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21 『更級日記』より「物語」

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 私はマリィ。辺境に近い超ド田舎で生まれ育った男爵令嬢。お父様はこの土地の事務官として王都から派遣された文官で、元々は私も王都で生まれたらしいんだけど、お父様の出向に合わせて私も一緒にこの超ド田舎に来たって訳。


 私はずっと親戚の叔母様に面倒を見てもらって育ったわ。叔母様から聞く王都は夢のようだったし、叔母様が夜眠る前に話してくれる物語はみんな素敵で、私はいつかは物語を浴びるほどに読みたいと思うようになったの。


 というのもね、ここは田舎過ぎて、図書館もなければ本屋もない。行商の商人がたまに本を持っていることがあったけど、ほとんどがお父様たちが必要とするような難しい専門書ばかり。叔母様だって本を持っているわけはなかったから、続きをせがんでも話の途中から忘れていることもあって、私、本当に本が読みたい、王都に行きたいってずっと思ってきたの。


 それにね、物語の中には素敵な「白馬の王子様」がいらっしゃるじゃない? でもこんなド田舎に王子様なんていないわけ。だから、私、思ったの。


 いつかは王都に行って、


①物語を読みまくるぞ!

②王子様に見初められて、幸せな結婚をするんだ! 


 ってね。


 でも、お父様の仕事が終わって現実に王都に戻ってみると、王都は人が多いし、友だちなんて当然いないし、本が思っていたよりも高くて私のお小遣いで買えるような代物ではないんだって知って、ショックのあまりめそめそしていたの。


 そんなときだったわ。お父様が知り合いの方から、高貴なお姫様のお話相手にもなる侍女を探しているが、ちょうどいい年頃の娘はいないか、というお話があったんですって。


「最近マリィは塞ぎ込んでばかりだ。行儀見習いと気晴らしと友人作りを兼ねて、姫君が嫁がれるまでの間、お仕えしてみないか?」


 お父様の言葉に、私は悩んだ。


「ねえ、お父様。私、田舎から出てきたばかりの男爵令嬢よ? 今まで行儀作法もマナーも「田舎にいるんだから必要ない」って何にも教えてもらっていいないのに、そんな所に私を出したら、お父様の出世に響くようなことになるかもしれないとは思わないの?」

「う、それは……」


 お父様も分かっていたが、紹介できる娘など知らないから、私を人身御供に差しだそうという魂胆なのだろう。


「そうなんだがな、だからこそ行儀作法などを、無料で学べる」

「無料」

 

 私の耳がぴくついた。貧乏男爵家のマリィさん、無料という言葉には弱い。


「いや、無料ではない。給料が出る」

「給料」

「そう。金だ」


 私の耳が更にぴくぴくと動く。お金という言葉に弱いのは、貧乏男爵家の娘である以上定めだと私は信じている。


「さらに、高貴なお家には本がたくさんある」

「本!」

「そう、本。姫君の周りに専門書があるとしたら、音楽や絵画や文学だろうが、物語などもあるだろうな。マリィの好きな、白馬の王子様の物語や、流浪の吟遊詩人の物語……」

「行きます!」


 私はお父様の袖を掴んだ。


「だが、本当に大丈夫なのか?」

「頑張る。田舎娘の底力をなめんなよ!」


 そう言って力こぶを作りガハハと笑う私を見たお父様が、後で家令に「あれは失敗作かもしれない」と落ち込みながら言ったらしいが、それは私の知らぬ話である。


 とまあそんなわけ中で、私は王弟殿下の内孫にあたる姫君の元に出仕することになったの。


 でもね、やっぱり私は田舎者なわけよ。マナーも何もなっていないから、姫様がいらっしゃらないところで先輩侍女にガミガミと怒られるわけ。同じくらいの年の女の子もいたけど、私みたいな礼儀知らずの田舎者と付き合うのはどうかと思ったのか、近づいていってもすーっと逃げられるのよ。


 せめて物語だけでも読ませてもらえないかと隙をうかがったけれど、姫君の机の上にあるのは芸術や文化に関する専門書や、マナー、それに領地経営に関する専門書ばかり。どこにも、一冊も物語の本なんて無かったわ。


「あの狸親父め、マリィさんを騙したな!」


 とはいえ、平日は住み込みで、週末だけ帰宅する生活の中で、私はどんどん疲弊していった。きらびやかなドレスにアクセサリーを身につけた姫君は、私から見てもはっとするほどお美しく、教養も豊かで、廊下で転んだ私を見て扇子で口元を覆い、「大丈夫かしら」とおそば付きの侍女に言うほどには心配してくださる。


 とてもじゃないけど、話し相手なんて無理!


 それと同時に、私はいろんな現実が見えてきた。


 田舎にいた頃は、今は田舎の芋っこでも、お年頃になれば私だって超美人になって、白馬の王子様が迎えに来てくれるって信じていた。でも、私は美人どころか中以下の容貌だし、何か秀でたものがあるわけでもない。むしろマイナスが多すぎて、王都育ちの上流平民の方がよほど侍女らしく仕えている。


 私は金曜日の夜になるとほっとして土曜日の朝一番で帰宅し、日曜の夜門限ギリギリに時間にため息をつきながらお屋敷に戻るという生活を続けていた。


 週末の私の様子を見て、お父様も思うところがあったんだろうね。


「なあ、マリィ。ミーナおばさんを覚えているか?」

「ミーナおばさん? 名前だけしか知らないわ。私、会ったことがあるの?」

「もしかしたらまだマリィが赤ん坊の時だったかも知れないが、最低一回は会っているぞ」

「ふうん。それで、そのミーナおばさんがどうかしたの?」

「ミーナおばさんはな、地方の伯爵家に嫁がれたんだが、次の週末に王都に戻るそうなんだ。お前に久しぶりに会いたいと手紙が来た」

「え~、事実上初対面の人に、それも伯爵夫人様に会うのは気が引ける~」

「そう言うなよ、お前のお母様の姉妹なんだから」


 お母様は、私を産んだ後体調を崩して実家で静養し、そのままお父様の元には戻ってなかった。今は他の男に嫁いで幸せに暮らしているらしいが、そんな負い目もあってお母様の実家関係の人からコンタクトを取ってくるのはほとんどなかった。それなのに、敢えて私に会いたいと言ってきたということは、何か裏があるのだろうか?


「その辺もよく分からないから、直接会って確かめてほしいんだ」

「え~、お父様が会えばいいじゃない」

「名のみ男爵のお父様が、伯爵夫人にもの申せると?」

「申せませんねえ」


 私は諦めた。次の休みである土曜日に、私はミーナおばさんが滞在するタウンハウスにお邪魔することになった。連絡はお父様が取ってくれるから、当日は私の目で見繕った手土産を持って行けばいいらしい。


 私はそわそわして、先輩侍女に声をかけた。


「あの、今度伯爵夫人からタウンハウスに招かれているのですが、手土産にはどんなものがいいんでしょうか?」

「相手との関係にもよるわねえ」


 先輩は相談に乗ってくれるようだ。


「ええと、生母の姉妹なのですが、生母との縁は切れておりまして、私がまだ赤ん坊の時にお目にかかったことがある程度の関係です」

「はあ? どうしてそんな疎遠な方から?」

「それがよく分からないのです。何かご用があって王都にいらっしゃるようですし、私も去年まで地方にいましたから、王都でちょうど会える、ついでにどう? ってところだと思うんですが」

「用件については何も知らされていないのね?」

「はい。父も困惑していました」

「そう。縁談ならお父様に一言あるでしょうからねえ」


 縁談と言われてピクリとした。


 幼少時、私が夢見た白馬の王子様。そんな貴公子が、私のような者に声を掛けることはないのだという現実を、この邸で私は嫌というほど見せつけられた。ミーナおばさんからの縁談なら、向こうも断れないのかもしれない。急にずうんと気持ちが重くなった。


「まあ、とりあえず王都でしか売られていない、日持ちのするお菓子がいいでしょう」

「伯爵夫人にふさわしい格のお店を教えていただけませんか?」

「そうねえ、なら『ロマラン』をおすすめするわ」

「『ロマラン』ですか……」


 私はその店に入ったことはない。姫君の元に『ロマラン』の焼き菓子が贈られたことが何度もあり、そのお裾分けを頂いたことがある。たしかに美味だった。そして、フロランタン一枚が私の日給に相当すると知って卒倒しそうになったのを覚えている。


 先月分の給料は、全額飛ぶな。


 私は思わず天を仰ぎ、そしてはたと思った。


 お父様に請求すればいいんだ。もしくは、お父様からお金をもらってから行けばいい!


 私は先輩に「助かりました、ありがとうございました」と言って下がろうとした。


「待って。あなたまさか、お菓子だけで済むとは思っていないわよね?」


 ぎくりとした。


「え、違うんですか?」

「お菓子ともう一つ、相手の方を思って用意するものが必要よ」

「相手の方を思って、ですか?」

「よく知らない方なら、その方が好きな花を調べて花束をお持ちするくらいのことはしなさい」

「そういうものなのですね」

「相手の方のことをきちんと考えています、というアピールになるわ」

「なるほど。勉強になります」


 ということは、ミーナおばさんのことを知る人か、伯爵家の使用人に花の趣味を聞かなきゃいけないと言うことか、と私は考えた。仕方がない、お父様に手紙を書いて、調べてもらおう。


 その日の業務を終えると、私は与えられた部屋で手紙を書いた。そう言えば、手紙の書き方もきちんと教えられていないということに気づく。今回だけは家族内の私信ということで、お父様には見逃してもらおうと考え、ミーナおばさんの好きな花を調べてもらえるようにとしたためた。


 翌日、緊急の用で父のところに手紙を出したいと言えば、ちょうど家令さんが手紙を出すところだったらしく、一緒に配達に回してくれた。


 その日のうちにお父様から「ピンク色のスイートピー」と返事が来た。スイートピーの季節でよかったと思った。


 その週は例の先輩侍女から話がいったのか、土曜の朝ではなく金曜の夜に帰宅するお許しが出た。私は何度も感謝して、実家に帰った。


「手土産の店は決まったのか?」

「『ロマラン』の焼き菓子がいいと教えていただきました」

「そうだな。それとピンクのスイートピーの花束なら、無難だな」


 土曜日の朝、お父様は買い物に付き合い、伯爵家のタウンハウスの門まで一緒に行ってくれた。


「お父様はこのまま職場に向かうから、何かあったら王宮に連絡しなさい」

「はい。では行ってきます」


 お父様は、門番と私がやりとりして中に入るところまで確認してから、職場に向かったらしい。


 ミーナおばさんは、いかにも優雅な伯爵夫人という出で立ちで、私を見ると


「本当に大きくなったわねえ」


 と感慨深げに抱きしめてくれた。


「今日はね、ほんとうに顔を見たかっただけなの。ほら、あなたたちも随分遠いところに行ってしまっていたでしょう? 私も結婚して伯爵領にずっと引っ込んでいたのだけれど、マリィが王都に戻ってきたと聞いて、いても立ってもいられなかったの」

「ミーナおば様、どうして私のことをそんなに気に掛けてくださったんですか?」

「あなたの生みのお母様に里心を付かせてしまったと、あなたのお祖父様とお祖母様はそれは気にしているのよ。そのまま離婚して他の男に嫁いでしまったこともあって、何となく声も掛けづらくてここまで来てしまったわ。でもね、そろそろ女手がないとあなたが困ると思ったの。貴族令嬢としてのマナーや知識・教養は足りているの?」

「いいえ。今、行儀見習いを兼ねて、王弟殿下の内孫の姫君にお仕えしているんです」

「あら、そうだったの? でも、聞きにくいこともあるでしょう? そんなときは、わたくしかお祖母様を頼ってちょうだい」

「はい、ありがとうございます」

「まだ早いけれど、年頃になったら縁談もね」

「うっ……」

「マリィがその気になったら、でいいわ。その時には相談してね」

「は、はい」


 お父様のこと、私たちが今までいた田舎のこと、伯爵領のこと、いろんな話をして楽しい時間を過ごしたが、気づけば空がオレンジ色になっている。


「いけない、あなたのお父様に叱られるわね。伯爵家で馬車を出すから、乗って行きなさい」

「いえ、歩いて帰れます」

「あのね、お土産があるの。普段使いのものでもいいのだけれど、ちょっと特別なものを用意したのよ」


 そう言ってミーナおばさんは、大きな箱の前に私を連れ出した。


「開けてご覧なさい」


 恐る恐る箱を開けた私は、わあ! という言葉とともに目がキラキラと光り出していたにちがいない。


「物語の本!」

「ええ、あなたが物語を読みたがっているのになかなか手に入れられないでいると聞いてね、もう伯爵家では要らないと判断されたものを持ってきたの。もらってくれるわよね?」


 相手の好きなものを調べて贈る。贈られる側に立つと、こんなうれしいことなのだと、先輩侍女の言葉が心に沁みた。


「ありがとうございます。大切にします」

「ええ。それでね、こんなにたくさん、あなた歩いて持って帰れるの?」

「あ……無理、ですね」

「そういうこと。だから、おとなしく馬車にお乗りなさい」


 私は何度もお礼を言って馬車に乗り込み、帰宅すると大きな箱を私の部屋に運んでもらって、ベッドに飛び乗るとそのまま寝転がって物語を読み始めた。


 もう、わくわくが止まらないってこういうことよね!


 お父様が帰ってきて私に声を掛けたらしいんだけど、物語に夢中だった私は全く気づかなかった。気づけば、もう夜が明けていた。


 ああ、やっぱり物語って楽しい!


 私はそのまま眠ってしまった。夢の中に神様か天使様と思われる方が現れて、「教会に通って聖書をよく読み、物欲を抑えて精進しないと、天上界に行けなくなりますよ」と言われたけれど、今の私から物語を取り上げるなんて100年早いのよ! という感じで、私はただひたすら物語にのめり込んでいったのでした。

読んでくださってありがとうございました。

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