15 パーティー当日
「お初にお目にかかります。剣聖、ビビット・フォン・ハーティエ様。わたくしは――」
パーティーを午後に控えた今日。
私は早朝から王立魔法研究所の大教授、城の薬室長、王立騎士団長の計三人と面会していた。数百年に一度しか現れない剣聖である私と、防衛任務が始まる前に打ち合わせなければならないことが山ほどあるからだ。
「ビビット様はハルジオン国民の誇りでございますです、はい」
ハルジオンに剣聖が誕生するのは、歴史上これが三度目。排出率は他の三国と比べて三番目だと授業では習った。研究機関にとって貴重なサンプルである私は、白ひげに丸メガネの大教授から血液や唾液を採取されたり、この時のために国が極秘で研究し作り上げた『魔道具』という代物を見せられた。私が何か言ったりしたりする度に、感極まったように瞳を潤ませるので調子が狂う。
「才の発現、誠にお祝い申し上げます。お体のことにつきましては万事、我々どもに全てお任せを」
さらに今まで訓練では宮廷治癒術師にかなりお世話になってきたけれど、私にもう魔法は効かないため、これからは薬での治癒や治療に頼ることになる。そのために必要な薬剤などを薬室長と打ち合わせた。頼もしい。
「我々王国騎士団の全権を、ビビッド様に委ねます。どうぞ御身の一つとお考えいただいて構いません」
そしてこれから連携して民を守っていくことになる王立騎士団の団長とも段取りを決めた。全権委ねるとか、私なんかに簡単に言わないほうがいいと思うけれど。こうして午前の時間はあっという間に過ぎていったのだった。
「ルイスとアリスは、朝食は?」
「あっはい。お二人ともお召し上がりになられました」
朝食を取る暇もなく、私は昼近い時間に大食堂へ向かった。剣の受け渡しをさせていた男に確認を取り、少しほっとする。ひとまずちゃんと食べているようでよかった。
「はあ……」
メインディッシュに手をつけながらため息をつく。今日の剣聖お披露目パーティーは、私が初めて出席するパーティーであり、それなのに主役というまたしても酷い役回りだ。これも本当はアリスの……と考えかけて、思考を止めた。
アリスを言い訳に使うのは、いい加減にもうやめよう。私はもう、剣聖として全てを守る運命を受け入れると決めたのだから。
朝兼昼食の後、パーティーの支度のために自室に戻った。今日のために仕立てられたドレスは、純白のレースをふんだんに使った上品なカクテルドレスだ。胸元には、私の瞳と同じような色の大きな宝石があしらわれている。
「えっ」
『エスロワ』のアリスも同じ素材のドレスを纏っていたけれど、デザインが違う。アリスはふんわりとしたシルエットの、フリルたっぷりの可愛らしい造りだったはずだ。
こういう細かいところで、私の意図に関係なくシナリオが変わっていくことが怖い。それが良い方に変わるのなら問題ないけれど、最悪の場合は……
腕をほとんど覆う長さのドレスと同じレースで出来た手袋をつけている間に色々想像してしまい、鳥肌が立ってきた。こんなんじゃ駄目だと、私は気合を入れるために姿見の前に立ってみる。
「に、似合わないわ……」
膝くらいまで伸びた巻き髪のような赤髪に、目尻の吊り上がった青い水晶眼が特徴的な私の悪役顔と、上品な白いレースのドレスとの相性はそれはもう最悪だった。ドレスを手に取った時、今までは黒や赤、紫と暗い色ばかりだったからもしやと思っていたけれど、まさかこれ程だなんて。
まぁ元は変えられないのだから仕方ないし、このドレスを着るのもこれっきりなのだから我慢しよう。そう割り切って、私はいつもは上で一つに括るだけの髪を下ろし、これまた似合わない銀製のティアラを震えながら付け、化粧はいつも通り薄く施した。
「失礼いたします。ビビット様、間も無く来賓の方々がご入場されます。お支度の方は如何でしょうか」
丁度支度を終えたところで、侍女が時間を伝えにやって来た。
「ええ。今行くわ」
自室から会場の裏に案内された私は、パーティーで最初にする挨拶を頭の中で反芻しながら時を待つ。要人に一通り挨拶を終えたらすぐにルイスに会って謝らなければと、気ばかり焦って来る。
「――それでは、ご登壇していただきましょう。我がハルジオン王国及び大陸の宝である、剣聖、ビビット・フォン・ハーティエ様にございます」
割れるような拍手の音に、肩が跳ねる。パーティー、もう始まってたのね……。二人のことを考えてたから気がつかなかった。
急いで舞台袖から姿を現した途端。パッとスポットライトが私を照らし出し、ワアアアアッ!! という歓声と拍手があちらこちらから上がった。あまりの眩しさに、目を瞬かせる。
来賓の貴族たちの目は好感と期待で溢れており、なんだか落ち着かない。パーティーが初めてなのもあるけれど、悪役の私にこういう場って本当に合わないんだわ。居心地の悪さが顔に出ないよう意識しながら壇上に上がり、来賓たちの顔を見回す。
「ビビット・フォン・ハーティエです。本日はお集まりいただき、ありがとうございます。日々この国を支えてくださっている皆様方の前に、ようやく姿をお見せできましたこと、誠に喜ばしく感じております。これからは皆様やこの国の民たち、そして連合国の平和のため、剣聖が定めによりこの身の限りを尽くす所存です。それでは皆様、本日はどうぞお楽しみください」
予定通りに挨拶を終えると、息をつく間も無く貴族たちが挨拶のための列を作り始めた。貴族社会じゃ常識みたいだけれど、こういうのって本当にあるのね。
「ビビット様! お会いできて誠に光栄でございます!」
「ありがとう」
私はにこりと貼り付けた笑みで応対しながら、まるで何かのオーディションであるかのように印象づけようとする者が多いことに気づく。
――そうだわ。このパーティーって貴族側からすれば、私に顔や地位を覚えてもらって、自分こそは絶対に死霊から守ってもらうようアピールできる、たった一度の機会だものね。
そう気づいた途端。私は一気に疲れが押し寄せて来たような気分になり、位の高い貴族たちとの挨拶をひと通り終えたタイミングで一度席を外した。
部屋に戻り、クローゼットの中の黒い毛皮のケープを纏ってから、私はこっそりと会場へと戻った。こんなくだらないことに、いつまでも付き合っていられない。私はルイスに謝らなければならないんだもの。
気配を消し、壁に沿って人の間を縫って歩きながらルイスの姿を探していると、ふいにカーテンの奥から手を引かれた。
「――ルイス!」
探していたルイスが身を隠すように立っていて、思わず大声を上げる。
「静かにしてください。目立ちますから」
ルイスは眉をひそめて迷惑そうに言った。ごめんなさいと謝る前に手を掴まれ、何か丸めた紙のようなものを握らされた。
「僕に弁明したいことがあるなら、この場所に抜けて来てください」
僕は先に行ってますと言い残し、ルイスはカーテン裏から出ていった。弁明したいことがあるならと言っておきながら、私が来ることを確信しているような顔つきだった。
持たされた紙を広げてみる。よく見ると、会場にあるナプキンにペンで走り書きされたものだった。
――王族居住区の中庭。
紙にそう記されているのを読んだ途端。『エスロワ』のワンシーンが脳裏に蘇る。
『可愛い妹が戦地に赴かなければならないことは、悲しくて溜まらないことですわ。けれど、それも剣聖が定め。私もこの国と連合国の平和のため、妹を精一杯サポートして参ります』
『エスロワ』のビビットは、私が気狂いを演じていた約二年の間、何が気に入らないのかアリスへの憎しみを募らせ、いじめ続けた。そしてアリスが剣聖となると、自分の役割を奪われたことに怒りを爆発させていた。
このパーティーでは猫を被り、妹を案じる姉を演じていたけれど、その後今の私と同じように、同じ場所にルイスに呼び出されていたのだった。
『――お前のせいだ、何もかも! 何が剣聖の定め、この国と連合国の平和? ふざけるな! アリスと母上を失うなんてことになってみろ、お前と刺し違えて僕も死んでやる!』
ルイスが『エスロワ』でビビットに吐いていたセリフだ。……同じ展開になるかもしれない。でも
――『エスロワ』と今の状況とでは、決定的に違う点がある。
『お前のせいよ、尻軽女! あんな小娘が選ばれるなんて! 陛下に目をつける前にさっさとくたばればよかったのに、この疫病神が! 責任取りなさいよ! この私が話しているのに、いつまでも寝っ転がってるなんて何様のつもり!?』
『も、申し訳、申し訳ありません! 申し訳、ありま、うっ』
『エスロワ』では、剣聖となったアリスが三日間眠り続けている間にビビットは、アリスへの怒りと責任の全てをアリスの母である夫人に押し付け、責め立てたのだ。そのせいで、病床の夫人はついに倒れてしまう。
『お姉様……お母様が、』
『よかったわねえ、アリス。お前みたいな貴族の恥晒しが、王女の地位だけでなく剣聖の栄誉まで手にするなんて。大陸中の誰もが、なんにも出来やしないお前に期待しているわ。……あは、なにその顔。馬鹿にしているの? お前が手にした何もかもが、不出来なお前には過ぎた称号だって言ってるのよ!!』
さらにビビットは、誓いの儀式を終えて疲れ果てて帰ってきたアリスをも言葉責めした。そのせいでアリスは己に課された使命の重圧と、夫人が倒れたというショックに耐えきれず、パーティーの時間まで泣きながら部屋に閉じ籠ってしまう。
『ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……』
けれど今の私は夫人とは顔合わせの日以来会っていないし、アリスにも昨日、会うことは出来なかったけれど謝ることは出来たのに。『エスロワ』同様ルイスに呼び出されてしまった。
「どうして……」
アリスを連れ出してしまった件だけを話すなら、わざわざパーティーの最中に主役私を呼び出したりするだろうか? そう考えて、ハッとした。
『教えるわけがないだろう、この気狂いが! よくもアリスを、母上を――』
私が剣聖になって目覚めた後、ルイスは確か最後に『母上』と、そう言っていた。
――まさか、夫人は今……!
『エスロワ』のシナリオ通りの最悪を想像した私は、全身に鳥肌が立つのを感じながらパーティー会場を急ぎ抜け出したのだった。




