11 『落窪物語』をアレンジ⑤
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いつのようにイフォンネがやってきた。イフォンネは突然やってきてはリーセロットの持ち物を値踏みし、母が王家からの輿入れの際に持ってきたと思われる良い品物をめざとく見つける。
「ねえ、フーク(リーセロット)。これ、いいわね。ちょっと貸してくれない?」
「どうぞ」
どうぞ、以外に答えはない。「母の形見の大事な品なので……」と断ろうものなら、暴言を吐かれ、下手をしたら髪を掴んで引きずり回され、もっとたくさんの品物と一緒に持って行かれてしまう。悲しいことだが、これが一番穏やかでいられる方法なのだ。リーセロットの身の回りのものが少なかったのは、全てイフォンネが「借りた」ままにしているからだ。
レオポルドが差し入れしてくれるものは、基本的に衣類と食料に限るようにしている。新しいものがあれば怪しまれるし、見つかればイフォンネやその娘のものになるのが分かっているからだ。
その日、イフォンネが持っていったのは、小さな箱だった。美しいタイルが貼られた異国趣味の文箱のような箱だ。イフォンネは前々から目を付けていたのだが、先に高級そうなものから取り上げていったので、ようやくこの箱の順番が来たという所だ。
イフォンネはその箱を持って三女のところに行った。三女は結婚したばかりであるが、今日は夫の少将と一緒に実家に来ていたのだ。少将が中座した隙に、イフォンネは三女にリーセロットから取り上げた箱を渡した。
「お母様ったら、リーセロットの所からまた持ち出したの?」
「いいのよ、あの子が持っていたところでなんの役にも立たないわ」
「まあ、でもかわいそうよ? あんまりいじめないであげてね?」
三女は夫とソファに座って小箱を開けた。底が二重になっていて、開けると手紙が出てきた。三女は何だろうと思って読んでみた。そして、驚いた。どう見ても、ラブレターだ。それも、この字はリーセロットのもの。
「リーセロットに恋人がいる?」
「今、リーセロットっていう名前が聞こえたが、誰だい?」
「ええと、そういう名前の使用人よ。あなたの服も時々縫ってもらっているわ」
「ああ、例の優秀なお針子さんか」
リーセロットの話はそのままになった。三女は書かれてからまだそれほど時間が経っていないと思われる手紙を小箱に入れ直した。三女の心の中は、この手紙が誰宛だったのか、もうそのことでいっぱいになった。イフォンネが戻ってきたところで、三女は手紙をイフォンネに見せた。イフォンネは嫌な顔をした。
「やっぱりね。最近ちょっとおかしいと思っていたのよ。憎らしいあの女の娘だからうちの娘たちの召使いにしてやってちょうどいいと思っていたのだけれど、さてどうしようかしらねえ」
「お母様、私は相手が誰か知りたいわ!」
「そんなの、ちゃんとした男であるはずがないでしょう。召使いの男でも引っかけたんじゃないかしら。王家の血を引く娘が、ああ、嘆かわしいわ」
イフォンネはリーセロットをどうしてやろうか、そればかり考えるようになった。なんとかしてやり込めてやりたい、ただその思いに駆られていた。
その頃、リーセロットは、手紙の返事をアレッタとデルクを通じてレオポルドに渡してもらおうと、書いた手紙を探していた。
「あれ、ないわ」
探しても手紙が見つからない。そして、あっと思わず声を上げた。手紙を隠しておこうと思って、近くにあった箱に入れたところまでは覚えている。だが、その箱が、もしかしたらイフォンネに取り上げられた箱だった可能性に思い至り、青ざめた。
もしイフォンネにレオポルドとの交際が見つかれば、間違いなくリーセロットは縁を切らされる。そのために、都合の良い相手と無理矢理結婚させられる可能性がある。結婚ならまだいい、もしかしたら奴隷に落とされたり、売り飛ばされたりするかもしれない。そのためには、祖父(前国王)に何か問われた時に「リーセロットは急に死んだ」ということにされてしまうことだってあり得る。
リーセロットは慌てた。だが、騒いだらかえって不審がられ、露見するのが早くなるだけかもしれない。リーセロットは心臓が潰れそうなのを隠しながら、必死で針仕事をすすめた。そうしないと、不安で泣き出してしまいそうだった。
数日後、リーセロットの元にレオポルドがやってきた。アレッタを通じて、ラブレターの一件について聞いていたレオポルドは、泣くリーセロットを抱きしめて慰めた。
「なんとかするから、もう少しだけ待っていて」
「でも、その前にあの人が私を他の男と結婚させたり、売ったりするかもしれないわ」
そんな話をしている時に、遠くから甲高い声が聞こえた。
「あの人が来る」
「隠れよう」
レオポルドは急いでリーセロットのベッドの下に潜り込んだ。息を潜めていると、荒い足音が近づいてきて、ノックもなく部屋の扉が開けられた。
「フーク(リーセロット)! 今度のパーティー用の服はできあがったの?」
「すみません、体調が悪くて思うように進んでいないんです」
「何を言っているの? パーティーの日は決まっているのよ? フークは縫うこととリュートを弾くことにしか能がないのに、与えられた仕事さえできないというの?」
「申し訳ありません、必ず間に合わせますから」
「いいえ、こんなことでは許せないわ! 今日は夕食抜きよ! いいわね!」
リーセロットは恥ずかしくてならなかった。ベッドの下から這い出してきたレオポルドは「フークって誰のこと? ずいぶんな名前で呼ばれている人がいるんだね。名は体を表すというから、きっと性格の良くない人なんだろうね。それにしても、誰なんだい?」
「さあ」
リーセロットはそれだけ言うと、縫い物を再開した。レオポルドは、まさかリーセロットがそんな封に呼ばれているとは思わず、一緒に作業している人か何かだと思い込んだようだが、リーセロットは「終わった」と思った。ただ、黙ってひたすら縫い続けた。レオポルドは黙ってリーセロットを見つめている。再び足音がして、今度はエンゲルベルトが踏み込んできた。レオポルドは今回もベッドの下に隠れている。
「お父様、どうなさいましたか?」
「フーク、お前はどうして言われたことさえできないんだ? 今晩中にできあがらなかったら、もうお前など我が子とも思わないからな!」
この時点でようやくレオポルドも「フーク(隅っこ)」と呼ばれたのはリーセロットだと気づいた。気まずい空気が2人に間に流れた。レオポルドは、リーセロットがどんなに恥ずかしく思っただろうかと思うと、気が気ではなかった。継母のイフォンネがそういうのは百歩譲ってまだ理解できる。だが、実父さえ「フーク(隅っこ)」などと呼ぶとは、そう思うと、2人を憎いと思う気持ちと、リーセロットをいたわしく思う気持ちの2つの気持ちが渦巻いた。
レオポルドはエンゲルベルトが立ち去った後、リーセロットとなんて話したらいいのか分からず、そのままベッドの下で隠れていた。泣きながら縫っているリーセロットの所に、イフォンネの指示で1人の侍女が手伝いにやってきた。この侍女は常識のある人で、姫君でありながらこのように扱われているリーセロットのことを気の毒に思っていた。
「さあ、朝日が昇るまでに片付けてしまいましょう」
目を赤く腫らしながらも針を持つ手を動かしていたリーセロットは、小さく頷いた。侍女は有能な人だった。ぽつりぽつりと交わされる会話からリーセロットの興味があることを少しずつ拾い、リーセロットの好きな星の話や動物の話をしてくれた。
「そういえば、お嬢様はおいくつにおなりに?」
「四女様より一歳年上だったかと」
「あら、それならもう成人のお披露目をしなければならないお年でしたのね」
「でも、私はこの家では娘扱いされていないから」
「きちんと成人の儀式をして、旦那様を見つけなければいけないいお年なのに。そういえば、もうじき成人の儀式を行う四女の姫様なんですけど、輿入れ先の候補が絞れてきた宋ですよ」
「へえ、そうなんですか」
「ええ、確か騎士団の少将様ですよ」
「少将様?」
「確かレオポルド様とおっしゃったかしら」
「……もう、その縁談はまとまったの?」
「私も底まで詳しくは知らないんですけどね。四女様の乳母だった人が、レオポルド様のお家と関係があるとかで、その伝手でお話が進んでいるようですよ」
「……少将様の方は、なんとおっしゃっているの?」
「さあ、分かりませんわ。でも、いいとおっしゃっているんではないでしょうか。きっとこっそりと結婚のためのご準備をなさっているものと思いますよ」
慌てたのはレオポルドだ。嘘だ、と言いたかったが、ここにレオポルドがいるとばれるのもまずい。ただじっとベッドの下で、悔しい思いをしながら2人の話を聞くことしかできない。
「それでなんですけどね」
突然侍女の話し方が変わったことを訝しく思いながらもレオポルドが異母妹と結婚するという話の方に動揺していたリーセロットは、呆然としたままでいる。侍女はイフォンネとリーセロットの間の年頃で、侍女としては少し年増な方である。
「私の知り合いの、別の部隊の少将をしている方で、ヴェルドゥ家の令息がいらっしゃるんです。以前その方に、ご令嬢が何人もいる家で侍女をしていると聞いたがどんな方がいるのかと聞かれたことがありましてね、お嬢様のことをお話ししたんです。そうしたら、母上もいなくてきっと心細い思いをしているだろう。不幸な目に遭っている美女なら、正妻にはできないが大切にするから、是非会わせてほしいって、強くお願いされているんですよ」
「あの、わたしはちょっとそういうのは……」
「なにもすぐにってわけじゃありませんよ。でも、考えておいてくださいませんか? きっとここにいるよりは心穏やかに暮らせると思うんですよ。それにご令息はイケメンですよ。きっとお嬢様もこの方ならと思うはずです」
困った。リーセロットはベッドの下のレオポルドの前で他の男の話をされたこともまずく思われる。
「あの、こちらにお手伝いの侍女が来ていますよね?」
扉の向こうから声がした。
「あなたを探している人がいるんで、来てもらえませんか?」
「あら、仕方がないわね。お嬢様、先ほどのお話、考えておいてくださいね?」
侍女はそう言って出て行った。
慣れない侍女に思いがけない爆弾を2つ落とされたリーセロットは、いつもとは違う肩の凝りを感じた。
「リーセロット」
ベッドの下からレオポルドが這い出してきた。
「ここの四女との話が来たのは本当だが、はっきり断った。父にもリーセロットのことを話してあるから、父も了解している。だから俺のことを信じてほしい。それより、リーセロットの方が、俺よりも他の男の所に行こうとしているんじゃないか?」
「そんなことありません!」
そんな2人のそばに、足音を立てないように近づく者がいた。イフォンネである。イフォンネは、リーセロットが夜明けまでに仕上げると言いながら寝ているのではないか、寝ていたら蹴り上げてやろう、そんなつもりでこっそりと、細く細く部屋の扉を開けて部屋の中をのぞき見た。薄明かりのこちら側に、リーセロットがいるのが見える。その手には布が見え、どうやら針を動かしているように見える。
あら、ちゃんとやっているじゃない。
そう思ったイフォンネだったが、明かりの照らす範囲にもう一つ、男の顔を見つけてぎょっとなった。男がいるような気配は感じていたが、たいした男ではなかろうと思っていた。だが、そこにいたのは明らかに身分のある美丈夫である。
「夫人の思い通りにさせるなんて癪だからさ、もうやめたらどうだい? いつものように怒らせておけばいいさ」
「だめですよ。お怒りになっているのを見るのも辛いんです」
「また、そんな健気なことを言って」
男がリーセロットに近づいてぎゅっと抱きしめている。リーセロットの方も抵抗するそぶりはない。親しげなその雰囲気に、イフォンネの怒りは頂点に達した。
「『いつものように怒らせておけばいい』って、私の悪口を言っていたのね。もう許さない。こんな男と付き合っているなんて、それもこんな時間に部屋の中でイチャイチャして。絶対に許さない!」
イフォンネは考えた。そしてにやりと笑った。
「明日の夜、お前を絶望させてやるから」
読んでくださってありがとうございました。
次回、リーセロットちゃんピンチです。
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