39 百人一首をアレンジ62 夜をこめて鳥の空音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ
読みに来てくださってありがとうございます。
今日の和歌は、あの清少納言の歌です。彼女らしい、中国の故事「鶏鳴狗盗」を引用した作としても有名ですね。
よろしくお願いいたします。
故事成語というものがある。「鳥の空音」と「関所」と言えば、遙か東方の故事に由来するものだ。
それは、ある人物が殺されるのを察知し、敵国から逃げる際の一件が元ネタだ。夜通し逃げた人物がなんとか国境に辿り着いた時、まだ空は暗く、夜はまだまだ明けそうにない時間帯だった。一番鶏が鳴かねば、関所は開けられない。そう言われた一行は、このままでは追っ手に追いつかれると焦る。一行の中に、鶏の鳴き真似がうまい男がいて、その男が「コケコッコー!」とそれは上手に鳴いたので、関所の番人はおかしいとは思いながらも、規則通りに関所を開けて一行を通したたため、一行は命拾いしたという話だ。
マーヤは、その話を思いだした。この故事成語が分かる奴か、相手を試すことにした。
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この国では、まだ男女で教育に対する差……いや、区別がある。男は一定以上の知識教養を求められるが、女は一通り学んだら、後は料理や裁縫と言った、いわゆる「花嫁修業」をするように求められる。
マーヤもまだ町の学校に在籍中に、両親から「花嫁修業のための専門校へ行くか、それとも家で手伝いをしながら学ぶか、どちらかを選べ」と言われた。両親は成績優秀なマーヤを自慢の娘だと言っていた。頑張って勉強すれば将来いろいろな道が開けるというその言葉を信じて頑張ってきたのに、花嫁修業しかさせてもらえないということに、マーヤは愕然とした。
「何を言っているの?」
「え? 何をって、学校を卒業したらマーヤは花嫁修業をするだろう? だから」
「どうして私の未来は花嫁しかないと決めつけているの?」
「は?」
「私の質問に答えて。お父さんもお母さんも、頑張って勉強すればいろんな道が開けるって言ったじゃない。あれは嘘だったっていうこと?」
「あれは、優秀な子ならばマーヤを望んでくれる家が増えるから、マーヤが嫁ぎたい家を選べるという意味で……」
「冗談じゃないわ!」
両親はマーヤの剣幕に口をつぐんだ。
「私をオークションの商品のように扱わないで」
「そんなことしていないよ」
「いいえ、しているわ。私の望みなど何も分かっていないでしょうに」
マーヤは賢い。正直に言うと、両親が手を焼くほどに口達者になってしまった。これではどんなに優秀でも、嫁のもらい手がないかもしれないと夫婦で相談していたのだが、今日のこの剣幕に推されて、両親はマーヤの望み通り、上級学校に進むことを許可するほかなかった。
だが、この町の上級学校は、女子生徒の入学を認めていなかった。
「どうしてですか? 納得いきません!」
「規則です」
「その規則は、男女平等をうたったこの国の憲法に違反しています」
「ですが、この規則は……」
「そうですか、それでは裁判所に訴えましょう。ああそうですね、教育省にも問い合わせをしなければ」
正直に言えば、体育の授業で女子生徒1人のために着替えや教員を手配するのは、コストがかかりすぎる。町の上級学校で対応できる範囲を超えている。それに、もし1人女子生徒を入学させたという実績が残れば、今後入学を希望する女子生徒が増えるかもしれない。この田舎町で、女子生徒に知恵を付けることは望まれていない。担当者は困り果てた。
「こちらからも教育省に確認するので、少し待っていただけないか」
「分かりました。卒業まであと2年ありますので、1年以内にはお返事をいただけますか」
町の上級学校の担当者は、慌てて都の教育省に「上級学校への進学を希望する女子生徒がいるのだが、入学可能な学校はないか」と問い合わせた。自分たちの学校を整備するとしても、2年では間に合わない。ならば、既に女子生徒を受け入れる態勢が整った上級学校を薦めた方が確実だと考えたのだ。問い合わせを受けた教育省の担当者は、両手を打った。
「ちょうどいいのが来たじゃないか」
実は都内に、全寮制の男女共学校を立ち上げることが決まっていたのだ。開校予定は2年後。問題は、入学に当たって試験をし、合格した者だけが入学できるシステムになっていたことだ。そのかわり、寮費、授業料は全て無料で、将来は国の官僚として働くことが求められている。
「他にも女子生徒向けの上級学校はあるが、需要が極めて少ないために採算が合わず、高額の学費を払える上流層の子女向けとなっている」
「需要がないから、受け入れ態勢を整えないというのですか?」
「都の学校は将来国を支える優秀な人材を抱え込むための施策だ。だから学生が払うお金はないが、その分国家予算から経費が支払われている。なにごとも金がかかるのだよ。採算が取れねば、事業化できない。事業化できなければ撤退する。そうしなければ企業は潰れる。国も同じだよ」
マーヤは考えた。試験に合格さえすればいいのだと考えを切り替えた。両親は「合格したなら上京してもよいが、不合格だったならばおとなしく花嫁修業をしろ」と言ったので、マーヤは遮二無二頑張った。
2年後。両親の祈りも虚しく、マーヤは合格した。意気揚々と上京したマーヤは、自分と同じかそれ以上に賢い人間に初めて出会い、刺激を受けた。女子生徒は5人ほどしかいなかったが、みな向上心に溢れ、刺激し合うライバルとなった。女子生徒はみな、家に帰ったら無理矢理嫁がされるのが分かっている。何とか官吏として働くために、必死になって勉強した。成績上位10人の中に、必ず女子生徒5人全員の名が上がった。男子生徒たちからの様々な妨害があったがが、5人は負けなかった。
どんな妨害にも負けない女子生徒をまとめていたのは、もちろんマーヤだ。物を取られたり隠されたり、利き手を怪我させられそうになったり……マーヤはいつも自分だけなく、他の4人の女子生徒たちも守った。そのせいでマーヤはいつも傷だらけだった。他の女子生徒たちは頭はよかったが、体までは鍛えてこなかった。勉強の間に野山を駆けまわって食材探しをしていたマーヤは、なんと狩りもできる。罠猟だが、とどめを刺して命を頂くことの神聖さも知っている。刃物を見ても驚かず、飛びかかってきた男子を投げ飛ばせるマーヤは、女子生徒の憧れであり、頼りとされる存在になっていった。
男子生徒の中には妨害行為に走るものに注意してくれるようなまともな人もいたが、ごく一部だった。成績上位者に常に名前が挙がるアルバンは、中立派だった。いや、こういう場合の中立派というのは、妨害に走る者たちを黙認しているということで加害者側になるのだが、この時のアルバンは「加害行為に参加していないのだから中立だ」と心の底から信じていた。
ある日、マーヤが図書館でも勉強を終えて寮に戻ると、女子生徒の1人が泣いていた。他の3人は、オロオロしながら慰めている。さめざめと泣いているのは、女子生徒の中で一番の美人、リーズルだ。
「リーズル、どうしたの?」
マーヤが慌てて駆け寄る。マーヤの姿を認めたリーズルは、その瞳に再び大きな涙をためて、わっと泣き出した。
「リーズル、嘘告されたのよ」
「嘘告? 何それ?」
「嘘の告白よ。好きでもないのに好きだって言って相手を散々振り回しておいて、何かのタイミングで『嘘でした~っ』。本気になって舞い上がった相手を、みんなで影から見て笑っていたのよ」
「はあ?」
マーヤの口から、およそ10代後半の娘とは思えない、低い声が出た。
「リーズルは、どうしても付きあってほしいっていわれて、ほだされたらしいの。でも、それは嘘だった。今日裏庭に呼び出されて結婚を考えてほしいって言われて、頷いたら男どもに取り囲まれて、お前は結局結婚して家庭に入るのだから勉強など止めろ、官吏になるな、顔だけ女って、そう言われたらしいわ」
「負け犬の遠吠えって奴ね」
「一番美人で口答えしないリーズルを狙う辺り、陰湿よね」
そう言ったマルテの言葉に、「あなたはそこまで美人でもないし、舌戦になったら負けないものね」という裏の言葉が見え隠れすることに、マーヤは小さな胸の痛みを覚えた。結局女子生徒5人で共闘している気になっていたのは自分だけだったのかもしれないと思った。
マーヤは考えた。一泡吹かせたいところだが、そんなことのために時間を使うのはもったいないと思う自分もいる。勉強よりも恋に手を伸ばそうとしたリーズル、さりげなく嫌みを言ったマルテ。あとの2人がどのような考えであれ、やはり自分を守り、自分を前に進ませるのは自分しかいないのだとマーヤは再認識した。
「いずれにしても、私には関係ないことね」
そう言って立ち去ろうとしたマーヤを、4人が呆然と見つめた。
「マーヤ? 仕返ししないの?」
「あと1ヶ月で官吏登用試験があるのよ? そんな大切な時期に、自分のするべきことに集中する。それの何がおかしいのかしら?」
「だ、だって、リーズルが」
「リーズルは勉強よりも恋に興味があった。そして、それは嘘告だったけれども、リーズルにとって大切だったのは、恋の方だったってことでしょう? 人の恋心なんて、移ろうものよ。結婚したってそう。結婚はゴールじゃないのだもの。リーズルはこの経験を生かして、次に恋をする時にはちゃんと相手を調べてから付きあうことを学んだ。それでいいんじゃないの?」
「マーヤ、冷たくない?」
「一緒になって男どもの悪口を言っている時間はないわ。それこそ、男どもの狙いかもしれないわよ」
「どういうこと?」
「私たちを官吏登用試験に合格させないために、動揺させたり、他の物に気を逸らせたりしている可能性があるってことよ。彼らの思い通りにならないためには、官吏登用試験に合格するしかない。私が言っているのは、そういうこと」
「マーヤには血も涙もないのね」
ああ、これがマルテのいいたいことか、とマーヤは理解した。勉強だけで人間性に難がある、そういうレッテルを貼ることで、マルテは「友人の心の痛みに寄り添える親切な人間」として扱われようとしているのだ。ため息が出た。まさが、卒業まであと半年というところで、これまで一致団結して頑張って来た女子生徒という一枚板にひびが入ったのだ。
「私たちが割れれば、それは男子たちの思うつぼでしょうね」
マーヤはリーズルに向かって「高い勉強代だったけれど、男を見る目を養えたわね」とだけ言って自分の部屋に戻った。ベッドに飛び込むと、それほど高くない天井を眺めた。もうあとは勝手にやってくれ、という心持ちだ。
むくっと起き上がると、マーヤは勉強机のライトを点けた。そして、静かに本を読み始めた。
・・・・・・・・・・
アルバンの耳にもその夜、嘘告事件の顛末が聞こえてきた。寮の談話室でバカ騒ぎしている連中がいて、大声で話している内容から状況を理解したアルバンは、これはまずいぞ、と思った。あのマーヤが黙っているとは思えないし、もしこれで暴力事件か何かが起きれば、マーヤもちょっかいを出した側も指導されることになる。下手をしたら、官吏登用試験の受験資格を剥奪され、免除されてきた授業料や寮費を請求される可能性がある。マーヤの家は、普通の家だ。ここの授業料や寮費など、とても払いきれないだろう。
アルバンはそっと寮を抜け出した。走って3分ほどの所に、女子寮がある。もちろん男子禁制だ。アルバンはそっと周囲から様子を見た。1階の談話室の辺りで、女子生徒4人が何やら話している。そっと近づいて聞いて見れば、マーヤに対する悪口だ。
「なんかさ、こう、人の心がないっていうか」
「うん、マーヤみたいなひとが官吏になったら、干ばつで作物が収穫できなかったから税を免除してほしいって言っても、いいから払えとか言いそうじゃない?」
「わかる~」
「仕事はできるけれど、恨みは買いそうよね」
「買収されないでしょうね」
「誰もマーヤに賄賂なんて渡さないわよ」
「女を捨てているし」
「そうだよね」
マーヤがいないことを確認すると、アルバンは個室のある2階を見た。明かりが付いているのは一部屋だけ。そこがマーヤの部屋だろう。少し離れて見れば、窓からマーヤが勉強している姿が見える。疲れたのだろうか、眼鏡を外して、目をこすっている。座ったまま大きく1つ伸びをして、ふと思い立ったように窓の方に近づくと、窓を開けて夜空を眺め始めた。随分と真剣に夜空を眺めているなあと見ていたら、夜空がふわりと明るくなった。はっとしたアルバンはマーヤが見つめる方向に振り返った。
「そうか、今日は夏のオーロラの日か」
この世界のオーロラは、春分、夏至、秋分、冬至の翌日の夜、世界中のどこでも見ることができる。ただ、色は出現してみないと分からない。
もし、銀色の光が混じったオーロラを目にしたならば、願い事を唱えよ。
それが、幼少時から幾度となく聞かされてきた言葉だ。そして今、アルバンの目の前に広がって揺れ動く光のカーテンには、紛れもなく銀色の光が混じっていた。人生初めての、銀色の光だ。
アルバンは願いをかけようとして、ふっとマーヤのいた窓を振り返った。マーヤは静かに目を閉じて手を組み、何かを祈っているように見えた。と、マーヤの小さな声が聞こえてきた。
「この国の人が、この世界の人が、みんな幸せになれますように。女が女であると言うだけで何かに耐えたり、我慢したりしなくてすみますように。男が男であると言うだけで、威厳を持たねばならないとか女に負けてはならないとか、そんなことを言われない社会になりますように」
虚を突かれた。女のことを願うのは分かる。だが、マーヤは男たちのことも祈ってくれていた。それが驚きだった。突然、マーヤのことを尊敬できる人間だという思いがわき起こった。同時に、マーヤのような女性といつかは結婚したいという気持ちになった。
翌日から、マーヤは他の女子生徒たちと離れて行動するようになった。休み時間も放課後もマーヤはいつもあの丸眼鏡をかけた目を本に近づけて、一生懸命に読んだり書いたりしていた。マーヤにちょっかいを出そうとする者に気づくとさりげなく押しとどめ、マーヤが心静かに勉強できるようにした。
半年後、マーヤは無事に官吏登用試験に合格した。アルバンももちろん合格した。他の女子生徒4名は、受験すらしなかった。中央の官吏ではなく、実家に戻って地方の役所の受付や簡単な事務を行う職員になることが決まったからだった。
決まったと言っても、本人たちがそう願ったのではない。マーヤと離れた後の4人は、糸の切れた凧のようになってしまった。勉強に身が入らなくなり、成績をどんどん落としていった。本人たちからもやる気が失われ、学校の判断として中央官吏に足る人材ではないとされ、受験させてもらえなかったのだ。
「全部、リーズルに嘘告した件がきっかけです!」
マルテはリーズルと一緒に職員室に突撃して抗議したらしいが、公私の別が付かないようでは官吏として失格だと叱られて意気消沈し、卒業式を待たずに実家に戻っていった。
卒業式の日、たった1人の女子生徒マーヤが、首席卒業したとして代表挨拶を述べた。女性官吏としての抱負、この学校で学んだこと、教職員への感謝の言葉。最後にマーヤはこう言った。
「足を引っ張ろうとする者に対して、あるいはつまらぬ言いがかりを付ける者に対してどう対応するか。我々はこれから中央官吏として生きる以上、見る側ではなく、見られる側であることを強く意識し続けなければならない。後輩諸君には、その意識がまだ駆けているように思われる。諸君と官吏として切磋琢磨できる日を楽しみに待っている」
凜とした声に聞き惚れてしまう。アルバンはすっかり自分が恋の深み落ちたことを自覚させられた。
その夜、アルバン女子寮のある部屋に向かって小石を投げた。何事かとマーヤが窓を開けると、そこにはよじ登ったアルバンがいた。
「マーヤ!」
「官吏として働く直前に侵入犯とは、いい度胸ですね?」
「告白しに来た」
一瞬、マーヤの動きが止まった。
「学生ではないのです。嘘告をする必要など無いでしょう? それとも、何かの罰ゲームですか?」
「そうじゃない。夏のオーロラの日に、マーヤが祈る声が聞こえて、それからずっとマーヤのことが気になって仕方がなかった。でも、マーヤの勉強の邪魔をしたくなくて、今日までずっと我慢していたんだ」
「そうですか。おやすみなさい」
あっさりと窓を閉めてしまったマーヤに驚き、アルバンは窓を叩いた。
「マーヤ、聞いて。僕は君のことが好きなんだ。今すぐに返事をなんて言わない、一緒に官吏として働きながら、僕のことを見定めて欲しい」
シャッとカーテンが閉められた。余り大きくない声が、中から聞こえてきた。
「夜の明けないうちに、鶏の鳴き声を真似て夜が明けたとだまそうとした、あの東の国の故事成語のように私を騙そうとしても、そうはいきませんよ。あなたとわたしの間にあるこの窓は、決して開くことはありません。私の心の窓も開きません。あなたを意識することもありません。どうぞ、今日のことは忘れてください」
アルバンは2階の窓から飛び降りた。名残惜しげにマーヤの部屋をもう一度見上げた。明日は官舎への引っ越しがある。こうやってマーヤに告白することはもうないだろう。だが、アルバンとマーヤの部署は偶然にも同じなのだ。
いつか、かならず君を振り返らせるから。
学生時代にそれほど接点のなかった2人がこのあとどうなったかは、知る人ぞ知る、である。
読んでくださってありがとうございました。
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