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【第2章開始】悪役王女に世界を救えるはずがない!  作者: 如月結乃
第二章 勇者の末裔

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28 ドキドキ!洞窟探索ツアー

 焦りながらも現状を把握した私は、あまりの絶望に地面から体を起こしているエドガーを凝視した。


 ――これからこのどこなのかも分からない洞窟から脱出するまで、私とエドガーは二人きりということなのだから。


「……ここは?」


 地面から立ち上がったエドガーは、辺りを見渡しながら呟いた。


 暗いから、周りがよく見えていないのかもしれない。私は夜目に慣れているから平気だけれど、どこからも光が差していないこの洞窟の暗さだと、普通は何も見えないだろう。


 この世界にはランタンやろうそくの他に、“光石”という衝撃を与えると光る、防災や野外活動の際に便利なものがあるのだけれど、生憎と私は普段持ち歩いていない。松明に出来そうな枝が落ちていないかと周囲を歩いてみるも、落ちているのは小石ばかりだ。


 どうしたものかと頭を捻っていると、腰の辺りで何かが光っていることに気がついた。


「あっ」


 下を向くと、聖剣に嵌め込まれている青い水晶が自ら光を発して輝いていた。いつも光っていたけれど、まさか全く光のないこんな場所でも光るとは知らなかったから驚きだ。


「――誰かいるんですか?」


 これならいけるかもと、私は不安げな声を上げたエドガーの顔の近くに剣を持っていった。


「っわ……! ビビット様――!?」


 突如顔を下から青い光に照らされたエドガーは、一瞬顔に恐怖の色を浮かべ、私の存在にようやく気が付いたのか瞳を大きく見開いた。


「ええ。エドガー、貴方どうしてここに居るの? 管理人に止められていたじゃない」


 私が尋ねると、エドガーは眉をひそめて口を開いた。


「はっはい。俺……あっ自分にも、よく分からないんです。あの時自分は確かに管理人の人に動きを止められて、ビビット様たちが転移する光が眩しくて目を瞑ってたんです。そしたら急に体が揺れて、気づいたらここに……」


 目をくるくると回しながら話してくれたエドガーの不思議としか言いようのない体験に、私は小さく息を吐いた。


 当の本人にも何が起きたか分からないのなら、これはきっと転移門の不具合なのだろう。


 これまでどうだったのかは分からないけれど、少なくともここ一か月、私たちが転移しようとする時にエドガーのように誰かが向かってきたことはないから、それが影響した可能性が高い。


 ひとまずそう結論づけた私は、一刻も早くこの場を出なければと頭を切り替える。


 現状の検証は後でいい。今はこの密室ともいえる洞窟の中でエドガーと二人きりという、私にとって生殺しのような絶望的状況から脱する方が先決だ。


「分かったわ……。エドガー、私が先を歩くから、貴方はこの剣を持ってくれないかしら。そうすれば前が見えるでしょう」

「は、はい……え。ええっ! この剣って、せっ聖剣をですか……!?」

「ええ。非常時だし、誰も見ていないから大丈夫よ。ベルトごと外して渡すから、くれぐれも鞘や柄には触れないように気を付けて。剣聖以外が触れると怪我をするから」

「はい……すみません。ありがとうございます」


 私は聖剣を腰のベルトごと外して、エドガーに差し出した。


 水晶の光に下から照らされたエドガーの顔は、まるで手錠をかけられる寸前の容疑者のようだ。彼は壊れ物に触れるような手つきでベルトに触れ、そっと持ち上げた。


 ……よかった。これで私が彼に剣を向ける可能性が低くなった。


 狙ってのことではないけれど、断られたら私はこの洞窟を出るまでの間、この手が剣を抜き彼に悪さをしないか気が気ではなかったもの。


「聖剣で前を照らしながら、私に付いてきてちょうだい。ここがどこか分からないけれど、早く外に出て逸れた部隊と合流しないといけないわ」

「はっはい……!」


 私は当惑した様子のエドガーの目を見て言い、微かに風を感じる方向へと足を進める。


 沈黙の中、後ろからたどたどしい足取りでエドガーがちゃんと付いてきていることを気配で確認しながら、私はエドガーが何故騎士団の見学をしに来たのか、そして転移門で私に何の用があったのかを聞いていないことに気がついた。


「ねえ、エドガー。聞いてもいいかしら」


 私は足を前に進めながら、声だけで背後のエドガーに話しかけた。


「っはい。何ですか……?」

「貴方、どうしてあんなに必死になって私の元に走ってこようとしていたの?」


 ひとまずそう尋ねると、「あっ!」と思い出したようにエドガーは声を上げ、足を止めた。私も止まって振り返ると、エドガーはハーフパンツのポケットをまさぐり、中から小さな小瓶を取り出した。


「それ……!」

「はい! ビビット様が一度詰め所から離れられた時に、ベルトからこの小瓶が落ちるのが見えて……」


 エドガーは鮮やかな緑色の液体が入った小瓶を、私に差し出した。


「じゃあ、貴方はそれを届けに転移門までついて来てくれたのね」

「あ、えっと……はい」


 なるほど、つまりこの『エドガーとドキドキ! 洞窟探索ツアー!』の原因を作ったのは私だったということだ。なんて情けないのだろう。


「手間をかけさせてごめんなさい。わざわざ届けに来てくれてありがとう」

「いっいえ……!」


 私が小瓶を受け取ると、エドガーは裏返った声で返事をした。


 ――その後、再び無言で風の流れを感じる方へと二人で歩きながら、私は考える。


 今のところ、エドガーからは私への怒りや憎しみといった感情は感じない。ただ、私が何か言う度におっかなびっくりといった様子で軽くパニックになる彼の様子を見る限り、怖がられているのは間違いないだろう。


 理由は私が悪役の王女で、しかも今は剣聖だからとか色々あると思う。けれど、彼がこのまま騎士団に入団するなんてことになると困ってしまう。


 私はできれば、自分が傷つける可能性が高い人間と接する時間をなるべく少なくしたいのだ。それこそ、ゼロにできるならそれが一番いい。それがお互いのためなのだから。


 ――すると、私の頭に閃きが舞い降りて来た。


 私はまだ、エドガーが騎士団の見学に来た理由を聞いていない。だからこの洞窟を出るまでの間にそれを聞いた上で、王国騎士団は入ったが最後の監獄のような恐ろしい場所なのだと、エドガーに刷り込むことができれば。


 怖れをなしたエドガーは騎士団見学&入隊を取りやめ、自ら『エスロワ』のシナリオから外れてくれるに違いないわ……!


 名案ではあるものの、我ながらなんて悪役的な発想なのだろう。自分で自分が恐ろしい。


 まさかビビットを演じているうちに、中身まで似てきているなんてことはないだろうかと不安になりながらも、私は歩きながらエドガーに声をかける。


「エドガー、貴方は今日、騎士団の見学をしに詰め所に来たのよね?」

「えっ。あっはい、そうです……すみません」


 別に謝るようなことではないのだけれど。エドガーは余程私が怖いらしい。でも、好都合だ。


「驚いたわ。貴方みたいな人って、最近だとめずらしいもの」

「え……そうなんですか?」

「ええ。貴方も聞いたことくらいはあるでしょう? 我が国の騎士団は、連合国の中で最弱だという噂」

「あっ……えっと」

「あるのね?」

「は、はい……」


 なんだろう。普通に話をしているだけなのに、尋問みたいな空気になってきた。


 まぁ内容が内容なだけに仕方ないだろう。このまま、騎士団=監獄の流れに一気に持ち込んでみせる……!


「私は王国騎士団に2歳のころからお世話になってきたから、実態については身をもって知っているの。その上で言わせてもらうけれど……王国騎士団は貴方のような素人が入る場所ではないわ」


 私がまさしく悪役らしいセリフを言ってのけると、背後でハッと息を呑む気配がした。


 ――ごめんなさいエドガー。私だって本当はこんなこと言いたくないけれど、これも貴方のためなの。


「どうして、ですか……?」


 エドガーは、明らかにショックを受けた声で私に聞き返してきた。


「三年前、この国の王妃が魔災で亡くなった事故は知っている?」

「っはい……」


「なら、話が早いわね。我が王国騎士団は、王妃すら守れない名ばかりの素人集団だと、今は連合国の恥部扱いされているの。勿論、私は彼らの実力を知っているからそうは思わないし、気にしなくていいと思っているわ。でも、当人たちは違う。彼らは今、騎士団の名誉回復のために日々血を吐くような鍛錬を積んでいるの」


 よくもまあこんな嘘をぺらぺらと話せるものだわと自分で思いながら、私は根も葉もない作り話をエドガーに言って聞かせる。


「そう、なんですね……」

「ええ。だから今の騎士団には素人を受け入れる余裕はないし、入れたとしても待っているのは肉が割け、骨が折れようとも休むことが許されない訓練地獄よ。素人にこなせるとはとても思えないわ。それに私としても、身を削る勢いの彼らには一刻も早く名誉を挽回してもらって、正当な評価を受けて欲しいと思っているの」


 言外に、自分も貴方には入隊してほしくないと思っていると告げながら、胸がズキズキと痛む。実際の騎士団は肉が割ければ治癒術師にすぐに診てもらっているだろうし、骨折も同様だろう。


 嘘にしてはあからさま過ぎただろうか。そうでなくても、やりすぎには違いないだろう。こんなの体を傷つけていないだけで、暴力と何も変わらないもの。


 でも、エドガーが私が告げたことを一生引きずってしまうとしても、『エスロワ』のシナリオに巻きこんでしまうよりは何倍もいいのだから仕方がない。


 エドガーは余程堪えたのか返事もなく、とぼとぼと私の後を付いてくる。


 これでいいのよと自分に言い聞かせていると、分かれ道に辿り着き、私は足を止めた。風を感じるのは右の道だ。でも左からは人の気配と――


「人の血の匂い……」


 一瞬獣の血の臭いかと思ったけれど、間違いない。この道の先で、誰かが血を流している。


「エドガー!」

「――はっはい!」

「この先、右の道を進んでいけば、洞窟の出口に辿り着けるはずよ。一人で歩いていける?」

「えっ。でもビビット様は……?」

「私は一緒に転移した騎士たちがいないか洞窟を全部見て回ってから、すぐに後を追うわ。だからそれまで、その剣もあなたが持っていて」

「で、でも――」


「じゃあ、また後で合流しましょう!」


 私は戸惑いを隠せない様子のエドガーをその場に置いて、左の道に向かって走り出した。……このことを、すぐに後悔することになることになるとも知らずに。

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