【4】
あ、やべ。これ持ったままじゃん!
数日後、心葉を送って来た駅で彼女と別れたあと。
ホームで電車待ってるときに、俺は大学出るときに預かってそのままだったトートバッグに気づいた。
今日はちょっと荷物が多かったから持ってやったんだよな。明日持ってって渡したら、また帰りが大変になっちゃうし。
仕方なく戻って心葉を探した俺の視界には、立ち話してる彼女ともう一人。咄嗟に隠れたコンコースの柱に遮られて、すぐ傍なのに二人から俺はまったく見えてない。
「あの彼、なかなかいい男だよな」
彼女と向き合ってるのはあの見合い相手の男、だ。
この間はスーツで今日はカジュアルだし、髪形も変えてるけど間違いない。俺は自慢するほどじゃないが、人の顔覚えんのは得意なんだよ。
……どういうことだ?
「じゅんちゃんもそう思う? 本当にいい人なのよ」
「さすが俺の心葉、見る目あるな。上手くやれよ。俺の演技もなかなかだったろ?」
「うん! さすが何でもできるよね、じゅんちゃんは」
楽しそうに喋ってる心葉の甘えるような態度に、俺は心臓が締め付けられる気がした。
演技。……演技!?
なんだよ、これ。心葉、この会話はいったいなんだ?
「あれくらい任しとけって。じゃあ、お家のほうに──」
「三沢さん。見合いなんて必要ないんじゃないですか? もう十分親しそうだし」
突然姿を現した俺に、二人が文字通り固まった。
「あ、違うんだ! 心葉は何も悪くない。俺がちょっと調子乗って、その」
三沢の焦ったような声。
「じゅんちゃん、いいの。私のせいよ。俊樹くん、この人は私のために力貸してくれたの。それだけだから」
まるで庇い合うような二人に、余計に神経が逆撫でされた。
「どっちでもいいけど。俺には説明してもらう権利あるよな?」
「……うん。そこのカフェでもいい?」
苛立ちを隠せないまま冷たく言った俺に、強張った表情で口にした心葉に頷く。
「心葉──」
「じゅんちゃん、今日は帰って」
何か言い掛けるのを彼女に無理やり押し返されて、何度も振り返りながら遠ざかって行く三沢の背中を俺はじっと見つめていた。
「……つまり、見合いなんて最初からなかったんだ。騙したんだな、俺を」
「俊樹くんに近づくきっかけが欲しくて……。俊樹くんが『お金に困ってる』って話してるの聞いたから、それなら私がお金出せば一緒にいてくれるって──」
カフェの席で飲み物に手をつけないまま切り出した俺に、心葉が語り始めた。
「なんでそういう話になんの? ココはさ、俺をどうしたかったわけ? 都合のいいペットかなんか?」
「そんなんじゃないの! せめて俊樹くんの欲しいものあげられたら、って。そのついでに、一か月だけでも一緒に過ごせたらそれでよかった。私なんてお金くらいしかないもん。……それだって家のものだし。本当に空っぽだから」
自分でもタチ悪いって承知の上の俺の言葉に、彼女は必死の形相で返して来る。
なんとなく、この子の自信のなさとか後ろ向き加減の理由がわかったような気がした。「持ってる」からこその悩みやなんかもあるってことか。
それは確かに俺にはわかんねえ。
夏海が教えてくれたみたいに、金目当ての奴が寄って来るのも含めて。
「お前は金だけだ」とか、そういうこと言われてたんじゃないのか? くだらない連中に。
だから無意識に地味にしてるのかもしれない、って思い当たった。目立ちたくなくて、可愛い恰好なんか似合わないって思い込んで?
綺麗なんだからもっと飾ればいいのに、なんて安っぽい言葉はきっと心葉には響かないんだ。
「じゅんちゃん、……あのお見合い相手役は従兄なの。本当は三沢じゃなくて我妻だけど」
心葉がゆっくりと話し出す。
「マ、母の姉の息子でね、小さいころから妹みたいに可愛がってくれてた。私が仲良くなりたい人がいるってつい零しちゃったら協力するからって。この作戦も二人で、っていうかほとんど彼が考えたのよ。じゅんちゃんは大学で劇団入ってたから」
どの程度の劇団なのか知らないけど、見事な演技だったよ。完璧に「嫌味な男」になりきってたもんな。
素顔はあんなに優しそうなのに。
「でもさ、ココの家ってお金持ちでいい家なんだろ? 今回の見合いは作り話でも、勝手に恋愛とか結婚とか無理なんじゃないの?」
「そ、──」
俯き加減だった顔を上げた心葉が何か言い掛けるのに、言葉を被せる。
「ああ、それとも学生時代だけのお遊びだからどうでもいいのか」
「ううん、本当にうちはすごい家柄でもなんでもないのよ!」
投げやりな俺の言葉に、彼女は早口で弁解し始めた。
「父と母も恋愛結婚で、私にも好きにしていいって言ってくれてるわ。姉もお見合いなんかじゃなくて同僚の普通の人と婚約してるし。……お金は普通よりあるかもしれないけど、それだけなの」
ただ俺と一緒にいたかった、って心葉は口にするけどさ。
「ココ、俺今日はもう無理だ。……ちょっと一人で考えたい」
僅かに瞳を潤ませた彼女に気を遣う余裕もなくて、俺はさっさと席を立った。