪物語』をアレンジしていきたいと思います。

よろしくお願いいたします。

 宰相補佐官エンゲルベルトには、二人の妻がいた。


 一人目は元々からの婚約者だった伯爵令嬢イフォンネだ。エンゲルベルトとイフォンネは親どうしが決めた婚約者だったが、お見合いの席でお互いに一目惚れして恋愛結婚と変わらない結婚をした。仲睦まじい夫婦には、沢山の子が生まれ、画に描いたような幸せな家族がそこにあった。


 そんな夫婦に降って湧いた話が、もう一人の妻を迎えるという話だった。エンゲルベルトは真面目な男だった。家柄も悪くないし将来の出世も見込める。そこを見込んだ国王が、自分の娘をエンゲルベルトに託したのだ。マルハレータ王女はそれは穏やかで美しく、何事にも控えめな王女だったが、正妻のイフォンヌは王女を迎えるために第二夫人に下げられ、正妻の座をマルハレータに明け渡さなければならなかった。


「どうして断ってくれなかったのよ!」

「仕方がなりだろう、陛下に『余の息子になるのだ、うれしいだろう?』なんて言われたら、断った瞬間に首が飛ぶ。お前たちだって殺される可能性があったんだ。お前たちを愛しているからこそ、お前たちを守るために、私は仕方なく……」


 エンゲルベルトはイフォンネを抱きしめて泣いた。イフォンネの怒りが全て収まった訳ではないが、自分たち家族を守るためなのだと言われればそれ以上のことは言えない。イフォンヌは国王への怒りを、そしてやがて降嫁してくるマルハレータ王女への憎しみを、ただひたすらくすぶらせ続けた。


 やがてマルハレータ王女が降嫁してきた。マルハレータには王都内に国王から邸が贈られ、マルハレータはその邸に入ったらしい。


「ねえ、私たちはどうなるの?」

「大丈夫、気にするな。時々向こうに顔を出さないと陛下に何を言われるか分からないから丁重にもてなすが、私が愛しているのはイフォンヌ、お前だけだよ」


 チョロいイフォンヌはそれで機嫌を直す。


「早く帰ってきてね」

「もちろんだ。あの邸は私の家ではなく、王女様の家だからな。行っても落ち着かない」


 父である王としては、イフォンヌのいる邸に娘を嫁がせたら互いに気まずいだろうし、年上のイフォンヌにおとなしいマルハレータがいじめられるのではないかという危惧もあって別に邸を与えたのだが、これがいけなかった。エンゲルベルトは自宅からマルハレータの邸に通い婚をするような形になった。自宅ではないという意識があるから、時々顔を出せばいいと思っていたエンゲルベルトと、おとなしく引っ込み思案のマルハレータは、なかなか打ち解けられなかったのだ。


 ようやくマルハレータに子どもができ、国王から孫の顔を見せろとせっつかれなくなったとほっとしたところで、美しい姫が生まれた。イフォンヌから生まれた娘のように可愛くは思えないが、これはこれで政略結婚に使えそうだとエンゲルベルトは考えた。何せ母は王女、祖父母は王と王妃なのだ。その血筋から言えば、公爵家どころか王族、それも他国の王家に嫁がせることもできる。エンゲルベルトはマルハレータをねぎらい、そして王女同様に教育するようにと命じた。


 マルハレータは夫の指示に従い、「リーセロット」と名付けた娘に教養やマナーを教え込んだ。マルハレータ自身が内向的であったこともあって特技としていた裁縫やリュートも教えた。リーセロットは賢く、優しく、そして技術も備えた娘に成長していった。父は滅多に会いに来なかったが、母と二人、特別贅沢もしないが困窮することもない生活は、リーセロットにとって穏やかで温かい日々だった。


 だが、マルハレータは生来体が弱かったこともあり、リーセロットが10才の時にあの世に旅立ってしまった。10才の娘一人ではこの邸を維持していくことはできない。エンゲルベルトはイフォンネと相談した上で、リーセロットの側仕えの侍女一人を除いて邸の使用人たちを解雇し、リーセロットと侍女だけを自分たちの住む邸に迎え入れた。


「さあリーセロット、挨拶しなさい」

「初めまして、リーセロットと申します。今日からお世話になります。どうぞ宜しくお願いいたします」


 エンゲルベルトに連れられてイフォンヌの部屋に挨拶に行ったリーセロットは、母親に教えられたとおり丁寧に挨拶をした。だがイフォンヌは挨拶を返さない。


「泥棒猫の娘など、本当は引き取りたくはないの。私から生まれていないお前はこの家の娘ではないわ。しっかり働いて、自分が食べる分くらいは役立ちなさい」


 母を亡くしたばかりでまだ涙も乾かぬ10才の娘に、イフォンヌは勝ち誇ったように告げた。


「お前の部屋は、きちんと用意してあるわ。娘じゃないから、同じような部屋を期待しないことね」

「……」


 絶句するばかりのリーセロットを他の使用人に預けると、エンゲルベルトはそのままイフォンヌと話があると言ってリーセロットを部屋から出した。呆然と使用人について行ったリーセロットが案内されたのは、防犯上に難がある一階の、北向きの小さな窓がある、狭くて暗い、使用人用の部屋と余り変わらないような部屋だった。


「姫君として扱われることはありませんから、お覚悟なさい」


 メイド長だと当たりを付けて、リーセロットは尋ねた。


「私の侍女のシルフィアはどこにいますか?」

「使用人の棟に部屋を用意させたから、そっちにいるんじゃないかね」

「荷解をしたいので、呼んでもらってもいいですか?」

「自分でやりなさい。ここではあなたの味方をしたものは罰せられ、解雇されるんですから」

「ならば、部屋の前まで連れて行ってください。迷子になってはいけないので」

「隣だよ?」

「お願いします」


 メイド長はため息をついたが、リーセロットを、隣接する使用人棟の一部屋の前に案内した。


「シルフィア、いるかい? あんたのお嬢様が来ているよ」


 扉が開かれ、シルフィアが出てきた。


「お嬢様……」


 シルフィアの目には涙が浮かんでいる。


「シルフィア、荷解を手伝ってほしいの。お願いできる?」

「ええ、今参ります」


 リーセロットはメイド長にお礼を言うと、メイド長は目を丸くして、そのまま行ってしまった。


 シルフィアと二人、リーセロットの部屋に入ると、全ての荷物を出したらこの部屋には入りきらないのではないかという気がしてきた。


「とりあえず、すぐに必要なものから出しましょう」


 衣装部屋などない。小さな作り付けのクローゼットに、最低限の衣類を入れる。母の形見の品をいくつか並べると、母がいなくなった悲しみがまた襲ってきた。


「お嬢様、私がついています。だから、気を落とさないようにしましょう」

「そうね、シルフィアがいてくれて良かったわ」


 シルフィアは元々マルハレータ付きの行儀見習いだった。年はリーセロットより少し上なので、リーセロットとしては頼りになる姉のように親しんできた人物だ。シルフィアがいてくれて本当に良かったと、リーセロットは思っている。


 イフォンヌはリーセロットを邪険に扱うと決めていた。そして、リーセロットと名前で呼ばず、「フーク(隅っこ)」と呼ぶように使用人にも命じた。


 そのうち、イフォンヌはリーセロットの弾くリュートが音楽家顔負けのレベルにあると知った。


「そういえば、ラウがリュートを習いたいと言っていたわね。フークから教えてもらえばレッスン代もいらないから、ちょうどいいわ」


 三男のラウレンスはこうしてリーセロットからリュートを習うようになった。ラウレンスは義姉と、家族の中で誰よりもリーセロットと過ごすことになった。そして、リーセロットの優しさや賢さに触れ、どうして両親はリーセロットと邪険に扱うのかと疑問を持つようになるのである。


 さてふだんのリーセロットと言えば、イフォンヌに命じられて家族や、すでに嫁いだ義姉たちの夫の服を仕立てるように命じられていた。刺繍程度はイフォンヌもたしなむが、リーセロットのようにドレスや夜会用の衣装を仕立てる技術はない。王女がどうしてこんな技術を持っていたのだろうかとイフォンヌには理解できないところもあったが、高額なドレスを作れる針子を囲ったのと同じだと思えば、頬が緩んだ。


 これで、生地さえあればいくらでもドレスを仕立てられるわ!


 イフォンヌにも、ドレスの請求書には生地や飾りに付ける宝石などの材料費と仕立代の二種類が書かれていることは理解できる。これからは仕立代がいらないとなれば、半額以下でドレスを仕立てられる。


 つまり、同じ予算で倍は作れる訳ね!


 イフォンヌは材料を大量に渡し、イフォンヌら家族と婿たちのサイズと好みの色やデザインを指示した上で、ひたすら衣装を仕立てさせた。最初にできあがったのは、イフォンヌ用のドレスだ。


「悪くない。いえ、いいできだわ!」


 イフォンヌは休む間もなくリーセロットとシルフィアに服を仕立てさせた。


「母上、作っていただいたこの服ですが、いい仕立てですね。針目もきれいで、着心地がとてもいい。よい品をくださり、ありがとうございます。さすがは母上、いい目をお持ちだ」


 婿たちは格上の侯爵家と伯爵家の跡継ぎだ。彼らのお眼鏡にも叶ったならば、リーセロットの技術はやはり確かなものなのだ。


「いえいえ、娘のこと、どうかよろしくお願いいたしますね」


 伯爵家以上の貴族家には、どの家にも複数の妻がいる。妻どうしがどれほど夫に尽くせるかを競い合い、最も貢献度が高い妻が最終的に正妻になる。王女の降嫁のような特殊な場合は身分が優先されるが、貧乏伯爵家出身の妻より、裕福な男爵家出身の妻の方が序列が上になることだってある。


 婿たちにも妻は複数いる。娘たちの、妻としての序列はまだ定まっていない。ここで「役に立つ嫁キャンペーン」をどしどし推し進めることができれば、娘たちの立場を確固たるものにできる可能性が高いのだ。


 イフォンヌは夜寝る暇もないほどに服を仕立てさせた。一日でも期日に遅れれば叱責し、食事を抜くことすらあった。リーセロットはこんな扱いを受けるとはと嘆き悲しんだ。


 ただでさえこき使っているのに、三女が嫁ぐと決まったことで、イフォンヌは婚礼衣装に、嫁入り道具としての衣装と、婿用の衣装まで作らせることにした。


「結婚式は決まっているんだから、間に合わなかったら容赦しないわよ」


 指先は針を刺して血が出ることもある。そのままでは生地に血を付けてしまうために、止血できるまで作業ができない。そんな所を見られたために、リーセロットは暴力を受けた。


 それだけではない。シルフィアを、三女の侍女にして嫁ぎ先に行かせると言い出したのだ。


「シルフィアは見た目も悪くないし、そもそもは子爵家の三女で身元もしっかりしているから、ヴィレミーナの侍女にしましょう」

「お断りします。私は王女様から、リーセロットをお守りするよう言いつけられております。おそばを離れるわけにはいきません」

「生意気な! そんなにフークのそばがいいなら、お前の格もそれまでということ。シルフィアなんてたいそうな名前を名乗ることは許さない。今日からお前はアレッタ(魚のひれ)よ」


 親が付けた名さえ、この人は奪うのか。


「アレッタでも何でもかまいません! 私はリーセロットお嬢様のおそばを離れませんから!」


 二人に対するつらい仕打ちは、これまで以上に続いていくのだった。


さて、次回、ヒーロー登場!

『落窪物語』のアレンジその2は来週お届けします。

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