表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第2章開始】悪役王女に世界を救えるはずがない!  作者: 如月結乃
第一章 伝説の始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/38

21 託された願い

「よくも母上を……よくも――!!」


 弱弱しい瞳を絶望と怒りの色で濁らせたルイスは、私に向かって突進し、剣を振り上げた。


「えっ」


 私は突然のことに困惑しつつも、剣筋を目で追う。右手でルイスの手の甲を打ち、剣先を上に向けさせた後、瞬時に剣の先端を指の先で挟み、ぴたりと剣の動きを止める。


 ひとまず私は、ルイスの動きを完封した。


「ルイス、どうし」

「お兄様っ!! お姉様にいきなり何をするのですか!!」


 私が尋ねようとする前に、背後からアリスが声を荒げた。アリスは私の横を早足で通り過ぎ、私の目の前に立ったかと思うと、私を庇うかのように両腕を横に広げた。


「っそこをどけ、アリス!!」

「嫌ですっ!!」

「いいから早くどけ!! ビビット……お前を絶対に、絶対に殺してやる……!!」


 昏い瞳に涙を滲ませるルイスは、私を睨みつけながらアリスの肩を掴んだ。


「……お兄様っ」


 ――パンッ。


 私は目の前の光景が信じられず、呆然と立ち尽くす。


 ……アリスが。アリスがルイスの頬を、叩いた。


 善の塊であるアリスが、悪役の私を庇うだけでなく、私を守るためにルイスを傷つけるなんて。幻のような光景を目の当たりにした私は、アリスに庇われたまま呆然と立ち尽くす。


「っ目をお覚ましください、お兄様! お兄様は今、自分が何をしているのか分かっていないのですっ!」


 アリスの行動が予想外だったのはルイスも同じようで、頬を叩かれ横を向いた体制のまま、ぎょっとした顔でアリスを見ている。


「アリス、お前、」

「冷静になってください。お兄様は昨夜、お姉様に命を救われたことをもうお忘れになったのですか?」


 静かな声で、ルイスをたしなめるように言ったアリスの言葉に反応するように、ルイスはゆらりと体制を立て直した。


「昨夜……? 忘れるわけがない……。忘れてたまるもんか!! 夢の中でさえ、お前への呪詛を吐くような卑劣な女のことを!!」

「夢の中?」


 アリスが呟いた疑問に、私も内心首を傾げる。一体、何の話をしているのだろう。


「いいか、アリス。あいつは! ――ビビットは! お前を詰め所に連れ出し死霊の脅威を見せつけ、お前を傷つけると同時に母上にもショックを与える算段だった。僕たちはまんまとその策略に嵌り、母上は今朝、亡くなった! 全部、あいつが仕組んだことだったんだ!! 僕は、僕は絶対に許さない! あいつを殺して、僕が仇を取るんだ……! だから早くそこをどけ、アリス!!」


「お兄様……何を言ってらっしゃるの……? お母様が亡くなったって、そんな……!!」


 私を庇うアリスの両手が、細かく震え始めた。ベッドに横たわる夫人を遠目で見ると、確かに夫人は少しも動いているように見えない。


 夫人は、やっぱり助からなかったらしい。それなら、ルイスの言うことは大よそ正しい。さっきはとっさに剣を止めてしまったけれど、私は受けるべきだった。


「アリス、ルイス、ごめんなさい……。貴方たちを守ると決めたのに、私は傷つけてばっかりね……」


 アリスの後ろから声を絞り出す。こんな言葉なんかで、二人の怒りは収まらないだろう。だから、貴方たちの気が済むまで私を好きにしてもらって構わない。


 そう口にしようとした時、


「――あのぅ」


 突然横入りしてきた声に、その場の誰もが振り向いた。部屋の片隅から、宮廷治癒術師の制服を纏った青年が、申し訳なさそうな顔でこちらに歩み寄って来る。


「……どうかしたの?」


 私が発言を許可すると、彼はほっとした様子で「はい……!」とコクコク頷いた。


「王妃様の件ですが……恐れ入りながらルイス様は、大きな誤解をされているようでしたので。誠に恐縮ながら、口を挟ませていただきました……」


 その言葉に、私達三人は息を呑む。じゃあ、まさか夫人は


「ルイス様には今朝ご説明したのですが……。王妃様は今、“魔道具”の効果で体の成長が止まっている状態です。数日前から発動させ続けていた魔道具が、昨夜王妃様の体が憔悴しきる直前に効力を発揮したのでございます」


 そう言うと彼は、懐からひび割れた大きな白い水晶玉を取り出し、両手に置いて私達に見せてきた。その瞬間体の力が抜け、私は床にへたれこむ。


「よかった……」


 私が一人安堵していると、黙って聞いていたルイスが再び声を荒げた。


「成長を止めた……? お前、僕に黙って何を……母上に一体何をしたんだ!!」

「そ、それは、詳しくは私の口からは申し上げられません……っ!」

「何……!? どういうことだ、ちゃんと説明しろ!」


 怒りを隠さずに声を荒げたルイスが、宮廷治癒術師に詰め寄ろうと足を踏み出すと、


「――お兄様、それは私の口からご説明します」


 アリスが静かにそう言った。宮廷治癒術師につかみかかろうとしていたルイスは、信じられないといった顔でアリスを見つめている。


「えっ」


 私もルイスと同じ気持ちだった。


「なんだって……?」

「お兄様、順を追って説明いたしますけれど、全てはお姉様のおかげなのですよ。私たちはまた、お姉様に救っていただいたのです」


 アリスは私の方を振り返り、涙で潤んだ目で私を見上げた。


「お姉様……っ。本当に本当に、ありがとうございます……っ!」


 アリスのその言葉に、全てを察した私は後ろを振り返り、この部屋に共に入って来た使用人を見る。


「……貴方、アリスに話したのね?」


 使用人は床から数センチ飛び跳ね、「はひっ……!」と裏返った声を上げた。


「はっ、はい……。申し訳ありません!!」


 彼は捨てられた子犬のような顔になり、勢いよく頭を下げた。別に責めたつもりじゃなかったのだけど。


「顔を上げて。……言い訳を聞いてあげる」


 我ながらもっと言い方なかったのかと思いつつ、これしか思いつかなかった私は彼に頭を上げさせた。


「っはい。……()()()()()()()にいた(わたくし)は、ビビット様や王妃様のことで心を痛められたアリス様を、放っておくことができなかったのでございます……。(わたくし)は、ビビット様のお言いつけを破ってしまいました。どんな処遇もお受けいたします」


 そう言い、使用人は再び頭を下げた。彼の言い分は筋が通っているし、私も彼の立場なら同じようにしただろう。


「もう、いいわ。二人に変に期待させてしまうのが嫌だったから口止めさせたのだけれど、夫人は助かったのだもの。忘れなさい」


 無意味に剣の受け渡しをさせてしまった借りもあるし、彼のような人間が城にいることを喜ぶべきだ。


「っ寛大な御心に感謝いたします……ビビット様……!」


 涙声で礼を言う男を見下ろしながら、そんなに怖かっただろうかと反省していると、この場でただ一人状況を飲み込めていないルイスが耐えかねたように声を上げた。


「どいつもこいつも、何を言って……母上はっ、生きているのか……?」


 宙に視線を彷徨わせながら言ったルイスに、彼以外の全員が深く頷いた。


「――お兄様。先ほども言いましたが、全てはお姉様のおかげなのです。王立魔法研究所でこの国に剣聖が誕生した時のために開発された、“体の成長を遅らせる魔道具”。お姉様のために作られた、この世界に二つとない貴重なものだそうです。それをお姉様は、自分よりお母様にとお譲りくださったのですよ」


 アリスは立ち尽くすルイスの横を通りすぎ、部屋の奥のベッドまで歩いていくと、夫人が眠っているのを確認できたのか小さく頷いた。


「そうですよねっ?」と私を振り返るアリスに頷くと、ルイスはふらふらとおぼつかない足取りで夫人のベッドに歩み寄って行った。


 ルイスは横たわる夫人の様子を真剣な面持ちで見つめ、やがて眠っていることが分かり安心したのか、大きく肩の力を抜いた。そしてアリスと同じように、私に説明を求めるように顔を向けた。


 私は床から立ち上がり、二人に向かって微かに頷いてから口を開いた。


「……ええ。この水晶は、研究所の老教授に渡されたものなの。剣聖が長寿であればあるほど、連合国の平和も長く続くことになるわ。そのために、かつてこの国に存在したという“停止の才”を持つ者が残していった力を、何十年もかけて閉じ込めてできた魔道具なんですって」


 才は魔法由来のものもあれば、魔力や魔素が一切関与しない、摩訶不思議としか言いようのないものまで存在する。剣聖の才は後者。そして停止の才もそうだったそうだから、魔法の効かない私にも効果はあるはずだと聞いた。


「なんで……。なんでお前は。そんな貴重なものを、母上に……」


 瞳を揺らしながら、私を信じられないものを見る目で見つめるルイスに答える。


「だって私は剣聖だけれど、その前に貴方たちの義姉だもの。貴方たちの幸せのためなら、なんだってするわ」


 そう言い切ると、ガランッとルイスの手から短剣が音を立てて床に滑り落ちた。


「じゃあ本当に、母上は……」


 大きく見開いた瞳を潤ませて私を見つめるルイスに、私は深く頷いて見せた。


「魔道具が正常に作動したなら、夫人の体の成長と病の進行は止まっているわ。その間に夫人の体力が回復すれば、治癒魔法だってかけられるようになる。毎日、少しずつでも病を癒していくことができるはずよ。そうなれば、魔道具の効力が切れた時、夫人は目を覚ますかもしれない……」


 私が治癒術師に視線を投げかけると、彼も「はいっ。我々は、これから全力を尽くして王妃様の回復に善処いたします……!」と力強く頷いた。


 ――パーティーの日に面会に来た王立魔法研究所の老教授から、この魔道具の話を聞いた瞬間。頭には真っ先に夫人の顔が浮かんだ。


 一つしか存在しない故に被験者がいないという不安要素はあったものの、迷いはなかった。もう誰も傷つけないために、できることは全てすると決めたのだから。


 かと言って二人をぬか喜びさせるのは嫌だったし、気狂いから譲られる魔道具なんて信用ならないだろう。だから私は、老教授らと面会していたあの日共に居たこの使用人と、治癒術師や老教授らにも、アリスとルイスには黙っているよう口止めしたのだった。


 この時既に夫人は倒れていたから、まさか夫人本人にも説明出来ないまま使うことになるとは想定していなかったけれど。


 夫人が亡くなるというシナリオを変えられるかもしれない手段が、魔道具しか思い当たらなかったというのが魔道具を譲った一番の理由だけれど、そうでなくても悪役である私に長寿の魔道具なんて不要だし、不釣り合いだ。夫人の件がなくっても、きっと私は魔道具を受け取らなかっただろう。


「よかった……」


 ――そう。生き長らえるべきはそれこそ、夫人のように多くの人々に愛され、必要とされる人間に違いないのだから。


「っう……うぅっ……」


 私の説明で納得できたのか、ルイスは顔を俯かせ、落ちた短剣を拾うこともせず声を堪えるように静かに泣き出した。彼はココット卿を亡くした日から今日まで、ずっと一人で苦しみ続けてきたのだろう。


 そう考えてふと、ルイスが昨夜私にぶつけてきた思いに、私はまだ一言も返せていなかったことを思い出した。


 私は、静かに涙を流しているルイスのそばまで歩いていき、膝を曲げて彼に視線の高さを合わせて口を開いた。


「ルイス……。大切な人を守れないことは、酷く辛いことよね」


 私がそう切り出すと、ルイスは「ぅうっ」と声を上げた。


「母様を救えなかったこと、私は生涯悔やむでしょう。私は母様と過ごす時間がほとんどなかったから、会って話したいことが今はあるけれど、それはもう叶わない。あたり前かもしれないけれど、大切な誰かに置いていかれてしまった人は皆、心に傷を負うのだと思うわ」


 断言できないのは、私は記憶を思い出す前は母様のことを何とも思っていなかったから。でも前世の私は、痛い程知っていた。大切な人との別れほど辛いものは、この世に存在しないということを。


「けれどね、ルイス。人は皆、いつかは死んでしまう。大切な誰かを永遠に守り続けることは、どれだけ愛が深くても誰にもできないわ。だから人は、生きている間にその願いを、大切な誰かに託すのだと思う。そう、貴方たちのお父様のように……」


 そう言うと、ルイスは乱暴な仕草で袖で涙を拭い、充血した目で私を睨みつけた。


「っお前に、父上の何が分かるっ……! 何も知らないくせに、知ったようなことを」

「分かるわよ」


 私が言葉を遮ると、ルイスは眉をひそめ、瞳を大きく見開いた。


「だって貴方は昨日、一人で私を呼び出したでしょう。そして今日は私を殺そうとしてまで、夫人とアリスを守ろうとした。貴方がお父様の代わりになろうと、必死に頑張っている証拠でしょう? それはきっと、貴方のお父様が家族を守りたいという願いを、貴方に託していたからだと思うの。……ルイスは、どう思う?」


 そう尋ねると、ルイスはハッと気が付いたような顔をして、「父上は……」と呟いた。


 ――その瞳から、大粒の涙が一粒こぼれ落ちた。


「っ父上は……っ。任務の前は僕にいつもっ、母上とアリスを頼むと、僕に……っ」


 涙ながらに明かしてくれたルイスに、私は微笑みかける。


「ねっ、やっぱり。貴方のお父様や、ルイス。貴方自身も、大切な家族のために頑張ってきた。その全てが繋がって、今こうして皆が生きているのよ。……今まで、一人でよく頑張ったわね」


 私はそっとルイスの頭に手を伸ばし、彼の絹糸のような髪を撫でる。


「っう……うわああああああああぁぁぁぁっ」


 すると途端にルイスは大声で泣きじゃくり、しがみつくようにして私に抱きついてきた。戸惑い、棒のように固まっていると、アリスがそっと私の隣にやって来た。


「っぐす……。お姉様っ……」


 アリスは私のネグリジェの裾を引っ張り、潤んだ瞳から一筋の涙を流した。


「私やお母様、お兄様を救ってくださって、本当に、本当に……ありがとうございます……ひくっ」


 そう言うと、アリスも私の体に抱きつき、ルイスと同じように泣き出した。ネグリジェが、二人の涙でどんどん湿っていくのが分かる。


 私は懐かしい気持ちになりながらも、そっと二人の背中に手を回したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ