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【第2章開始】悪役王女に世界を救えるはずがない!  作者: 如月結乃
第一章 伝説の始まり

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08 始まりの予感

 四月。


 それは前世と同じ暦で四季が巡るハルジオン王国に暮らす人々にとって、始まりの季節である。


 雪の毛布の下で養分を蓄えていた草木が芽吹き、色鮮やかな花々が咲き乱れ、心地良い春風が花の香りを運ぶ。そして新生活を迎える民は、まだ見ぬ出会いの予感に心を浮き立たせるのだ。


 ――近年恐れられてきた“呪われた時代”の幕開けが、もうすぐそこまで迫っているとも知らずに。


 今日日、全てを知ってしまったビビットだけが、憂鬱でしかない春の陽気の下、戦地に赴く騎士のように身体を強張らせていた。隣を歩く義妹の小さな歩幅に合わせて、ゆっくりと城の敷地内を歩きながら。


「わあっ。ご覧くださいお姉様、チェリブロが満開です! 綺麗ですねっ」

「チェリブロ……? あ……そうね、綺麗ね……」


 私は知らない単語に一瞬困惑したものの、頭上に咲く木々の花を見上げて前世の■の英名からくる『エスロワ』の造語と察し、はしゃぐアリスに同調した。


 けれど今、私の胸中にはチェリブロに対する感動など微塵もありはしない。


 私はこれからの段取り……つまるところ目前まで迫ったゲーム開始までの記憶を、ひたすら反芻している最中である。


 ――ゲーム開始とは具体的に、アリスに秘められた『才』が開花する前後のこと。


 剣と魔法の栄えるこの世界には、火・水・風・土・雷の五つの属性に分類される『魔法』と、主に後天的に発現する『才』という二つの力がある。


 魔法は、この世に生まれた人間全てに宿る魔力を元に、人々が日常的に扱う力。一方で才は、魔法の五つの分類に該当しない未解明の力の総称だ。


 才に目覚める者は人口の三割程であり、少なく貴重な存在として扱われる。不思議がまかり通るこの世界でも異質な力とされているからだ。


 そして、中でも連合国である四つの王家に “先天的”に発現する例外的な才、『伝説の才』は特別だ。


 どれもが人知を超越した力であり、数千年前から現代に至るまで、四つの王家がその血を絶やさぬことで脈々と受け継がれてきた。


 伝説の才の発現は、数百年に一度。素晴らしいことのように思えるが、喜ぶ者がいるとすれば相当な変わり者である。


 何故なら、四つの王家いずれかの子に伝説の才が発現した瞬間こそが、『死霊』という人類の外敵が蔓延る最悪の時代――“呪われた時代”の前兆だと言い伝えられているからだ。


 事実、十年前にクレナイという連合国の王子が伝説の才に目覚めて以来、この世界の民は皆いつ来るかも分からない見知らぬ脅威に怯えている。


 さらに、四つの王家に伝わる才はもう一つ存在する。


 ――名を“剣聖の才”。この世界の命運にかかわる、最も特異で貴重とされる才だ。


 剣聖の才もまた、呪われた時代の前兆として発現するという点は他の伝説の才と同じ。違うのは、呪われた時代ごとにランダムに、四つの国いずれかの王家の子供に発現するという点だ。


 古文書によれば、剣聖の才に目覚めし者を輩出した王家には他に何人子供が居ようと、その血に伝わる伝説の才が発現することはない。また才は一人一つしか前例がなく、剣聖の才に目覚めた者もまた、自国の伝説の才に目覚めることはない。


 歴史を辿ると、呪われた時代ごとに異なる国で剣聖の才に目覚める者が一人。その他の三つの国で三人がそれぞれの国に伝わる伝説の才に目覚め、古くからある伝説と連合国の盟約に乗っ取り、“剣聖と三賢者”として呪われた時代を乗り越えて来たらしい。


 しかも剣聖の才の発現は、三人の賢者の才が全て発現した後。死霊の復活と同時である言い伝えられていて、まさに今日がその日なのだ。


 これは前兆などないのだけれど、『エスロワ』ではアリスが初めて城で乗馬の授業を受けた日に才が開花し、慣れない馬に乗って死霊復活の現場に駆けつけるというのがゲームの序盤だった。アリスの侍女に予定を聞き、今日の日時を特定したのである。


「日差しが暑いくらいですね。詰め所まではあとどれくらいかかるのですか?」


 日時と現場が分かっているなら張り込みが最善ということで、今私は決死の思いでアリスと二人で並んで歩くという危険を犯している。


「大丈夫よ。もうすぐだから。そう、大丈夫……」


 緊張状態の私は上の空で、アリスへの返答がまるで自分に言い聞かせているような適当なものになっていることに気づかない。


 歴代の剣聖と賢者たちは皆、正統な王家の血を引く子供の中から排出されてきた。

 

 だから、四年前に隣国の王子が三人目の伝説の才の発現者になった瞬間、残されたハルジオン王国王家の一人娘である私が、剣聖の才の発現者になることが確定した。……はずだった。


 ――剣聖の才は、私が背負うと思っていた運命は、今から全て王家の()()の子であるアリスのものになる。


 歴史上類のないこの出来事に、『エスロワ』では大陸中が戦慄したとあった。


 ただ、ビビットが後に数えきれないほどの悪事を犯し、その悪名を轟かせるようになると、悪魔同然の気質であるから聖剣からも()()()()に違いないと噂され、ゲーム終盤では完全にそういうことになっていた。既に色々あった身としては正直、同意見である。


 でも、今日は大丈夫。大丈夫だ。


 私はこれまで、次期剣聖として剣の腕諸々鍛えられてきた。だから戦場において全くの役立たずではないけれど、今日は道中何かあったら(したら)終わるため、手ぶらで来ている。


 アリスの安全と引き換えに、緊急時の対応力を捨ててきた形である。


『エスロワ』では現場に居なかった私は今日、アリスを現場へと連れ出すただの案内人であり、その後は事が上手く運ぶことを祈るしかできない木偶の棒。挨拶もろくにできなかった自分のことなど、信用できないのだから仕方がない。


 信じられるとしたら、アリスだけ……。


 ふいにアリスを見下ろすと、気がついたアリスが嬉しそうに顔をほころばせる。ちくりと胸が微かに痛み、すぐに目を逸らしてしまった。


 ――笑うべきだった。この世界が、アリスの周りが平和なのは、今この瞬間だけなのに。


 この後のことを考えると、どうしてもできなかった。気の利いた言葉一つ言えなければ、どうすればアリスを喜ばせることができるかなど、私にはまるで分からない。


 私が一人で落ち込んでいる間に、私たちはこれといった会話もせずに歩き続け、現場である騎士団の詰め所の裏――今はもう使われていない、枯れた井戸へと辿り着いてしまったのだった。

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