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【第2章開始】悪役王女に世界を救えるはずがない!  作者: 如月結乃
第一章 伝説の始まり

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22 誓いと仲直りと

 夫人の部屋で泣きじゃくる二人に抱きしめられながら、私は使用人に目配せして彼を近くに呼んだ。


「貴方、名はなんと言うの?」


 狂人役で振り回した挙句、ここまで巻き込んでおいて名前も知らないのはあんまりだと思い、私は彼に尋ねた。


「っは、はい!? わ、(わたくし)の名、でございますかっ?」

「えっ、ええ……」


 裏返った声で聞き返してきた彼に、逆に私の方が驚いてしまう。そんなに突拍子もないことを聞いてしまっただろうか。


 ――まさか。


 気狂いにいきなり名前を聞かれる=目をつけられるという解釈になり、殺されると恐怖するのが普通の反応なのだろうか。そうなのかもしれない。やってしまった。


 これまでの自分の振る舞いを忘れ、簡単に名など聞いてしまったことを後悔していると、彼は恐怖で頭に血が上ったのか赤らんだ顔で答えてくれた。


「わっ(わたくし)の名は、ケッケケビンです!」

「ケケ……?」

「ケビン、でございますっ。し、失礼いたしましたっ!」


「そう、じゃあ……ケビン。お願いが、あるのだけれど……」


 今から死んでくれない? なんて言わないわよ、と思いながら、私は恐る恐る名を呼んだ。


 私が彼にいつものお願いをすると、彼は「はいっ」と心なしか嬉しそうに返事をし、今日は持っていなかった()を取りに部屋に出て行った。……よかった。私の方がドキドキした。


「王女、殿下……」


 すると、腕の中でルイスが掠れた声で呟いた。


 私がそっと二人の背中から手を離すと、ルイスは私を澄んだ瞳で真っすぐに見つめる。


「これまでの数々のご無礼、どうかお許しください。全ては、貴方を誤解した僕の責任です。だからどうか、アリスと母上には」

「何のこと? 私たちはただ、お互いの気持ちをぶつけ合っただけじゃない。それにルイス、そんなにかしこまらなくたっていいのよ」


 ――だって、貴方のお父様を見殺しにしたのは私に違いないのだから。


 正直に話せたら、どれほど楽になれるだろう。代わりに何を言おうかと悩み、私は嫌がられる覚悟で口を開く。


「だってルイスは……私の大切な弟だもの。少し喧嘩したくらいで、責めたりなんてしないわ」


 そう思っているのは私だけかもしれないから恐る恐る顔色をうかがうと、ルイスは一瞬きょとんした表情を浮かべ、フッと初めて微笑んだ。


「ありがとう、ございます……。いえ、もう礼を言うのはやめにします。僕たちは家族。貴方は僕の……姉上、なのですから」


 少し照れたように姉上と、そう呼んでくれたルイスが可愛くて、私が「ふふっ」と笑うと、つられたのかルイスも目を細めて笑ってくれた。


 すると部屋の扉がノックされ、彼……ケビンが、例の物を持って戻って来てくれた。それを受け取った私は、ルイスを見つめて言う。


「ルイス、私の前に立ってくれないかしら」

「姉上の前に……?」


 ルイスは不思議がりながらも、言う通りにしてくれた。私は手に持った物――私の長剣を鞘から抜き、両手に持ってルイスの前に差し出した。


「――ルイス。この剣、よければこれからは貴方に持っていて欲しいの」


 そう言うと、ルイスは思ってもみなかったのか目を丸くした。


「姉上の剣を、僕が……?」

「ええ。私も託したいと、そう思うから……。あと、これから私が言うことに私自身が反したと貴方が感じた時は、この剣で誅を下してほしいの」

「なっ……姉上!?」


 私は何を言い出すのかと言いたげな顔のルイスの手に、無理やり長剣を握らせると、ルイスの前に跪いた。……そう。あの日の儀式のように。


「ルイス、剣先を私の首の横に向けて」

「えっ。でも」

「大丈夫だから。……早く」


 私が急かすと、ルイスはしぶしぶといった様子で言う通りにしてくれた。私は瞳を閉じ、今度こそ心からの言葉を口にしようと息を吸い込んだ。


「――我、剣聖ビビット・フォン・ハーティエは、賢者の末裔たるハーティエに名を連ねる者として、この身は連合国が平和のために。……そしてこの魂は、ハーティエ一族の平和に捧げることを、ここに誓います」


 一息で、自分自身の心に刻み込むように言い切ると、部屋の中がしんと静まり返った。


「姉上……今のは……?」


 沈黙を破ったルイスの声に目を開き、顔を上げると、呆気にとられた顔のルイスと目が合った。


「誓いよ。剣聖と三賢者の儀式を真似してみたの。私に魔法は効かないから、ただの口約束にしかならないのが申し訳ないけれど……」


 私は立ち上がり、ルイスの肩にそっと両手を置く。


「今言ったことに、嘘偽りはないわ。信じられないかもしれないけれど、貴方を含めてこの場に居る全員が証人よ。離れていても、私の魂はいつも貴方たちのそばにある。……絶対に、守り切ってみせるから」


 私のことは嫌いでも、ルイスは昨日と今日、私の剣技を見たはずだ。ルイスが私の剣の腕を信頼してくれているのなら、これで彼の家族を守るという重荷を少しでも減らせるかもしれない。それでも、誓いだなんて大げさだっただろうか。


 なんとなく落ち着かない空気の中で後悔し始めていると、「――っ姉上!」とルイスが声を絞り出すように呻き、膝から床に崩れ落ちた。


「ルイスっ?」


 私が慌てて声をかけても、ルイスは俯いた顔を上げようとしない。それどころか床に拳を叩きつけ、激しく頭を振った。


「僕はっ、僕は姉上に何度も酷い言葉をぶつけた。ただ一心に、僕たちを想い続けてくれていた貴方に僕は、僕は今までなんてことを……っ!」


 ――後悔を激しく吐露するルイスの姿に、私は母様を見殺しにしたことで涙したあの朝の自分を重ねた。


 私は、母様を死なせた自分のことが許せなくて、やるせなくて泣いていた。けれどルイスには、私のように自分を責める必要なんてない。


 だって


「ルイス、そんなに自分を責めなくても大丈夫よ。私は貴方に少しも傷つけられてなどいないし、さっきも言ったけれど、私達は心から会話したからこそ、こうして仲直りできたじゃない」


「仲、直り……」


 ルイスはそう呟くと、弾かれたように顔を上げて私を見た。その大きく見開いた瞳から一粒の涙がこぼれ落ち、頰を伝っていく。


「っ姉上……」


 ルイスはぐしゃりと顔を歪め、袖で涙を拭うと、私の名を呼んだ。


「なあに、ルイス」


「っ姉上は……! これから防衛任務で、もう城で眠ることはないと聞きました。それでもっ……僕たちにまた、会いに来てくれますか……?」


「あたり前じゃない。何度だって、会いに行くわ」


「では……姉上はずっと、ずっと僕たちのそばにいてくれますか……?」


「……ええ。ずっと、この命がある限り」


 溢れる涙をそのままに尋ねてくるルイスに、私は本心からの言葉を返していく。


 すると、ルイスは両手の服の袖で涙を拭い、何かを決意したような強い光を宿した瞳で私を見つめると、その場に跪いた。


「――なら僕もここに、姉上に誓います。僕はこの国の……ハルジオン王国の第一王子として、姉上が平和をもたらした世界でこの国と家族を守り続けると。……願いを託していくことを、誓います」


 私を真っすぐに見据えるルイスの顔は、さっきまで泣きじゃくっていたのが嘘のように大人びて見える。こうして人は成長していくのだろうかと、少し寂しいような不思議な気持ちになりながら微笑む。


「……ありがとう、ルイス。一緒に、託していきましょう。私がいない間、この国とアリスをよろしくね」

「はい。姉上も、お気をつけて……。僕は、姉上の誇れる王子に必ずなります」


 ルイスと私が微笑み合っていると、部屋のあちこちらから泣き声が上がった。見ると、アリスを始めケビンや治癒術師までもが声を上げて泣いていた。


「お姉様っ!」


 アリスが声を上げながら、私の腕の中に勢いよく飛び込んできた。とっさにその体を受け止めると、アリスは涙で濡れた頰に笑みを浮かべ、私を見上げた。


「私っ、私もっ! 必ずなってみせます! お姉様の妹として恥ずかしくない、立派なこの国の第二王女に……!」

「アリス……ありがとう」

「ですからお姉様っ。どうか、私のことも見ていてくださいっ。きっと、きっと私たちに会いに来てくださいね……っ」

「ええ。ちゃんと会いに来るわ。約束よ」


 最後はほとんど泣きながら言ってくれたアリスの頭を、私は撫でる。その様子を、部屋の誰もが微笑ましく見守っていた。


 ――こうして私は、私による最初の被害者だったルイスを死なせることなく、今日亡くなってしまうはずだった夫人の延命にも成功。ここまで一人の死者も出さずに、なんとかゲーム序盤を乗り越えることができたのだった。



 ◇◇◇



「“体の成長を遅らせる魔道具”……」


 姉上が任務へ出かけたその晩。


 僕は城の図書室にある伝記にまつわる本を全て私室の書斎に持ってこさせ、全てに目を通し終えた後、一人呟いた。


「僕の推測が正しければ、やはり剣聖は。姉上は……」


 心が暗く沈んでいくのを感じた僕は、それを振り切るように、勢いよく机に手をつき、椅子から立ち上がった。


「なら僕は一刻も早く、強くならなければ……! それには知識も、技術も、戦略もいる。足りないものが多すぎる。これからは、一秒たりとも無駄にできない」


 僕はランタンを手に図書室に向い、分厚い魔導書や法律書、帝王学の本やらを持てる分だけ本棚から引っ張り出し、それらを全て自室の書斎に積み上げた。


 そうして、僕は夜が明けるまでブツブツと魔法式を呟きながら熱心に本に目を走らせ、片手に握りしめた羽ペンで羊皮紙に文字や数式を書き連ね続けたのだった。

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