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34 百人一首をアレンジ12 天つ風雲のかよひ路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 天女や天使が地上に落ちて、しばらくすると迎えがきて天界に帰って行く、そういう話は世界各地にある。アルバンの住む国にもそんな伝説があって、人々の間では「天女祭り」の形で残っている。


 「天女祭り」は、5人の天女が踊りながら天界に帰って行った姿を再現した「天女の舞」が目玉だ。前の年の祭りが終わるとすぐに来年の天女役の舞姫5人が選ばれ、1年間みっちりと踊りをたたき込まれる。その際、所作や言葉遣いなどにも厳しい指導が入る。天女役になると、1年間は仕事も遊びもできない。それどころか、神殿内の寮に入れられて、外部との連絡も取れなくなる。


 辛いと泣く娘も多いが、天女役を終えると箔が付く。格上の家から縁談が持ち込まれる例も少なくない。だから娘たちは天女役に選ばれたいと願う。


 天女役を選ぶのは、神官たちの仕事の一つだ。アルバンたちは町の娘たちの容姿だけでなく、常日頃の言動まで調査する。といっても、盗聴するわけでもないし、張り付いて調べるわけでもない。1年前から天女役に選ばれる年代の娘たちを調査するのではなく、生まれた時から調査は始まっているのだ。近所の人や様々なルートから入ってくる情報を集めし、神殿に来た時の態度や様子を記録し、町で見かけた時の様子と比べ合わせて、猫かぶりしていないか情報を付きあわせる。神官たちの前でだけ「いい子」の振りをする娘たちをリストから外し、何かの拍子に改心した娘はリストに戻す。そうやってふるいに掛けられて残った精鋭が、天女役なのである。


 天女役に選ばれる娘たちは、16歳から18歳。神殿で修行している間は、下級女性神官として扱われる。ただ天女役として奉納する舞を覚えるだけではない。「天女祭り」がどのような宗教的意味を持つのか、それを正しく理解した上で舞わねばならないから、神官たちと一緒に経典を読み、学び、神官としての勤めを果たすことも求められる。当然そこには雑用も含まれる。雑用などいやだという娘はいない。そういう娘は、ふるいに掛けられているからだ。


 アルバンが天女役を選ぶ担当になって4年。町中の0歳から18歳の娘(ただし既婚者は除く)の名前と顔とおおよその性格が全て頭の中にインプットされている。それほど大きな町ではないとはいえ、三桁もいると似たような顔の娘と間違えそうだが、アルバンは瞬時に区別が付く。ほくろの位置、歩き方、声、そう言ったものを総合的に記憶しているからだ。


 そもそもアルバンがこの任務に就いたのは、その記憶力を買われてのことだった。経典を全て覚えているいうアルバンの話に、さすがにそれないはないだろうと反論した同僚たちの前で、アルバンは一字一句の間違いもなく暗誦して見せた。それを一緒に聞いていた上役が、この能力は天女役選定に役立つだろうと考えて神殿長に奏上し、神殿長の審議を経て晴れて天女役選定に関わるグループに抜擢されたのだ。


「お前のその能力を存分に生かして、神様と天女たちがお喜びになるような娘を選んでほしい」


 神殿長は、王の子の中から選ばれる。王子の時もあれば、王女の時もある。現神殿長は王子だが、王太子の座を巡って争う兄たちに辟易し、12歳で神殿に行くことを願い出た人物である。神殿にいれば、他の兄弟から暗殺されることもない。神殿に入るためには、王位継承権を放棄しなければならないからだ。


 争いを好まぬ神殿長は、神殿で心置きなく眠れる日々をようやく手に入れた。天女祭りの意味を知れば、天女祭りを重視し、天女役を厳しく選定したいという神殿長の気持ちがよく分かる。


・・・・・・・・・・


 天女祭りとは、天界で遊んでいた天女が、足を滑らせて天界から地上に落ちたという伝説から始まる。天女は天に帰ろうとしたが、纏っていた羽衣を失ったことで帰る術を失い、天女を保護した男性の元で暮らすことを余儀なくされ、妻として生きていくことになる。


 後日、男の部屋から羽衣を発見した天女は、高い山の上に上って羽衣を大きく振る。天界に向かって、ここにいると合図を送る。迎えに来た4人の天女と輪になって浮かび上がった妻を見つけた男は、妻に帰らないでくれ、天女たちに連れて行かないでくれと懇願する。だが、彼女たちは拒否する。


「そなたは私を騙して妻にするような男。そのような男を信じてこれから先も生きていくことなどできぬ」


 天女たちは、歌いながら緩く空へと上っていった。


 男は家族を失い、孤独に生きてきた。天女はまさに、天から遣わされたものと思い、帰りたがる天女を諦めさせようと羽衣を隠したのだった。また1人になってしまった男は、妻を思って泣き暮らす。


 1年後、天女が再び男の前に現れる。


「これはそなたの子。そなたにも親として育てる権利がある。神は子か、私か、どちらかを選べ、選んだ方を孤独に苦しむそなたに与えると仰せじゃ。さあ、選べ」


 男は悩んだ。美しい妻を愛しているが、自分が妻を選べば、この子は親のない子として育つことになる。それではわが子を自分と同じ目に会わせることになる。


 子を選べば、妻から子を取り上げることになる。それも人としてどうかと思われる。


 男は悩み抜いた結果、「選べない」と答えた。


「あなたたちを愛しているから、あなたたち親子には一緒にいてほしい。あなた方を引き裂くくらいなら、自分は孤独のままでいい」と。


 妻は静かに頷くと、天に帰って行った。そして年に1度、天女はわが子と共に下界へ降りてくる。2度と他人を愛せなくなってしまった哀れな男の心が、これ以上壊れてしまわぬように。


・・・・・・・・・・


 それが何かの事実を内包しているものなのか、それとも人間の空想の産物なのかは分からない。大きな声では言えないが、王女と低い身分の男が駆け落ちした事件があったのではないか、などと言う者もいた。


 天女祭りの天女役たちは、この世の者とは思えないほど美しい天女の姿を再現しなければならない。その為の指導は厳しく、駆け落ちした女のイメージはどこにもない。


 そう、この祭りは、庭師の男と駆け落ちした大昔の王女と、出産と同時に妻子を失った男、その子、その三者の魂を慰めるためのものだった。もとから存在していたわけではない。庭師を愛する王女を無理矢理他の男に嫁がせようとした結果、王女は庭師の男に「王女として駆け落ちを命令」した。王は王女のことを大切に思っていたからこそ、庭師の男が相手では認められなかったのだ。


 王女は、庭師の妻になるためだったら平民になる、覚悟もできていると伝えていた。2人で生きていくために、手に火傷をしながら料理を学び、指を針で血に染めながら縫い物を練習し、掃除や洗濯までできるようになっていた。もし王が2人を認めていれば、誰もいない山の中に隠れ住む必要は無かった。産後の肥立ちが悪い王女を医者に連れて行くこともできた。お尋ね者になっている2人が人前に出られるわけはなかった。結果、王女は死んだ。子どもは生まれた時、すでに死産だった。


 全てを失い、発狂した男は、旅の途中に出会った神官によって正気に戻された。正気に戻ったことで、庭師は死を選んだ。王女、庭師、子、三者の遺髪を持って、神官は王に事の次第を報告した。王はその頃、病に倒れていた。原因不明の病は、おそらく祟られたのだろうとしか思えないものだった。


 王の命令で、三者を慰霊すべく、天女祭りが考案された。最初の天女祭りの翌日、王の病は癒えた。王は、王女がどれほど庭師を愛していたのかようやく理解し、後悔し続けた。天女祭りは神殿で一番重要な祭事となり、それは王朝が変わっても続くことになった。天女祭りを取りやめさせた王朝もあったが、原因不明の流行病が国中を襲い、天女祭りを復活させるとその病が収束したことから、この地では王朝にかかわらず、歴々と続けられてきたのだった。


・・・・・・・・・・


 アルバンは、じっと、今年の天女役の娘たちを見ている。天女役の娘の一人も、アルバンをじっと見ている。天女の舞の練習が始まった。その娘の動きは一際しなやかで、指導する神官たちは、これでは他の4人が下手に見えてしまうと、そちらを心配している。


「ならば、マーヤは天女役から外しましょうか」

「何を言っているんだ、アルバン。今年の天女役の中で一番優れているのがマーヤだぞ? 彼女には既に高位貴族からも第二夫人にはなるが、貴族扱いでの輿入れが打診されているんだ」

「それはマーヤ自身がお断りしていたではありませんか? 天女役を全うすることで貴族からの求婚を断れなくなるというのであれば、マーヤが天女役を降りればいい」

「だが……」

「君は、この祭りの原点を知っているのだろう? 君がしようとしていることは、かつての王と同じだ。君の親切心を否定するつもりはないが、第2の王女を、天女役から出してしまったとしたら……王女の御霊はどのように思われるだろうね?」


 やがてマーヤは天女役から降りた。町の人たちからも残念がる声が上がったが、マーヤ自身がどうしても降りたい、よく知りもしない貴族と結婚させられるのは辛いと言っていたことが伝わると、誰もがマーヤの味方になった。マーヤが抜けた穴は小さくなかったが、例年通り、無事に天女祭りは行われた。舞を見た神殿長もと王からも、このまま続けるように、決して天女祭りを絶やさぬようにと指示があった。


 数年後、アルバンは神官職を辞した。当然引き留められたが、アルバンと神殿長が話し合った結果、アルバンの辞職が認められた。神官は、死ぬまで続ける者が多い。だから、まだ30歳のアルバンが辞めるというニュースは衝撃的だった。


 アルバンが町を出て行くその日、その隣にはマーヤがいた。


「お前たち、いつの間に?」

「マーヤが天女役を降りた後ですね。意に染まぬ結婚を回避できて感謝していると手紙をもらいまして、それから時々手紙のやりとりをしていたんです。天女役を降りたことで、マーヤになんらかの瑕疵があったのではという噂が流れたでしょう? マーヤにはあの後、縁談が来なくなってしまった。手紙で話し合う内に私がマーヤに好意を持ちまして、是非妻にと願ったんです」

「そんなことが……」


 確かにマーヤは、女性が20歳までにみな結婚する風潮の中で、24になっても実家で肩身の狭い思いをしていた。家に閉じこもりがちだったマーヤにとって、アルバンとの手紙のやりとりは外部との唯一のつながりだったのかもしれない。


「そうでしたか。どうぞお幸せに」

「ええ、ありがとうございます」


 アルバンとマーヤは言葉少なくある山に向かった。それほど高くないその山の山頂は草むらに覆われているが木が生えた様子はない。


「なつかしいですね」

「ええ、そうね」

「まさか、こんな形であなた様にまた会えるとは思いませんでした」

「私もよ」


 マーヤはアルバンの手を握った。今世で初めて、二人は手を握り合った。


「もう、間違えない。誰も不幸にしないためには、私たちの中にいる王女と庭師を解放してあげなければならないわ」

「ここで、舞うのですか?」

「そうね。きっと私の中に溶け込んでいる王女の魂が、あなたと出会えたことで満足しているようなの」

「それは私も感じます。彼が、あなたと再会できた喜びと、あなたを今度こそ守りたいと思っているようです」


 マーヤは静かに手を離した。そして、草を踏みしめながら舞い始めた。この舞は、あの時代の王宮で神への奉納されていた舞。それをよく知るマーヤが、他の誰よりも美しく踊れたのは、当然のことだと言える。


 マーヤは満月の光の中で、静かに舞う。神に魅入られて、また天に連れ去られるのではないかとアルバンは急に不安になった。


「空を吹き抜けていく風よ、どうか天女が天界と下界を行き来する時に通っていくという雲の中にある通り道を吹き閉ざしてくれ。この美しい乙女の姿を、この地上に留めておきたいのです」


 かつての人生で王城の庭師だった男は、貴族としては身分の低い男爵家の次男だった。腕を見込まれて王城で庭師として勤め、花をこよなく愛する王女と出会い、恋に落ちた。王女の命令という形で駆け落ちしたが、命令がなくても王女が他の男に嫁がされると聞いた瞬間から駆け落ちを考えていた。


 あの時の自分たちは未熟だった。苦労だけさせて、王女も子も失ってしまった。王を恨んだ。この国を恨んだ。その恨みが、王女の悲しみと一緒になって、災厄となってこの地を脅かした。


 だが、王女もよく舞ったこの舞を見ると、男の心も慰められた。舞終えたマーヤが、アルバンに向かって走った。そして抱きついた。


「アルバン!」

「マーヤ! 今度こそ、ここで家族になろう。今度こそ、君とずっとずっと一緒にいたい」

「ええ、今度はお互いおじいさんおばあさんになるまで、ここで暮らしましょう」


 アルバンの祈りが通じたのだろうか。マーヤは天界に召し上げられることなく、3人の子と静かに暮らした。子どもたちが独立した後も、マーヤとアルバンは山の家から出ようとはしなかった。


 静かに、穏やかに、2人は寄り添い続けたのだった。






 

 


 

読んでくださってありがとうございました。

五節の舞姫については、天智天皇の時代に天女が吉野に舞い降りたことから始められたものだといわれているようですが、今回は羽衣伝説&竹の娘伝説とリンクさせてみました。

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