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56 百人一首をアレンジ34 誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに

読みに来てくださってありがとうございます。

やっと書けたので投稿します。

よろしくお願いいたします。


 学生時代は気楽なものだったな、とアルバンはしみじみと若かりし頃を振り返る。身分の差だってもちろんあったし、実家の経済力や権勢など言わずもがな、それでも親しく付き合えるのが学生時代だったと思う。それは、家よりも同じ学校に通っている生徒だという意識の方が強かったからに違いない。


 アルバンが通っていた学校には、侯爵以上の高位貴族はいなかった。伯爵家でも序列が下の方の家が数家、それに子爵家・男爵家と言った下位貴族と裕福な商家の子女、それに各地から選ばれた奨学生……優秀だが貧しい家庭の子供たちが在籍していた。


 アルバンは裕福な商家の息子だった。貴族の嫡子は跡継ぎとしての責任を果たすため、嫡子以外は自力で生きるために必死で勉強していた。優秀だが貧しい家庭の子供たちは、学校で一定以上の成績であれば学校長の名前で優良な職場への推薦状をもらえるとあって、貧困から抜け出すためにこれまた必死になって勉強した。


 こういう環境の中では、ほどほどの責任があり、食うに困らないだけの財力を持つ温い状態の家の子女は、机にかじりついて勉強するという気持ちになれない。アルバンもそんな「ぬるま湯生徒」の一人だった。


 帳簿のチェックや商品の目利きは、幼少時から叩き込まれている。「会長の仕事として一番大切なことは、従業員を適材適所に配置してうまく働いてもらえるように監督することだ」と父はいつも言っていたが、担当者が責任を持って仕事をすればいいだけのことだとアルバンは思っていた。


 だから、アルバンは失敗した。一通りのことはできるが、これと言って秀でたものもなく、ではいい商売相手との人脈をつないだかといわれれば、さらりとした関係の友人ばかり。


「使えない」


 父は卒業後3年、自分の商会でアルバンに仕事をさせた後、そう言った。


「なんのためにあんな大金を使ってあの学校に行かせたのか、全く理解していなかったのだな」


 今でもわからない。それが表情に出ていたのだろう。アルバンの父は大きくため息をつくと、こう言った。


「お前に商会を回すだけの才覚はない。一従業員としてここで働くのは、お前には酷だろう。伝手を使って、どこかの商会に就職させることならできる。どこへ行きたい?」


 アルバンはここにいたい、と言おうとした。学生の頃からずるずると付き合っている男爵家の三女がいるからだ。男爵家なので格は低いが、祖父・父・兄が手堅く手広く商売をしているために裕福で、一定規模で商売をしている家なら平民に嫁いでもよいと言われていたため、アルバンからの求婚待ちの状態なのだ。


「ああ、お前がお付き合いさせていただいている男爵家のご令嬢だが、最近結婚をせかされていたそうだな? 結婚式などいらないから、すぐにでも一緒に暮らしたい、だったか?」


 父には彼女との交際について、一言も話した覚えはない。


「どうして、そのことを?」

「わしが知らぬと思ったか、この愚か者!」


 父によれば、彼女は女性客しか入れない酒場に出入りしていたらしい。そこには見目よく若い男が集められ、女性客たちはお気に入りの男性を指名して酌をさせ、話し相手をさせながら過ごすのだという。それだけなら少々素行が悪いという程度なのだが、その男たちは男娼でもあった。


「それじゃ、彼女は……」

「既に腹の中に、お気に入りの男娼の子がいるらしい。お前に結婚を迫ったのは托卵のためだ。お前と結婚した後も、その男と縁を切るつもりはなかったそうだ」

「は……」


 アルバンはがっくりとうなだれた。かわいい子だったし、失敗したアルバンをよく励ましてくれた、優しい子だった。信じていたのに、と思うと、情けなくて涙が出た。


「あちらから話があり、他の男のこどもが腹の中にいる以上、アルバンとの結婚もさせられない、申し訳ないと頭を下げられたよ」

「そんな……」

「彼女は、一生男爵家が面倒をみるそうだ」

 

 それは、二度と世間に出さないということ。しばらく経ったら「病死した」という噂が聞かれることになるだろう。もしかすると、子どもも一緒に始末されるかもしれない。


 アルバンは彼女を連れて逃げようかとも思ったが、それは父に看破されていたようで、男爵家とは一切接触しないと誓約書を書かされたのだと父は言った。


「うそだ……」

「これが現実だ。そんな彼女と付き合っていたせいで、お前はもうこの町の空気を吸うことは抱きないだろう。ならば、よそに行った方がいい」

「父さん!」

「行きたいところがないのなら、わしが決める。明日の昼までに申し出がなければ、儂の一存で決めるからな!」


 父が手を振った。部屋を出ろという合図だ。部屋の中にいた秘書が扉を開けて、アルバンに退室を促す。アルバンは静かに従うほかなかった。自分の部屋に戻ったアルバンは、手紙を書いた。それから換金できそうなものとこれまでにためたわずかな金を、体のあちこちに分散させて持った。


 手紙をベッドの上に置くと、アルバンは部屋を出た。みんな忙しく仕事をしていて、アルバンの方に気を止めることもない。アルバンはそのまま家を出た。そして、隣国に向かった。さすがの父も、隣国とは直接取引をしていない。隣国ならば、父の息がかかっていない人たち、そして自分のことなど誰も知らない所だらけだ。アルバンは国境の検問所に向かいながら心を決めた。今度こそ、きちんと生きよう、まじめに仕事と向き合おう、と。


 隣国に入国したアルバンは、隣国で王都に次ぐ第二の都市に向かった。アルバンの故郷とは、王都をはさむ形になる。その都市で、アルバンは商家ではなく、庭師の見習いに入った。もともと植物は好きだったこともあるが、親方となった男が公園の手入れをしているのを見かけた時、目からうろこが落ちるという感覚を初めて味わったのだ。


 別に大したことではない。庭師が無造作にハサミを入れているようにみえるのに、払われた枝がなくなった時、確かに樹木のバランスが整い、樹木があるべき姿を取れることに喜んでいるように感じられたのだ。


 つまり、ハサミを入れる場所は、しっかりと観察され、計算された上で選ばれているということなのか?


 アルバンは今まで、庭師という仕事を評価していなかった。それは、アルバンの知る庭師たちが「それなり」の仕事しかしていなかったからだと気づいた。そして、それは実家の商売を手伝っていた時のアルバンと何ら変わらない者なのだとも気づいた。


 アルバンはその場で親方に頭を下げ、弟子にしてもらえた。住む場所もないと知った親方は、自分の家に居候させてくれた。はじめは怒られることばかりだったが、相手は命なのだと思えば、それは当然だと思えた。


 庭の設計の仕方、植物の名前、特性、相性、手の入れ方……伸びすぎた枝を払うとしても、その植物ごとにタイミングがあることを知った。切り戻しは思い切りやらないと成長が止まるものもあれば、強い剪定に負けてそのまま枯れてしまうものもあることを知った。がさつなだけだと思っていたが、実は繊細なものなのだと思い知らされた。


 少しずつ、親方から仕事を任されるようになった。最初は木一本の剪定からだった。ハサミを入れる場所を慎重に見極めたつもりだったが、切ってはいけない所だったらしく、親方から大目玉を食らった。公園のその木は、今でもその部分だけ枝が伸びず、ぽっかりと穴が開いたようになっており、アルバンはそれを見るたびに初心に戻される。


アルバンは10年かけて、独立を認められた。認められたというよりも、追い出されたと言った方がいいかもしれない。


「もうお前は一人前だ。それなのにお前を雇っていたら、俺が恥をかくことになる。お前は独立して、俺のライバルになれ」


 よくわからない説明をされて、アルバンは親方の家を出された。親方の、17歳になった次女から「アルバン、結婚して!」と言われた翌日だった。独立の話は少し前から出ていたが、おそらくすぐに出ていかざるを得なくなったのは、二女の発言のせいで間違いない。


 アルバンは二女のことなど、恋愛対象でも何でもなかったというのに。


 紹介状は書いてもらえたので、アルバンはすぐに次の仕事を見つけられた。10年過ごした都市の近くにある小さな町だが、病気療養のためにお嬢様が長期滞在している貴族の屋敷があり、そこの庭師として雇われたのだ。


 庶民の家よりははるかに大きいが、男爵家の邸よりは小さい。豪商が隠居屋敷として作ったのだろうかと思われる、落ち着いた色合いの、立派だが決して大きすぎない邸だ。


 そのかわり庭は広かった。生垣や花壇だけでなく、薬草園や食糧生産用の畑まであったのだ。もしかしたら、毒を心配しているのかもしれないな、とアルバンは思った。


 アルバンは一応、貴族も通うような学校を卒業しただけのことはあり、知識も豊富だったし、覚えることが苦にならなかった。薬草の効能を覚え、小麦や野菜を育てるうちに、調子が良い時には庭に出てくるお嬢様から声をかけられることもあった。それほど使用人の数も多くないアットホームな環境だったこともあり、お嬢様と使用人が気さくに話しても叱責されることはなかった。


 5年ほどでお嬢様は健康を取り戻し、王都へと戻ることになった。王都に行きたい者は連れていくと言われたが、アルバンはこの邸の薬草園や畑を守りたいとお嬢様に訴えた。


「そうね、この薬草園の薬草は私の薬になり、畑の野菜は私の食事になって、私を元気にしてくれたのだもの。これからもここで育てたものを、王都の邸に送ってくれる?」

「かしこまりました」


 お嬢様を迎えに来たのは、婚約者だった。実家に戻らず、そのまま婚約者の家に入るのだとお嬢様は嬉しそうに言った。


 アルバンは、残った者たちと邸の維持管理に励んだ。お嬢様のご実家から維持費はきちんと支給されていたし、育てた野菜や薬草は、王都の邸から従僕たちが10日に一回はやって来て、ワイワイ言いながら運んでいった。


「あれがお嬢様のところに届いているのかは分からないが、喜んでくれているのはうれしいな」


 一緒に作業している仲間とそんなことを言い合うのも、楽しい。


 そうやって平和な日々を過ごしていたはずだったのに。


「隣国と戦争になった」


 邸のとりまとめ役が青い顔をして新聞を持ってきたのは、それからさらに10年が経った頃だった。隣国とはもちろん、アルバンの故郷である。


 新聞によれば、国境があいまいになっていた地域に鉄鉱石の鉱山が見つかり、双方領有権を主張した結果、戦争に発展してしまったようだ。


「どうなるんだろうねえ」

「本当に」

「アルバン、あんたどうする?」

「どうするって言われても、俺はもうこっちの方が長いからなあ」

「でもさ、敵国人=スパイって言われるかもしれないよ?」

「それは……やだなあ」


 仲間の心配は、杞憂に終わらなかった。どれほど長くこちらの国に住んでいようとも、スパイ行為を防止するためということで、収容施設に入れられ、監視下に置かれることになったのだ。


 とはいえ、罪人ではない。だから、ある程度の自由はあった。アルバンは収容施設に薬草園を作り、簡単な風邪薬や傷薬を作った。そして、施設内の人々のために、それらを使った。


 戦争が終わると、収容されていた人々は敗戦した故国へと強制送還された。故郷を出てから、既に25年の歳月が経っていた。


 国境に近い町の出身であるアルバンは、早々に馬車から降ろされた。


「降ろしてくれたのはいいんだが、これがあの町なのか?」


 思わずアルバンはそう言ってしまった。建物は砲弾で原型をとどめておらず、がれきが散乱していた。戦場が近いということで逃げた者もいたし、徴兵されてそのまま帰ってこない者も多いと、座り込んでいた老婆が教えてくれた。


「なんだか、あんたを見たことがあるような気がするんだよねえ」

「25年前までは、俺もこの町に住んでいたから」

「そうだったのかい。それなら、出くわしていただろうねえ」


 アルバンは町を歩いた、知り合いは誰もいなかった、両親と住んでいた家は、木っ端みじんになっていた。両親の安否もわからない中、ここで暮らせと言うのだろうか。


 ふと、アルバンはがれきの下にタンポポが咲いているのを見つけ、慌ててがれきを取り除いた。それまで押しつぶされていたタンポポは、しばらくすると少しずつその姿をまっすぐに伸ばしていった。


「お前、強いな」


 タンポポは、まるで胸を張っているようだ。


 アルバン大きく背伸びをして、歩き始めた。昔から生えている大きな松の木を見つけ、思わず駆け寄った。


「お前だけは昔のままだなあ」


 松の木は答えない。ただ、そこに静かに立っている。


 友達も、家族も、誰もいないこの町で、もう一度やり直さねばならなくなった。これからはいったい、誰を友、仲間だと思えばいいだろうか。お前(松)だって昔から知ってはいるが、友ではない。


 ふと思った。先程のタンポポのように、あきらめずに生きてれば、誰かが手を差し伸べてくれることもあるかもしれない、と。


 アルバンは松に触れた。


「これからの俺を見ていてくれよな?」


 松は答えない。ただ、じっと、その場を動くことなく、この町を見続けるだけである。


誰を心を通わせられる友にしようか。長く生きている高砂の松も、昔からの友ではないし。


誰(名詞)を(格助詞)か(係助詞)も(係助詞)

知る(動詞・ラ四連体)人(名詞)に(格助詞)せ(動詞・サ変未然)む(助動詞・意志蓮頼)※係助詞「か」→「む」=係り結び

高砂(名詞)の(格助詞)

松(名詞)も(係助詞)昔(名詞)の(格助詞)

友(名詞)なら(助動詞・断定未然)なく(助動詞・打消未然ク語法)に(助詞※格助詞説、接続助詞説等諸説あり)


二句切れ


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