49 百人一首をアレンジ63 いまはただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならで言ふよしもがな
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今日は重陽の節句ですね。
よろしくお願いいたします。
マーヤとアルバンは同じ店で働く、言わば同僚だった。アルバンはいい男だった。実家は地方で商売をしており、王都にある大きな商会へ修行と顔つなぎを兼ねて働きに来ている。重い荷物も運ぶのでそれなりに体は鍛えられているし、計算も読み書きもよくできる。人当たりもよく、さわやかな好青年というのが周囲の評価だ。
マーヤはといえば、同じように地方から出てきた娘だった。豪農の娘であったマーヤは、使用人という形ではなかったが、家に小作人たちが出入りし、「お嬢様」と呼ばれ、傅かれて育った。マーヤは町での暮らしにあこがれていた。近くの町の商家に使用人として雇われることに成功したマーヤは、商家の奥様に媚びを売り、かわいがられるように仕向けた。奥様が王都に行くことになった時、一緒に連れて行ってもらえるように仕向けた。
他人の金で王都にやって来たマーヤは、その華やかさと活気、そして顔のよい男たちに舞い上がった。王都にこのまま住みたいと思ったマーヤは、奥様が外出した好きに逃げ出した。
奥様はマーヤの本性に気づき始めていたのかもしれない。探されることもなかったマーヤは、それでも生きていくために働かねばならないと知っている。
住み込みで働ける仕事を探せば、その日のうちに酒場の給仕の仕事にありつけた。
酒場の主人は、「働いてくれるなら過去は問わない」と言い切った。
「その代わり、体を触られたくらいで悲鳴を上げるんじゃねえ」
マーヤはうなずいた。体を売れと言われたわけではなかったからだ。
マーヤはくるくるとよく働いた。顔もかわいらしく愛嬌のある娘だったので、店の客からも気に入られ、チップをはずんでくれる客はどんどん増えていった。体を触ろうとする客がいると他の客が守ってくれたので、怖い思いはしなかった。
一度だけ、マーヤを本気で好きになった男に付け回された時は怖いと思った。酒場の主人は追いかけられて泣きながら酒場に戻ってきたマーヤに「そういうのは早く言え」と言うと、男を出入り禁止にした上でボコボコにして男にマーヤを諦めさせてくれた。ありがたかった。
マーヤは安心して仕事に励んだ。同時に、酒場の客を物色した。少しでも金のあるいい男はいないかと思ったのだ。だが、女給仲間はそれを聞くと笑った。
「こんな酒場にくるような奴が、まともな男であるわけないよ」
「そうなの?」
「毎晩こんな店に来て飲んだくれているような旦那でいいのかい」
「……それは困る」
「だろ?」
女給仲間は教えてくれた。
「そういう男がいいなら、昼間やっているような店の女給か、裕福な家の下働きにでも行くんだね」
「でも、伝手がないわ」
「酒場に来ている男たちの中には、そういう家の下働きもいるんだよ。紹介してほしいってみんなに言っておけばいいさ」
「主人にはどういえばいいの?」
「昼間の仕事に変えて、将来の結婚相手を探したいって正直に言いな。主人は嘘が大嫌いだけど、本気で努力する奴は応援してくれるから」
「ありがとう」
酒場の主人に「結婚相手を探すことも含めて転職を考えている、ついては店に来る客にそれを伝えたい」というと、主人はしばらく考え込んだ。そしてじっとマーヤの顔を見た。
「お前が本当にまじめに働くなら、俺が紹介できないこともない」
「本当ですか?」
「ああ。ただし、行儀作法や言葉遣いにはかなりうるさい店だぞ」
「かまいません! 私、王都で一生を過ごしたいんです! もう、農家に戻りたくない!」
「俺にいわせりゃ、農家は一番、心が穏やかに過ごせる仕事なんだが」
「とんでもない! いくら努力したって、天候や病気、それに虫の発生で作物が全滅することもあるんですよ。そうなったら税も納められない。納められないと棄民になるか、農奴になるしかなくなる。いつも土に汚れて、手も真っ黒、顔もカサカサ、きれいな服を着る楽しみだってないあの生活には、もう戻りたくありません!」
「わかったよ」
酒場の主人は、マーヤをとある商家の下働きとして紹介してくれた。
「ここは王都では中流の店だが、質のいいものを扱っている店として評判がいい。庶民の店だから貴族に知らず無礼を働いて殺されるようなこともないはずだ」
「殺される?」
「ああ、貴族は身近にいなかったか。奴らは気に食わなければ何でもするからな、その場で切り殺されるのは幸せだと思えるようなひどい目にあわされることもある。お前のような田舎から出てきた平民など、虫と同じ扱いだ。絶対に避けろよ」
「は、はい……」
そうやって働き始めたマーヤは、使用人の中で顔も人柄も、ついでに金も持っていそうな男を物色した。そして、アルバンに狙いをつけたのだった。
アルバンは、愛嬌があってくるくるとよく働くマーヤを、かわいらしい子だと思っていた。マーヤから「付き合ってほしい」と言われた時は飛び上がりそうなほど驚いたが、悪い気はしなかった。早々に男女関係を求められたアルバンは、やたらと積極的なマーヤを押しとどめ、健全な交際を続けていた。
マーヤは焦り始めた。
アルバンはいい男だ。だが、最後のところで理性的になり、マーヤの思うようにならない。プレゼントも高価なものを買ってくれるわけではないし、休みの日のデートだって買い物やおしゃれな店での食事ではなく、公園の池でボートを漕いだり、植物園や動物園に行くだけ。
ある日、マーヤはアルバンに聞いてみることにした。
「アルバンは、結婚したいとは思わないの?」
「いつかはね。でもぼくはまだ修行中だし、あと5年は実家に帰れないから、結婚するとしても実家に戻るタイミングになると思うよ。その間に、マーヤも帳簿がつけられるようになってくれるとうれしいな」
冗談じゃない、とマーヤは思った。農家出身で学校にも行けなかった自分に計算などできるはずもない。文字だって読めないのだ。よく目にするものはなんとなくわかるが、それは文字ではなく、一つの絵として理解している。
それに、マーヤは結婚したら主婦として家の中のことをしたいと思っていた。仕事なんてするつもりは毛頭なかった。アルバンの話では、姑も兄嫁もいるような場所で働くことになるらしい。
やってられないわ。
そもそも、マーヤは王都に骨をうずめたいのだ。地方都市に戻るアルバンには、見切りをつけた方がいいと考えたマーヤは、以前働いていた酒場に顔を出した。
「あれ、マーヤじゃないか? どうしたんだ?」
「ああ、主人。いい男に出会えなかったの」
「だが、他の従業員と付き合っているって聞いたぞ?」
「あああの人? 地方に戻るし、あと5年は結婚できないっていうのよ」
「それは、女の5年を甘く見ているな」
「でしょ? それに、私は王都にいたいの。地方都市に行く気はないわ」
「そうか、だが、あそこで働いていれば、いい出会いがあるはずだ」
「もういいわよ。あの人も、店の人も、みんな私に計算できるようになれっていうの」
「ほう? 計算や帳簿づけは、できるようになっても損はしないぜ? むしろ重宝される」
「もう、たくさん!」
マーヤは地団太踏んでいった。
「私は、王都できらきらした女の子になりたかったの! 私をかわいがって、働かなくてもいいようにしてくれる人がいいの!」
「本気か?」
「本気よ!」
主人の目が変わった。値踏みするようにマーヤを見る。
「お前、金を出してくれる人ならいいんだな?」
「変な趣味がある人は嫌よ?」
「中年の愛人でもいいっていうんなら、伝手はある」
「ちゅうねん」
「ああ。その分、金はある。愛人だから家のことなんぞする必要はない。ただし、飽きられたらおしまいだ。次の男を探してくれというのなら、探してやる。だが、それだっていつまで続けられるかわからないぞ」
「……紹介してください」
「世間の人からは後ろ指をさされるようなことになってもいいんだな」
「かまいません。たまにここに来てもいいですか?」
「ああ、いいよ。今の店はいつ辞める?」
「今日にでも」
「話をつけるから、こっちから連絡するまでは今の店で働け。今の男とも縁を切ってこい」
「わかりました」
マーヤは住み込みの部屋に戻った。アルバンに別れを告げねばならないが、どうしても言い出せなかった。職場でも親切にしてくれるアルバンに申し訳ないという気持ちもわずかながらあったのだ。だが、マーヤは金と王都での生活を取ると決めた。
「マーヤ、話をつけた。今の店のオーナーにも話は通した。すぐに行くぞ」
数日後、店にやって来た酒場の主人にうなずいたマーヤは、小さなトランク一つ持って店を出た。怪訝な顔をする同僚たちに、「急に別に店に行くことになった」とだけ伝えた。アルバンにさよならと言いたかったが、あいにくアルバンは店の主とともに配達に出ている。
「アルバンは知っているのかい、マーヤ」
親しくしていた使用人にそう言われたマーヤは首を横に振った。
「何も言わずに行くのかい?」
「もう、行かないと」
逃げるように酒場の主人と店を出たマーヤは、一度も後ろを振り返らなかった。
マーヤは、酒場の主人に連れられて小ぢんまりとした一軒家に連れていかれた。
「今日の晩、お前の『旦那様』が来る。ここは『旦那様』の家だ。気に入らなければ、今晩にでもお前はここからたたき出される。気に入られろよ」
「わかりました」
その晩、マーヤは、顔を見せない『旦那様』の愛人になった。来るたびに生活費を持ってきてくれたし、専属の使用人を二人つけてくれた。監視も兼ねているのだろうと思ったが、働かなくても生活に困らない生活に、マーヤは次第に慣れていった。
顔を隠した『旦那様』を見送った時、目の端にアルバンがいたような気がしたが、マーヤは気にしなかった。もうアルバンは、過去の男なのだ。
一方のアルバンは、突然姿を消したマーヤを探した。そして、マーヤが愛人になったという噂を耳にし、嘘だと思った。だが、偶然町で見かけたマーヤは、顔を隠した金持ち風の男に、絡みつくように一緒に家から出てきて人目をはばからずにキスをすると、男を見送って家の中に戻っていった。
あの噂は本当だったのだ。
アルバンは落胆した。きちんと別れていないのに、どうして、と思った。他の道に進むというのならきちんと別れてからにすべきなのにと思ったが、きっとマーヤにはどうでもいいことだったのだろうと思い直した。
ただ、自分はきちんと区切りをつけたい。直接、さよならと言いたい。
「ただ、あなたへの愛を諦める。それを、人づてではなく、直接伝える手段があればいいんだが」
読んでくださってありがとうございました。
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