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【第2章開始】悪役王女に世界を救えるはずがない!  作者: 如月結乃
第二章 勇者の末裔

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30 紅の余韻

 俺には、夢があった。


 心から敬愛できる主と出会い、主の剣となって生涯を捧げるという、気高い夢が。


 父さんは王国騎士団の副団長で、休暇で家に帰ってくる度に俺と剣の打ち合いをしてくれた。三年前に病気で死んでしまったけど、国がために剣の道を究めた父さんを、俺は今でも尊敬している。


 でも、俺は父さんと同じ道を歩みたいとは思わなかった。


「ハルジオンの王国騎士団は今、来たる呪われた時代のためにまだ幼い王女に拷問のような訓練を強いているんだ。世界の命運を背負わせるためとはいえ、こんなことが許されていいはずがない。だが俺は国に仕える身だ。間違いだと分かっていても、目を瞑るしかない。……エドガー。俺はもう、お前が誇れるような騎士じゃあないんだよ」


 俺がまだ幼かった頃。父さんと同じ王国騎士になりたいと言った俺に、父さんは暗い顔で言った。


 それでも俺は、国の在り方に否を唱えながらも従う父さんを尊敬し続けた。だって俺も、父さんの立場ならそうするだろうと思ったから。


 一度決めたことは、絶対に曲げない。


 俺はそんな父さんの生き様に憧れた。でも父さんが言っていた、世界の平和のために王女一人を犠牲にしている王国騎士団に入りたいとは思えなかった。


 だから俺は、王国ではなく貴族に仕える騎士を目指していた。幼馴染で同い年のドミニクと毎日のように剣の腕を磨き合った。いつか父さんのような己の在り方を貫き通す騎士となって、剣に生きて死ぬという夢を描いて……


 ――そう。平民学校の入学式で、魔力カウンセリングを受けるあの日までは。


「……これは珍しい。あのね、人は“魔脈”っていう魔力が通る管が血管のように体の隅々まで巡っていて、魔力は魔脈を通って魔法として体外に発生するんだけど、君の魔脈はその働きが著しく弱いんだ。これは生まれつきだね。――エドガーくん、気の毒なことだけれど君には魔法の才能がないんだ」


 魔法の才能が、ない。


 俺は教師の言葉に、夢への希望を完全に失くした。だって、魔法が使えない騎士など聞いたことがない。あたり前だろう。誰もが魔法を使えるこの世の中で、魔法なしで戦うなど無謀もいいところだ。


 何より、父さんの剣技と魔法が織りなす鮮やかな戦術を何度も見てきた俺には、現実ってやつが誰に言われるまでもなくすぐに解ったんだ。


 騎士になる夢を諦めた俺は、薬屋を営む母の仕事を継ぐことにした。ドミニクにもそう伝えたけど、それでも特訓に付き合ってくれと言うから、俺は毎日剣を振っていた。


 ……ただただ、無気力に。無意味に。愚直に。振り続けた。


 平民学校を卒業すると、ドミニクは騎士団の入隊試験を受けて見事合格した。当然だと思った。ドミニクは王国騎士団長の息子だし、そうでなくたって毎日剣を打ち合っていた俺はあいつの実力が合格基準以上だと確信していた。


 同時に俺は、これで剣とはもうおさらばだと思った。これからは母さんの手伝いに本腰を入れるのだと、そう決めた。


 あの頃の俺には迷いも悔いもなかった。俺は薬屋の仕事も好きだったし、父さんと同じく人のために尽くす道を選んだ母さんも尊敬しているからだ。


 ――そして俺が朝から晩まで母さんの手伝いをするようになり、半年ばかりが過ぎたある日。


 休暇を得たドミニクが、いくらか逞しくなったような顔つきで帰って来た。ドミニクは騎士団の様子を俺に話してくれた。


「俺、年少部隊にいるうちは全然こっちに帰ってこれないんだよ。騎士団の飯ってすげぇまずいし、正直同期の剣の腕もいまいち張り合いないんだよなぁ。あっ、今の親父には言うなよ! 殺されっから」


 久しぶりに会ったドミニクはいつもの調子で楽しげに語りながら、ふと真剣な眼差しで俺を見て言った。


「――だからさエドガー。お前、城の詰め所までちょくちょく俺に会いに来ねぇ? 打ち合いしようぜ、今までみたいに。なんなら、差し入れとか持ってきてくれてもいいし?」


 ドミニクは最後は笑いながら俺をごついてきたけど、俺に気を遣って言ってくれたんだと思う。だとしても、俺は断るべきだと言うことは分かっていた。要は城に忍び込みに来てくれ、ということなのだから。


 でも、俺は何故か断ることができなかった。……俺はまた、剣を捨てることができなかった。


 俺は泥棒のような気持ちでドミニクに会いに、毎月決まった日に城に忍び込んだ。騎士団長の息子であるドミニクは幼い頃から詰め所に出入りしていたため、騎士団長すら知らない抜け道を俺に教えてくれたのだ。


 醜い執着。時間の浪費。無意味で、怠惰で、虚しいだけで――


 そんな自分の後ろめたい感情に蓋をしながら、俺はまた剣を振り続けた。


 振って、振って、振って。振り続けたある日――




 ――それは、唐突にやって来た。




「駄目――――!!!!」



 目もくらみような鮮やかな赤髪をなびかせ、その手に輝く黄金の剣を握りしめた少女の背中が、頭に焼き付いたように離れない。


 常軌を逸した狂気を纏う死霊を前に、俺は死を覚悟した。ドミニクだって、利き腕に完治不能の火傷を負ったのに。


 詰所から生還した俺の頭には、気がつくとあの日見たあの赤色が、黄金が、全身の血が沸騰するような何かが、蘇って来るようになった。


 俺には一体これがなんなのか、自分がどうなってしまったのか全然分からなかった。


 そんな俺の迷いを晴らしたのは、怪我の療養のために数日の休暇を得て帰って来たドミニクの一言だった。


「――お前、ビビット様に会いたいんだろ?」


 そう言われた途端、自分の中にストンと形のなかった何かが落ちた気がした。


 ……そうか。そうだ。俺はあの人に――あの方に会いたい。もう一度、会いたかったんだ……。


「お話し中に失礼いたします! エドッ……彼が、今日一日訓練を見学したいと申しておりまして!」


 エドガーから聞いた通り、騎士団の視察に詰め所を訪れたあの方は――ビビット様は、今まで見た何にも例えようのない程綺麗な青い瞳を丸くして俺を見た。


 ――目と目があったその瞬間。


 俺は自分の中の何かが喝采を上げたような気がした。まるで時間が止まったかのように目が離せない。その凛とした声以外は何も耳に入ってこなくて。


「――貴方は、何のためにここへ来たの?」


 ビビット様にそう問われて、俺は答えも分からないくせに口を開いた。結局俺の言葉は遮られてしまったけど、俺はあの時何を言いたかったんだろう。


 ――自分でも、何がなんだか分からなかった。


 ただあの方を、ビビット様を見ていると、自分の中の何かが湧き立つような。そんな気がした。


 目の前を行ったり来たりする騎士たちの間から見えるビビット様の姿に釘付けになっていると、ふいにビビット様は地面をひと蹴りして、風のような速さでどこかへ去っていった。


 俺はその懐から小さな小瓶が落ちるのを見て、弾かれたようにビビット様が立っていた場所まで走った。


「――お前、それビビット様に届けに行けよ」


 小瓶を地面から拾い上げると、いつからいたのかドミニクが脇から話しかけてきた。


「っわ。お前、いつの間に」

「いつの間にって、ずっといたけど? それよりその小瓶。ビビット様のだろ?」

「ああ……」


 小瓶を見つめながら頷くと、ドミニクは囁き声で俺に言った。


「応援部隊の馬車。一番後ろは荷馬車だから、こっそり乗り込めばバレないぜ」

「は? ドミニク、お前何言って――」

「お前、さっきのビビット様の質問にまだ答えてないだろ。このまま帰るとか無礼だぜ」

「無礼……? でも――」

「あーいいから、早く乗れって!」


 ドミニクは俺の腕を引っ張って、ほとんど強引に俺を荷馬車に乗せた。


「じゃっ! ビビット様にちゃんとそれ渡して、今度こそお前も話せよ。なっ」

「……ああ。わかった」


 俺がそうであるように、ドミニクは俺のことを知り尽くしている。


 俺が今どうしたいのか。どうするべきなのかをドミニクは全て分かっていて、俺を馬車に乗せたのは間違いない。


 だから俺はたとえ後で怒られることになっても、言うとおりにしてみようと思ったのだった。

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