34 極秘調査
「ビビット様! 俺……本日より、王国騎士団に入隊いたしました!」
エドガーは、真新しい王国騎士団の年少部隊の制服を身に纏い、瞳に強い光を宿して私にそう告げた。
――何故……!? 昨日はあんなに落ち込んでたじゃない! 私の脅しも間違いなく効いていたし、怪我にも泣いて動揺していたのに……!
驚きのあまり口を半開きにしながら呆然と彼を見つめていると、ゆらりと視界が一瞬歪むのを感じて私は我に帰った。
「そ、そうなの……。大変だけれど頑張るといいわ……」
大変なのはエドガーもそうだけれど私の方だ。一体何がどうしてこうなったのかまるで見当もつかない。
「っはい……! 俺、頑張ります!」
エドガーは、はにかんだような笑顔で嬉しそうに頷くと「では、訓練の時間ですので失礼します!」と言って元気に私の前から去っていった。残念なことに、その表情に私への負の感情は欠片も見られなかった。
入隊してしまったものはもう仕方がない。私は騎士団には縁と恩はあっても、新人を追い出せなどと言える命令権は持ち合わせていないのだから。
これからは、迂闊に城の中を移動できない。なるべくエドガーと遭遇しないようにしないと……。
私は悪巧みが失敗したことに肩を落とし、頭痛がする頭を左手で押さえながら私室へと向かう。
頭を切り替えなければ、と目を閉じて一度深呼吸をする。今はエドガー入隊に落ち込んでいるどころではないのだから。
――昨日、私が辛勝した人身売買のブローカーの男は、人体の部位を分離する“分離の才”という破壊的な力を持っていたのだと騎士団長から報告を受けた。
四肢を落とすといった大雑把な技は触れずとも発動できるけれど、首を落としたり臓器を分離させるといった即死級の大技は対象に触れる必要があるらしい。右腕だけで済んでよかったし、私は両利きだからさほど支障がないのも幸いだった。
まさに臓器売買にはうってつけの才を持っていた彼は、恐らく死刑になるだろうと聞いた。山積みにされていた子供達は皆、生きたまま臓器を分離され既に死亡していたからだ。
おぞましく、許しがたい犯行ではあるものの、肝心の雇い主や臓器の取引先について男は知らないと供述したらしい。男が言うには、自分のようなブローカーが連合国内に複数人存在し、男は依頼の伝達や商品の受け渡しのみを素性も知らない彼らの間で行っていただけの身であるらしい。
本来であれば即時連合国へ事件について通達し、四国間の協力の元ブローカーもろとも闇取引に関与している人間全員を捕らえるべきだ。けれどこの呪われた時代においては事情が異なるため、我が国は事件についての情報漏洩を現状堅く禁じている。
――呪われた時代においてのみ連合国は、連合国以外との外交の全てを禁ずるという盟約を結んでいるからだ。
つまり件の事件の発覚は、いずれかの国の盟約違反を意味する。死霊という人類の害敵に連合国総出で相対している中、その盟約事態を揺るがす今回の大事件は簡単に表に出すわけにはいかないのだそうだ。
私もそれはそうだろうと思う。
連合国内では元々人身売買も禁止されているから、取引先は必然的に国外だ。輸出という大がかりな闇取引を行う商会の動きを、国が感知していないとは考えにくい。要は商会が国ぐるみで闇取引に着手している可能性が高く、発覚すればその国は連合国から除名されることを禁じえないのだ。
――そしてそれは、伝説の時代から守られ続けてきた“剣聖と三賢者”と死霊の攻防に終止符を打つも同義だ。さらに同盟の破綻は、各国の王家の正当性にも大いに影響してくる。
だから事件の詳細が明かされるまでは、我が国は被害に目を瞑るしかないのだけれど、
「そんなの、待ってられないわ。こうしている間にも苦しんでいる民がいるのだから……!」
私は燃えるように熱い額に手の甲を当てて冷ましながら、やり場のない怒りを一人呟く。
私室に到着すると真っ直ぐに書斎へと向かい、椅子に腰をかけて一昨日まとめ終えたばかりのノートを机の上に広げた。
ここにはもちろん今回の事件のことは記されていない。けれど、こんな大事件が原作の小説でも記されていなかったとは考えにくい。このまとめた時系列のどこかに、事件が絡んでいる穴があるはずなのだ。
私は、ノートの文字を一言一句見逃さないようにして読み返していく。
正直なところ、心象的に怪しいのは悪役である私のいるこのハルジオン王国だ。
なにせ、『エスロワ』では死霊出没とビビット登場のタイミングがいつも同じであることから、ビビットは“死霊の才”でも持っているのではないかとキャラクターたちに予想されていたくらいなのだから。
けれど私が剣聖になったにも関わらず、死霊はゲーム開始日やルイスと話した夜にシナリオ通りに現れたし、毎日私たちの睡眠時間を削り切る勢いで出没しているからその線は消えた。
我が国が人身売買に着手というのも、悪役の出身国という要素を除けば考えずらいと思う。王女なのに世情に疎い私の意見ではあるものの、王妃を失い再婚したばかりのこの国に盟約違反をする余裕などないはずだ。
そうなると、カトレア王国、スターチス王国、クレナイの国のいずれかに絞られるけれど、クレナイの国は除外していいだろう。
クレナイの国は獣人の国で、部族間の仲間意識が非常に強いことで知られている。
情に厚く義理堅いかの国の民が人間の国を相手に人身売買など、天地がひっくり返ってもあり得ないだろう。
――となれば残るは、カトレアかスターチスのどちらかだ。
カトレア王国は、大陸有数の芸術の国だ。
国交が禁止されている今も、呪われた時代以前に永住権を得た画家や音楽家などの外国人が多く滞在している。独自の取引ルートを持つことも不可能ではない連合国外の者達が徒党を組んで闇取引に着手し、そのルートの巧妙さ故に国が黙認、という可能性も考えられる。
一方、スターチス王国は観光業と漁業で栄えている。
伝説の英雄であるアーサー王の国という事実は、それだけで連合国外の人間を呼び寄せる大きな魅力なのだ。けれど外交禁止の今は、観光業に限っては衰退せざるを得ないだろう。現状国が赤字であるならば、その穴埋めに闇取引に着手というのも考えるに容易い。
ただ、私と違ってどちらの国の王子も……レイドとロルフも、人身売買を黙認するなどあり得ない善性を持った人物だ。そうなると極秘に進められている可能性が高いけれど、『エスロワ』ではそれぞれの国の内情まで深堀りされていなかった。ここで手詰まりだ。
つまるところ――
「一つ一つ確かめていくしかない、ってことね」
私は溜息をついてノートを閉じた。
ただでさえ朝から晩まで防衛任務に縛られているというのに、カトレアとスターチスが白か黒かの調査も並行しなければならない。
正直とてもできる気がしないけれど、それでもやるしかない。丁度いいことに今月末はカトレア王国、来月の頭にはスターチス王国から、私は防衛会議への出席を求められている。
そこで何か情報が得られるかもしれない、と意気込んでいる間に、脳内を稲妻のような感覚が駆け抜けた。死霊が出没したのだ。
私は急ぎ立ち上がり、城の中にいる今日の朝番であるレイドの元に超特急で駆ける。今日からは彼ら二人に嫌疑の目を向けなければならないことに、心が重く沈んでいくのを感じながら。
◇◇◇
……その晩。国王しか使うことの許されないハルジオンの城門から、二人の人影が夜の闇に溶けるようにしてひっそりと消えていったのだった。




