24 百人一首をアレンジ2 11番「わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよあまの釣り船」
読みに来てくださってありがとうございます。
2番ではなく、11番です。次回は21番の予定です。
小野篁と言えば、小野妹子の子孫&小野小町のご先祖様らしいですね。
ということで、大胆な妄想回です。
よろしくお願いいたします。
アルバンは名門一族に生まれた。どのくらいの名門かと言えば、ご先祖様の中には今まで国交を結んだことの無かった大帝国に単身乗り込んで国交を結ぶことに成功した人だとか、超エリート官僚として国を動かした人が何人もいるとか、そういうレベルのお家である。もう一つ付け加えるならば、世界三大美女の一人は、このアルバンの孫であるとも言われている。
アルバンは跡継ぎとして幼少時から英才教育を受け、その優秀さから「神童」と呼ばれ、国王からは将来を嘱望されていた。そんなアルバンだが、父がある地方の長官として赴任することになり、アルバンは尊敬する父についていくことにした。
地方に初めてやってきたアルバンは感動した。王都のように人は多くないが、代わりに多くの家畜がいた。野獣も森や畑に出没して、農家が頭を抱えるような大きな問題になっていた。
何よりもアルバンを興奮させたのは、地方の騎士団の男たちの力強さだった。王都の騎士団の男たちももちろん鍛えられた体と卓越した技術を持っていたのだが、アルバンが目にするのは、近衛騎士団の中でも儀仗隊に賊する、いわば「お飾りの、容姿の美しい騎士」たちばかりであった。アルバンの父が赴任した地域には山賊が出没することもあって、騎士団の男たちは実践型である。筋肉の付き方も全く違う。訓練の仕方も、もちろん模造剣のものもあったが、王都ではまず見られない真剣勝負が頻繁に行われていた。そのために怪我をする者も多かったが、それさえまぶしく見えた。
アルバンは学問を捨て、武芸に励んだ。王都のガリ勉お坊ちゃまが模造剣を持ったところで何にもならないさ、と最初は相手にもしてもらえなかったが、手に血豆を作り、その血豆がはぜて出血しても剣を振り続けるアルバンを見て、騎士団の団長が「見習い」の扱いで騎士たちと一緒に訓練することを許してくれた。アルバンは大喜びして、その日から騎士団の見習いの制服を着込み、騎士団に出入りするようになった。
父はと言えば、長官としての仕事が忙しく、朝はアルバンが起きる前に出勤し、夜はアルバンが寝てから帰宅するような生活で、アルバンと顔を合わせたのはこの一ヶ月で0回という有様である。アルバンが父に相談しようとしてもそれは無理な話だったし、疲れ果てて帰ってくる父が、アルバンの話を聞いて許可をだすこともあり得ない話だった。
そう、アルバンは、父が忙しすぎたことで監視の目が届かなくなり、やんちゃ坊主に変身してしまったのだ。
アルバンの父が、アルバンの変化に気づいたのは、既に半年も過ぎようという頃だった。
「アルバン、お前随分と日に焼けたな。それに体つきががっしりしてきたのではないか? ん? お前、それは騎士団の見習い用の制服ではないか。なぜそのようなものを着ているのだ?」
「父上、僕はこの半年、毎日騎士団で体を鍛えているのですよ」
「どういうことだ? 私は何も聞いていないぞ?」
「相談しようにも、父上がいらっしゃらないではありませんか」
「お前、勉強の方はどうなっている?」
「今は体を鍛える方が先です。勉強など、その気になればいつでもできますから」
そう言って父の前を逃げ出したアルバンは、父がその後何度言っても騎士団での訓練を続けた。あまりにも小うるさく言ってきたので、「それなら騎士団の寮に入ります」と言ってやったら、諦めたようだった。
アルバンは毎日毎日体を鍛え、王都で言うところの「むさ苦しい田舎騎士」になっていったのだ。
数年後、アルバンの父に王都への帰還命令が出た。この地方の長官から、中央政府の要職に就くことになったのだ。
国王は、アルバンの父を頼りにしていた。それと同じほど、アルバンの成長を楽しみにしていた。アルバンが優れた官僚に育ってくれれば、わが子が王位を継いだときにも安心だと考えていたからだ。
だから、期間の報告のために父と一緒に王宮に上がったアルバンを見た時、国王は目を疑った。あの線の細い、色白の、天才肌のガリ勉坊やの姿はどこにも無かった。たくましい体つきによく焼けた小麦色の肌を隠すこともなく、ガハハと下品に笑うアルバンに国王はショックを受けた。
「アルバン、法典は……」
「覚えていません」
「農業大全は……」
「そんな本、ありましたか?」
国王は絶句した。そしてぽつりとつぶやいた。
「もう、あの前途有望なアルバンはいないのだな」
父は冷や汗を薙がしながら平身低頭している。アルバンは二人の姿を見て、自分は間違っていたのだろうかとようやく思い至った。
「父上、僕が体を鍛えたのは間違いだったのでしょうか?」
「体を鍛えることは悪いことではない。だが、お前は学問をおろそかにして体を鍛えた。頭を鍛える方がよほど大変だというのに、お前は逃げたのだと陛下はお考えになったのだろう。跡継ぎのことも考え直さねばならないな」
アルバンは驚愕した。自分が間違っていたと知り、その日から猛勉強した。その姿は父でさえ驚くほどのものだった。
二年ほどで、アルバンは遅れを取り戻して官吏登用試験を受け、合格した。国王は「かつてのアルバンが帰ってきた」と涙を流して喜んだらしい。父が珍しく酔って帰ってきた時、「陛下に飲まされたのだ」と機嫌良く教えてくれたことに、アルバンは安堵した。父だけなく、国王をも安心させることができてよかったと思った。
それからのアルバンは、官僚として毎日忙しく過ごした。一時よりは筋力も落ちてしまったが、ムキムキマッチョから細マッチョに変わった結果、女官や侍女たちからの視線はより熱くなっていった。誰がアルバンから声を掛けられるかと賭けまで横行しているらしい。呆れたアルバンは、女性を全て無視した。そのうちに縁談もまとまり、アルバンのファンクラブは自然解散することになった。
そうやって真面目に働き続けたアルバンに、大きな仕事が舞い込んだ。祖先が国交を開くことに成功した大帝国に送られる使節団の副団長に抜擢されたのだ。アルバンは団長であるオイゲンと共に準備にいそしんだ。
アルバンたちは船に乗って出発した。大帝国に行くには、船で何日も海を越えなければならず、非常に危険な旅であった。アルバンたちの祈りも虚しく、嵐に襲われた。荒れ狂う海の中、辿り着いたのは己の国の海岸だった。嵐で方向を見失い、戻ってきてしまったのだった。
アルバンは落ち込むオイゲンを励まして王都に戻り、再び大帝国に向かうための準備をした。今度こそと思ったが、二回目の船路は1度目よりも更にひどいものになった。前回以上の嵐に遭ったアルバンたちの船の半数が損壊し、再び国の海岸に打ち上げられたのだ。
それでも国王は大帝国へ使節団を送ると決めていた。アルバンは折れそうな心をなんとか立て直して準備を進め、ようやく3度目の出港にまでこぎ着けた。だが、船にのる直前になって、アルバンはオイゲンと大げんかした。
「どういうことだ。僕が乗るはずの船と君が乗るはずの船が入れ替わっているではないか」
「ああ、荷物の関係で変更させてもらったんだ」
「冗談じゃない、簡素な部屋作りの船と、1度難破したが豪華な船とどちらがいいかと聞いたとき、君が豪華な船がいいと言ったから僕は違う船にしたんだぞ!」
「いやあ、1度難破している船だとどうにも縁起が悪いかなと思ってさ」
「僕がその船に乗って沈めばいいと?」
「そんなことは言っていないさ、でも私は団長で、君は副団長だろう? どちらの命を優先するかという話になれば、な、分かるだろう?」
「分からん! 僕はこんな船には乗らない! 勝手に行けばいい!」
アルバンは激怒して下船し、オイゲンたちを出発させてしまった。オイゲンはすぐにこのことを手紙にしたためると、王都にいる王に報告した。
この知らせを受けた国王は、大激怒した。国王の命令に背いたとして、アルバンは拘束され、裁判に掛けられた。
オイゲンの一門は、これを見てほくそ笑んだ。アルバンの一門をどうやって引きずり下ろそうかと手ぐすね引いていたオイゲンの一門は、アルバンが王家の命に背いたことをことさら大げさに吹聴し、他の官僚や侍女や女官、それに王都の民までアルバンを罵るように誘導した。
「お前は国王の命に背いた。それも、国と国を結ぶ、先祖代々の重要な役目を放棄した。これは見逃せぬ。よって、アルバンを流刑に処す。流刑地は、西の沖ノ島とする。刑期は定めない」
思いの他厳しい内容に、アルバンの父は天を仰いだ。アルバンが帰国したら、当主の座をアルバンに譲るつもりでいた。だが、アルバンが罪人となった以上は当主の座を渡せない。刑期も決められていないということは、死ぬまで流刑地にいることになる可能性もあるのだ。
アルバンの父は諦めた。政争に負けたのだと悟ったのだ。田舎の騎士の「正直で開けっぴろげがいい」という感覚を捨てきれなかったアルバンは嵌められたのだ。アルバンの父はアルバンではなく、アルバンの弟を跡継ぎとして指名することにした。
アルバンはそのまま、流刑地に向かう船が出る船着き場に移送された。船着き場で待っていたのは、大帝国に向かうために乗れと言われた修理済み難破船よりも小さく、粗末な船だった。
「西の沖ノ島までなら、この大きさの船でも行けるんだな」
「へえ、そうですね。嵐が来なければ、ですがね」
「そうか。もし嵐が来たら転覆しておしまいか」
「そうですね、ですがあっしは泳げますんでねえ」
「泳げるのか。海では泳いだことはないが、川ではよく泳いでいたな」
「嵐の海で泳ぐのは、死にに行くようなもんですよ」
「なら、僕とお前は一心同体だな」
「へえ、どうか嵐に巻き込まれないように祈っておいてください」
「祈っても無駄だよ。僕は2度、大きな嵐に巻き込まれたんだから」
「そりゃ随分と災難なことでございましたなあ」
船頭は気持ちのよい男だった。アルバンの愚痴を聞き、生い立ちを聞き、そして罪を聞いた。
「あなた様は、嵌められたのですねえ」
船頭はゆったりを船を漕ぎながらそう言った。船頭はアルバンの方を向いてはいない。ただ、真っ直ぐに前方を見ている。
「こうなってしまった以上は、もうどうしようもないんでございましょうが、それでも王都にはご家族がいるんじゃありやせんか?」
「ああ、いるよ。妻もいるし、子もいる」
「奥方様は、さぞお嘆きのことでございましょうねえ」
船頭の言葉が胸に突き刺さった。
妻は今頃どうしているだろうか。離縁して実家に戻っただろうか。それとも、王都の邸で泣いているだろうか。王都のアルバンの実家で匿われているだろうか。少なくとも、王都育ちの妻が、王都の外に出ることだけはなさそうだと思った。
「妻は、僕が貴族らしくないとよく目を丸くしていた。今の貴族官僚は、色白で、細くて、声が小さくて、みんな眼鏡を掛けていて、一人で馬にも乗れず、剣など持ったこともないような奴らばかりだ。そんな中で、毎日剣を振り回し、馬に乗り、大声で笑うような僕は、異端児にみえただろうな。それでも、妻はいつもニコニコしていたよ。お見合いだったからね、お互いに愛し合えるか心配だったんだが、いつの間にか夜、一緒にいないと不安になるくらい、そこにいるのが当然と思えるようになっていった。子どもができて、生まれて、これからもっと頑張ろうと思っていたときに、陛下から外国へ行けと言われた。それだって辛かったよ。派遣されている間は会えないわけだし、それが2回も失敗していたわけだからね」
「仲がよかったんですねえ」
「名門貴族の将来の当主夫人として嫁いできたのに、その座からも外されて、妻はきっと肩身の狭い思いをしているだろうと思うんだ」
「左様でございますねえ」
船頭はじっと前を見ている。その先には、夕日がある。
「夜は危ないんで、陸に上がりやす。寝るのはこの船の上になるんですが、どうです、ギリギリまで海から夕日を眺めませんか?」
夕日を見ているとなぜか涙がこぼれた。
「こんな風に、海の上で夕日を見るなんぞ、きっと島へ行くまでの2~3回だけでしょう。それに今日の夕日は、一生にそう何回も見られねえくらいにきれいだ。思うこと全部、お天道さんにぶちまけたらどうです?」
アルバンは涙を拭いながら首を横に振った。
「いや、いい。ただ、お前は僕を送った後、王都に報告するだろう? その時に、妻に伝えて欲しいことがある」
「へえ、なんでしょう」
アルバンは言った。
「お前の夫は、たくさんの島を越えた先の大海原にこぎ出していったと、王都にいる僕の一番大切な人に伝えてもらえないだろうか?」
「あっしは文字が書けやせん。あなた様の言葉をお伝えするためにお屋敷に伺うことはできやすが、これがあなた様の言葉だと証明する手立てがありやせん」
「そうだな。これを持って行ってくれるか?」
アルバンは嵌めていた結婚指輪を船頭に渡した。
「あなた様を下ろしてからの方がいいんじゃないでしょうか?」
「いや、今、渡しておくよ。僕の決心が鈍りそうだから」
「離縁なさるという通告ですか?」
「妻の気持ちを尊重してやりたい。どうせこの指輪は、島で取り上げられる。それなら、お前に託した方がいいだろう?」
「確かに、そうですね」
船頭は櫓を漕ぐ手を止めて、指輪を預かった。
「必ずお渡ししやす。お約束です」
数日後、西の沖ノ島で船を降りたアルバンは、船頭に頷くと島の役人に連れられていった。船頭はずっと頭を下げていた。
・・・・・・・・・
二年後、恩赦によって王都に戻ってきたアルバンは、あの船頭に会えなかったことを残念がった。それでも、まずは邸に行こうと、かつての自分の邸に向かった。ひっそりと静まりかえってはいるが、人の気配はする。
門番もいない門扉を開け、ドアノッカーでドアを叩く。はい、という聞き慣れた壮年男性の声に、アルバンがほっとする。
「ご主人様……」
ドアを開けた先に、やつれ果てたアルバンの姿を見つけた家令は、急いで玄関ホールの片隅にあった椅子にアルバンを座らせると、通りかかった使用人に「奥様をお呼びしろ!」と命じた。使用人はアルバンの顔を見ると慌てたように駆けだした。
数分後、慌てたような足音が二つ、遠くから聞こえてきた。廊下の向こうから見えたその顔に、アルバンの目が細くなる。
「あなた!」
妻はアルバンの胸に飛び込んできた。二人抱き合って、人目もはばからず泣いた。
「おかあさま?」
舌足らずな声に、アルバンが顔を上げた。
「ああ、ハンス。こんなに大きくなったのか」
「おとうさま?」
「ああ、帰るのが遅くなって悪かった。今、帰ってきたよ。ただいま」
二年前はまだ言葉も言えない赤ん坊だったのに、こんなに大きくなってしまった。その間、妻は一人で苦労したはずだ。
「今まで、すまなかった。これからも一緒にいていいだろうか?」
妻は首に提げていた指輪を見せた。アルバンの指輪だ。
ああ、あの船頭は、きちんと約束を果たしてくれたのだな、と思った。
「この指輪があったから、私は頑張れました。この指輪は、持ち主にお返ししますわ」
揃いの指輪が、互いの左手の薬指に嵌められた。家令や、使用人も泣いている。
帰ってきたのだな、とアルバンは妻と息子を抱きしめながら、強く強く実感していた。
読んでくださってありがとうございました。
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