14 『落窪物語』をアレンジ⑧
読みに来てくださってありがとうございます。
ちょっと冗長な気もしますが……
よろしくお願いいたします。
「そういえば、頼んでおいた服はまだできていないのか?」
夫に言われて三女ははっとした。儀式のために服を新調したいと言われたことは、母イフォンネに伝えた。だが、イフォンネはリーセロットが行方不明になったこと、四女の結婚が間違いだったことなどで頭を抱えており、服のことなどすっかり忘れているに違いない。そもそも、針子扱いしていたリーセロットがいなくなたのだから、知らせを受けた段階ですぐに対応すべき問題だったのだ。
「お母様に確認しますね。少し時間をくださいな」
連絡すれば案の定、イフォンネはすっかり忘れていた。とはいえ、夫の衣類管理は妻とその実家が行うことになっている。イフォンネは慌てて今屋敷にいる者たちに命じて服を縫わせた。
「実家から服が届きましたよ」
間に合ってよかった、と三女は思ったが、服をみた夫は顔を顰めた。
「おい、本当に俺にこれを着ていけっていうのか・」
「え、何か問題でも?」
「針目はそろっていないし、引き攣れている所もある。こんな服で儀式になんて参加できないよ。例の針子はどうしたんだよ」
「それが……辞めたようで……」
「辞めた? おいおい、お前の実家、その針子をよっぽどひどく扱ったんじゃないか?」
三女はリーセロットがどんな扱いだったか知っている。夫に言えるわけがない。
「さあ、私には分からないわ」
「こんなことなら、最初から向こうに頼めばよかったな」
「向こう?」
「ああ、言っていなかったな。別邸にもう一人、妻を置いた」
「え……」
三女は呆然とした。愛人でもない、妻? きちんと手順を踏んで結婚した妻が、もう一人いるってこと?
「あ、あの、誰なの?」
「ん? レオポルド少将の妹さんだ。かわいらしくて上品で、ほんとうに性格もいい女だよ。いい針子がいるようだから、これからはもうお前に頼まない。向こうが用意してくれる服を着るよ」
「待って、それじゃ私の妻としての立場が」
「お前の立場を尊重して、俺にみっともない服を着て仕事に行けと?」
「……っ、そうじゃなくて」
「いい、お前はおとなしくしていてくれ。最近お前があちこちの茶会で出しゃばってうるさいからなんとかしろって、あちこちから言われているんだ」
「そんな、私はあなたの役に立ちたくて……」
「俺の仕事の邪魔をするようなら、俺は別邸を本邸に変更して向こうで生活するぞ」
三女は真っ青になった。正妻の座を奪われる可能性に、ようやく気づいたのだ。
「私を、捨てるの?」
「お前の今後の行動次第だな。向こうの家に行けば、食べ物も服も調度品も、全て一流の者を用意してくれる。自分の為にだけ金を使うお前とちがって、な」
ばれていた。夫の為の物は最低限の品質、自分の物は最高級品を選んできた。夫に3つ必要なものがあれば2つで済ませて、浮いた分を自分の買い物に回した。それでも夫ははなにも言わなかった。容認されていると思い込み、愛されていると勘違いしていた、ということになるのだろう。三女は萎れた。
「お前にはもう期待していない。それだけは伝えておくよ」
夫は仕事に行ってしまった。三女は実家に行った。イフォンネはリーセロットが攫われてから、何もかもがうまくいかないと当たり散らしていた。
リーセロットを誘拐していった者たちが壊した建物や庭の修繕費は思いのほか痛い出費だった。四女に華々しい婿を迎えて自尊心を満たそうとしたのに相手を間違えて世の笑いものになっているし、三女は夫に愛想を尽かされたと泣いている。
イフォンネは三女の愚痴を聞き、落ち着かせてから家に帰すと、そのまま寝込んでしまった。きっと疫病神でもついたに違いない、体調が少しよくなったら神殿に行って祈祷してもらおう、イフォンネはそう決めた。
数日後、イフォンネは三女、四女をつれて神殿に出かけた。ちょうど祈祷に日柄のいい日だったこともあり、神殿に向かう道は混雑していた。イフォンネたちが乗った馬車も渋滞に巻き込まれ、身動きがとれなくなった。
「どうしましょう、動かないわ」
「待つより他に仕方ないわね」
そんなイフォンネたちの馬車をめざとく見つけた者がいた。同じく祈祷に来ていて、帰り際のレオポルドの御者である。馬車にはレオポルドも乗っている。御者は馬車の中に声を掛けた。
「若様、あの馬車の家門、若奥様のご実家ではありませんか?」
「ん? ああ、そうだな。誰が乗っているかわかるか?」
「母親と娘2人がいるのは見えますね」
「ほう、母親がいるのか」
リーセロットをいじめ抜いた継母がそこにいる。レオポルドはひらめいた。
「どさくさに紛れてあの馬車を隅に押し込め」
「え、いいんですか?」
「これだけ混んでいるんだ、偶々そうなったと言えばいい」
レオポルドは少将であるが、国王からの覚えもめでたい。
「少将様がお帰りになる。道を空けろ」
と言えば、馬車が少しずつ真ん中を開けていく。イフォンネたちの馬車もそれに倣ったが、レオポルドの乗る馬車が来ると、レオポルドの馬が大きく蛇行してイフォンネたちの馬車を更に隅に追いやった。
「ちょっと、いくら何でも隅に追いやりすぎよ! 側溝に落ちるじゃない!」
イフォンネが叫ぶのと、馬車の車輪が側溝に落ちたのは同時だった。馬車の重みで車輪をなかなか引き上げられず、イフォンネたちは混雑する路上で馬車から降りる羽目になった。平民たちが「きれいな服ね」「でもさ、あれって俺たちが領地が払う税金だよな」なんていう声が聞こえる。物取りと思われる者もいて、イフォンネは気が気ではない。
「はやく戻して、私たちを馬車に乗せなさい!」
ようやくイフォンネたちの馬車が元に戻り、馬車の中に逃げ込んだ時には、レオポルドの馬車はいなくなっていた。元に戻ったと行っても、馬車の車輪が側溝から引き上げられただけで、部品が壊れている。ガタガタをおかしな揺れ方をするので、邸に帰ったらすぐに修理に出さねばならない。ああ、また出費だわ、などとイフォンネは頭を抱えた。
考えているうちに、どうしてレオポルドは私たちを攻撃するのだろう、とイフォンネは涙が出た。四女との縁談だって、いやなら「お断り」と言えばすむ者を、途中から契約の相手をすり替えるだなんてひどい手を使った。今日も衆目の中にさらされた。
何よ、何なのよ!
イフォンネが邸に帰った後で大荒れに荒れたのは言うまでも無い。
一方、リーセロットは大切に扱われて幸せをかみしめていた。そこに、レオポルドがイフォンネたちをやり込めたという話が飛び込んできた。
「レオ様、やり過ぎです。いつかあなたの所に恨みが返ってくるわ」
「俺はお前がやられた分をやり返しているだけだ。お前は絶対に復讐などできない人だから」
「それは……」
「心配するな、俺だって引き際は弁えているつもりだ。ただ、俺の大切な奥さんを苦しめた罰を与えているだけだ」
「レオ様……」
リーセロットは、レオポルドは決めたら梃子でも動かない人だと知っている。これ以上言えば、イフォンネたちへの復讐がエスカレートするかもしれない。ここはとりあえず見守り、余りにひどいことをしたら注意するしかないだろうとリーセロットは諦めた。
・・・・・・・
仲睦まじい2人を引き裂こうとする者は、イフォンネたちだけではなかった。宰相の娘が成人することになり、宰相自ら婿選びに取りかかったところ、レオポルド以上の男はいないと結論づけた。宰相の家の侍女長と、レオポルドの実家の侍女長が親戚と言うことも有り、侍女長を通じてレオポルドの女性関係について調べ、結婚の打診をしていたのだ。
「そうね、確かに今大切にしている若奥様はいるわ。でもね、ご両親が誰かも分からないような方なのよ。今後の出世の事を考えると、ねえ」
実家の侍女長の言葉に、宰相の家の侍女長がたたみかけた。
「うちのお嬢様は、なんと言っても宰相様ですからね。今後の出世も、経済的な支援も、固いし太いわよ」
「そうよね、いいお話だもの、きっとOKしてくださると思うわ」
宰相の家の侍女長は、色よい返事をもらったと理解して宰相に報告した。宰相の家は喜んで、婿取りの準備を始めてしまった。
そんな噂を聞きつけたのが、リーセロットの新しい侍女たちである。
「ねえ、旦那様が宰相様のお嬢様と結婚するって噂、聞いた?」
「え? 何その話?」
「なんだかね、もう結婚式の日取りも決まって、新しい邸まで準備できているって聞いたのよ」
「ええ? だって、旦那様、リーセロット様にぞっこんじゃない?」
「それなのに、って話よ」
当然リーセロットの耳にも入ることになる。
「どうした? 最近浮かない様子だが」
「何でもありません」
「何でもないってことはないだろう」
頑として口を割らないリーセロットに業を煮やしたレオポルドは侍女に何か知らないかと聞く。侍女たちが「実は……」と例の噂話を報告する。
「聞いていないよ。それに、聞いたところで俺は断る。心配するな」
誰かがリーセロットのことをよく思っていないのだろうと考えたレオポルドは、翌日、実家に向かった。侍女長がまあまあ、とうれしそうな顔をしている。
「若様、大切なお話がございます」
これだな。
レオポルドは知らぬ顔をして「何か用か」と聞いた。
「ええ、とってもいい縁談がまとまりましたのでご報告いたします」
「縁談? 誰の?」
「もちろん、若様の、でございますよ、うふふ」
うふふ?
レオポルドは頑張って冷静さを保った。デレクの方が冷や汗をかいているのだが、侍女長はまるで気づかない。
「宰相様の思し召しで、お嬢様と若様の結婚が決まりました。あちらで婿入りの準備は進めていらっしゃるそうですので、若様もお心づもりをなさってくださいね」
「断る」
レオポルドに一言言われて、侍女長はぽかんとした。
「え?」
「断る、と言ったんだ。俺の妻はリーセロットただ1人。そのことは父上も母上も納得してくださったはずだ」
「若様。若様は、正妻というものを軽く考えていらっしゃいます。妻の実家が夫の出世に関わっていく以上、親の協力が期待できないような者は妻にせず、愛人として時々通えばいいのです。ただでさえ親から大切にされなかったようなお嬢様なのでしょう? そんな方を正妻にしたところで、どんなメリットがあるとおっしゃるのですか?」
「そうか、それがお前の考えか」
レオポルドの言葉に、侍女長はいいえ、と言った。
「お父上も、お母上も宰相のお嬢様を妻とした上で、リーセロット様も愛せばよいと」
「ほう、そうか。それなら俺は騎士団を辞めて、リーセロットと2人でどこか他の国へ行こう」
「お待ちください、どうしてですか! リーセロット様を捨てろなんて、申し上げてはおりませんよ?」
「ふざけるな。俺はリーセロットがいいんだ。王女殿下であろうとも、俺は他に娶るつもりはない」
レオポルドが立ち上がった。
「さようなら、と父上母上に伝えてくれ」
「お待ちください、誰もそんなことを望んではおりません!」
「ならば、断ってくれるな?」
侍女長はふるふると体を震わせている。大変なことになったとようやく気づいたのだ。宰相からどんなとがめを受けるだろうと思うと、侍女長は死んだ方がましだとも考える。
「父上と母上には、とにかくお前から伝えろ。破談になったという連絡がなければ、俺は本当に出て行くぞ」
帰宅したレオポルドは、侍女たちからリーセロットが懐妊したと知らされた。子どもまでできたのだ、絶対にリーセロットを日陰者になどさせないとレオポルドは強く誓った。
そんなレオポルドの態度に業を煮やしたのは、父と母である。ある日突然、レオポルドの邸に乗り込むと、リーセロットとの面会を強要した。そして、リーセロットを思い切り気に入ってしまった。
「縁談は白紙にするから、気に病むな。それよりも、おなかの子を大切に」
レオポルドの父母はそう言って帰って行った。
月満ちて、男の子が生まれた。あまりのかわいらしさに、レオポルドの実家では孫フィーバー、甥っ子フィーバーが吹き荒れた。もう誰もリーセロットをないがしろにしない。それどころか、様々な貴族家からお祝いが届く。リーセロットはただ、自分の父に、孫を見せられないのを残念に思っていた。
その頃、リーセロットの実家では悪いことばかり続いて、エンゲルベルトはなんだかぼけたようになってしまった。イフォンネは恨みがましい気持ちはありながら、レオポルドにお祝いをしないわけにも行かずにお祝いに行ったが、門前払いされた。
「どうしてうちばっかりこんな目に遭わされるのよ!」
暴れてもどうしようもない。真実を知っていればこんな言葉は出てこないはずだが、レオポルドは注意深くリーセロットの出自を隠している。イフォンネはとうとう寝付いてしまった。子どもたちがお見舞いに来たが、起き上がることができなくなっていった。
読んでくださってありがとうございました。




