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31 百人一首をアレンジ9 81「ほととぎす鳴きつる方をながむればただ有明の月ぞ残れる」

読みに来てくださってありがとうございます。

5000字届かなかった……

よろしくお願いいたします。

 鳥というものは、古今東西を問わず、人の心を掴んで離さぬものの一つである。その色夢中になる者、その尾の長さに夢中になる者、好みの対象は実に様々だが、鳴き声にしびれるという者もかなり多いようだ。


 自分が飼育している鳥とよその鳥とを鳴かせて、どちらがよい声かを競う大会を開く者までいてる。中には鳴き声が美しい鳥を捕らえて無理矢理鳴かせる輩もおり、無理矢理捕らえるのは禁じるべきだという声も上がっている。


 アルバンは、鳥の鳴き声を聞くのは好きだ。だが、鳥籠に閉じ込められた鳥の声を聞くと、出してくれと懇願されているようで心が痛み、途中から耳を塞いで部屋から逃げ出してしまう。


「鳥籠に入れておかねば、美しい声をいつでも聞く贅沢を味わえないではないか」


 でっぷりと肥えた中年の男にそう言われたが、アルバンは首を横に振った。


「いいんです。僕は、美しい声で鳴く鳥を、自分の傍に置きたいわけじゃないんです」

「ほう。ではどうしたいんだ?」

「そうですね」


 アルバンは森の方を見た。


「みんなで森に行って、森の中で鳴き交わしている様々な鳥たちの声を聞くのがいいんです」

「危険ではないか」

「鳥籠の中の鳥は、鳴き交わす相手をいつも探しています。そして、寂しいといっているように聞こえることが多くて……僕にはそれが辛いんです」

「鳥の言葉が分かるのか?」

「いやいや、違いますよ!」


 アルバンは慌てた。そして失礼しますと言うと会場を足早に出た。


 危なかった。


 実は、アルバンには鳥たちの鳴き声で、何を言っているかが分かる。なぜかと言われても分からない。ただ、小さいときから鳥たちの声に興味を持ち、耳をそばだてて聞いている内に、次第に理解できるようになったのだ。


 だから、鳥たちの叫びが辛い。


「助けて」

「ここから出して!」

「家族が森にいるの!」


 ごめんね、ごめんね、アルバンはそう一羽一羽に謝る。アルバンの気持ちも鳥たちには理解できるらしく鳥たちから慰められることもある。


「いてあげてもいいわ。でも、もう少しミミズや毛虫をくれないと、体力が保たないわ」


 そう言ってきた鳥のため、所有者に、「毛艶が悪いですね。動物性のタンパク質をきちんと与えていますか? 与えないと、声にも張がなくなりますよ?」と言ってやれば、所有者はその場でミミズを用意させて鳥に与えた。


「ありがとう! おいしい! 元気が出る!」


 鳥たちはそれ以来、アルバンの姿を見るとやれ鳥籠を大きくしろ、暑い、寒い、夫婦げんかは外でやってくれ、等様々なことを所有者に伝えろと迫られる。アルバンだって言えるものなら言いたいが、一般市民のアルバンが男爵閣下の夫婦関係について言及するのは無理というものだ。


 ごめんよ、ごめんよ。


 アルバンは今日も鳥たちの品評会の会場へ行き、自分にできることがないかと歩き回る。


「出して!」

「助けて!」

「叩かれるの!」

「鳴かないとご飯をくれないの!」


 ごめんよ、ごめんよ。


 アルバンは泣きたいのを我慢して、会場を回る。そして、はたと足を止めた。


「あの、この鳥……」

「ああ、こいつか。ここのところ全く鳴かないから怒鳴りつけたんだよ、そうしたら、失神したようだ」


 助けて、助けて、もうだめ。


 もう声にすらならない悲しげなその声が、アルバンの心臓を鷲づかみにする。他の鳥たちも、仲間が死にかけているのを感じているのだろう、いつになくざわめきが大きい。


「誰か、助けてあげて!」

「死んじゃう、死んじゃう!」

「明日は我が身!」

「人間なんて嫌い!」

「「「嫌い! 大嫌い!」」」


 会場の鳥たちのざわめきが、次第に異常なものになっていく。アルバン以外の人間たちもさすがに様子がおかしいことに気づき始めた。


「おい、あの人の鳥、死にかけていないか?」

「本当だ。それでうちの鳥まで騒いでいるのか」


 普段なら美しい鳴き声が響く会場に、鳥たちの怨嗟の声が広がっていく。


 その異様さに、一人二人と、鳥籠を抱えて外に逃げ出していく人が出始めた。


「私も今日はこれで失礼しますよ」


 失神した鳥の所有者と話していた男も、そそくさと離れた。


「おい、ちょっと待ってくれ!」


 アルバンはもう今しかないと思った。一か八かにかけることにした。


「残念ですが、もう時間の問題でしょうね」

「なんてことだ! 先週金貨20枚で買ったばかりなのだぞ!」

「金貨20枚にふさわしい扱いをしてあげたのですか」

「こやつはわしの言うことを聞くべきだったのだ」

「それは人間のエゴです。彼らには彼らのルールがある。生態がある。それを無視すれば、鳥は死ぬ。鳥を愛していらっしゃるのなら、お分かりだったのでは?」

「……そうだが……」

「私が、森に帰します」

「もう生きられないのに、か?」

「最後をどこで迎えるかは、人間にとっても大事なことなのでは?」


 所有者の男は考え込んだ。鳥を愛する気持ちはあるのだろう。ただ、それが行き過ぎたり、人間側の視点しかもてなかったりすることで、こういう悲劇は生まれる。


「分かった。こいつを預ける。最期を看取ってやってくれるか」

「承知しました」


 所有者が鳥籠から鳥を出した。微動だにしない。このままでは、本当に死ぬこともある。


「頼む」

「はい。必ず森に戻します」


 アルバンはその灰色と黒褐色の部分をもつ鳥をハンカチに包むと、急いで外に出た。そして、自分の胸に抱えるようにして、森へ走った。


「急いで!」

「急いで!」

「まだ間に合う!」

「間に合う!」

「頑張れ!」

「頑張って!」


 鳥たちが、弱り切った鳥に声を掛けている。アルバンは必死になって森に走った。


 森に着くと、急いでその体をさすって温めた。脳に酸素が行かない状態が、失神だ。酸素が行かなければ、その分脳がダメージを受ける。そのまま低体温になって死ぬこともある。アルバンは声をかけ続けた。


「おい、お前は自由になったんだ! 森に帰ってきたんだぞ? これから楽しく生きるべきだろう? 目を覚ませ、起きろ、しっかりしろ!」


 やがて、弱々しくその目が開かれた。


「あいつじゃない……お前、よく仲間と話している変な奴だな」

「ああ、そうだよ」

「本当にあいつはもういないのか?」

「いないよ。もう死ぬばかりだと思っていたようだったから、俺も煽って、最後くらいは森で迎えさせてやってくれって言ったんだ」

「そうなんだ……ありがとう」

「もう、大丈夫なのか?」

「まだ動けない」

「動けるようになるまではここにいるよ」

「帰れよ」

「動けないのにここにいたら、狐や猛禽類に食われるだけだ」

「……それもそうだな。飛べるまで、一緒にいてくれるか?」

「ああ、いいよ」


 アルバンは鳥を抱えたまま、地面を掘った。ミミズを見つけて、鳥を見た。


「ミミズがいるぞ。食べるか?」

「ああ、うまそうだな」


 喙を明けたので、ミミズを口の中に突っ込んでやった。まるでひな鳥への餌やりだ。


「うまい、やっぱりミミズは最高だよ」

「今まで何を食べていたんだよ」

「つぶつぶ」

「つぶつぶ? ああ。稗や粟か。栄養価は高いが、ミミズや毛虫を食べないと鳥は元気が出ないのにな」

「本当に、そうだよ。元気が出ないのにいい声で鳴けとか、いつまでも鳴けとか、無理だよ」

「俺がいうのも何だが、悪かったな」

「お前は助けてくれたから、いいよ」


 もう一匹、ミミズを喙の中に突っ込んだ。目が喜んでいる。


「お前の所になら、飼われてもいいぞ」

「いや、奪い取ったって言われるのも癪だから、ここで自由に生きてくれ」

「時々遊びに行ってもいいか」

「ああ。でも僕の家が分かるのか?」

「そうだな、わからないな。ならば、ここに来てくれるか?」

「それはいい。お前が心のまま、心ゆくまで歌うところを聞いてみたいものだ」

「ああ、いいよ。ここでなら歌ってやる。元気になったらな」

「楽しみにしているよ」


 鳥は、羽ばたいた。


「飛べそうか?」

「落ちたら拾ってくれ。すぐに狐に喰われるのはかなわん」


 鳥は二度三度羽ばたくと、飛び上がった。そして、梢に止まると、アルバンを見下ろした。


「大丈夫そうだ。ありがとう、アルバン」

「僕の名前、知っているのか?」

「会場で鳥の声を聞いてはビクビクしている変な男がアルバンって名前だってことは、有名だったよ」

「そうなのか」

「ああ、お前のことは、みんな頼りにしているよ」

「役に立てているのかな」

「立てているさ。こうやって俺も助けてくれた」


 鳥は翼を広げた。


「俺は、本来夜鳴く鳥だ。夜の森は危険だから、来てくれと言うのも気が引けるが、もう少ししたらお前に歌を聴かせてやりたいよ」

「うん、また会おう」


 アルバンは鳥に手を振ると、森から出ていった。


 数週間後、アルバンはキャンプの支度をして森にやってきた。落ち葉が少ないところを選んで大きめの火を焚き、昼間寝てからやってきたアルバンは、そのたき火でコーヒーを淹れた。眠気覚ましの、濃いめのコーヒーだ。


 夜の森には、あの鳥以外にも活動する鳥がいる。フクロウの仲間などはその最たる例だ。ホーホー、という声が聞こえてくる。


 あいつ、ちゃんと生きているかな。


 アルバンはコーヒーを飲みながら、失神から復活したあの鳥を思った。ホトトギスという種類だと知ったのは、あの日家に帰ってからだ。鳥類図鑑で調べたら、すぐにホトトギスは出てきた。ホトトギスの声を楽しむ会は、貴族の中でも行われているらしい。


 鳴かないな


 アルバンがうとうととし始めた頃だった。


 キョッキョッという声が聞こえた。はっとしたアルバンは、その声のする方を見た。


「生きていたか」

「おう。元気になったぜ」


 気配だけ残して、ホトトギスは姿を見せなかった。それでいい。そのくらいの用心深さがなければ、また人間に捕まってしまうから。


 木々の向こうに、月が見える。東の空は白み始めている。もう朝だ。




 ほととぎすが鳴いた方角を見やると、そこにはもうほととぎすの姿はなく、ただ夜明けの空に有り明けの月が残っているだけだったよ。


読んでくださってありがとうございました。

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