4 『竹取物語』をアレンジ①
読みに来てくださってありがとうございます。
『竹取物語』異世界転移&西洋風にチャレンジです。
前半はくらもちの皇子のところまで。
よろしくお願いいたします。
「本当にきれいな子ね」
「そうだね」
老夫婦は元々小作人だったが、余りに厳しい税の取り立てに逃げ出して森の中に隠れるように住んでいた。楓の森に入った二人は、木を切って食器などに加工したり、樹液を貯めて売ったりして生活していた。私には、秘密がある。それは、私が異世界人であるということだ。
私の星では戦争が激化していた。高度な科学が発達した世界の戦争は恐ろしい。隠れていてもドローンに熱源反応を感知されれば問答無用で銃撃される。電磁波攻撃や中性子爆弾などの非人道的な兵器が使用された結果、ほとんどの生物が死に絶えてしまったのだ。こんな星では生き残った一部の人間でもそう長くは生きられない。
戦争開始前から科学者たちが必死に作っていた転移装置の実験体の一号として、私は異世界の平和な星を座標に送られた。いつか仲間が移住先を見つけた時には、私の体内に埋め込まれた通信機とビーコンで私を迎えに来てくれることになっているが、私が転移装置に入った段階では、まだそんな星は見つかっていなかった。
ここは被差別階級となると人間扱いされないほどの身分差がある。小作地から逃げ出した老夫婦は戸籍をなくした状態であり、被差別階級と同等の扱いを受ける身。私は仮住まいのこの世界に体をこの世界の人間のものと同等に作り替えるため、特殊なカプセルに入ったまま数日掛けて変態し、赤ちゃんの状態になってカプセルから這い出した、カプセルには金がたくさん使われていた。カプセルの近くに倒れていた私を見つけたおじいさんは、カプセルの中に多くの金があるのを見て、私を育てる為に少しずつその金を売った。そのうちにおじいさんは遠慮がなくなり、楓の木で加工したり樹液をとってきて売ったりすることがなくなった。カプセル内の金を売り、隠れて住んでいたはずなのに大きな邸を建て、周囲の村の人たちから「一攫千金でなりあがった」と言われるようになっていた。
老夫婦の生活は変わったが、私を可愛がることだけは変わらなかった。二人には子どもが居なかったから、神様から預かった子だ、こんな美しい子は天使に違いないと言って、私を本当に可愛がってくれた。私の心はあの戦争ですっかり傷つき、初めて見る人に怯えるような状況だったから、森の中で二人に可愛がられ、森の入り口に邸を建てても人が近くにいない状況というのは本当に助かったと思う。
それに、森は良かった。昼は木々がざわめき、木漏れ日が地面を踊る。夜、静かな森に梟や獣の声が響く。獣はあまり食べなかったが川には魚がいたし、森の中にはキノコやベリー、果物もたくさん実っていた。おばあさんは「キノコは危ないから、食べるのは止めておきなさい」と笑っていたが、おいしい食べ物がそこかしこにあった。贅沢ではないが、満ち足りていた。
私の生まれた星にも月はあったが、核兵器による「核の冬」の状態では月など見えなかった。この世界では月は美しく輝いて私にその顔を見せてくれる。ドローンに怯えず、大気中の放射性物質の数値に神経をすり減らし、食べる物にも困る、そんな生活から遠く離れた静かな環境の中で、私はゆっくりと心を癒やしていったのだ。
だが、そんな日々は唐突に終わりを告げた。邸へ引っ越す時、邸を建てた職人たちが私の姿を見たのだ。
「おい、すごい美人がいるぞ!」
「本当だ、俺、声かけちゃおうかな?」
「馬鹿、お前には彼女がいるじゃないか?」
「でも、あの子の方が可愛いじゃないか!」
私が慌てて新しい邸に駆け込んだ。そして、職人たちに顔を見られてしまったとおばあさんに告げた。
「お前は家の中にいなさい。窓際にも寄ってはだめよ。姿を見た男が入ってくるかもしれないから」
老夫婦からは、私の顔が平民にはあり得ないほど整っていること、男に見つかったら襲われるかもしれないこと、だから顔を見られないようにしなさいと、小さな頃から口を酸っぱくして言われてきた。まだ未成年の私だが、あと半年で成人を迎える。成人したら結婚相手を探さないと、とおじいさんが言っていたことを思い出すと、私は気が重かった。 元の星には、科学者としてあの転移装置の開発に携わっていた恋人がいる。老夫婦は、自分たちの先はそう長くはないからこそ、信頼できる人間に私を預けようとしてくれている。その気持ちを思うと、それにいつ迎えが来るかはっきりしない中で、私はどうすればいいのかと悩むようになった。
やがて、私は成人した。カプセルの中の金を使って下手な貴族よりもお金持ちになったおじいさん……みんなから「楓爺さん」と呼ばれていた好々爺は、高名な占い師を呼んで私に名付けをしてくれた。
「光り輝くようなお美しさでいらっしゃる。月影のクララ姫とお呼びしましょう」
この国では、上流貴族のご令嬢たちが成人の時に、そのご令嬢の特徴を表現した言葉をその名に被せる。それが私の場合「月影の」だった訳だ。同じ名になっては行けないので、占い師たちはご令嬢たちの名をすべてリストにしている。今、「月影」の名を持つご令嬢はいないらしい。
「セレナ姫、ルナ姫などもいいのですが、月と月で重なるのもつまらないでしょう?」
占い師はいい仕事をしたと言わんばかりにおじいさんに報告すると、たくさんのお礼金をもらってほくほく顔で帰っていった。遠い田舎までの出張料も含まれていたのかもしれない。
翌日から、おじいさんは三日三晩の宴会を開いた。私の姿は見せないが、この家がお金持ちであること、年ごろの娘がいることを広く知らしめ、婿としての名乗りを上げろ、という場らしい。
やがて、私に5人の貴公子が求婚してきた。王子が2人、大臣一人、副大臣一人、大臣政務官一人、という内訳だ。
私は誰とも結婚したくない。恋人を待つと決めたあの日から、私は作戦を練ってきた。
「クララ姫、本来ならばお前が選ぶ立場ではないが、この五人の方々は、お前の選択なら飲もうと仰っている。さあ、お一人、選びなさい」
おじいさんはウハウハだ。最下層貧民として生活していたのに、王子の義父になる可能性まで出てきたのだ。
「おじいさん、私が選ぶなどそんなことはやはりご無礼ではないでしょうか。ですから、私、考えました。ご身分の高い順に、私が欲しいものを申し上げますので、それをご用意くださった方の所の妻になります。それでも構わないでしょうか?」
「ああ、いいだろう」
一番身分の高い王子が取り仕切るように言った。
「みなも良いであろう?」
「異論なし」
もう一人の王子が言えば、他の三人も頷くしかない。
「それでは、私から聞こう」
序列1位はイシエル王子だ。
「何が欲しい? 何でも叶えてやろうじゃないか」
「では、殿下。かの有名な『教祖の聖杯』をください」
「は? あれは、はるか彼方の聖地あるのだろう? この国の物でなければ……」
「殿下は先ほど、何でもと仰いました。『教祖の聖杯』は無理だと仰るなら、次の方に求婚権が移りますが?」
「ぐ……よかろう、待っておれ」
イシエル王子は顔を真っ赤にして出ていった。与えられた3年以内に「教祖の聖杯」を持ってこなければ、イシエル王子から求婚の権利が次のクラウス王子に移ってしまう。他の求婚者たちは、ただ待つほかない。
イシエル王子は家に帰りながら考えた。聖地に行くまでに1年かかる。往復で2年。そんな無駄な時間は使いたくない。どうせクララ姫だって、「教祖の聖杯」がどんなものかなんて知るはずがない。
イシエル王子は何もせずに王都で2年と11ヶ月以上を過ごした。そしてようやく重い腰を上げると、王都外れの寂れた寺院に入った。既にこの寺院は放棄されて廃屋となっている。めぼしいものは他の寺院に移されるか持ち去られるかして、たいしたものはない。イシエル王子は供の者とガラクタの山を漁った。
「お、これなんかどうだ?」
埋もれていたのは、緑青のついた銅製の小さな杯だ。儀式に使われるものと同じ形をしている。
「確かに儀式用の杯ですが、聖杯は虹色にきらめくとされています。直ぐに気づかれるのではありませんか?」
「いいんだよ、私が持っていったものなら何でも素晴らしいものになるってものさ」
供の者は何も言わないことにした。下手に機嫌を損ねれば、首を差し出すことになりかねない。
期限の日、イシエル王子は緑青まみれの杯をクララの元に持っていった。
「クララ姫、お望みのものをお持ちしましたよ」
クララはそんなはずはない、と心をざわつかせた。本当に持ってきたのなら、結婚しなければならなくなる。
「拝見します」
クララは差し出された箱の蓋を開け、中身を見た。
「これは?」
「それが『教祖の聖杯』ですよ」
「……緑青がついている段階で、銅製だと分かります。『教祖の聖杯』は、ダイヤモンドまたはクリスタルでできており、虹色に光るとされています。これは、全くの偽物ですね。それに、緑青は毒です。毒を私に与えたということは、私を殺そうとなさった、総理会しますが?」
「いや、あ、それは、違うというか、何というか……」
「お引き取り下さい! その汚いものも持って帰って!」
クララの怒りに触れたイシエル王子は、這々の体で楓爺さんの邸を飛びだした。
「高貴な私からの贈り物だというのに、どうしてクララ姫は怒ったのだろうか?」
分かっていない主人に、供の者が口を開いた。
「国王陛下からの下賜品だからといって、薄汚れた服や小汚い食器などをたいせつにできますか? できませんよね? 同じ事ですよ」
「そうか、汚かったからいけなかったのか」
違います。
その場の全員の心の中で、全員一致の答えが音もなくこだましていた。
・・・・・・・・・・
序列2位のクラウス王子は、イシエル王子の失敗を受けて与えられた課題を取りに行くと大手を振って都から出ていった。
だが、実は近くの山に新しく作った里に移動しただけだ。そこには飾り物を作る職人たちが幾人も集められ、クラウス王子に与えられた新たな課題「シャングリラに生えていると言われる宝石のなる木」を作っていた。
「どうだ、順調か?」
「へえ、おかげさまで、いい仕事ができてうれしいですよ」
「金に糸目は付けなくてよい。前金だけでは足りぬだろうが、全てが終わったら残金を支払うから、そこまで頑張って欲しい」
「へえ、ありがとうございます!」
それから約束の3年、金と銀をふんだんに使って枝を作り、様々な宝石を花や実に加工して飾り付けた。次から次へと運ばれてくる宝石に、職人たちもいい勉強の機会をもらった、こんな素材に触れるなんてラッキーだ、と目を輝かせている。
「できたな」
それは、あまりにも美しい芸術品だった。
「では、私はこれを持ってクララ姫のところに行く」
「あ、殿下、あの」
「なんだ、私は急いでいるのだが」
「残金の方は……」
「後だ後、全部終わってからだ」
「そんな、俺たちちゃんとお望みのものを期日までに作って、ちゃんと引き渡しもしたじゃないですか! 引き渡し時に残金を払っていただけないと困りますよ!」
「姫との結婚の後だ、祝いも乗せてやるから待っていろ」
ギャーギャー叫ぶ職人たちを置き去りにして、クラウス王子は一度くたびれた格好に着替え、疲れた表情で都に入った。
「クラウス王子が、シャングリラの宝石の木の枝を持ってきたらしいぞ」
楓爺さんにいち早く知らせてやろうと誰かが伝えに来たのだろう。おじいさんはそう言ってクララの前に座った。
「これで6年。私たちも先が心配だ。だから、偽物だったとしても、今度は結婚してくれないか」
クララは首を横に振った。
「結婚する気はないのです」
「だが、この財産を女一人で管理するのは無理だ」
「そんなことないわ」
「クララ、お前が特別な存在だということは分かっている。だが、人の姿をしている以上、そしてこの国の民である以上、この国のきまりに従わねばならないのだ。お前の身を守るためにも、財産も権力も身分もある相手の方がいい。分かってくれ」
やがてクラウス王子からの先触れが来た。明日、来るという。
「覚悟はしておきなさい」
おばあさんにまで言われてしまったクララは、その夜、こっそりと泣いた。早く迎えに来てほしい、そう願った。
翌日、クラウス王子は供の者を大勢引き連れてやって来た。
「船と陸路でシャングリラを探すところから始めたので、本当に大変でした」
旅の話をペラペラとしゃべるクラウス王子は、得意気な顔をしている。
「おお、無駄話が過ぎましたな。姫には退屈でしたか」
「さあ」
「素っ気なくいられるのも、今のうちですよ」
クラウス王子は、供の者たちに大きな鉢植えを持ってこさせた。
「これが、シャングリラの宝石の木です。美しいでしょう?」
おじいさんは目を爛々と輝かせている。芸術品としての美しさに、ではない。換金したらいくらになるか、頭の中で計算しているのだ。
どうしよう。拒否するための材料がない。
クララが必死になって頭を働かせた。だが、何も浮かばない。
「驚きのあまり、声も出ませんか? いいんです、その顔さえ見られれば、旅をした甲斐があったというもの」
「ええ、これは素晴らしい。姫、嫁に行くとはっきり申し上げなさい」
おじいさんまでもが圧を掛けてくる。ここまでかと諦めかけた時、騒ぎが起きた。
「何事か?」
「姫様に申し上げたいことがあるという者たちが何人も来ておりまして」
「私に?」
「ええ、宝石の木のことだそうです」
「姫、気にすることはありません。下賤のもののことなど、耳を貸すことはありませんよ」
「いえ、私はそうは思いません。会いましょう」
慌てるクラウス王子を見て、クララは立ち上がった。
玄関先には、あの職人たちが跪いていた。
「姫様に申し上げます。我々はクラウス殿下よりご下命があり、姫様への贈り物をこの3年作り続けて参りました。ですが、クラウス殿下が前金のみで残金を支払わずにお帰りになってしまいました。あの贈り物は姫様のために作ったとのことですので、姫様にもお支払いの請求したいと思い、参上した次第です」
「作った?」
「へえ、我々職人が腕によりをかけて作った対策です」
「そう。あなたたちがね」
「ええ。姫様?」
「ありがとう、いいわ、お支払いしましょう。請求を受け取っておいて」
使用人はクララに言われるまま、請求書を受け取った。
「あら、思ったほど高くないのね」
「へえ、木は全て金ではありません。木の枝に金を厚く貼り付けて作っておりますし、最初は金に糸目を付けずにと言われましたが、途中から一級品でなく二級品を使えと言われるようになりましたので」
「素材は二級品でも、あなたたちの加工が素晴らしいからあんなによく見えたということなのね?」
「いやあ、お褒めに与りまして、恐縮です」
「ということなの、おじいさん。本物かと思ったからびっくりしたけど、作り物じゃあねぇ」
「あ、そ、そうだな」
多くの人の前で、嘘がばれたのだ。クラウス王子はいつの間にか逃げていた。そして、残金を払ってもらってウハウハ状態の職人たちの帰り道を襲わせたらしい。王族や貴族の弱みを握るというのは命がけのようだ。
読んでくださってありがとうございました。
来週は後半をお届け予定。
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