3『伊勢物語』「芥川」をアレンジ!
読みに来てくださってありがとうございます。
直訳ちっくで、多少ファンタジー要素を加味した程度ですが……
よろしくお願いいたします。
騎士アーサーはよくモテる。祖父は国王だったし父は王子だった。だが、アーサー自身は臣籍降下して、中流貴族でしかない。だから、結婚相手も当然中流貴族以下の出身ということなる。
ところが、アーサーの母は王女だし、子どもの頃は王族だったわけだから美人を山のように見て育った。同じ年頃の、王宮に出入りするような上流貴族令嬢たちのことだって知っている。当然、アーサーが妻に求める者は多い。恋人はあちこちに山のようにいる。アバンチュールの相手、一夜限りの相手などそれこそ数え切れない。
そんなアーサーが本気の恋をした。恋は落ちるというのは本当だったのだと初めて知った。
初恋に心を狂わせたアーサーだが、その相手が悪い。1年後に王都の結婚を控えた、将来の王妃様となるご令嬢、オードリーなのだ。そんな高貴な姫君に声を掛けるわけにはいかない。そもそも、将来の王妃との恋など叶うはずもない。
アーサーは初めて恋が実らぬことに身もだえして苦しんだ。同時に、今までの恋がまやかしだったと気づいた。アーサーはオードリーに無視されても罵られても、愛をささやき続けた。しつこいまでに粘った。
その内、オードリーの心が揺れ始めた。婚約者の国王には既に何人もの側妃がいる。子どもだって生まれている。国王から一言も与えられない愛の言葉に、オードリーの心はぐらぐらと、それはもうぐらぐらと揺れた。
オードリーもまた、気づいた時には一途なアーサーへの恋に落ちていた。何と言っても格好がいい。詩や歌にして自分の気持ちを切々と訴えてくる、その直球さが愛しい。本人の身分では釣り合わないが、その血筋を辿れば子ども時代は王子だったのだ。身分が許さない、婚約者がいるのに……そんな禁忌を犯している、そういう状況が、オードリーの心をより一層アーサーとの恋に向かわせたのかもしれない。
二人は人目を忍んで逢瀬を繰り返した。初心なオードリーは、アーサーとの恋に夢中になった。アーサーも、苦しんだ後に手に入れた恋。二人の思いはますます強くなっていく。
ある日、オードリーは悄然とした様子でアーサーに告げた。
「会えるのは今日が最後よ」
「どうして?」
「今までは王妃教育のために、王太后様のところにいたでしょう? でも、一通りおわったから、一度実家に帰ってきなさいって、お父さまが……」
オードリーはそれ以上何も言わなくなった。俯いたまま肩を震わせている。
「姫君。あなたの可愛い顔を見せてください」
「駄目、ひどい顔をしているわ」
「そんな顔さえ魅力的なあなたの顔を、他の男になんて見せたくない。
アーサーはオードリーをぎゅっと抱きしめた。オードリーの手が迷うように宙を彷徨った後、ためらうようにアーサーの服を掴んだ。
「姫君。私と逃げませんか?」
「え?」
オードリーは顔を上げた。
「苦しい思いをさせるかもしれません。ですが、どうか私の手を取ってくださいませんか?」
世の中を知らないオードリーには、苦しい思いのレベルが現実のものとして理解できない。ただ、自分が好きな男と離れて、好きでもない男の元に嫁がされるのだということに打ちのめされているのだ。
「本当に、私と逃げてくれるの?」
「ええ、このまま逃げましょう。今すぐに!」
「連れて行って、私の騎士様」
アーサーはオードリーを抱き上げると、そのまま乗ってきた馬に飛び乗った。
「行きましょう。私たちが愛し合える所へ」
アーサーは必死で馬を飛ばした。だが、途中から雲行きが怪しくなってきた。ぽつりぽつりと雨が降り出す。遠雷の音が聞こえる。
「姫君、申し訳ありません。このままでは濡れてしまうので、どこかで雨宿りしましょう」
「大丈夫なの?」
「あなたに風邪を引かせるわけにはいかないから」
「アーサー……」
アーサーは土砂降りになる直前に、なんとか一軒のあばら屋を見つけた。中を検めたが、誰もいない。ここまで逃げてきたのだ、雨も降っているし、追っ手がいても直ぐには見つからないだろうと、アーサーは考えた。
「むさ苦しいところですが、この中で雨を凌ぎましょう。私は姫君を守る為に、戸の外で待機しております」
「一人は……寂しいわ」
オードリーの不安げな声に、アーサーの心が揺らぐ。だが、ここでもし追っ手に捕まってしまえば、二度とオードリーに会うことはできなくなる。なんとしてもオードリーを守りたかったアーサーは、そっとオードリーの額にキスをした。
「あなたを守るためです。明日も馬を走らせねばなりません。今日はなれぬ馬に乗ってお疲れになったはず。ゆっくりお休みください」
オードリーは何か言いたげだったが、頷いた。そして、そっとその身を横たえた。
アーサーはそれを見ると、戸の外に出た。雨は激しく降り、雷鳴が轟いている。稲光が空を駆け抜け、強い突風に体が持って行かれそうになる。
耐えろ、何の為に騎士として鍛錬をしてきたんだ!
アーサーは戸に背を預けて、夜が明けるのを待った。
一方のオードリーは、アーサーに言われたものの、一人っきりになった事がないので怖くて仕方がない。高貴な姫君ゆえ、寝る時でさえ常に侍女が傍にいたのだ。風雨の音に怯え、雷鳴に肝を潰した。
「怖い、怖いわ。こんな所に一人はいや! アーサー、どこ? どこにいるの?」
だが、その言葉は突然あばら屋の中に現れた影の者たちによって封じられた。
「お迎えに参りました、姫様。随分遠くに、それもこんな天気の真夜中にピクニックとは、とんだお転婆でいらっしゃいますな」
オードリーは、これが父たちが付けていた影だと気づいた。
「そうよね、あなたたちが見逃すはずないもの。それに、これがあればあなたたちはどこにいたって私を見つけられる」
オードリーは、右腕のブレスレットを見た。お守りだと言われているが、その身から絶対に外すなと父に言われた時、おそらくこれが座標になる魔導具なのだろうと想像は付いていた。
オードリーの瞳と同じ、青いサファイヤがきらめいている。きれいだが、冷たい、青い宝石。今もまたこうやって、オードリーの夢の時間を奪っていく。
「お戻りになりますね?」
「ええ。その代わり、あの人は助けて」
「始末せよ、とのご命令です」
「なら、私がここで何者かに襲われたように……死んだと思わせて。そうね、魔物にでも食べられたように工作して」
「姫様?」
「あなたたちは見ていたのでしょう? 私に初めて恋を教えてくれた人なの。私は二度と愛されないかもしれないけれど、死ぬまで愛を知らない女にならずにすむのは、彼のおかげなのよ。死んだと思えば、彼も諦められるでしょう。彼が私を諦めるために必要な時間をあげたいの」
「……承知しました」
見ていて気持ちの良いものではないから、という理由で、二人残して影たちはオードリーを連れて転移した。「さよなら」というオードリーの言葉を残して。二人は魔物か大型動物に荒らされたように痕跡を作り、その上で血痕を残した。そして、転移した。
一連のことは、激しい雷鳴のせいで、外にいるアーサーには全く聞こえなかった。ただひたすら、夜が明けるのを今や遅しと待っていた。
夜が明けた。昨夜の雷雨が嘘のように、晴れ渡っている。これなら逃げるのも楽だろう、そう思ってアーサーは戸を開けた。
「姫君、起きていらっしゃいますか?」
だが、返事がない。そして、違和感を感じた。昨夜見た小屋の中は、暗かったからはっきり見たわけではない。だが、こんなに荒れていなかったはず。それになぜ血痕が?
はっとして見ると、うっすらと魔物のような痕跡が残っている。転移能力のある魔物にオードリーが襲われたのだと理解するのは苦痛だったが、それしか考えられなかった。
「姫君、姫君!」
アーサーはただ慟哭の涙を流した。
自分が駆け落ちなど持ちかけなければ、オードリーが死ぬことはなかった。自分だけおめおめと生き残って、これからどうやって生きていけばいいというのか。
ふと、昨夜、馬を走らせながらオードリーがつぶやいたのを思い出した。
「ねえ、アーサー。あの光るものは何かしら? 真珠? きれいねえ」
それは、遠雷の光を反射して白く光る夜露だった。夜露を知らず、真珠だと思ってしまうような、現実を知らぬ無邪気な姫君。アーサーは項垂れた。そして思った。
あなたが「あれは真珠?」と私に聞いた時に、「いや、夜露だよ」と教えて、その時に夜露のように消えてしまえば良かった。そうすれば、あなたを失うなんて辛い目にも遭わずにすんだはずなのに。
読んでくださってありがとうございました。
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