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【2】

「あの、俊樹くん。今日はお食事に行かない? いい……?」

「いいよ、何食う?」

 心葉に依頼された『彼氏のフリ』バイトを始めて三日目だった。

 おずおずと提案する彼女にあっさりOKする。

 俺は大学の寮暮らしの貧乏学生だから、「経費」のメシなんてありがたい限りなんだ。食事付きじゃないから共同の自炊設備はあるけど、一人分作るのって手間以前に意外と金掛かるしさ。

 ……金がないと、心まで貧しくなりそうだよ。だって食べるもんで身体だけじゃなくて気分も変わるじゃん?


「えっと、お友達(なっちゃん)に教えてもらったんだけどシェアのお店なんだって。そういうの嫌じゃない?」

「いや、全然。そんな繊細じゃないし、俺。特に好き嫌いもないしな。あんまり気の張るとこはちょっとだけど、シェアなら気楽なんだろ」

「うん! 学生でも気軽に行けるとこらしいから。大丈夫だと思う」

 彼女に連れられて行った店は明るくて、でも適度に落ち着いてて、すごくいい雰囲気だった。

 聞いたとおり、客の年齢層はそんな高くない。「大学生や若い社会人のデート用」って感じ?


「ココってさ、そういう服とかが好きなの?」

「そういう、って?」

 食事中の俺の質問に、テーブル挟んだ彼女は首を傾げた。 


「えーと、シックっていうか。もうちょっと明るい感じも似合いそうだなって思って。あ! でも髪も染めてないしお家が厳しいとか?」

 心葉は着るものにモノトーンが多い。

 今日も黒一色で白いレース衿のワンピースに、クリーム色のなんか羽織りものだった。ボレロとかいうらしい。

 白いフツーのTシャツに黒デニムっていうチープカジュアル極めた俺が、他人様の格好をどうこう言う資格なんかないってのは自覚してる。

 上品でオシャレ、なのかもしれない。きっと高価(たか)いんだろう。

 だけど正直地味のが勝つんだよな。他の女子見ても、これが今の流行りってわけじゃなさそうだし。

 髪も全然色入れてないストレート。サラサラの黒髪ロングで綺麗ではあるけどさ。


「……家は別に。私、他の子みたいな可愛い服って似合わないから。悪目立ちするだけだもん」

「そんなことないだろー。まあ、ココがそれでいいなら俺が口出すことじゃないよな」

 なんでこの子、こんなネガなんだろ。

 好きで黒着てるんなら全然いいけど、実は美人なのにもったいない気がする。

 まあ、飾らなくても十分綺麗だし可愛いからいいのか。



    ◇  ◇  ◇

「ねーねー、長谷部くん! ココと付き合ってんの?」

「いやいや。ただの友達だよ」

 心葉の友達の夏海(なつみ)が揶揄うように訊いて来る。彼女がよく話してる『なっちゃん』だ。

 このバイトも、今日がもう十日目になる。

 いつも一緒に帰るのはもちろん、学内でも話すことが多いからな。取ってる講義が違うから終わる時間も同じとは限らないし、待ち合わせの関係とかで。

 メッセージでもいいのに、心葉は直接やり取りしたがる。上品なご家庭には、俺にはわかんない常識みたいなのあんのかな。

 だから周りから見たら誤解されてもしょーがないか。

 でもこれはきっちり否定しとかないと。『バイト』が終わってから、心葉が誰かとホントに付き合うときに邪魔にならないように。


「なーんだ。ようやくココにも春が来たかと思ったのになぁ。でもまあ、違ったとしてもココが楽しそうだからいいや。……ありがとね」

「何が?」

 彼女の礼の意味が理解できなくて尋ねた俺に、夏海が真顔になった。


「あの子ってさ、結構なお嬢様じゃん? あ、長谷部くん知ってた!?」

「……まあ、一応」

「よかったぁ! 知らなかったらバラしちゃった? って焦ったよ」

 夏海がわざとらしく胸を撫で下ろすしぐさを見せる。


「秘密なわけ?」

「うーん、『極秘』ってほどじゃないよ。ココ見てたら、育ちがいいのなんかすぐわかるでしょ? ……わかる子にはさ」

 それは確かにその通りだ。

 所謂ブランドものとか持ってるわけじゃなさそう、ってか女の子同士ってその辺のチェック細かいんだよな?

 夏海の言葉からは、心葉の家のことなんか知らない子も多いみたいだし。というか、それこそ「わかる子」は知らん顔で流してんだろうな。

 なんていうか所作に自然と出るって感じでさ。立ち居振る舞いなんて大袈裟なもんじゃないけど、優雅でバタバタしたとこがないんだよ。

 一緒に食事行っても、すごい食べ方が綺麗なんだよな。そんな大した店行かないけど、それでもすぐ気づく。

 俺の無作法が恥ずかしくなるくらいだよ。

 いや、俺だって最低限はできてるはず! 親はちゃんと躾けてくれたし。


「はっきり言っちゃうと『金目当て』の連中に纏わりつかれて苦労したみたいだから。自分からひけらかすような子じゃないし、むしろ隠したいんじゃないかな。あたしは偶然知っちゃったから話してくれたんだけど」

「あー、そういうことか」

 具体的にはともかく、おおまかな想像くらいはつく。

 そういう連中、俺の周りにはいないけど情けなくないのかね。

 金ないことでは学内でも右に出るものは少ない俺でさえ、そんな惨めな真似しないぞ。

 誇り(プライド)なんて大層なもんじゃなくても、やっぱ「そこまで堕ちたくねえ」ってあるじゃん?

 だけど、この夏海みたいにホントの意味で心配して親身になってくれる友達もいるんだ。

 人間関係って大きな財産だと俺は思ってる。それこそ金では買えない、すごく大事なもの。

 一緒にいたら実感するけど、心葉はホントにいい子なんだよ。顔が可愛いだけじゃなくて。


 ──だから、ちゃんとわかってくれてる友達もいてよかった。


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