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【第2章開始】悪役王女に世界を救えるはずがない!  作者: 如月結乃
第二章 勇者の末裔

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27 望まぬ再会

「お話し中に失礼いたします! エドッ……彼が、今日一日訓練を見学したいと申しておりまして!」


 ――騎士団長に笑顔を向ける、右腕を包帯で吊ったくすんだ青髪の少年の隣には、『エスロワ』のシークレットキャラクターであるエドガーが立っていた。


 私を驚いたような顔で見るエドガーを見つめ返しながら、私はその美貌に思わず息を呑む。


 ゲーム開始日は遠目でしか見ていないから分からなかったけれど、明るい橙色の髪に鈍色の瞳の彼は、例に漏れず眉目秀麗であるだけでなく、好青年のお手本のような善のオーラで溢れていた。ただ立っているだけなのに、その姿は不思議とどこか目を引くものがある。きっと天性のものなのだろう。


 なにせ攻略対象にして、シークレットキャラクターなのだからと私が一人納得していると、


「――馬鹿者! ビビット様がいらしているというのに、そのような些事でお言葉を遮るとはなんたる無礼! ドミニク、お前はその怪我と一緒に騎士の矜持までも失ったようだな!!」

「もっ、申し訳ありません! 父上!」


 騎士団長が落雷のように迫力ある怒声を青髪の少年に浴びせると、ドミニクと呼ばれた少年は肩を上下させて青い顔で頭を下げた。


 まさか、『エスロワ』でビビットに殺されたこの子が騎士団長のご子息だったなんて……!


 言われてみれば確かに騎士団長と髪や瞳の色が同じだし、顔つきもどこか似ているような気がする。


 一向に頭を上げようとしないドミニクをしげしげと眺めていた私は、ハッとして急いで声を上げた。


「騎士団長、私は構わないからこのくらいで許してあげて。それから、ドミニクといったわね。貴方ももういいから顔を上げなさい」


 私が双方に許しを与えると、ドミニクはそれでもまだ騎士団長が恐ろしいのか、顔を上げたものの怖々した表情をしている。


「誠に申し訳ありませんでした、ビビット様。団長。……私は、騎士としてこの国に尽くしたいという思いは今も変わっておりません」

「……ならいい。俺は今日、お前たちに構っている暇はない。下がれ」


 気落ちした様子のドミニクと呆然としているエドガーを下がらせようとした騎士団長に、私は焦って声をかける。


「待ってちょうだい、騎士団長。私、彼に一つ聞きたいことがあるの」

「不肖の息子に、ですか? 一体、どのような……」


 騎士団長に無言で首を振り、私はずっと目を見開いたまま固まっているエドガーの目を見た。どう切り出そうかと一瞬悩み、口を開く。


「――貴方は、何のためにここへ来たの?」


 率直に彼の真意が知りたいと思った私は、彼の名には触れずに疑問をそのままエドガーにぶつけた。すると彼は硬直が解けたかのように目を数回瞬かせ、瞳を揺らしながら私を見た。


「俺は……」


 ゆっくりと口を開いた彼の言葉を待っていると、「――ビビット様! 団長!」と声が聞こえて振り向けば、副団長が酷く焦った様子で叫びながら走って来た。


「お話し中のところ大変失礼いたしますが、至急お耳に入れたいことが!!」


 そう言って私の前に跪いた副団長に「私に構わず続けて」と発言を許可すると、「ありがとうございます……っ」と弾む息を整えながら彼は顔を上げた。


「――団長! 例の連続子供失踪事件の件ですが、今ほど西方の詰め所から連絡が入りまして、本日未明、過去最高の十数名の平民の子供が行方不明となったため、至急捜索の応援部隊を要請するとのことです!」


「何……? 分かった。至急、部隊の編成を頼む!」


「承知いたしました!!」


 私は鬼気迫る様子で話す二人を眺めながら、内心首を捻っていた。


 平民の子供の連続失踪事件……?


 そんな展開、『エスロワ』にはなかったはずだ。今日は『エスロワ』でもアリスは剣聖として同じ日に、私と同じように騎士団の視察に来ていたのに……。


 私は目の前で慌ただしく出動の準備を始めた騎士たちの姿を見ながら考え、ふと思った。


 もしかしたら、騎士団長は剣聖として任務をこなすのに精一杯のアリスを案じて、視察を早急に終わらせたのかもしれない。『エスロワ』ではこの日は、アリスが騎士団の視察中に初めてエドガーと出会う、というのが主な内容だったもの。


 少なくとも私が騎士団長の立場なら、アリスに今以上の負担をかけまいと形だけの視察で終わらせるだろう。それこそ、今のような非常事態は絶対にアリスの耳には入らないようにする。


 ――ならば今のこの状況は、私が剣聖になったからこそ知ることができた『エスロワ』の知られざるシナリオなのだろうか。


「ビビット様、お忙しい中こうして赴いていただいたところ大変申し訳ないのですが、私はこれより情報の精査のため西方の詰め所に向かわねばなりません。副団長ら応援部隊も早急に現場に出動いたしますので、本日の視察はこれにて――」


「それなら、私も応援部隊と一緒に行くわ」


 現状の推測を弾き出したところで、視察を終わせる意向を告げようとする騎士団長の声を、私は遮った。


「なっ……それはなりません!」

「何故? 非常時だからこそ、貴方たちが騎士の務めを果たすことができるか、私が視察するいい機会じゃない」

「いえ、ビビット様は連合国の無二の宝でございます! もしその身に何かあれば我々は――」

「……そう。つまり貴方は、無二の宝である私の実力に不安があると、そう言いたいのね?」

「っいえ! 決してそのようなことは……!」


「――なら、問題はないじゃない。それに私が付いて行けば、貴方たちも転移門が使えるわ。急いでいるのよね?」


 私が騎士団長の判断力を試すように尋ねると、彼は眉をひそめてしばらく顎に手を当てた後、観念したような顔で私を見た。


「……承知いたしました。それではビビット様、引き続き視察の続行及び、応援部隊へのご同行をお願いできますでしょうか」

「ええ。ありがとう、騎士団長」

「とんでもないことにございます……。しかしビビット様、くれぐれも無茶はなさらぬようお願い申し上げます」

「分かっているわ。元々連合国の取り決めで聖剣は対死霊にしか使えないし、あくまでこれは視察だもの。余程のことがない限り、私は手を出さないから安心して」


 私がそう言うと、騎士団長は安堵したのか長く息を吐きながら頷き、応援部隊に自ら指示を出し始めた。


 ――今この国で何が起きていて、これから何を目にすることになるのか想像もつかない。


 でも、たとえシナリオには関係のない事件だとしても、被害の現状を知ってしまった以上見逃すことはできない。私の見えないところで苦しんでいる民がいるのなら、絶対に助けたいもの。


 本当は今ここでエドガーの真意を確かめたかったのだけど、それどころではなくなってしまった。


 私はバタバタと騎士たちが支度を進める中で、放心したように棒立ちになっているエドガーをちらりと見た後、城のどこかにいるハクの気配を探って彼の元へ駆けた。


 中庭で腕を枕に眠っていたハクを起こし、「しばらく城を出るけれど、死霊が湧いたらすぐに戻るわ」と伝えた後、応援部隊の気配を探ると既に城門の前まで移動していたため、私も詰め所ではなく彼らの元へ向かう。


「――ビビット様、視察とはいえ任務へのご協力、心から感謝申し上げます!」


 到着した私を見るや頭を下げてきた副団長に「いいから、急ぎましょう!」と返し、私たち応援部隊は王都の転移門に向けて出発した。


 馬車の中で副団長から事件の詳細について聞いたところ、ここ一ヶ月の間に百名近い平民の子供の行方不明者が出ているのだという。そんな大事件が自分の知らないところで起きていた事実に私は気ばかりが焦り、馬車に乗っている時間がいつもの数倍長く感じた。私一人なら、五分もかからないのだけれど。


 張り詰めた空気の中、もどかしい気持ちで窓の外を眺めていると、ようやく馬車は王都の転移門に到着した。


 私が転移門の管理人に事情を話すと、副団長が行方不明者が拉致されていると思わしき場所が複数あるため、部隊を複数に分けて転移させたいと申し出た。


 管理人が申し出を許可すると、早速応援部隊は5つのグループに分かれた。私はそれをざっと見渡し、総合的に見て一番実力が低いチームに同行することにした。


 光と共に転移門の向こう側へと消えていく4つのグループを見送った後、私は同じ部隊の騎士たちを振り返った。


「じゃあ、私たちも行きましょう」

「「「「「はいっ! よろしくお願いいたします!」」」」」


 私を先頭に騎士たち全員が転移門の中に入り、いつも通り地面から真っ白い光が放たれた、その瞬間。


「ビッ、ビビット様ーー!」


 ――今にも転移しようとしている私たちの元へ、馬車の方からエドガーが走って来ているのが見えた。


「えっ……!」


 まさかこんなところまでついて来るなんて、と私が驚愕している間にも、エドガーは全速力でこちらに向かって来ている。しかし、キィィィィイィという転移門の独特の起動音が耳に届く方が、エドガーが私達の元に辿り着くよりも早かった。


 転移門の管理人が走るエドガーの体を抱きしめるようにして止めたのを見て、私は胸を撫で下ろしながら眩い光の中で目を閉じた。


 一体、エドガーは何のためにこんなところまでついてきた上に、私の元に来ようとしていたのかは分からない。けれど、彼が間に合わなくてよかった。


 もしも彼が転移に巻きこまれるなんてことになったら、それこそ私にとっては事件どころの騒ぎではないもの。


 危ないところだったと肝を冷やしながら、転移後のゆらりと体の芯が揺さぶられるような感覚を待っていると、ふいにガクンと体が大きく揺れ、思いがけない衝撃に私はその場に倒れ込んだ。


「っいて……!」


 横から聞こえてきた声に、私はぐるりと首を回す。



 ――そこには、私と同じように地面に倒れたエドガーの姿があった。



 そんな! 確かにこの目で、エドガーが管理人に止められるところを見たはずなのに……!


 あまりの驚きに声も出ない私は、愕然としながらも急いで立ち上がり、やけに暗い辺りを見回す。


 洞窟の中のようだけれど、おかしい。転移門は、門から門へと転移する装置のはずだ。それに、一緒に転移したはずの騎士達の姿も見当たらない。


 ということは――


 焦りながらも現状を把握した私は、あまりの絶望に地面から体を起こしているエドガーを凝視する。


 ――これからこのどこなのかも分からない洞窟から脱出するまで、私とエドガーは二人きりということなのだから。

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