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25 百人一首をアレンジ3 21番「今来むといひしばかりに長月の有り明けの月をまちいでつるかな」

今日は21番、素性法師の作品です。

この人も、おじいちゃんが天皇、お父さんが親王でありながら、お父さんが臣籍降下したために皇族から離れ、出家を余儀なくされた方ですね。

女性の気持ちになって詠んだ歌とされています。

ではどうぞ。

 マーヤとアルバンは、最近うまくいっていない。


 付き合ってもう3年になる二人だが、いわゆる倦怠期というものであろうか、何となく二人でいる時の空気がよくないのである。


 マーヤはアルバンに、アルバンはマーヤに、それぞれ思うところがある。


 マーヤにしてみればこうだ。


 いつまで私を待たせるの?

 私、嫁き遅れと両親から言われ始めているのに。

 アルバン、最近冷たい。

 もう、私のこと、好きじゃないのかな。

 あ~。こんなことになるなら、もっと早くちゃんと別れるかどうするか話し合いをするべきだったかな。

 でも、嫌いになれないんだなあ。

 こんなに好きなのに、どうしたらいいんだろう。


 一方のアルバンにしてみれば、こうだ。


 マーヤは束縛がきつい。

 職場にいる他の女性の話をしただけで、嫉妬する。

 確かに、浮気しているけどさ。

 昔は可愛かったのにな。

 最近すぐに結婚の話をしてくるのがうるさいな。

 このまま別れちゃおうかな。

 でも、やっぱり気心が知れていて落ち着くのは、マーヤなんだよな。


 宙ぶらりんな関係はお互いにとってよくないということは、マーヤもアルバンも分かっている。いわゆる「適齢期」が早い女性の気持ちを、男性はなかなか理解しきれない。それよりも遊びたい気持ちの方が強い。マーヤなら許してくれる、自分が戻る場所はマーヤの所だという妙な自信と甘えが、アルバンにはあった。


 だから、アルバンはマーヤの真剣な話をのらりくらりと躱し続けた。


「そう」


 今日も色よい返事をもらえなかったマーヤは、アルバンに気づかれぬようため息をついた。


 そもそも、外でデートしないってどういうこと?

 私と一緒にいるところを他の人に見られたくないの?

 浮気しているってこと?


 マーヤの頭の中はぐちゃぐちゃだ。思わず涙ぐんだマーヤを、アルバンは面倒くさそうに見た。


「泣いたって、どうにもならないぜ? 俺だって忙しい中、こうやって来ているんだ。そうあんまり結婚結婚って言うなよ」

「アルバンは、いいわね」

「なんだよ」

「アルバンは外に出て、いろんな人と出会って、いろんな事を知って、自分の手で稼げる。でも、私はアルバンがいるんだから他の男と会っているって疑われないようにしなさいって親が言うから、買い物にさえ出してもらえないのよ」

「大げさだな」

「大げさなんかじゃないわ。アルバンと付き合い始めてから、私は一歩も外に出ていない。アルバンが一緒だったら外に出ていいって言われているけれど、アルバンは疲れているからおうちデートがいいって、一度も連れ出してくれないじゃない」

「女の子を外に連れ出したら大変じゃないか。買い物だ、指輪だアクセサリーだってねだられるのが嫌なんだよ」

「私がいつ、アルバンにプレゼントをねだった? どうして女はプレゼントをねだるもんだなんて思っているの?」

「え? あれ、マーヤにねだられたこと、なかったか?」

「ないよ。一度も」


 マーヤは完全に理解してしまった……アルバンは、女の子と外に出かけ、指輪やアクセサリーをねだられたことがあるのだと。


 マーヤとは一度も出かけたことがないのに、「女の子とはそういうもの」と思うほどに複数回、複数人と出かけたことがある。


 あれえ、そうだったかな、などと何も気づいていない様子のアルバンに、マーヤは心底がっかりした。


「アルバン。そんなに私と出かけたくないの?」

「だって、マーヤとこうやって家の中でまったりしているとさ、生き返るっていうか、忙しい職場からあるべき所へ戻ってきたって、そういう感じがするんだよ」


 もう一つの事実に、マーヤは気づいてしまった。


 アルバンにとって、マーヤは「女」ではなく、「母親」に近い存在なのだと。


 もう私といても、ドキドキすることもないし、特別だっていう気持ちもなくなったんだな。


 マーヤはアルバンから少しだけ離れた。突然膝枕を外されたアルバンは、何事かとマーヤを見た。


「マーヤ?」

「アルバン。別れようか」

「嫌だ」

「でも今のアルバンにとって、私は必要な人じゃないでしょう」

「そんなことないよ。これ以上ない、最高の癒やしをくれる人だよ」

「癒やし? それはね、愛する人に言う言葉じゃないわ。お母さんに向かって言う言葉よ」

「違うよ! 本当に、マーヤがいいんだ!」

「あなたはそう言うけれど、癒やしが欲しいなら毎日私の所に戻ってくるはずよ? 私を傍に置きたいと思うはずでしょう? でも、あなたは違う。自分が癒やしてほしい時だけ、自分のタイミングでふらりと私の所にくる。そして、ひとしきり甘えて満足すると出て行って、次にいつ顔を店に来るのか、全く分からない」

「だって、マーヤはいつだって家にいるから」

「家から出してもらえないんだって! 友だちにも会えない。手紙のやりとりだって制限されている。今何がはやっているのか、どんな事が起きているのか、私には全く分からない。私がこんなかごの鳥状態なのはアルバンにも関係があるのに、自分は全く当事者意識がないのね」

「それはマーヤの家の方針だろう」

「アルバンは、私の両親とうまくやっていく気はないのね」

「あ~面倒くさい。帰る」


 アルバンは逃げるように帰って行った。これでもう終わりだな、とマーヤは思った。両親に今日のことを話したが、正式に別れたわけではないのだからもう少し様子を見なさいと言われてしまった。


「もう、私、お嫁に行けないのね」

「アルバンだって何か考えがあるのだろう。少しくらい待ってやりなさい」


 父親は完全にアルバンの肩を持っている。こうなったら、もう駄目だ。マーヤは諦めた。家の中で、ひっそりと、暗い顔で過ごすようになった。


 アルバンからの手紙も、訪問も、パタリと途絶えた。そして、町で複数の女の子たちとデートしているという噂話がマーヤの元にも届いた。


 マーヤの元に届いたということは、両親が既に知っているということだ。外の情報が入らないマーヤなのだから。


 さすがのマーヤの父親も慌てたが、アルバンはマーヤの父親からの呼び出しも無視した。マーヤの父親はアルバンの両親にも連絡を取ったようだが、「結婚相手は自分で決めたいというので任せている」と言われれば、マーヤの父親にできることはない。


 父親の焦る心とは対照的に、マーヤの心は凪いでいた。お互いに求めるものや目指すものが違うと分かった以上、もう一緒にはいられないという気持ちが強くなったのだ。女性とは不思議なもので、それまでどれほど好きであったとしても、一度冷めるとさーっと潮が引くように興味も熱も失う傾向がある。アルバンに対する恋情も、マーヤ自身が驚くほどに冷めてしまったのである。


 とはいえ、適齢期をもう過ぎるという所まで待たされたことに対して、思うところはある。マーヤとて、恋愛と結婚が全くのイコールではないということくらい理解している。


 要は、「男として愛することはできなくても、パートナーとしてともに協力し合い、妻としてきちんと遇してくれ、子どもが生まれたら子どもを大切にしてくれれば構わない」という気持ちになったということだ。


 アルバンからの連絡はないまま、数ヶ月が経った。相変わらずそとで女の子たちと遊び歩いているという噂がマーヤの家には届く。


 これがアルバンの気持ちなのだとさすがの父親も気づいたのだろう。


「そろそろもういいだろう。別の人とお見合いをしようか」


 そう父親が言い始めた。マーヤも頷いた。今度はもう恋人ではなく、問題なければその日の内に婚約を、などと父親が言うので、「それで変なのに引っかかったらどうしてくれるの?」と言えば、父親がしょげかえった。


「そもそも、お父さんたちが私を家の外に出さないから、アルバンは遊び歩けたんだってこと、忘れないでよね」

「良識ある家なら、そうするのは当然だと思っていたんだ」

「それは貴族か同等レベルの人たちの話。一般庶民はそんなこと誰もしないって!」


 父親は男爵家の三男坊で、貴族として生きる道もなく、棋士や官僚になるだけの力もない人間だった。母親は平民だったが、中規模ながら商売をしていた家の一人娘だったため、ちょうどいいという理由で貴族籍を抜けた人物である。行動規範や価値基準に、どうしても貴族の時の痕跡が残る。


 今回のマーヤへの「外に出てはいけない」という対応も、母親がどれだけ反対しても父親は頑として受け入れなかった。その結果がこれである。父親は今度こそはと気合いを入れているが、そういうときは足下を見られているものだということを、父親は理解できないらしい。中途半端な教育しか受けなかった弊害だろう。


 そんな頃だった。アルバンと親しいマーヤの従兄弟が、久しぶりにマーヤの家にやってきた。


「聞いたよ。お見合いするんだって?」

「どうなのかしらね。私も跡取り娘だから、誰かとは結婚して子どもを産まなきゃいけないって思っているんだけどね、なかなか理解ある人はいないものだわ」

「アルバンは?」

「もうだめね。半年近く放置されているもの。はっきり分かれたいって私からは手紙を送っているんだけど、返事も来ないわ」

「そのことなんだけど」


 従兄弟はおずおずと手紙を取り出した。


「家に送ってもマーヤに届かないかもしれないからって、アルバンから預かってきた」

「どういうこと?」

「マーヤに手紙を出しているらしいんだけど、いつもどこかで消えるらしい。マーヤからの手紙ももらっていないみたいだ」

「どうして?」

「分からない。誰かが妨害しているんだろうね」


 マーヤは従兄弟の目の前で、アルバンからの手紙を開いた。


「二人で大事な話をしたいから、誰にも顔を合わせずに夜中に会いたい、ですって」

「どうするの?」

「もし誰かの妨害があったのなら、これが最後の機会でしょう? なら、会うわ」

「いつ? 俺でよければ連絡するよ」

「そうね。次の張れた月夜、でどうかしら?」

「ああ、今日は雨だねえ」

「頼める?」

「いいよ」


 従兄弟に頼んだ後、マーヤは自分の考えを整理した。アルバンの気持ちを確認した上で考えようと思った。期待などしていない。ただ、こんななあなあな形で終わるのだけは嫌だった。


 次の日も、その次の日も、雨が続いた。マーヤはもしかしたら自分の中に、まだアルバンへの未練があるのかもしれないと思った。雨が降って決着が付かないことに、ほっとする自分息づいてしまったから。


 だが、その日、アルバンから「今から行く」という連絡が来た。マーヤは空を見た。確かに、久しぶりに晴れて、夕日が沈もうとしている。


 マーヤは、きちんとした格好に着替えた。人生の節目に関わる話し合いをするのだ、いい加減な気持ちで会うのではないとアルバンにも思って欲しかった。


 20時になった。月はまだ東の空に上っていない。


「夜中と言ったから、まだよね」


 22時になった。まだ月は上らない。


「そろそろ来るかしら?」


 24時になった。月が地平線すれすれに顔を覗かせ始めた。


「夜中といえば、今くらいからかしらね」


 2時になった。月が東の空に見える。


「夜中、よねえ?」


 4時になった。月は東の空高く上ってきた。


「……」


 6時になった。月は南中し、東の空が白み始めている。


「もう、夜中ではないわよね」


 月は輝きを失って白く頼りなさそうな姿をさらしている。マーヤには、その月の姿が自分のように思えて、なんとも言えない気持ちになった。


 アルバンにとって、自分はやはりその程度の、ないがしろにしてもいい女なのだと思い知らされた。


 ならが、どうしてあんな、「今から行く」なんて連絡をしたのだろうと、アルバンのことがますます分からなくなった。


 アルバンのことを、もう信じられないと思った。


 吹っ切れた。


 マーヤはアルバンに手紙を書いた。


「あなたが『今すぐに行くよ』と言ったから、ずっと寝ないで待っていたのに、九月の少しずつ長くなり始めた夜が明けるる時に見える、あの有明の月を待つ羽目になってしまったわ。白い月のようにくたびれ果てた私のことなど、どうでもいいいのね。二度と連絡してこないで。さようなら」


 マーヤは手紙をアルバンの両親宛に送った。アルバンの所に届かなかったとは言わせないためだ。


 その日の朝、起きてきた両親にマーヤは宣言した。


「私、もう男なって信じない。誰とも結婚しない。親戚の誰かに家を継ぐようにして。もう、私、こんな所にいたくないの!」


 マーヤはその日の内に。町から出た。町を出た翌日、マーヤに素敵な出会いがあり、心から信じられる男性に出会うことになるのだが、それはまたのお話。


読んでくださってありがとうございました。

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