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【第2章開始】悪役王女に世界を救えるはずがない!  作者: 如月結乃
第一章 伝説の始まり

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23 壊された日常

「――いってらっしゃいませ、父上!」


 いつもと同じ、何気ない朝の日常。まさかこれが、父上と交わす最後の会話になろうとは


「ああ。ルイス、俺が居ない間、アリスとソフィアを頼んだぞ!」

「はい! 父上もお気をつけて!」


 あの時の僕は想像もしていなかった。


 ハルジオンの筆頭魔術師である父上は、僕の憧れそのものだった。


「おっ、なんだルイス。もう限界か?」


 地面に刺した剣を支えに息を切らす僕を、父上が剣を肩に担いで見下ろしている。逆光で陰っているその顔には疲れの色は少しもなく、背中から父上を照らす陽光が眩しい。


「っいえ、まだまだ……もう一度お願いします!」


 魔術を専門としながらも肉体の研磨をも決して怠らず、剣技にも秀でた父上に、僕はよく剣の稽古をつけてもらっていた。


「ハハハッ。相変わらずの負けず嫌いだな。俺そっくりだ」

「お兄様っ、頑張って〜!」

「ふふふ、二人とも元気ね」


 いつだって快活で強く、明るい父上は、太陽のような人だった。母上もアリスも、僕も、父上がいるときは不思議といつも笑顔だったように思う。


「ルイス!! ついに魔力が目覚めたな。お前の属性は火。俺と同じだ! これからは魔法剣の使い方も教えてやるぞ」


 ある日、僕の両手に浮かんだ今にも消えそうな灯と、赤く照らされた父上の顔をよく覚えている。きっと、嬉しかったからだろう。


「っはい!!」


 将来、父上のようになる。それが物心ついた頃から当たり前のようにあった、僕の夢だった。


 ――あの日が、やって来るまでの。


「呪われた時代が近いからな。通い慣れた隣国の城に日帰りってだけで、俺と騎士団長プラス精鋭の一個隊付きだ。王妃も息が詰まるだろう」


 護衛任務前夜。遠くに想いを馳せるように呟く父上の顔を伺う。


「大役だが誉れだ。俺は強いからな」


 自信に裏付けされたいたずらな笑顔に、僕もどこか誇らしい気分だった。……僕はもちろん、父上だってきっと想像もしていなかったに違いない。


「父上もお気をつけて!」

「おう!」


 最後の朝。父上は白い歯を見せて笑い、僕の頭にゴツゴツとした大きな手をポンと乗せ、元気に城へと出かけていった。いつもと何ら変わらない、平和な朝だった。


 そして、その晩――


「……馬車で隣国へ向かわれた王妃様一行は、大規模な魔災に巻きこまれ、お亡くなりになられました。侯爵閣下ら、護衛についていた者たちも全員、殉職いたしました」


 王城からの使者にそう告げられ、崩れ落ちるように倒れた母上の体を必死で起こす。傍ではアリスが激しく泣きじゃくり、僕たち家族の幸せが音を立てて壊れたような気がした。


「ルイス、ごめんなさいね。貴方に全て任せきりの母様を許して……」


 葬儀の後、アリスは部屋で喉が潰れても泣き続け、元々体が弱かった母上は寝込んでしまった。


「僕は平気ですよ母上。それよりもゆっくり休んでください」

「ありがとう……」


 心の病だと診断された母上は食欲もなく一日中ベッドに横たわり、ほとんど眠るようにして過ごすようになった。体はみるみる痩せていき、瞳から徐々に生気が失われていくのを見ていくうちに、僕はこの国を――正確にはこの国の無能な騎士共と、死んで家族を壊していった父上を憎むようになった。


「……己の身を国の盾にすると決めたのならば、無事に帰ってくるのが務めだろう。護衛対象もろとも死んだとなれば、父上も騎士共も犬死当然じゃないか! 何が筆頭宮廷魔術師、何が騎士だ……! 全員、名ばかりの無能と変わらない……!!」


 僕は怒りをぶつけるかのように、父上の側近に習ってココット家の領地や独自事業の運営、経理の仕事に、現当主である母上に代わって手をつけ始めた。


「ルイス様、少しはお休みになられないとお体に悪うございます。当社様の業務は我々が責任を持って」

「平気だ。お前たちが力不足だとは思わないが、立場上足りない部分があるのは事実。当主代理は僕にしかできない」

「しかし」


 次期侯爵として教育されてきた僕には侯爵の業務はさほど難しくはなかった。ただ


「……くどい。口を動かす前に手を動かせ」


 父上のサインや手紙など、生きた証を見るたびに僕は心が憎悪で蝕まれていくような気がした。そして、父上の犬死から半年ばかりが過ぎたある日。


「こっ、国王陛下……!?」

「なぜこんな急にっ」

「急いで門に迎えの者を回せ!」


 当然、何のふれもなく、この国の王が屋敷にやって来た。


 側近や使用人たちは皆大慌てで国王を迎え入れたが、我が物顔で屋敷に踏み込んできた国王は客室の隅で呆然と突っ立っていた僕を見てただ、「お前の母親に会わせろ」とだけ言った。

 

「……っ」


 その瞬間、僕は圧倒された。国王の冷え切った視線と、静かで厳かな声色に。


 父上が王弟であることは知っていたが、正統な王家の血を重視するこの国では、父上は王家の姓と身分を捨てなければならず、侯爵令嬢だった母上と結婚し当主となった。


 だから僕たち家族は王家の分家ではあるものの、国王に一度も謁見したことがなかった。それだけに、父上の面影がありながらも居るだけで場の空気を重々しくするような圧を纏った国王の姿は、僕には衝撃的だった。


「は、い……」


 そこからどうやって国王を母上の寝室まで案内したのか、記憶がない。それだけ僕が委縮していたということだろう。今にして思えば、国王はまさしく王として相応しい風格を持って屋敷に現れただけのことだ。


 国王はベッドに横たわる母上をしばらく見つめた後、静かに母上の元へ歩いて行き、ベッド横の椅子に腰をかけた。


「ソフィア……」


 国王が静かな声色で母上の名を呼ぶと、眠っていた母上の瞼がぴくりと動き、母上は目を覚ました。


「っ……陛下!」


 母上は掠れた声を上げて目を見開き、すぐに起き上がろうとしたが、王はそのままでいいと言うように手で母上の動きを止めさせた。


「遅くなって、すまない」


 そう言うと、国王は母上に向かって頭を下げた。周囲が息を呑む中、母上は瞳から涙を溢れさせた。


「とんでもないことにございます……。陛下、此度の許されざる失態、当主に代わり深くお詫び申し上げます……!」

「そなたとて、我が愚弟とスカーレットを失った痛みは同じだろう。俺は、そなたに責を問うためにここへ来たのではない」


 国王は母上の頭を上げさせると、再び僕に視線を向けた。来い、とでも言うような眼差しの圧力に、僕は気がつくと国王の前に跪いていた。


「お前、名は」

「……ルイスと、申します」


 声が震えるのを感じながら名乗った。冷や汗が頬を伝うのが分かった。


「顔を上げろ」


 恐る恐る国王と目を合わせた瞬間、僕は陛下の視線の迫力に生唾を飲み込んだ。まさに蛇に睨まれた蛙。もちろん僕が蛙だ。


「――ルイス。俺はお前に、王太子の地位を授けることを望む」


 その言葉は、僕にとってまさしく絶望そのものだった。


 護衛対象だった王妃もろとも犬死した、愚かで許しがたい騎士団のいる城に移る。無能な騎士共の顔を毎日拝み、その無意味な守護の元で暮らすということだ。当時の僕にとって国王の言葉は、懲役を宣告されたも同然だった。


「不満げだな」


 冗談じゃないと思った僕の心を見透かしたように、国王は鋭い目で僕を見下ろした。


「いっいえ、決してそのようなことは! ただ、自分に王太子という大役が務まるとはとても――」

「ならば、言い方を変えよう」


 国王はもっともらしい理由を付けて申し出を断ろうとしていた僕の言葉を遮り、父上と同じ色の瞳を冷たく光らせた。


「ルイス。お前が王太子の座を受け入れるならば、ソフィア……お前の母親には、我が国が誇る連合国最高の宮廷治癒術師による最高の環境を与えることを保証する。だが断るとなればこれまで同様、俺はこの家に一切の援助はしない。――そう。たとえば前当主を失ったこの家が没落しようとも、俺の知る限りではない」


 あの頃の僕にも、すぐに分かった。国王の言葉が、僕への脅し以外の何でもないということが。


 要するに僕が王太子の座を受け入れなければ、国王はココット家から爵位を剥奪すると。そういうことだ。それは、病に侵されている母上を死に近づけることと同義だと、国王は当時十歳だった僕にそう告げたのだった。


 始めから国王は、僕に選択の権利など与えていなかった。


「……承知いたしました。僕は、この国の王太子となることを受け入れます」


 これは提案ではなく命令なのだと気がついた僕に、断る余地などあるはずがなかった。


「賢明だな」


 国王は脅しておきながら僕を褒めたが、皮肉としか思えなかった。


 ――その後国王は、母上の寝室から僕を含む母上以外の全員を追い出した。


 そこで二人が何を話していたのかは今も僕は知らないが、数十分後に母上の部屋から一人出て来た国王は、廊下に控えていた僕を道端に転がる石でも見るような目で一瞥し、何も言わずに屋敷を後にした。


「母上、この頃は食べられる量が増えてきましたね」

「ええ……! 起きていられる時間も増えたし、少し歩いてみようかしら」


 以来、成り行きはともかく回復の兆しが見えたからか、母上は少しずつ食欲と気力を取り戻し、家の庭を散歩できるまでに回復した。


「アリス。教師から聞いたが、勝手に課題の量を増やしているそうだな。ちゃんと寝ているのか?」

「……お父さまの娘として、恥ずかしくない王女にならなければいけませんから。今が頑張り時なのです」


 アリスも毎日泣いてばかりで食事も喉を通らない日が多かったが、僕が「これから王女として城で暮らすのだから、恥をかかないよう今から気を引き締めろ」と厳しい言葉をかけると納得したのかしっかり食事をとり、泣かずに奮闘しているようだった。


「ルイス様、王城から親書が届いております」

「……きたか」


 そして城から、僕を王太子にするべく母上と国王が再婚する、といった内容の通達が正式に届き、僕たち家族はいよいよ王城に移り住むことになったのだった。

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