13 『落窪物語』をアレンジ⑦
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「は? 立てこもった?」
「そうなんだよ、彼女、鍵を掛けて寝室に閉じこもっちゃってさあ。寒すぎておなかの調子が悪くなっちゃったらそれ以上はもう諦めたんだけど、鍵ないの?」
「あるわよ。そのかわり、必ず、今日、あんたのものにしなさいよ」
「うれしいな、久しぶりの女の子だ!」
気持ち悪、と思いながら、イフォンネはリーセロットを閉じ込めた離れの小屋の鍵一式を投げるようにしてベンに渡すと、しっしと追い払うような仕草をした。
「夜に出直してきなさいな」
「そうするよ。またね」
軽い男はひらひらと手を振りながら出て行った。計画が1日ずれてしまったのは気に入らないが、仕方がない。
その夜、イフォンネたちはパーティーに出かけた。みんなで大騒ぎしながら出かけたのを、アレッタは見送った。そして、リーセロットが閉じ込められた離れの傍に、リーセロットの大切なものだけを持って隠れた。
再びリーセロットの元にやってきたベンは、掛けられた寝室の鍵を解錠した。だが、扉はびくともしない。
「あれ? 開いたはずなのに、鍵が違っていたのかな? イフォンネにもう一回聞いてこようかな」
イフォンネがいないことに気づいていないベンが、ブツブツいいながら離れから出て行った。その様子を、アレッタは物陰からじっと見ていた。ベンが立ち去ると、アレッタが合図をする。門から立派な馬車が入ってきたので、留守番をしていた下級使用人が何事かと飛び出してきた。
「ご主人の使いで来た。通せ」
馬車は強引に庭を通過し、離れへと進んでいく。
「お待ちください、そちらには」
「離れのお嬢様をお連れするようにと会場で頼まれたのだ。心配するな」
「ですが」
使用人たちが慌てるが、馬車とその周りを囲む護衛騎士たちの勢いに、誰もが立ちすくむ。
「アレッタ」
「デルク、ここよ」
デルクが馬車の中に合図すると、「やれ」という声がかかった。護衛騎士たちが一斉に粗末な小屋を壊しにかかる。やがて物音が止み、デルクが「来てください」と馬車の中に声を掛けた。
レオポルドは壊れた小屋を進み、扉を開けた。小さくなって震えている愛しい女の姿を見つけると、着ていたマントでリーセロットの体を包み、抱き上げた。
「迎えに来たよ」
「て、手荒ですね」
「時間がなかったからな。それよりも、早く行こう」
レオポルドはリーセロットを抱えたまま馬車に乗り込んだ。アレッタも一緒である。騎士たちは紋章のない立派な馬車を守るようにして、迅速に門を出た。あとはただひたすら急いで、レオポルドのもつ邸に逃げ込むだけだ。
その頃、使用人からの連絡を受けたイフォンネたちは、慌てて帰宅した。門から馬車が入るのはいい。だが手入れされた庭を強引に通過したために庭の木や花は馬や車輪に踏まれて見る影もなくなり、リーセロットを閉じ込めていた小屋は完全に崩壊していた。
「誰よ、こんなひどいことをしたのは!」
「分かりません。紋章がありませんでした。ですが、あの馬車はこのお邸のものよりも随分立派なものでした」
あり得ない、あり得ない、あり得ない!
イフォンネはその時、咳をしながら濡れたズボン姿でふらふらと歩くベンを見つけた。
「ベン! あんた、どうなっているのよ?」
「どうなっているはこっちのセリフだよ。鍵が開かなかったよ。イフォンネに確認してもらおうと思って探している内に、寒いからまたお腹を下してさあ、トイレに間に合わなかったからパンツとズボンを洗って、出てきたら小屋が壊れていたんだ! ねえ、僕のお嫁さんはどこ?」
「消えたわよ」
「消えたあ?」
「あんたがさっさと手を出さないからでしょう」
「出したくても出せなかったんだってば」
「役立たずね」
「ひどいな、あ、でもイフォンネの所に、同じくらいの女の子がいたよね? その子ちょうだい」
「絶対にだめ! 二度と目の前に表れないでちょうだい!」
つまみ出されたベンは、恨み言を言いながら、水に濡れて冷たいままのズボン姿で家に帰っていった。
「ああ、本当に腹が立つわ」
「お母様がいけないんだよ」
まだ成人前のラウレンスが、イフォンネを軽蔑するように見ていた。
「リーセロットお姉様を粗略に扱うから、こんなことになったんだ」
「だってあの子は」
「リーセロットお姉様は、どのお姉様よりも僕に優しかった。丁寧にリュートを教えてくれた。縫い物だって、ひどい量を押しつけていたんだろう? 僕、知っているよ」
「ラウレンス……」
「罰が当たったんだ。だから、誰かがリーセロットお姉様を助けに来たんだ。助けに来ただけで、これだけ家の中をめちゃめちゃにしたんだよ? きっといつかお母様もお父様も、リーセロットお姉様を助けに来た人に同じようにやられるかもしれないね」
意フォンぇぁは震え上がった。馬車の様子から明らかに相手は格上。もしかしたら王家がリーセロットを保護したのかもしれない。もしそうだとしたら、この家は終わりだ。
同時に、イフォンネは思った。破滅の日までに、娘を嫁に出さねば、行き遅れてしまう、と。
「四女の結婚の話、早めましょう。すぐにレオポルド様とあのこを結婚させるのです!」
イフォンネの命令を、ラウレンスは冷たい目で見ていた。それと同時に、こんなふうにリーセロットを連れ出した人はかっこいいな、自分もそうでありたいな、と思うようになった。
リーセロットお姉様、どうか幸せでいてください。
ラウレンスはそう星に祈った。
・・・・・・・・・・
ようやくレオポルドの邸に入ったリーセロットは、空腹と脱水、その上ひどい寒さの中緊張し続けていたからだろう、馬車の中で意識を失った。焦ったレオポルドだったが、侍女たちにリーセロットを預けて体をきれいにし、着替えさせると、寝室に入った。
「どうだ?」
「肺炎を起こしかけています。ここ数日が峠ですね」
医師はしっかりと栄養と水分を与え、温かくするように指示して部屋を出て行った。
「リーセロット。はやく元気になってくれ。やっとこうやってお前と過ごせるようになったのだから」
額にキスをすると、その熱さに悲しくなった。絶対にイフォンネやベンを許さないと決めた。
「アレッタに世話は任せよう。他の侍女たちと、うまく連携してやって欲しい」
「かしこまりました」
数日で回復したリーセロットは、なかなか起き上がることを許されなかった。レオポルドは時間が合えば食事を共にしたがったが、それはリーセロットに自分の手で食べさせるためである。膝の上に抱き上げて左腕でリーセロットの体を支え、右手でスプーンを持つ。まるで親鳥が雛に餌を与えるように、レオポルドはリーセロットに食べさせた。恥ずかしいというリーセロットの抗議は却下され、ならば早く元気になることだと言われて、リーセロットは早く元気にならねば、という気持ちになった。
リーセロットの回復と同時に、レオポルドは将来の女主人にふさわしい侍女を探し始めた。家庭教師役にもなれる者、護衛も兼ねられる者など、アレッタとは違うタイプで優秀な人材が集められた。新しい侍女たちは、リーセロットの美しさと優しさに触れ、虐げられていた期間に学べなかったことをしっかり教えよう、支えよう、守ろうという気持ちで仕え始めた。
侍女を募集したことで、レオポルドにはまだ結婚式を挙げてはいないが、既に同居して大切にしている妻か婚約者ができたらしいという噂が立った。イフォンネは怒り狂った。そんな女がいるなど、今までの調査では上がってこなかった。四女との結婚を画策していたのに、どうしてくれようかと思ったが、その女の素性が分からない以上、手出しすることがためらわれた。
というのも、ごくまれに、王家にその存在を隠されていた王女が突然降嫁することもあるからだ。自分たちの知らぬ相手だからと言って、下の者だと決めつけるわけにはいかなかった。
「とにかく、うちの娘を正夫人にする条件で話を整えなさい」
「かしこまりました」
先方からは結婚について、拒否の話はない。進行中の婚約の話の途中に、女性を連れ込んだのはレオポルドたちの方であり、それは問題行動だとイフォンネは憤っていた。
一方のレオポルドは、知り合いで且つ同じ名前のレオポルドという貴族に話をした。レオポルドは全てを承知した。その後、レオポルドと四女の婚約が成立し、イフォンネは狂喜した。
レオポルドの別の家に、四女が入ることになった。婚礼の行列が指示された邸に入る。この国では、昼間に結婚式を行わない。夜、ろうそくの明かりの中、2人が結婚を誓い、書類にサインすれば成立する。
四女は顔をベールで覆っている。当然夫の顔など、暗くて見えはしない。話に聞くレオポルドは、相当なイケメンだと聞いている。夫のサインの後に自分のサインを書こうとしたが、やはり暗くてよく文字が見えない。「ここですよ」と夫が指差ししてくれて、なんとかそこに名前を書いた。
「これにて結婚は成立しました」
2人は一夜を共にした。
そして、翌朝。
「だ、だれなの!」
四女の叫び声が邸に響きわたった。イケメンと聞いていた男は、馬面の男だった。
「うそよ、あなたはレオポルド様ではないの?」
「私はレオポルドだよ」
「聞いていた方と違うわ」
「だが、君の家と我が家の間では、婚約の書類だってきちんと交わされているよ。君は正式な手段で妻となった。他に僕の妻になってくれるような人はいないだろうから、大切にするよ」
「違う、違う!」
四女は寝室から逃げるようにして走り出て、自室にこもった。レオポルド、いやここからはレオ2と呼ぼう、レオ2が急いで追いかけてきたが、鍵を開けることは無かった。
「落ち着いてくれ。僕はとりあえず宮中に出仕する。ゆっくり体を休めるといい」
言い方も、言っている内容も、きちんとした夫らしいものだ。だが、四女は信じられなかった。連れてきた侍女を実家に走らせ、事情を伝えると、イフォンネははっとした。邸の者を使って調べさせると、四女は「馬面のレオ」と呼ばれるレオポルドの家と婚約を交わし、四女の一行も「馬面のレオ」の邸に入ったことが確認された。
騙された。
「あの」レオポルドと縁をつないだはずの女は半殺し状態で追い出された。話が違う、相手が違うと言ったところで、既に四女は正式にレオ2の妻である。体の関係もあるから、取り消すことはできない。
どうして。
イフォンネもエンゲルベルトも、どこでこんな間違いが起きたのか、どうしても分からなかった。ただ、辛い、悲しいという四女からの手紙に、涙を流すばかりであった。
読んでくださってありがとうございました。
リーセロットのレスキュー成功&レオポルドによる復習が始まりました。
こうやって見ると、「高貴な血を引く、後ろ盾のないドアマット系の娘」と「ざまあ」という要素が、平安時代からあったということに気づきます。「ざまあ」は好きではないのですが、古典だから仕方がない……。
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