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20 『大和物語』より「姨捨」

読みに来てくださってありがとうございます。

今日は大和物語の姨捨をアレンジしました。後半が原作とはかなり変更してあります。

よろしくお願いいたします。

 テッドは幼少時に両親と死に別れ、叔母のアンナに育てられた。アンナは結婚もせずにテッドを大事に大事に育て上げ、テッドは無事に一人前に成人した。そして、メイと言う可愛い妻と結婚した。


 最初に紹介された時、アンナはメイに難色を示した。嘘をつく相があるとテッドに言ったのだ。だが、テッドはメイを気に入っていた。結婚さえすればメイも変わると信じていた。


 テッドはメイとの結婚に際し、一つだけ条件を付けた。それは、アンナとの同居することだった。テッドを育てるために結婚もできなかったアンナは、当然子を持つことができなかった。テッドにとってアンナは叔母というよりも育ての母だった。


 それにアンナは両親の遺産をうまく管理して、むしろ増やした状態でテッドに返してくれた。この遺産を元手に、テッドは堅実な商売ができている。テッドが今、それなりに裕福に暮らしていられるのは、すべてアンナのおかげだとテッドは思っているのだった。


 メイはテッドと結婚するために、条件をのんだ。テッドは顔もいいし、お金もある。贅沢させろと言う気は無かったが、一生生活には困らないと思えた。こんないい縁談など、次にまた来ると思う方が愚かである。メイは不満を押し殺して微笑み、嫁いできた。


 嫁姑問題勃発である。


 アンナは既に年老いて、腰も曲がっているほどだ。メイが自分を邪魔だと思っているのがその目つきで分かってしまったアンナは、メイに対してできるだけ迷惑を掛けまいと、昼間アンナは自室にこもって縫い物をしたり、庭師たちと庭の手入れをしたりして、メイとの接触を最小限に留めるように努力した。


 だが、メイはそれさえ気に入らなかった。


 友人を招いて庭のガゼボでお茶を飲もうとすると、アンナが庭師たちと庭の手入れをしていた。来客があることを告げなかったメイが悪いのだが、メイは自分が女主人のはずなのに、使用人たちが未だにアンナを優先させるのが気に入らない。


「あらメイさん、お友だちがいらしていたのね」

「ええ、そこのガゼボでお茶を飲もうと思ったの」

「ごめんなさいね、知っていたら空けておいたのですけれど……みんな、片付けましょう」

「そんなことする必要ないわ。ドレスに土が付いたら申し訳ないもの。みなさんごめんなさい、中に戻りましょう」


 場所を譲ろうとしたアンナに冷たく言うと、メイは友人たちを中に戻した。そして、振り返って憎々しげにアンナをにらみつけると、いかにも不機嫌という様子で行ってしまった。


「アンナ様……」

「いいのよ、若いからきっと先に家令に連絡しなければならないって知らなかったのね」

「ですが、あの態度は」

「病弱なお嫁さんよりいいじゃない、元気な証拠よ」


 使用人たちはアンナが不憫でならない。テッドはアンナを母と慕うが、メイに早くこの家になじんでもらおうと、メイの方ばかり見ている。時々安中見せる寂しそうな顔に、使用人たちは「子離れする日が来ましたね」なんて言っていたが、親離れすることと蔑ろにすることは違うのに、と影ではテッドに文句を言っていた。


 テッドは商売をしている。遠い土地に買い付けに行くこともあるし、この地のものを遠い土地に行って売ることもある。王都に行くこともあれば、外国に行くこともある。テッドが家にいるのは、月の半分もない。だからこそ、テッドはアンナとメイが一緒に居てくれれば安心だと思っていた。自分が大切に思う二人なのだから、アンナとメイもお互いに大切に思い合えるなどと勝手に思い込んでいた。


 テッドの目の前では、メイはアンナを大切にしているように振る舞った。テッドが大丈夫だと思い込んだのは仕方がなかったかもしれない。


 だが、テッドがいない時、メイは少しずつその本性をあらわしていった。


 ある時は、年寄りでそんなに食べないのだからと食事を1日1食に制限した。痩せたアンナを見てテッドは何があったんだとアンナに問うたが、アンナは何も言わなかった。

 ある時は、部屋の風呂に湯ではなく水を運ばせた。入浴できず不衛生なのにも耐えられず、水で体を拭いた翌日、アンナは高熱を出した。使用人たちは慌てたが、いつ死ぬとも分からぬ婆なのだからとメイは医者も薬も手配しなかった。病み衰えたアンナを見て帰ってきたテッドはどうして医者を手配しなかったとなじったが、「叔母様が不要とおっしゃったので」と嘘をつき通した。


 メイは少しずつ使用人を入れ替え、とうとう昔からの使用人を全て追い出してしまった。新しい使用人たちにとっては、女主人はメイであり、部屋から滅多に出てこないアンナは居候という認識になった。当然、アンナを尊重する者は誰もいなくなった。


 アンナは痩せ、毎日ただ窓の外を見るばかりになった。アンナが手を入れていたハーブが香る庭は、いつしか真っ赤なバラだけが植えられた毒々しい庭になっていた。濃すぎるバラの香りに、アンナはバラの花の咲く時期は窓さえ開けられなくなった。ガゼボではメイが友人たちを招いて連日茶会をしていた。大声であるのもはしたないが、その内容も下品で、アンナは昼間に窓の傍に近寄ることも避けるようになっていった。夜、月明かりの向こうにそれほど高くはない山が見える。まだテッドが小さい頃、よくピクニックに行った山だ。今のアンナの足では、もうそこまでたどり着けない。テッドにももう半年以上会っていない。アンナは同居するべきではなかったと後悔していた。


 一方のメイは全てが順調だと満足していた。アンナの為の食費や化粧料は全てメイのものにして、メイは贅沢三昧を楽しんでいた。


 だが、メイは考えた。今ごくわずかではあるがアンナが生きるためにお金がかかっている。アンナさえいなくなれば、それも全て自分のものにできる。少し前からメイはアンナをよそにやってほしいとテッドに言うようになっていた。


「だって、叔母様ったら、私に罵声を浴びせたり、物を投げたりするのよ? 叔母様のためにいろいろ忠告しても何にも聞いてくださらないの。私、もう限界だわ」


 顔を両手で覆って涙を流さずに泣きながら、テッドに切々と訴えれば、はじめこそ「ッふざけるな!」と怒られたが、次第にテッドはメイの言葉を信じるようになっていった。


「そうだよな、俺が帰ってきても、叔母様は顔さえ見せてくれなくなったもんな」


 アンナには、テッドが帰ってきたことは知らされていない。それどころか、かつてのアンナの部屋には鍵が掛けられ、アンナ自身は隣の部屋に移されていた。部屋をノックしても、耳が遠く鳴り始めたアンナが隣室のそれに気づけない。テッドから見た時、アンナはご機嫌伺いに行っても居留守を使う嫌な「婆さん」になってしまっていたのだ。


 メイによってアンナとテッドがすれ違うようになって、1年が経った。子どもがなかなかできないことにも、メイはイライラしていた。アンナの存在が精神的に負担なのだとテッドに訴えた。


「もう、いいからどこかに捨ててきて! 私、このままでは気が狂ってしまうわ」


 テッドは知らぬ間に変わっていた新しい家令に、アンナを連れ出すように命じた。現れたアンナは、かつての知的ではつらつとしたアンナではなかった。目は落ちくぼみ、痩せて、汚れた服を身につけ、髪ももうどれほど整えていないだろうというほどにひどい状況だった。


「叔母様はどうしてメイと仲良くやれないんだ?」


 全てを諦めたアンナは首を横に振った。一言も弁解しなかった。


「叔母様、猟師が今日、叔母様の大好きな月下美人が咲きそうだと連絡をくれました。せっかくですから一緒に見に行きませんか」

「そう。素敵ね」


 アンナは機嫌がよさそうに振る舞った。何が起きるのか分かった。おそらく今年最後の月下美人。10月末のこの時期に、夜の山に行くというのだ。何が起きるか分からぬ方がおかしい。


 夕方、アンナは敢えて薄着のまま、テッドが迎えに来るのを待った。


「叔母様、いつ部屋を移ったのですか?」

「さあ。もうずっとこっちにいるから、覚えていないわ」


 道理で部屋を尋ねてもアンナが出てこなかったわけだと思ったが、次の瞬間、テッドは違和感を覚えた。知らぬ間に部屋が変わっているのは変だ。部屋替えの権利を持つのはテッド。テッドがいない時には、メイがその権利を行使できる。


 テッドは更に、アンナが薄着で出てきたことに不信感を持った。


「夜の山に行くのに、その服装ですか? 薄いコートくらいは羽織った方がいいのでは?」「これしかないもの」


 薄く微笑んだアンナの顔に、テッドは強引にアンナの部屋に入り、衣装部屋を開けた、


 何もなかった。アンナの部屋には、燭台さえない。いつ交換されたか分からない、薄汚れたシーツが、小さなベッドに掛けられている。それから、小さな椅子が一つ、小さな丸テーブルが一つ。


「叔母様、これはどういうことですか?」

「さあ、どういうことなのかしらねえ」


 アンナはただ遠くを見るような目をしている。もしかして、メイが嘘を言っているのだろうかとテッドは初めてメイを疑う気持ちになった。


「それより、花が開いてしまうわ。行きましょう」


 アンナにせかされるようにして、テッドはアンナを馬車に乗せると自分も乗り込み、あの山に向かって出発させた。


 山の麓に辿り着くと、テッドはアンナの手を取って山を登り始めた。二人でこうやって手を繋いで山を登り、山頂の少し開けたところで持ってきた軽食を食べ、花や草や木の名前をアンナから教わったことが、じわじわと思い出された。


 中腹まで来たところで、アンナが手を離した。


「すまないね、テッド。もうこれ以上は、私の足では歩けない」

「背負いますよ」

「いいのよ、テッドだけ見に行ってくれれば」

「そういうわけにはいきません」


 テッドは渋るアンナを背負った。その瞬間、気が抜けるほど軽いアンナの体に、テッドは衝撃を受けた。


 アンナはいつこんな体になったのだろう。それは明らかに、メイが嫁いできてからの変化だ。加齢が唯一の原因だとは思えなかった。


 ただ黙ってアンナを背負い、山頂近くにある、月下美人の群生地を目指す。月明かりはテッドの足下を照らしている。山の獣が近づいてくる気配はない。


「叔母様、着きましたよ」


 テッドがアンナを下ろすと、アンナはよろよろと月下美人に近づいていった。


「ああ、きれいだねえ。いい香りがするわ」


 アンナは地面にうずくまると、月下美人の中に顔を埋めた。顔を上げる様子はない。ただ、その方が小刻みに震えているのが、月明かりの中ではっきりと見えた。どう声を掛けようかと迷っているテッドの耳に、くぐもったアンナの声が聞こえた。


「行きなさい」

「叔母様?」

「いいの。私をここに連れてきてくれたのは、あなたの最後の情けでしょう、テッド?」

「え、あの……」

「行きなさい。2度と後ろを振り返っては駄目よ」


 アンナは決して顔をこちらに向けようとはしなかった。


「早く! 私の覚悟が揺らぐ前に、行きなさい!」


 アンナの声に命じられるまま、テッドは山を駆け下りた。昔、ピクニックに来た時、休憩に使ったベンチを通り過ぎた。追いかけっこをした大木を過ぎた。一緒に植えたリンゴの木を通り過ぎた。


 テッドは馬車に飛び乗ると、家に向かった。馬車の中で、アンナとの思い出が次から次へと胸にあふれ出して、声を上げて泣いた。半分ほど戻ったところで、テッドは御者に馬車を止めさせた。


「すまない、もう一度戻ってくれるか」

「はい、ご主人様」


 御者は何かを察したように、素直にテッドの指示に従った。


 再びあの山の麓に馬車を止め、山道を駆け上がる。狼や熊がいつ出るか分からないような山だ。テッドは気ばかりせいて、足が思うように動かない。それでも、テッドは山道を駆けた。


 あと少しと言うところで、息が切れて進めなくなった。呼吸を整え、あとひと踏ん張り、そう思ったテッドの耳に、懐かしい子守歌が聞こえた。テッドの両親が急死し、ショックから夜泣きがひどかったテッドを寝かしつけるために、アンナは一晩中この子守歌を歌ってくれた。眠る前には本を読み聞かせるか、この歌を歌うか、どちらかだった。


 テッドは涙が流れ出るのを止められなかった。月下美人の群生地に駆け込むと「叔母様!」と叫んだ。


 アンナは近くの木の枝にベルトをつるし、そこに首を掛けようとしていた。


「叔母様、駄目だ!」


 テッドはアンナに抱きついた。


「どうして戻ってきたの? メイさんが待っているでしょう?」

「嫌だよ、叔母様。メイは嘘つきだ。メイのせいで叔母様はこんなになってしまったのでしょう?」


 アンナはかつての半分ほどの太さしかない腕を伸ばし、そっとテッドの頭を撫でた。


「もういいのよ。私がいたら、メイさんとテッドは幸せになれないもの」

「違うよ、叔母様をいじめるようなメイと結婚した僕が間違っていたんだ!」


 難色を示すアンナを無理矢理背負うと、テッドは山を下りた。御者がアンナに「お帰りなさいませ」と言った。


 そのまま、テッドはアンナを連れ帰った。帰宅し、アンナが一緒に居ることに気づいたメイが、金切り声を上げた。


「そのババアを捨ててくるって言ったのに、私のことを愛しているんじゃなかったの!?」

「メイ。君は叔母様をこんな姿にしたことに対して、良心が咎めないのか?」

「だって、そのババアが」

「黙れ! 何がババアだ! 母親代わりの叔母様を大事にできないようなお前こそ、この家には不要だ! 今すぐに出て行け! 身一つで嫁いだのだから、何一つ持ち出すな!」


 使用人たちが慌てたようにしてメイを守ろうとするのを、テッドは冷たいまなざしで見た。


「俺の知らないうちに、使用人を全て入れ替えたな。お前たちも叔母様を虐げたのだろう? お前たちも出て行け! 紹介状など書かないからな!」


 商売をしているテッドには、傭兵団が着いている。御者は傭兵団の者で、馬車の中から仲間内にだけ分かる笛で合図を送り、この家は既に傭兵団に取り囲まれている。団長と数人が玄関から入ってきた。


「団長、済まないがこいつらを外につまみ出してくれ」

「お待ちください、わたしたちは何も知らなかったのです!」

「奥様のご命令に従っただけで」

「黙れ! 俺に嘘の情報を教えて、叔母様をこんなふうにしたんだ、お前たちは詐欺師に加担したのと同じだ」

「私のこと、詐欺師扱いするの?」

「叔母様を大事にするという契約を反故にしたのは誰だ?」

「あ……」


 メイは契約のことなどすっかり忘れていた。


「契約違反が発覚した際には、直ちに離縁し、損害賠償を要求することになっている。明日手続きに向かうから、今日は実家に戻れ」

「いやよ、私はテッドを愛しているのに、どうして」

「商人の妻が詐欺師では、商売をしていけないんだよ」


 ぴしゃりとテッドが言った。呆然とするメイの腕を掴んだ団長が、メイを歩かせる。


「いや、お願いテッド、考え直して!」


 メイの叫び声は、団長が猿ぐつわを噛ませたことで静かになった。使用人たちも傭兵に追い立てられるようにして出て行く。


「いいのかい、テッド。メイさんのことを気に入っていたんじゃなかったの?」

「さっき言ったとおりですよ、叔母様。俺もまだ人を見る目が育っていないようです。叔母様が言うとおり、メイはやめておくべきでした」


 その後メイはアンナの化粧料などを横領した罪で、騎士団に突き出された。メイの実家はメイを勘当したらしい。その後、メイがどうなったか、テッドと別居することにしたアンナは知らない。


 ただ、テッドが元の使用人たちを呼び戻し、商売人の妻にふさわしい女性と再婚して幸せになったことだけは知っている。


読んでくださってありがとうございました。

長野県に姨捨という山と駅がありますね。1度通ったことがありますが、駅から見る風景は一見の価値があると思います。鉄道マニアの中でも有名な駅だそうです。

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