【3】
◇ ◇ ◇
「心葉さん?」
いつも通りバイトとしての、もうすっかり通い慣れた大学からの帰り道。
心葉の家の最寄駅で別れを告げようとしたとき、男が突然話し掛けて来た。
待ち伏せしてたのか?
「あ、……三沢さん」
写真は見せてもらってたし名前も聞いてた。
三沢 淳一。心葉の見合い相手だ。
「そちらの方は?」
俺を目線で指しながら、彼が心葉に訊いた。
「わ、私がお付き合いしてる方、です」
嚙みながらも答えた心葉に相手の男は片眉を上げた。
なんかいちいちカッコつけだな。
見た目はちょっと、……かなりイケてるけど。
「あなたは僕と結婚するんですよ? 一体どういうおつもりですか?」
「お見合い、はしますけど。結婚するなんて決まってません」
訊かれて小声でボソボソと呟くように反論する彼女に、三沢って男が笑う。
こういうの、冷笑っていうのか? 感じ悪いな。
「そんなこと言っていいんですか? ──まあでも、本当に交際相手がいるようなふしだらな人なら願い下げですけど。『本当なら』ね」
思わせ振りな台詞。なんだ、コイツ。
「本当、です」
「ココ、心葉は俺と付き合ってます。恋人なんです!」
心葉のか細い声に、俺は思わず二人の間に割って入った。
やっちゃったかもしれない。もしかしたら、これで彼女の家に不利になったりする?
いまさら内心焦る俺の腕を、心葉がぎゅっと掴んだ。
「ふぅん。まあ僕にとっても一生の問題ですから、もう少し確かめさせていただきますよ」
意味深な笑みを浮かべて片手をひらひらさせながら去って行く男。
あんな男と見合いして結婚なんてしちゃダメだ。
ホンモノじゃないって、……「見合いを壊すため」の仮初めの関係とまで見抜いてるかは知らないけど、少なくとも三沢は俺たちのことを疑ってる。
「俊樹くん、ごめんね。いやな思いさせちゃって……」
「俺は平気だよ。ココ、結婚なんてやめろ。アイツとじゃ絶対幸せになれない!」
もっと俺にできることないか? 彼が、自分の入る隙なんかないって納得して諦めるまで。
いや、諦めるとかそういうんじゃないか。
さっきも言ってたもんな。「本当に俺と付き合ってる」って信じさせたらそれだけで見合いは無くなるんだ。
あっちの方から断って来る。
あいつは心葉が好きなわけじゃない。単に「家のため、体面のため」なんだから。
支配欲っていうのか、嫌がるのを無視して手に入れたがることはあっても、『他の男のお下がり』なんてホントに我慢ならないんだろう。
一緒に帰るだけじゃなくて、もっと出掛けるの増やしたほうがいいよな。わかりやすいデートスポットとか? 友達で詳しい奴誰かいたっけ。
心葉を安心させようと笑顔を向けながら、俺は必死でこれからすべきことを考えてた。