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【第2章開始】悪役王女に世界を救えるはずがない!  作者: 如月結乃
第二章 勇者の末裔

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35 疫病神の画策

 ゲームがスタートした四月は怒涛の勢いで過ぎ去り、エドガー入隊阻止に失敗した五月も瞬く間に終わりを迎えた。


 ――暦は六月。


 数日前に梅雨入りし、ここのところ曇天ばかりのハルジオンの王城の一室にて、私は出された紅茶を飲みながら目の前に座る人物の言葉を待っていた。


「――経過は順調にございます。このまま薬の使用をご継続いただければ、二か月程で包帯を外せるようになりましょう。違和感なく使えるようになるには半年ほどかかる見込みですが、ビビット様であればご不便はないかと」


 私が紅茶を飲み終えたのを見て、最近やっと傷が塞がったばかりの私の右腕を診ていた宮廷薬剤師が淡々と告げた。


「そう……。分かったわ。ありがとう」


 一生使えないままでも食事の時にちょっと不便なくらいだしまぁいいか、くらいに考えていたのだけれど、完治すると聞いて安心した。右腕が使えない剣聖なんて格好がつかないし、民からすれば不安要素でしかないもの。


「肩の怪我が癒えて間もないのに、何度も面倒をかけてごめんなさい」


 剣聖として落第でしかない私が謝ると、薬剤師はいつもと同じ情緒の感じられない声色で「とんでもないことでございます」と言いながら、右腕の繋ぎ目に塗り薬を塗ってくれた。


 包帯を巻き直してもらい城の外に出ると、日が傾き始めていた。もうすぐ夜番に交代する時間である。


 私は交代時の集合場所である城門前に丁度の時間につくペースで歩きながら、意識を思考の海へと潜らせる。


 ――カトレアかスターチス。どちらかの王家が人身売買に関与しているという嫌疑は、私が右腕を落とされたあの日から未だ晴れていない。


 先月カトレア王国の防衛会議に呼び出された私は、何か収穫があることを期待していた。けれどレイドを含め、女王や大臣たちから事件に関係する何かを見出すことはできなかった。もっとも、盟約の象徴のような身分にある私の前でボロを出す程、国や戦犯が愚かではないことは分かっていたけれど。


 ただ、私が連合国の城内に入ることができる機会はかなり限られているから、今後のためにも城中を案内してくれたりしないだろうかと思っていた。そこであわよくば、事件に関係する人物や物品と出会えればと私は内心期待していたのだ。


 けれどカトレア王国の私への対応は、可もなく不可もなくといったものだった。


 無論、剣聖という身分であるため歓待はされた。けれど会議が終わった途端、もう用はないだろうと言うが如くご丁寧にレイドと従者に馬車まで見送られ、私は早々に転移門へと送り返されてしまったのだった。


 私に見られて困る何かがあるのか。


 そう疑わざるを得ない結果に、私はカトレア王国を現状グレー判定している。ただ調査人の私が悪役であるせいで、さっさと追い返された理由が『悪役の私に長居して欲しくなかっただけ』という可能性もある。よって、厳密には白に近いグレーと暫定している状態だ。


 本当なら私自らカトレアとスターチスを隅から隅まで飛び回り、ブローカー及び商会探しをするのが一番手っ取り早いのだけれど、こちらの都合など知らない死霊の猛攻はまるで収まる気配がなく、とてもそんな時間が取れないのが現状だ。


 このまま事件が迷宮入りしたままシナリオが進んでしまったら……と不安に駆られている間に、私は城門に到着した。数メートル先に、豪奢な馬車がこちらへ向かってきているのが見える。


「――んじゃ、俺帰る」


 先に着いていた今日の朝番のハクは私を見るや、寄りかかっていた門からこちらに歩み寄り、大きく伸びをしながら言った。


「ええ。お疲れ様」

「んおー。じゃあなー」


 いつも通りリラックスした様子で言いながらハクは王都の転移門へ向かうハルジオン王家の馬車へと乗り込み、入れ替わるようにして城門の前にスターチス王家の馬車が止まった。


 夜番の拠点であるスターチスの教会へと向かうべく、私は御者が開けたドアから馬車に乗り込む。馬車とは思えないほど広く豪華な車内の端には既に銀髪の少年が座しており、私が乗り込むのを気にも留めない様子で窓の外に顔を向けている。


「今日もよろしくね、ロルフ」


 私は彼の対角の位置である端の座席に腰をかけ、今日は美しい銀髪がハンディモップのように埃塗れになっているロルフに向かって声をかける。けれど、耳に届くのは動き出した馬車が走行する音だけだ。これもいつも通りである。


 ハクとレイドは私に対して表面的には普通に接してくれているけれど、ロルフだけは違う。


 ロルフはいつもお前が嫌いだオーラを全身から放っているし、必要外の会話は今のように一切取り合ってくれない。でも悪役である私としては、唯一相応の扱いをしてくれる相手である彼との時間は実は居心地が良かったりする。ロルフに向かってかけた言葉が何度独り言になろうが、私は一向に構わない。


 ――ただ、今日ばかりはそうはいかない。


「分かっていると思うけれど一応確認しておくわね。来週、貴方の次の朝番の日は、私が朝番の時間までにスターチスの城に行くから」


 そう言うと、ロルフは埃塗れの頭をぐるりと回して、ぎょっとした顔で私を見た。


「は……? お前が城に……なんだって?」


 ロルフは青い瞳を微かに揺らしながら私に問いかけた。忘れていたのだろうか。


「来週は、スターチス王国の防衛会議の日でしょう? 参加者には貴方の名前もあったし、私のところにも先月、招集の親書が来たわ」


 私が事実を口にすると、ロルフは瞳を大きく見開いた。


「……聞いていなかったの?」


 私は自分が予定を間違えているのではないかと不安に駆られながらも、疑問を口にする。するとロルフは私の質問には答えずに視線を床に落とし、ごく小さな声で「あの老害が――」と忌々し気に呟いた。


 善人である彼の口から飛び出した鋭い単語に息を呑んでいると、酷く気分を害したらしいロルフはいつも以上の仏頂面を私に向けた。


「……来るな」

「えっ?」


 ロルフは馬車が走る音に掻き消されそうな小声で何かを呟き、よく聞こえなかった私は顔を傾けて聞き返す。するとロルフは苛立ちを隠せない様子で、その整った眉を寄せた。


「来るなって言ったんだ。防衛会議に、お前は参加しなくていい。俺と、俺たちの国に関わるな。――この疫病神」


 ロルフは、初対面の日を除いて今までで一番長いセリフを怒気を放ちながら吐くと、それっきり全てを拒むように視線をまた窓の外へ向けた。


 疫病神とは悪役の私にぴったりの呼び名だけれど、まさか防衛会議に参加すると言っただけでそこまで言われるなんて……。


『エスロワ』でもアリスは同日に会議に参加していたけれど、ロルフがそれに否を唱えるような場面はなかった。自分の嫌われっぷりに驚きつつも、私の中でスターチスに対する懐疑心が深まっていく。


 彼と彼を取り巻く環境に問題があるのは、私も知っている。というか、攻略対象は全員一人ではどうしようもない問題を抱えている。


『エスロワ』では、その問題から生じる闇に呑まれかける攻略対象の心の救いとなるのがアリスだった。ただ、私が剣聖となってしまったせいでそれらは消滅した。その点ではロルフ含む全員に申し訳ないと本気で思っている。


 思っているけれど、一刻も早く事件の真相を暴かなければならない現状で「来るな」なんて言われたらもう、行くしかないだろう。


 それに来週は、『エスロワ』でシナリオが大きく動く日でもある。たとえ防衛会議がなくとも、私はスターチスの王都に赴くつもりだったのだ。


 ――嫌われているのは元々だし、会議の日は朝番の時間より早くスターチスに到着するようにして、ロルフを無視してさっさと城内に入ってしまおう。


 私はロルフが窓に反射する私の顔を睨みつけているのに知らんぷりをしながら、悪役らしい作戦の決行を心に決めたのだった。

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