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15 『落窪物語』をアレンジ⑩

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 1年が経った。リーセロットはかわいらしい男の子を出産し、レオポルドと仲睦まじく暮らしている。リーセロットはこんな幸せな日々を過ごしていていいのだろうかと思ってしまうほどだ。


 だが、レオポルドは思いのほか執念深い性格だったらしい。可愛くてならない大事な大事な妻が長年虐げられてきたことが許せずにいた。リーセロットが率先して復讐するような女ではなく、「もう過去のことですから」と微笑むような女だったから、余計に自分が罰を与えねばと思ってしまった所もあるだろう。


 その頃、悪いこと続きのエンゲルベルト一家は、厄払いを兼ねて新しい邸に引っ越すことにした。新しい邸といっても、新たに買うわけではない。リーセロットの母が降嫁するさい、国王から与えられた邸を改修したのだ。元の所有者はリーセロットの母であり、今はリーセロットがその権利書を持っているのだが、誰も住んでいないのだし、家族の持ち物なのだから、権利書が手元になくても正当性は主張できると考えたのだ。甘い男である。


 エンゲルベルトたちが、所有する邸を改修していると聞きつけたレオポルドは、その邸を見に行った。贅をこらして作られた新しい邸には、まもなくエンゲルベルト一家が引っ越してくる予定だと聞いた。


「リーセロット、お前はたしか王宮の近くに邸を持っていると言っていたよな? 権利書は今もあるのかい?」

「もちろん、持っていますよ。ご覧に入れましょうか?」


 子どもをあやしながらリーセロットが言った。


「確認したいことがあるんだ。見せてくれないか?」


 アレッタに権利書を持ってくるように頼むと、レオポルドはわが子を抱き上げた。キャッキャッと息子が笑うのが可愛くてならない。


「お持ちしました」


 レオポルドは権利書が偽物ではないことを確認すると、鍵のかかるところで管理するように厳命した。そして、「ここもいいが、リーセロットが昔すんでいたこちらの邸でも生活できるようにしよう」と言った。


「そんな、贅沢です」

「時々気分転換に、母上との思い出の家で過ごすことも大切なのではないか?」

「あの邸を、本当にまた住めるようにしてくださるの?」

「この子にとっては、御祖母様の形見の邸だ。小さい頃から慣れさせておく必要があるだろう?」


 レオポルドはこの時一言も言っていない……自分のお金で修繕する、と言うことを。

 そして、既にエンゲルベルトたちが修繕済みで、あとはもう引っ越すばかりの状態になっているということを。


 レオポルドはリーセロットの同意(?)を得たとばかりに、行動を始めた。今の邸に常駐する使用人や侍女とは別に、リーセロットの母の邸専属の使用人や侍女などを集めた。人集めには、アレッタが暗躍した。アレッタは、嘗てこの邸でリーセロットとその母に仕えていた人々に声を掛け、エンゲルベルトの邸でリーセロットに同情的に接していた者たちを引き抜いた。みなリーセロットが無事だったことを喜び、リーセロットに使えることができるなら今の職場は辞めると言ってくれた。


 エンゲルベルト一家の動向を睨みつつ、レオポルドはしたたかに動いた。デルクから新邸に家財道具が運び込まれたと聞くとすぐに、使用人や侍女たちを投入した。そして、いざ引っ越しを始めたエンゲルベルト一家が新邸に到着した時、門番に入居を止めさせたのだ。


「ここは我らの邸だ。修繕もこちらでした。なぜ他家の者が入っている?」


 リーセロットの兄に当たる人物が、門番に文句を言った。


「こちらは我が主のゆかりの方が所有する邸です。詳細は私どものような門番では分かりません。主にお尋ねください」

「主とは?」

「レオポルド様です」

「またあの男なの?」


 馬車の中から甲高い女性の声が響いた。


「あの男、どうして嫌がらせばっかりしてくるのよ! あなた、早くあの男のところに行ってなんとかしてきてちょうだい」

「すまない、これから王宮に行かねばならないんだ。お前ももう一人前の息子だ、任せても大丈夫だな?」


 リーセロットの兄は、「父さん、逃げたな」と思ったが、口には出さなかった。ただ、分かりましたとだけ言って、馬に乗り換えてレオポルドの邸に向かった。


 突然の訪問だったが、レオポルドは会ってくれた。その腕には、かわいらしい幼子が抱かれている。


「お休みの日に申し訳ない。実は、我が家が所有する邸に、あなた様のところの使用人が入り込んでいて、引っ越しができないのです。引き上げさせていただきたいのですが」

「我が家が所有する、と言ったか? ならば、権利書はあるんだろうな?」

「いえ、それがなくなってしまったようなのです。とはいえ、元々我が家に権利書があったことは確かなのです」

「こちらには、あの邸の権利書がある」

「は?」

「だから、どうしてよその家が勝手に我が邸を修繕するのかと不思議でな。せっかく修繕してくれるのなら、してもらおうと思った。できあがったようだったから、使用人たちを向かわせたまでのこと」

「お待ちください、権利書をお持ちとはどういうことですか? 盗難にあったのものを買い取ったのですか?」

「いいや、ちゃんと権利を持つ人と話をしたよ」


 兄は首を傾げた。権利書の名前は、リーセロットの母、マルハレータのはず。そして、マルハレータは既に故人となっている。リーセロットは行方不明で、権利書など持ち出したとは思えない。


「とにかく、権利書がこちらにある以上、あの邸は我が家のもの。敷地内に入らないでくれ」


 幼子がキャッキャと笑っている。本当にかわいらしい子だ。どこかで見たことがあるような顔だが、赤子などみなそんなものだろう。


 レオポルドに追い返された兄は、とぼとぼと新邸の前で待つイフォンネたちの所に戻った。


「権利書をお持ちだそうです」

「どういうこと?」

「よく分かりませんが、盗品などではなく、正規の手筒期で権利書を手に入れたそうです」「それって……」

「はい。我々が勝手によその家の修繕をした、ということですね」

「冗談じゃない、私たちの荷物ももうあの中に入っているのよ?」

「差し上げた、という事になりますね」

「取り返しなさい、今すぐに!」

「母上。勝手によその家を修繕し、荷物を置いたのです。非は我らにあります」

「嘘よ、私の大事なものがみんな置いてあるのに」


 そう、引っ越しの時に全て使用人たちに家財道具を持って行かせたから、元の邸には最低限度のものしかない。今からそんな邸に帰れというのか。財産の相当な額を投じて修繕したのだ。カーテンも絨毯も、全部先に運ばせたというのに、これからどうやって生活していけばいいのか。


 イフォンネは馬車の中で暴れた。


「どうして、どうしてあの男は私たちにこんな嫌がらせをするの? あの人から恨まれるようなこと、何もしていないわ!」


 いやいや、しているのですよ。


「とにかく、ここは他家の門前です。戻りましょう」


 そう言っているうちに、遠くから馬車が何台も連なってやってきた。周囲を護衛が取り囲んでいる。まるで王家のようだ、とイフォンネは思った。


「何をしている。この邸の主が自分の家に入ろうとしているのに、邪魔をしようというのか」


 護衛に言われてイフォンネは打ちひしがれた。財力も権力も、その上武力も備えた一族に、自分たちなど太刀打ちできないのだと見せつけられたような気さえした。


 豪華な馬車が何台も連なって邸に入っていくのを、イフォンネたちはただじっと見ているだけだった。


「帰りましょう。帰る家があるのです。またこれから少しずつ整えましょう」


 イフォンネは黙ったまま小さく頷いた。原因が分からなければ対策もできないというのはこういうことなのだろうか、と思いながら、とぼとぼとエンゲルベルト一家は元の邸に戻っていった。


 物がなくなって、まるで盗賊にでも入られたような邸に戻ると、涙が出てきた。イフォンネは泣いた。悔しくて、惨めで、こんなに泣いたのはエンゲルベルトがマルハレータ王女と結婚した時以来だと思った。


・・・・・


 その頃リーセロットは、レオポルドに連れられて懐かしい邸に戻った……はずだった。それなのに、美しく作り磨かれて、まるでよその家のようだ。


「落ち着かないか?」

「ええ、もっと静かな雰囲気の邸だったと思うのですが」

「そうだな、人も沢山雇ったからな」


 そう言われてよく見れば、見知った顔ばかり並んでいる。


「どうして?」

「アレッタが声を掛けて、お前のことをよく知る人たちを集めてくれたんだ」


 エンゲルベルトの邸でもこっそりと食べ物をくれたり、やさしい声を掛けてくれたりした侍女たちもいる。


「待って、この櫛……」

「お前の母上の物だろう? イフォンネに奪われた物も、全てではないが取り返したぞ」


 よく見れば、イフォンネに奪われた宝石類や道具類が並んでいる。


「まさか、脅したのですか?」

「違うよ、自発的にここに置いて行ったんだ」


 自発的に、ということは間違いではないが、ちょっとやり方が汚かったかな、とレオポルドは頭をかく。絶対に今回のことをリーセロットに気づかれないようにと厳命しているが、リーセロットの透明な瞳で見つめられたら、自供してしまいそうだ、とレオポルドは思ってしまう。


「お母様の形見を取り戻してくださって、ありがとうございます」


 ぽろぽろと泣くリーセロットの涙は、きれいな水晶のようだ、とレオポルドは思った。

読んでくださってありがとうございました。

次から少し巻きます。

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