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29 百人一首をアレンジ7 61「いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな」

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 マーヤは王宮の新米侍女だ。王妃様に仕える侍女の中で結婚退職する者が3人ほどいたために募集がかかった。もちろん王妃様付きの侍女であるから、平民には受験資格がない。伯爵家以下の未婚の令嬢で、結婚まで咲いてでも3年以上の猶予があることが条件だった。


 その点、マーヤは十分に資格を満たしていた。とある侯爵家に連なるとはいえ末端の子爵家の娘。学院での成績は優秀だったが、この国には女性に文官となる道は開かれていないため、実家に戻るしかなかった。あまりにも優秀だったために男子生徒たちに恐れられ、縁談はさっぱり降ってこない。父は寄親である侯爵にもマーヤが縁づく相手について相談したが、声を掛けた家からは全て「No」の返事が来た。


 要するに、息子たちのプライド守るために、親たちもマーヤの能力を買いながらも嫁としては受け入れられなかったのだ。


 このまま父と兄を支えて生きていこうか、いっそのこと商家に嫁いでその能力を生かそうか。


 家族会議で頭を悩ませていた時、寄親の侯爵様が持ってきた話が、「王妃付き侍女募集!」だったわけだ。


「私、行きます! そうすれば、一人で生活できるわ!」


 マーヤは即答した。だが、加増はみなすぐには賛成できなかった。


 母は言った。


「一生宮中の侍女として生きていくというの?」

「はい。そうすれば、お兄様のお嫁さんになってくれる人とも問題が起きないでしょう」

(小姑の扱いは確かに難しいわね)


 母は説得を諦めた。


 父は言った。


「侍女ではお前の能力を生かし切れぬだろう。商家に嫁いだ方が、お前は幸せだと思うのだが」

「結婚だけが女の幸せだなんて、お父様、考えが古いわ!」

「考えが、古い……(ショックだ、マーヤに言われたらもう立ち直れない)」


 父は撃沈した。


 兄は言った。


「王宮に出仕するとなれば、マーヤとの縁談を断った連中とも顔を合わせることになるだろう。そいつらとトラブルになることは間違いない。マーヤが傷つかないか心配だ」

「私がその人たちに負けるとお兄様はおっしゃるの?」

「そうではないが、王妃様付きの侍女ともなれば、高位貴族や外国の要人と接する機会もあるだろう? そういう時、お前は王妃様のために煮え湯を飲む覚悟はあるのか?」

「どういうこと?」

「子爵令嬢という立場は、決してお前を守るのに十分ではないということさ」

「ならば、王妃様に気に入られればいいのでしょう? そうすれば王妃様の庇護の下にある者を攻撃なんてできないはずよ」

「お前は楽観的すぎる、マーヤ」

「いいのよ、私、結婚にあまり希望を抱いていないから」


 兄がしょげた。兄は最近、婚約者だった子爵令嬢から、「つまらない男と結婚するなど、自分の一生を棒に振るのと同じ」という理由で婚約を解消されたばかりだ。


「兄さんがつまらない男だと、マーヤまで言うんだな」


 マーヤは曖昧な笑みを浮かべた。兄はますます落ち込んだ。無言で肯定されたのだ、ダメージは大きい。


「だからね、いろんなことを全部ひっくるめて、私が独り立ちして、自分落ちからだけで生きていけるようになれば、お父様にもお母様にもお兄様にも将来のお兄様のお嫁さんにもいいことなのよ」


 マーヤに押し切られたら、もうそれは進むしかない。父は不承不承ながら受験申込書の保護者の欄に署名をした。合格して侍女になった暁には、そのまま保証人となり、マーヤがしくじった時には連帯責任を負うことを認める、重い署名だ。


「マーヤのことだから、問題を起こすことはないだろう。だが、マーヤの正義感が全力で発揮された場合は……」

「爵位返上も視野に入るわね」

「爵位返上どころではなく、一族処刑ということもあります」


 マーヤがいそいそと王宮での試験に向けて準備をしている間に両親と兄は額を寄せて話し合い、そして悲壮感を漂わせた。家令は「お嬢様なら何とでも挽回なさるでしょう」と言ったが、三人は聞く耳を持たなかった。


 受験のために出向いた王宮は、マーヤの想像を超えるものだった。


「聞いていた以上に華美なのね」


 マーヤは「質実剛健」と「単刀直入」をモットーにしている。嫌いな言葉は「虚飾」「贅沢」「嘘」「怠惰」。あまりにもキラキラした空間に居心地の悪さを感じながら、マーヤは試験会場に入った。


 それほど大きくはない会議室といったところだろうか。10席用意されているということは、あと9人受験者がいるということになる。集合時間30分前ならば早すぎず遅すぎずといった所だろうかと考えていたマーヤだったが、一番乗りだと分かった瞬間に眉間に皺が寄った。


 他の人、遅くない?


 指示された席に着席すると、マーヤは背筋を伸ばして読書を始めた。今読んでいるのは、色彩と人間の心理について書かれたものだ。色一つで自分の印象さえ変えられるという考えに、マーヤはキラキラした王宮の装飾を思いだした。色彩ではないが、あれも訪れた人をある心理状態にさせる目的で配置されているのだとしたら、どのような心理状態にさせることが目的なのだろうか、と考える。すぐに答えが出せるわけではないが、こういうことを考えるのも、マーヤは好きだ。


 だが、思考の沼間に沈んでいたマーヤは、甲高い声によって無理矢理その沼から引きずり出された。


「えーっ、こんなに希望者がいるのぉ? 困るぅ~」


 周りを見回せば、いつの間にかほとんどの席は埋まっていたが、後方に座った受験者の一人が、隣の席に座るおとなしそうな女性に、大声で話しかけたようだ。声を掛けられた女性は、困惑した表情で大声を出した女性を見ている。


「ねえ、みんなもコンカツに来ているんでしょう? 違うのぉ?」


 ひそひそとささやくような声が聞こえるが、マーヤはその中に入らない。だが、ひそひそ話は次第に大きなものへとなっていく。部屋の中を見回すが、監督者も案内係もいない。ただ受験者だけがいる。


「ねえ~、あたし、どうしてもここで未来の旦那様を見つけなきゃいけないのよ。みんな、降りてくれない?」


 あの甲高い声が再び響いた時、マーヤは持っていた本を、パン、と大きな音を立てて閉じた。室内の緩んだ空気が、一瞬にして緊張感をはらんだものになった。物音一つしない。


 マーヤは本をかごの中にしまった。今日持ち込むように指定された物を入れたかごだ。


「みなさん、準備ができたようですので始めます」


 まるで静かになるのを待っていたかのようなタイミングで、若い文官が入ってきた。先ほどから甲高い声を上げていた女性が「やぁん!」と叫んだ。


「かっこいー! 王宮にはこんなイケメンがたくさんいるのぉ? あたし、がんばろっと」


 全員から降り注ぐ冷ややかな視線に気づかないのか何とも思わないのか、その女性は両手を組んで体をくねくねさせて、文官にアピールしている。文官は廊下に出ると、手招きして誰かを呼んだ。


「あの人をつまみだしてくれ」

「了解」


 衛兵が二人、部屋に入ってきた。


「いやん、衛兵さんもステキ!」


 くねくねダンスが収まる気配はない。


「ご令嬢、あなたは不合格となりました」

「ええ、だってまだ何もしていないじゃない!」


 衛兵は両側から女性の腕を取ると、問答無用で立ち上がらせた。


「さあ、お帰りの道はこちらですよ」

「いやあ~!」


 女性の叫び声は、大分遠ざかった所からでも聞こえた。どこの令嬢か知らないが、あの家の者が王宮に上がることは二度とないだろう。


「さて、一人脱落して9人になりましたね」


 微笑んでいた文官が豹変した。


「あの女同様、婚活目的で来ている者がいるならば、直ちに帰れ。最低3年という形で条件を提示したが、我々が求めているのは、死ぬまで王宮で勤める覚悟を持つ者だ。当然結婚など望むべくもない。一生独身でいることに納得できる者だけここに残れ。それが契約内容の一つだ」


 厳しい言い方に、令嬢たちの顔がこわばっている。


「一つ質問をしてもよろしいでしょうか」


 マーヤが挙手をした。


「何かね」

「一生独身のつもりですが、私は未来のことまで分かりません。何かの事情などで結婚に至る可能性は0ではないと考えます。あるいは、縁を結ぶように王家からのご下命があるかもしれません。そうなった場合も、契約違反となるのでしょうか」


 文官は静かに答えた。


「事情が変わることはあるだろうし、それを契約違反とはしない。最初から将来結婚するつもりがある者には任せられない仕事だと理解してもらえるとありがたい」

「承知いたしました」


 マーヤの言葉を聞いて、立ち上がろうとしていた8人のうち、二人が再び腰を下ろした。


「では六人は辞退すると言うことでよろしいか?」


 返事もせずに頷いているだけの令嬢たちの姿を見て、ああ、これでは仕事はできないだろう、とマーヤは思った。六人が部屋を出て行くと、残りは3人。今回募集した最低人数が残ったことになる。


「確認したい。あなた方は一生独身で通す覚悟を持っているということでよろしいか?」

「はい、おっしゃるとおりでございます」

「わ、私もです」

「私もその覚悟で参りました」

「よろしい。では3人とも、こちらへ」


 3人はそのまま王妃の前に連れて行かれた。いくつかの質問があり、それぞれがそれに答える。持ってくるように指示された「お気に入りの本」と「好きな花を自分の手で刺繍したハンカチ」には、一瞥しただけ。ダミーだったのだろうとマーヤは理解した。


「よろしい。三人とも、わたくしに仕えるように」

「はい、ありがとう存じます」

「では、早速だが明日から侍女として働いてもらう。この後、寮に行って、各自必要なものを見繕い、明日の10時に今日の会議室に来るように」

「はい、かしこまりました」


 文官に連れられて行った寮は、こぢんまりとした部屋ではあったが、貴族の令嬢が勤務することを踏まえ、それぞれの部屋にバスルームが用意されていた。


「湯や水はどうするのですか?」

「寮には専属の使用人がいる。当直もいるから、深夜であっても彼女たちに言えば入浴も食事も可能だ」

「つまり、深夜に及ぶような業務が頻繁にあると」

「そういうことだ」


 二人は少し怖じ気づいているようだったが、マーヤは楽しみになってきた。


「先ほど王妃様の部屋で見たとおり、侍女には制服が与えられる。明日支給するので、仕事用の服は要らないが、休みの日など私服も必要だ。身の回りの品も、支給されるまでは一通りあった方がいいだろう」


 文官が豹変した時は驚いたが、マーヤはこの文官が仕事に忠実な人物だと理解できた。尊敬できると思った。


「わかりました。それでは明日からよろしくお願いいたします」

「ああ。それで、君の名前は?」


 侍女となる3人は、文官の顔を穴が開くほど見た。


「名乗って……」

「おりませんわね……」

「名も調べずに、試験を?」

「いや、受験する者は事前に調査されている。希望者はもっといたが、ふるい落とされて10名だったのだ。一人、どうして紛れ込んだのか分からぬ者もいたがな」

「ああ~、彼女ですね」


 3人はお互いに微笑み合った。


「マーヤです」

「リサです」

「セレナです」

「私はアルバン。三人とも、明日からよろしく頼む」

「はい」


 翌日から、3人は教育期間に入った。王宮の部署の位置、王族に対するマナー、高位貴族との接し方……様々な教育を受けた。マーヤはそれが楽しくてならなかった。


 実際に王妃様の傍で働くようになってから、あの教育システムが必要最小限のものであったことを痛感させられた。覚えるべき事はたくさんあり、その知識を使って考えることも求められた。大変な仕事だったが、充実していた。


 ある時、王家に貢ぎ物が届けられた。旧都に咲くチェリーの花が、枝ごと献上されたのだ。


「旧都のチェリーは、八重なんですって」

「そうなんですか? チェリーの花といえば、一重だとばかり思っておりました」

「珍しいチェリーらしいわ。それでね、マーヤ。王妃様に献上する役割、私が仰せつかったのだけれど、あなたがやらない?」

「どうしてですか?」


 マーヤを可愛がって何かと教えてくれる先輩の言葉に、マーヤは首を傾げた。


「マーヤが才女だってことは、学院から上がった情報で、王宮の人はみんな知っているわ。でもね、頭が固い、怖い女だと思っている人もいるのよ」


 なるほど、だから文官の中に、マーヤの姿を見つけるとそそくさと逃げていく奴がいたのか、とマーヤは納得した。


「献上する時には、両陛下がいらっしゃる場になるわ。そして、献上する者が献上品にふさわしい詞を添えるの。マーヤがいい詞を奏上すれば、マーヤの評価を変えられる。私ね、マーヤが正しく評価されないことが悔しいのよ」

「先輩……」


 マーヤは了承した。そして、詞を考え続けた。


 その日が来た。国王陛下に献上するのはアルバン、そして王妃様に献上するのはマーヤ。当日にその事実を知ったマーヤは、アルバンが自分と同じような詞を奏上するのではないかと気が気でない。


「落ち着いてね、マーヤ」


 先輩に送り出されて、アルバンと共に八重のチェリーの枝を受け取り、しずしずと両陛下の前に立つ。


 アルバンが先に国王陛下の前に置かれた台の上に枝を置くと、言葉を述べた。


「美しいチェリーの花よ。そなたの美しさは、この都のチェリーのものとはまた違っているが、確かに美しい。世の中には様々な美しさがあるのだと教えてくれるチェリーの花よ、そなたは一体どれほど美しい仲間を隠しているのだろうか」


 わあっという歓声が上がった。


「旧都ではよく知られた八重のチェリーも、この地では初めて見る者が多かろう。アルバンの言うとおり、美しさとは一つきりではない。アルバンの好む美しさとは、どのようなものなのだろうな」

「恐れ入ります」


 国王直々の言葉に、アルバンが深く頭を垂れた。


 次いで、マーヤの番だ。考えてきたものとアルバンの詞が違っていてよかったが、足は震えている。こんなに大勢の人の前に出るとは聞いていなかったマーヤは、緊張の余り心臓が口から飛び出しそうだ。


「マーヤ、深呼吸して。いつも通りのマーヤでいいから」


 戻ってきたアルバンにそう言われて、マーヤは深呼吸を1つした。


「ありがとうございます、アルバン様」


 マーヤはしずしずと前に進み出て、王妃様の前の台にチェリーの枝を置いた。そして、朗々とした声で詞を述べた。


「昔の都の八重のチェリーが、今日まさに今、九重とも呼ばれるこの王宮で、美しく咲き誇っています。かつては旧都こそが素晴らしい所だといわれておりましたが、今はこの都こそが、文化も政治も咲き誇る地。そのようなこの地をお治めになる両陛下の御代が弥栄えんことを!」


 アルバンの時以上の歓声が上がった。


「マーヤ。素敵な詞をありがとう」

「恐れ入ります」

「王妃。よい侍女を持ったな」

「はい。アルバンのふるい落としがよかったようですわ」


 微笑み合う両陛下の前から退出すると、マーヤはやっと息をしている感覚を取り戻せた。


「マーヤ。いい詞だったな」

「アルバン様、ありがとうございます。これからも精進します」

「これで君の『頭が固い、面白みがない女』という噂も払拭されるだろう」

「本当にそんな話があったのですね。まあ、独身を貫くためには都合が良さそうですが」

「男たちから言い寄られたら、マーヤは誰かに靡くのか?」

「さあ、どうでしょう? 今は仕事が大変でも楽しくて、辞める気なんて全くありませんよ。文官のみなさんは家庭を守るような女性をお望みでしょうから、私に言い寄るような人なんて……」

「マーヤを隠しておいたつもりだったのに、あいつがわざとマーヤを見せびらかした 

「え?」

「時間を掛けて、マーヤに自分の事を知ってもらおうと思っていたのに、マーヤの先輩がマーヤにも選択肢があるべきだと言って、他の男たちの目に触れるように仕向けたんだ」

「あの、話がよく見えないのですが」

「自分は、マーヤがあのうるさい女を黙らせるために、音をわざと立てて本を閉じたあの瞬間、自分も心を掴まれたんだ。あんなやり方で、一言も話さずに、空気を変えられるなんて、そう思ったんだ」

「アルバン様?」

「なあ、だから他の男に何か言われても、付いていかないでくれないか?」

「え、ええ?」

「お願いします!」


 アルバンが深々と頭を下げた。マーヤははじめ目を白黒させていたが、そのうちクスクスと笑い始めた。


「アルバン様、私みたいな気が強い女は、手綱を握るのも苦労すると父が言っておりましたわ」

「そこを御しきれない男は、マーヤの夫にふさわしくないと言うことだな」

「どうなんでしょうね」


 二人の間に入っていけるような男は、いない……はず。

読んでくださってありがとうございました。

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