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32 百人一首をアレンジ10 91 きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣片敷き一人かも寝む

読みに来てくださってありがとうございます。

やっと下一桁「1」の最後です。

短めです。

よろしくお願いいたします。

 マーヤとアルバンは知人の結婚式で出会った。


 マーヤは新郎の友人で、アルバンは新婦の従兄。新郎が、まだ結婚の「け」の字ほどの気配もないアルバンを心配する新婦のために、自分の友人の中で1番かわいいマーヤを紹介しようと、「新婦は男の友人を、新郎は女の友人を結婚式には招かない」というルールを破ってまで招待したのだ。


「初めまして。アルバンです」

「初めまして、マーヤです。アルバンさんはどんな仕事をしているの?」

「僕は商家の跡継ぎで、今は国内各地に行商に出ているんだ」

「行商?」

「いいものや必要とされているものを買い付けて、他で売る。売った土地で亦新しいものを仕入れて、次の場所で売る。そうやって国内のいろんないいものを知って、値段や価値を調べて、ここに帰ってくる。ここに戻ってくるのは、だいたい半年に一度程度なんだ」「ずっと旅をしているのね」

「そういうことになる。刺激的な毎日だよ。食べ物も着る物も、言葉も少しずつ違うのが本当に興味深いんだ」

「ふうん」


 マーヤはそれほどアルバンに興味を持った様子ではない。新郎はがっかりしたが、アルバンはほっとした。


 正直に言うと、紹介などされても付き合えない。半年に一度しか戻らない男を、一体誰が夫にしようと思うだろうか。それに今のアルバンは、商売が楽しくて仕方がない。一緒に行商に回って楽しめるような人ならともかく、待つだけの女などつまらないという思いがあった。


「なあ、アルバン、マーヤはどうだ? 気に入っただろう?」

「彼女も僕に興味薄だ。だいたい僕は仕事で飛び回っているんだから、誰か特定の人と交際なんてできないし、ただひたすら待たれているのも気持ち悪いと思ってしまうからな、残念だがこの話はなかったことにしてくれ」

「いいのか、俺の知る中でマーヤが1番可愛い子だぞ?」

「君の好みはああいうタイプなのか? 残念だが、僕は違う。彼女はちょっと……そうだな、僕への興味と言うよりは、裕福な生活に憧れているように見えたが」

「彼女の母方の祖父母が子爵だからね、貴族の血が流れているというのが彼女のプライドだし、できれば貴族のように暮らしたいと思っていると思う」

「それなら、僕なんて相手にならないよ。だいたいどうして子爵令嬢が平民の妻になってなるのさ」

「決まっているだろう、駆け落ちして家から除籍されたんだよ」

「はあ? そんな訳ありを連れてこないでくれよ、僕の商売の信用にも関わる」

「そうか、悪かった。商売人の妻なら、彼女みたいに明るい子がいいんじゃないかって思ったんだが、信用問題のことまで考えていなかったよ」


 そう、この新郎、人はいいのだがどうも考えが甘く、トラブルを起こしがちなのだ。この新郎は止めた方がいいとアルバンは従妹にそれとなく伝えたが、惚れた弱みか全く理解されなかった。とはいえ、今日の結婚式に、アルバンのためと言いながら女友達を招待したことに不信感を募らせていた。


「とりあえず、俺は戻るよ」

「じゃあな、もう紹介しなくていいからな」


 明るい男は一緒にいて楽しいが、軽い男が嫌いだ。平気で嘘をつくし、約束も破る。信用第一、真面目が一番と考えるアルバンとは、相容れない。


 しばらくこの町には戻らない方が良さそうだ。


 そう考えたアルバンは、翌朝早く町を出た。そもそも従妹の結婚式のためだけに戻ってきたのだ。つまらぬ親戚づきあいよりも、商品を目利きしたり新たな物に出会ったりしている方が遙かに楽しい。


 アルバンがすっかりマーヤのことを忘れていた一年後。アルバンの故郷の町から歩いて2週間ほどかかる町で、アルバンは名物のガラス細工を仕入れようと、工房を訪ねた。そしてアクセサリーや小皿、それに花瓶等をいくつか仕入れた。


 この町のガラスは、緑色の濃淡が美しいとアルバンは思っている。ガラスの色は、その工房毎、あるいは技術者毎に、好みも違う。同じ素材であっても微妙に個性が出る。青いガラスなら西の町、赤いガラスなら北の町、と言った具合にアルバンは買い付ける店を決めている。これまで緑のガラスで納得いく物はなかったのだが、やっとこれで自分が取り扱ってもいいと思えるようなものが手に入った。


 ウキウキとした気持ちで宿に戻った。几帳面なアルバンは、すぐに帳簿に記入した。そして、手元の現金を照らし合わせ、おつりを誤魔化されていないか、どこかで掏られていないかを確認するのだ。


 現金を携帯用の金庫にしまうと、アルバンは夕食を取るために宿の近くにある食堂に出かけた。安くておいしいこの店は、宿の主人の紹介で知った。夜は必ず、この店で食べるようにしている。


 店の扉を開けたアルバンは、何となく店の雰囲気がいつもと違うことに気づいた。


「ああ、いらっしゃい」

「何かあったんですか?」


 オーナーシェフが困ったような顔で、隅のテーブルに視線をやった。


「ああ、さっきまであそこにいる女性と男性がひどく口論していたんだ。二人とも出て行ってくれと言ったら、男は金を置いて出て行ったんだが、女はふくれっ面のまま居座っていやがる。もしかしたら無銭飲食かもしれないな」

「無銭飲食……警備兵を呼んできますか?」

「いや、様子を見ようと思っているんだ」


 アルバンは何気なく女の顔を見て、見たことがある顔だと思った。


「あれ。どこかで見たような気がする……」


 次の瞬間、女と目が合った。女の目が大きく見開かれ、次に喜色を浮かべ、こちらに手を振った。


「アルバンさん!」


 呼びかけられたアルバンは思わず「え?」と言ってしまった。


「知り合いなのか?」

「見たことはあるんですが、誰だったかな」

「商売人のあんたが思い出せないってことは、重要人物ではなかったってことか」

「そうでしょうね」


 だが、女性の方はお構いなしに近づくと、ニコニコしながらアルバンに言った。


「久しぶりです、アルバンさん! 今はこの町で商売しているんですか?」

「……マーヤさん?」

「よかった! 覚えていてくれたんですね! 


 急になれなれしくなったマーヤに、アルバンは面食らった。


「駆け落ちしてきたんですが、相手の男の人がもう一緒にいたくないって言い出して……それで口論になって、置いて行かれてしまったんです」

「でも、宿に荷物があるだろう?」

「手ぶらで来ちゃった」

「は? 君の住む街から2週間はかかるんだぞ? 手ぶらって……」

「だって、次の日に必要な物はみんな彼が買ってくれたから、困らなかったの」


 オーナーシェフが首をすくめた。アルバンは「そう。大変だね。じゃ」といってその場を離れようとした。だが、アルバンは腕を取られた。


「私を見捨てないよね、アルバンさん」


 みんなの目がアルバンに注がれた。ここで困っている人を見捨てたら、冷たい奴だと言われるだろうか。そうなったら商売に影響するだろうか。


 アルバンは諦めた。そしてため息を一つつくと、


「ここの食事代と、今日の宿代は貸すよ。次に故郷であった時に返してくれ」


 と言った。


「ああ、よかった!」


 マーヤは思う存分飲み食いし、ぐでんぐでんに酔っ払った。酔っ払ったマーヤを一人にしておけず、アルバンは自分の宿に連れて行き、空室においてもらうことにした。


「すまんが今日は満室なんだ。あんたの部屋にとめてやりな」


 宿の女将にそう言われたら、どうしようもない。アルバンは仕方なくマーヤを自分が止まっている部屋に連れて行った。そして、ベッドに寝かせると、自分はソファに横たわった。


 疲れた。こういう日は早く寝るに限る。


 だが、夜中にマーヤが泣き出した。どうやら悪夢でも見たのだろう。あまりの泣きっぷりに、さすがのアルバンも心配になって、マーヤの様子を見に行った。


「マーヤ、大丈夫か?」


 そのままマーヤにベッドに引きずり込まれた。アルバンはその夜、マーヤに襲われたのだった。


 翌朝から、マーヤは妻気取りでアルバンの周りをうろちょろした。アルバンは帳簿や携帯金庫を決してマーヤに触らせなかった。夜の内にマーヤを一人置いて逃げようと思ったこともあったが、マーヤが寄生虫のように次の男、次の男と乗り換えていくのが想像できて、諦めた。


「明日、ここを出て次の町へ行く」


 そうマーヤに言うと、マーヤはうん、と言った。


「付いていっていい?」

「駄目だ」


 マーヤは俯いた。そのまま部屋を出て行った。アルバンは寂しいと思ったが、それと同じくらいほっとした。やっとマーヤから解放されると思うと、安心感の方が大きかった。


 だが、翌朝、アルバンは目を覚まして目を疑った。


 何も、ない。


 携帯金庫も、買い付けていた商品も、財布も、何もかも。


「ああ、奥さんが夜中に、荷馬車に何か積んでいたよ。先に言っているってさ」

「あいつは、同郷のよしみで部屋に置いてやっただけ。商品も金庫も持ち逃げされました」


「つまり、あんたには支払い能力がないってことだね」

「盗まれましたからね。女将が見逃したんですよ」

「知らんがな」


 アルバンはしばらくこの宿で働いて、宿代を支払うことになった。アルバンが、施してやったらまるごと奪われたという話は瞬く間にこの町に広まった。もうこの町では商売はできない。緑のガラスとは、これが今生の別れとなるだろう。


 数日後、マーヤが詐欺罪と窃盗罪で逮捕されたという話を聞いたが、マーヤはまたすっからぴんになって、男あさりをしていたらしい。まさに寄生虫である。


 アルバンは思った。


 こおろぎがしきりに鳴いている、霜の降るこの寒い夜。衣の片袖を敷いて、僕はたったひとりで寂しく寝るんだろう。


 思ってから、気づいた。いつの間にかマーヤのことを好きになっていたんだな、と。


読んでくださってありがとうございました。

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