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【第2章開始】悪役王女に世界を救えるはずがない!  作者: 如月結乃
第二章 勇者の末裔

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25 シークレットキャラクター

 春の陽気を感じさせる晴れ空の下。


 スターチス王国にある、自然と人々の営みが入り混じる美しい港町では、死霊たちの怒号と人々の悲鳴が不協和音を奏でていた。


 死霊たちが獲物に狙いを定めるかのようにその赤い瞳を血走らせ、人々は恐怖に慄き、我先にと逃げ惑う。そして、逃げ遅れた人々にその毒牙が届く寸前。


 ――天空から、一人の少女が舞い降りた。


 頭の上で一つに括られた赤い癖っ毛が鮮やかで、その瞳は海を映した水晶の如き美しさを秘めている。白い軍服のような衣装を身に纏い、その手に見事な黄金の剣を握りしめた少女は、逃げ遅れた子供と大人たち合わせて三人を着地と同時に左手に抱えて叫ぶ。


「――目と口を閉じて!」


 少女が己のマントで三人を隠すようにすると、瞬く間に港町を黄金の閃光が駆け抜けた。否、駆け出した少女の足とその剣のあまりの速さに、人々の目には光が線を描くように瞬いているようにしか見えないのだ。


 断末魔を上げる余地すら与えず、死霊特有のおどろおどろしい黒い血すらその身に一滴も浴びることなく、少女は港町に溢れかえっていた死霊を一瞬にして滅した。


 少女は黄金の剣を鞘に収めると、抱えていた三人をそっと地面に下ろす。


「いきなり抱えてしまってごめんなさい。怪我はない?」


 何が起きたのか分からず呆けた顔をしている三人の様子に、少女は心配そうに眉をひそめた。すると時が止まったかのように静まり返っていた港町に、大地が震えるほどの歓声が上がった。


「――剣聖だ!」

「剣聖が来てくれたんだ!!」

「あれがビビット様……! なんて勇ましいお姿!」

「ビビット様――!!」


 死霊を滅した少女――ビビットは、人々の呼び声にどう反応したらいいのか分からず、視線を宙に彷徨わせた後、ひとまず目の前の三人に負傷がないかを目視で確認した。


「しばらくしたら、この国の騎士団が到着するはずよ。その時に怪我がないかしっかり診てもらうと良いわ」


 私は膝を曲げ、ぽかんとしている三人に視線を合わせて言う。すると一人の子供が目をパチパチと瞬かせ、輝くような笑顔を見せた。


「っす、すごーい!! あんな怖い人たちをあっという間に倒しちゃうなんて!! 剣聖様、ありがとう!!」


 子供のまっすぐな賛辞と感謝の言葉に、私はさらに戸惑ってしまう。


 だって私は、正義や大義といった本来剣聖が背負うべきものを何も持っていない。アリスを守りたいという私欲と、母様たちを死なせた贖罪という私情でしかない動機で動いているただの剣狂いの私には、賛辞や感謝を受け入れる権利などないのだから。


 困った時は、とりあえず笑えばいい。典型的な■■人だった私は、返事の代わりに作れているか自信がない笑みを子供に返してから後ろを振り返る。


「――避難誘導ありがとう。お疲れ様、ロルフ」

「……べつに」


 私はあちこちが土で汚れた王子服を纏った銀髪碧眼の美少年――ロルフに声をかけるも、彼は私の目を見ようとはしない。戦闘に参加していない彼は、今日は会った時から頭から土を被ってきたのかのように全身土まみれだった。


 それがロルフの通常運転だと知っている私は、彼と共に転移門へと向かう間に、剣聖となってからの日々に思いを馳せる。


 ――私が剣聖の才に目覚め、日々を防衛任務に忙殺されるようになってから、一か月が過ぎようとしている。


 この世界の存続をかけた、私と王子たち(剣聖と三賢者)の戦況はというと、極めて順調と言っていいだろう。


『エスロワ』では剣聖となったアリスは、これまで剣になど触れたことがなかった故の恐怖と、その心の優しさ故の戸惑いで、剣力は確かに授かっているはずなのに死霊討伐にとても苦労していた。アリスが一人で死霊を倒すことができないため、王子たちが魔法や物理で致命傷を負わせ、その傷が回復する前にアリスが聖剣で止めを刺すというのがお決まりだったのだ。


 それだけに、私はアリスと違って剣に慣れているとはいえ、毎日24時間連合国のどこにでも神出鬼没の死霊の討伐はそう簡単にはいかないだろうと思っていたのだけれど、剣聖の才で私は想像を超えた化け物になっていたらしい。


 今日まで私は、先刻のように死霊を瞬時滅殺し、犠牲者を出すどころか困ったことに毎日のように民の歓声を浴びている。王子たちは民の避難誘導や、死霊の攻撃や私の剣撃の余波 (ごめんなさい)の処理など、後方支援に徹してくれている形だ。


 一方王子たちとの関係はいうと、良くも悪くも変わっていない。少なくとも、私の方はそう思っているという話だけれど。


 私は城でしていたような『エスロワ』のビビット風で接しているため、彼らとの心の距離は儀式の日から少しも縮まっていないのだ。けれど『エスロワ』のビビットのように、賢者でもないのにアリスたちに付きまとい、死霊討伐に勝手に参加してアリスを罵るという最低最悪な言動等もしていないから、遠ざかってもいない。はずだ。そう思いたい。


 ――そう、順調。順調だ。死霊討伐という、その一点においては。


 私とロルフは転移門をくぐり、ハルジオンの王都に転移すると、迎えに来ていた城の馬車にロルフと無言で乗り込んだ。


 私は外の景色に目を向けながら、物思いにふける。


 私たちは朝番の拠点を『エスロワ』同様にハルジオンの王城と決め、任務を終えて城に戻った後は、城内で別行動を取るようにしている。


 私は全ての時間を防衛任務に縛られてはいるものの、死霊が出なければ防衛関連等で各国から呼び出されでもしない限り自由だし、王子たちも防衛任務の日は任務の時間外では自由を与えられているからだ。


 とはいえ、死霊はまるで私たちに休む暇を与えまいとするように昼夜問わず出現するから、睡眠時間を含めて纏まった時間はほとんどないのが現状だけれど。会いに行く約束をしたアリスとルイスにも、まだ一度も会えていない。


 心の中で二人に謝っていると、ふいに馬車が止まった。城に到着したのだ。


 私はロルフより先に馬車から降りてから「じゃあ、また後でね」と後ろを振り返るも、ロルフはまるで私の声など聞こえていないかのように城の中へと入っていった。


『エスロワ』ではアリスは、今のような空き時間は王子たちに剣の鍛錬に付き合ってもらっていたけれど、私にはその必要がない。それに私は才の効果で感覚が研ぎ澄まされているから、城の敷地内くらいなら誰がどこにいるか一瞬で察知できるため、出動の際の合流にも問題がないのだ。


 でも、王子たちが空き時間の間に城のどこで何をしているのかまでは知らない。そこまで詮索されたくないだろうし、一般開放区と王族居住区の一部でなら好きに過ごしてもらって構わないとだけ伝えてある。


 ロルフと別れた私は私室へと向かい、書斎の机の上に肘をついて頭を抱えた。


 ――ルイスに刺されそうになり、夫人をなんとか延命することができたあの日から、私は日々押しつぶされそうなほどの不安を感じている。


 まだゲームは序盤だというのに、私は傷を負わせるつもりのなかったルイスの心身を傷つけた。その上夫人が倒れていたことにも気がつかず、アリスやルイスに『エスロワ』同様心の傷を負わせたのだから。シナリオという、ある意味未来を知っていてこの様なのだから笑えない。


 あれ以来私は、母様たちへの贖罪のためにもシナリオを覆してアリスが生きるこの世界を守らねばという思いは変わらないものの、元々ほぼなかった自信が今は全くないに等しい。


 とはいえ今じたばたしたところでどうにもならないし、仮にシナリオを王子たちに打ち明けてみたところで奇人扱いされることは目に見えている。何かできることはないかと考えた末、私はこの頃空き時間でノートにエスロワについて■■語でまとめていた。


 これなら掃除の時などに誰かに見られても読めないし、『エスロワ』の世界と■■では全く言語が違うから、■■語でしか整理できない事柄も多いのだ。


「でき、た……!」


 朝番の空き時間毎にちょくちょく『エスロワ』のシナリオを一から時系列順に記す作業を終えた私は、達成感にノートを天井に掲げ、ページをパラパラとめくる。


 その中の数ページに、“■■■■”と書かれているのが目に入り、私はノートを机の上に置いてその上に顔を伏せた。


「エドガー……」


 ――私がゲーム開始日にアリスと共に現場に張り込んだのは、エドガーとその親友である青髪の少年を傷つけないためだった。


『エスロワ』でアリスが馬で現着するまでの時間を短縮できれば、アリスは彼らを無傷で守ることができると思ったからだ。けれど何故か私が剣聖になってしまったせいで、二人は『エスロワ』同様に傷を負ってしまった。


 この失態も、私が今自信を喪失している要因の一つだ。


『エスロワ』では、死霊に利き腕を治癒魔法で完治不能なまでに傷つけられた青髪の少年は、パーティーの日に城の一室で治療を受けた後、運悪くビビットが死霊に濡れ衣を着せてルイスを殺害する現場を目撃してしまう。その様子をビビットに見られてしまい、犯行の目撃者である彼はルイス同様殺害されてしまう。


 彼の訃報を知ったエドガーは仇を取るべく、死霊討伐の現場に関わることのできる王国騎士団への入隊を決意するのだ。


 現状、青髪の彼は『エスロワ』同様の傷を負っているはずだけれど、彼のその後を私は一切知らない。


 あたり前だけれど、私は彼を殺していない。つまり、エドガーが騎士団に入隊する理由はなくなったということだ。これだけは唯一、失敗続きの中で上手く運んだ事柄だと言えるだろう。


 ――何故なら彼、エドガーは、三人の王子のルートを全てプレイした後に選択できるようになる、シークレットキャラクターなのだから。


 王子たち同様、ビビットに惨い仕打ちを受ける彼は、出来るならこのままシナリオから外れてほしい。


 けれど今、青髪の少年の負傷の程度を知った彼が、あの場を見ていたにもかかわらず自分たちが怪我を負うまで出てこなかった私を、憎んでいる可能性もないとは言い切れない。


 どちらにせよ、全ては明日明らかになるだろう。


 私は再びノートをめくり、一人頷いた。


 明日は私が防衛任務の間を縫って、我が国の王立騎士団を視察する日。


 ――『エスロワ』でエドガーが、王国騎士団に入隊する日なのだから。

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