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5 『竹取物語』をアレンジ②

今日は右大臣阿倍御主人の「火鼠の皮衣」と大納言大伴御行の「竜の首の玉」のアレンジです。大伴氏の方はちょっと毛色を変えてみました。後半のタイプの方がいいということでしたら、来週の中納言~帰るところまでもそのタッチに調整してみますので、ご意見ある方はどうぞ。

序列3位の大臣アベルの元に求婚権が回ってきた。王子二人の壁は厚かろうと半分諦めていたアベルだったから、棚ぼただとニマニマしている。


「それで、ご入り用のものは何でしたか?」

「ああ、クララ姫はサラマンダーの皮が欲しいのだそうだ」

「サラマンダーですか。またこれは難しいものを」

「だからこそ、お前に頼むのだ。遠い異国とも交易をしているお前なら、確かなものを探してくることができるだろう? 初めから適当なものでごまかしたり、偽物を作ったりするからいけないんだ。正規の手順で買えば手に入るのだからなあ」

「はあ、私どものほうでもできるだけのことはいたしますが、必ずとは申し上げられません」

「それでは困る。お前だからこそ、頼んでいるのだ」

「はあ……努力はいたします」


 アベルの邸から出た商人は、後ろ向きのまま小さく舌打ちした。


「なかったなんて言ったら、殺されそうだな。さて、どうするかな」


 三日後に東方へ出発するキャラバンの準備中に呼ばれた商人は、忙しい中呼ばれたことでただでさえ機嫌が悪いのに、無理な注文を受けさせられて虫の居所が悪い。


「2年位探す時間はあるのだから、まあ、やるだけやってみようかね」


 商人はそうつぶやいて店へと帰っていった。


・・・・・・・・・・


 2年後、商人は東方から帰ってきた。


「どうだ、手に入ったか?」

「ええ、苦労しましたよ。立ち寄った国の商人仲間にも手伝ってもらいまして、ようやく見つけた代物です」

「本当にサラマンダーの皮なのか? クララ姫は火蜥蜴だから火をつけても燃えない、そんなものがあるのかどうか見てみたいと言っていたのだが」

「本物かどうかを判別するには、火を付けるしかありませんね」

「いや、いい。もし偽物だったとしても、今からもう一度探し求めることは現実的ではないだろうから」

「では、お代はこちらの金額になります」

「うっ……正気か?」

「これでも私どもの利益はほとんどないのですよ。払っていただかなければうちが倒産します」

「分かった」


 大臣は家令を呼ぶと、直ぐに金庫から請求書通りの金を運ばせた。


「それでは、私どもはこれで」


 アベルは意気揚々とサラマンダーの皮を持ってクララ姫の元を訪れた。


「私は正規の手段で買い求めました。どうです、美しいでしょう?」


 それほど大きくはないが、サラマンダーは火を吐く危険な生物だ。更に、死ぬ時にその身を誰にも渡さぬようにするためか、己の身を焼いてしまう。骨さえ粉々になるほどの高温に包まれて死ぬため、サラマンダーの皮や骨、牙、鱗といったものは存在し得ない。


「存在するはずのないものが存在するというのは、ある意味不思議なものですね」

「それは、きっと私がクララ姫を思う心が奇跡を呼んだに違いありません」


 クララが胡散臭そうな目でアベルを見たのを、アベルは気づかない。得意気になってさあ、よく御覧ください、と言っている。


「ああ、では真贋を確認しても?」

「もちろんです」


 クララはサラマンダーの皮を、暖炉の火にくべた。


「なっ! どういうことだ!」


 サラマンダーの皮と言われたものが、メラメラと燃えていく。赤く溶けるようにして燃えた所を見るに、動物の皮でもなかったようだ。


「あら、燃えましたね。ということは、サラマンダーの皮ではなかった……そういうことですね」

「いや、違う、そんなはずは……あいつに騙されたんだ、クララ姫、私は悪くない! 商人に騙されたんです!」

「ですが、私に『これがサラマンダーの皮だ』とおっしゃったのは、アベル様ですよね?」

「…………」

「お引き取りを」


 アベルはとぼとぼと帰った。あんなに大金を払ったのに、と思うと、あの商人の詐欺だ、罰してやらねばという気持ちになった。邸に帰ったアベルは、直ぐに商人を呼びに行かせた。


「は? いない? どういうことだ?」

「なんでも、先日のキャラバンで住みやすそうな国を見つけたとかで、移住したそうです」

「あいつ、やはり分かっていて騙したな! 追っ手をかけよ!」

「おやめになった方がよろしいかと」

「何故だ?」

「この世に存在しないようなものをねだり続けるような奥方では、数年で破産します。破産したら爵位も返上、当然大臣の座も明け渡して平民になるのですよ? そんな生活に耐えられるのですか?」


 家令は穏やかにアベルを諭した。アベルの父の代から、この家令としてこの家を守ってきてくれた、忠誠心の厚い男だ。アベルはしばらく黙り込んだ。


「そうだな。クララ姫とお前なら、お前の言葉を聞くべきだ」

「いつものご当主様に戻られたようで、安心致しました」

「ありがとう。これからも頼む」

「はい、この身が続く限り、お仕え致します」


 高い授業料だったが、アベルは学んだ。自分が見るべきは、女ではなく、国と我が家だ、と。


・・・・・・・・・・・・・・ 


 商人はあの日、以前と同じようにアベルの邸を出ると舌を出した。あれが本物かどうかなんてどうでもいい。商人仲間からは、とんでもないものを要求する貴族がいる国だと呆れられた。実はこの2年で、この国から資産を全て他国に移し終わっている。家族も既に引っ越し済みだ。


 もし偽物だったとしたら、自分たちだって騙されたのだと言ったところで責任を問われ、罪に問われるのは自分たちだ。そんな理不尽に負けられない。外国の商人仲間の中で特に仲良くしていた所に、支店長として雇ってもらえることになっている。自分の店を潰すのは忍びないが、家族や従業員の命を守れるのは自分だけだ。


「そういうわけで、私どもはこの国からおさらばしますよ」


 噂で、アベルがあっさりとクララ姫から手を引き、本来の業務に立ち戻ったと聞いた商人は、クララ姫とはどれほどの毒女なのだろうかと思うようになった。仲間は、そういう女が王の傍に行くと国が滅びると教えてくれた。そういう女性を「傾国」とか「傾城」という言い方をする国もあるらしい。


 あの国に戻りたいとは思わない。でも、国が滅びるのは見たくないな。


 商人は生まれた国の方向を見た。青い空は、あの国にも繋がっている。


*******************


 序列4位の副大臣オーウェンに順番が回ってきた。


「ドラゴンの鱗とは、また娘らしくないものを」


 オーウェンは直ぐにドラゴンの討伐隊を編成し、ドラゴンが住むといわれる地域に出発した。勇猛果敢なことでも知られる服大臣オーウェンにとっては、この討伐はクララ姫と龍殺しの名声を得られる素晴らしいチャンスでしかない。


 一行はドラゴンが住む谷へとやって来た。都からはおよそ一週間の行程であった。近づく毎に森の木は巨大な物になり、小動物たちの気配がなくなる。時々気味の悪い鳴き声が聞こえるが、何が鳴いているのかも分からない。


「噂の場所はもうそれほど遠くはありません。ですが、毒の含まれる息を吐いてくるので、ドラゴンの傍に近寄れる者はいないと言われています」

「構わない。それでも、私はやらねばならないのだ!」


 あー、でもそれって自分が美女を妻にしたいって、それだけの話ですよね?

 他人まで巻きこんでやるようなことじゃないですよね?

 自分、巻きこまれたくないんですけど。


 案内人はしらけた顔でオーウェンを見たが、オーウェンはその表情を見ていない。


 もうじき自分はドラゴンを討伐する。

 そしてその鱗を持ってクララに求婚する。

 クララが顔を真っ赤に染めて、「私のお願いを叶えてくれたのは、オーウェン様が初めてだわ!」と喜ぶ。

 抱き合う二人!


 完全に頭の中は妄想モードに入っているのだ。誰の声も、今のオーウェンには届かない。


「あ、オーウェン様、行きますよ」

「……」

「オーウェン様?」

「……」

「オーウェン!」

「……」

「おい、あんたがドラゴン討伐するっていうからみんなで来たんだろうが! 団長としてしっかりしてくれよ!」


 侍従は小さい時から一緒に育った乳兄弟だ。こういう時、オーウェンの頭をひっぱたいても侍従なら許される。


「あ、すまない。どうかしたか?」

「討伐、始めるそうです」

「そうかそうか、やっとこの時が来たか!」


 ニヤニヤするオーウェンを、侍従も救いようがないという目で見ている。


「誰も死ぬな。今回の討伐は私の婚儀のために必要なものなのだ、誰かが死ぬなんて縁起でもないからな」


 今となってはオーウェン以外の全員が冷たいのだが、オーウェンはまだ気づかない。


「さあ、ドラゴンよ! 討伐してやる! かかってこい!」


 こちらのドラゴン、実は非常に性格が穏やかで、これまで一度も人間とトラブルを起こしたことがない。無用のトラブルを避けるためにわざわざ人間のテリトリーから遠く離れた所で生活しているのに、わざわざそこまで乗り込んできてギャーギャーいうオーウェンに、ドラゴンはさすがに不機嫌になった。


 ドラゴンはぶわっと毒を含んだ霧を吐いた。弱毒性だが目や粘膜に痛みを感じさせるため、稀に訪れる勘違い人間は大抵これで逃げてくれる。


「うわあ、毒だ! みんな逃げろ!」


 一緒にやって来た討伐隊員たちは、「誰も死ぬな」の命令に従うべく次々と逃げていく。


「待て、これでは、ケホケホッ、鱗が、ゲホッ、手に入らないじゃないか!」


 オーウェンが咳き込みながら叫ぶが、誰一人従う者はいない。侍従でさえ、オーウェンの傍から離れてしまった。


「おのれ、ゲホッ、私の恋路を、ゲホゲホっ、邪魔しようとは、ガハッ、いい度胸だ!」


 何とも締まらない台詞を吐いたオーウェンを、ドラゴンは胡散臭そうな目で見た。


 こいつ、うるさい。


「ふくだいじ~ん! 怒らせると偉い目に遭いますよ~! 今のうちに謝った方がいいですよ~」


 遠くから侍従の声が聞こえるが、オーウェンは余計にやる気をみなぎらせてしまった。


「この剣はかつての龍殺しが使ったとされる聖剣だ! さあ、とどめを刺してやる!」


 いや、あなたまだまだ戦う前ですよ?


 遠くから見守る討伐隊とドラゴンの脳内には共通の言葉が浮かんでいるが、オーウェンだけは違っているらしい。


 毒霧に苦しみながらも龍殺しの剣を持って走ってきたオーウェンは、会心の一撃をドラゴンに食らわせた……はずだった。


「あれ?」


 ドラゴンは微動だにしない。硬い鱗に弾かれて、剣はどこか遠くへ飛んで行ってしまった。


「………………」

「………………」


 無言でドラゴンとオーウェンは見つめ合った。オーウェンは恐怖の余り動けない。それに気づいたドラゴンは、オーウェンの恐怖を煽るかのように徐にオーウェンにその顔を近づけた。そして、オーウェンの服の衿をパクリと咥えると、ぶらぶらと振り回し始めた。ドラゴンにとっては母猫が子猫を咥えているのと同じ感覚だが、ドラゴンの牙が首に当たっているのだ。オーウェンは蒼白になっている。さらに高いところでぶんぶんと振り回されているのだ。もしオーウェンがジェットコースターを知っていたら、そして好きだったら、楽しめたかもしれない。だが、この世界にジェットコースターはない。


 わ~、ぎゃ~、という情けない叫び声がこだまする。討伐隊メンバーは、オーウェンがドラゴンに遊ばれているのだと理解しているが、オーウェンだけは襲われていると信じてパニック状態に陥っている。


「どうしますか?」

「うーん、自分で考えて出した結論じゃないと、オーウェン様は後で人のせいにするからね~、もう少し様子見ましょうか」

「あのまま投げられたらどうしましょうねえ?」

「とりあえずドラゴンに謝って、回収はしましょうか」


 やがて、叫び声の中に謝罪の言葉が混じり始めた。


「ごめんなさい、私が間違っておりました、どうかお許しください、こんな愚かな私ですが、二度とドラゴン様のお邪魔をしないと誓います、だから助けてください、お願いします、うわあ!」


 ドラゴンは討伐隊のメンバーがいるところにオーウェンを放り投げた。


「ナイススロー!」


 侍従の言葉に、ドラゴンがにやりとした(ような気がした)。そのままねぐらへと帰っていくドラゴンに向かって、泡を吹いて倒れ伏しているオーウェン以外の全員が敬礼した。


「うちの副大臣が大変失礼しました!」

「「「「「「失礼しました!」」」」」」


 グオッというドラゴンの声が一度だけ聞こえた。いいよ、と言われたように、侍従には聞こえた。


「さ、では帰りましょうね、オーウェン様」


 白目を剥いて気絶したままのオーウェンを馬に乗せて、一行は王都に戻った。オーウェンがドラゴンに遊ばれて、泣いて謝って許されて、気絶して帰ってきたという噂はあっという間に王都に広がった。討伐中にクララを迎えるためとして邸を改装していたが、怒った妻たちも全員出ていってしまって、ただキンキラキンに輝く広い邸にオーウェンただ一人だけが住むことになった。


「欲をかくのは、碌でもないんだな」

「そりゃそうですよ。今頃気づきました?」

「死ぬ前に気づいて良かった」

「そうですね」

「これからどうしよう」

「……奥さんたちに、謝りに行ったらどうです?」

「……そうするか」


 オーウェンはクララの元に行かなかった。噂だけでもう十分だったから。


読んでくださってありがとうございました。

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