14 アリスのお願い
大聖堂を出て転移門まで歩いて行くと、使用人が待っていた。私は彼と共に転移門前でハルジオンの王都へと帰還し、城の馬車へ乗り込む。
星空が街を照らす窓の外を眺める。すっかり遅くなってしまった。夕食の時間に間に合うかは微妙なところだ。あの子達は先に食べているかもしれない。そう考えた矢先に、城を出る前にルイスに言われたことを思い出した。
『――絶対に、許さないからな!!』
口の中が瞬時に乾き、焦燥感に思わず地団駄を踏む。夕食どころではない。一刻も早く二人と話を……それより前に、謝らなければ!
私は馬車が止まった瞬間、自分で扉を開けて飛び出した。急げばまだ夕食に間に合う。通路をショートカットして大食堂へと向かうも、そこにアリスとルイスの姿はなかった。
「ーーっ」
唇を噛みながら踵を返し、再び城内を駆ける。アリスとルイスは今、どうしているのか。
私が剣聖になったことはシナリオに反しているけれど、この時期に私がルイスに憎悪を向けられるというのは『エスロワ』と同じだ。どう考えても、嫌な予感しかしない。
私は動悸がする胸に片手を押しつけながら、アリスの部屋の前で足を止めた。
ノックをしてみるも、中から反応はない。近くの兵士に視線を向けると、彼は静かに首を横に振った。
「アリス様は、誰ともお会いしたくないとおっしゃられて、本日はずっとお部屋の中に」
「……そう」
声が震えた。私のせいだ。私が、アリスをあんな目に遭わせたから。
アリスに直接会って、謝らなければならない。
私は再び扉をノックをしながら、アリスに向かって必死に呼び掛ける。
「アリス、ごめんなさい……! 私のせいで貴方を怖がらせてしまって。あんな思いをさせるつもりはなかったの、本当よ。お願い……少しでいいから姿を見せて欲しいの!」
すると、扉の向こう側から微かにすすり上げるような音が聞こえた。
「っお姉様……?」
「アリス……! そうよ、今教会から戻ったの。謝るのが遅くなって本当にごめんなさい。怖かったでしょう」
急いで言うと「ひぅっ」とアリスの泣き出すような声が聞こえ、私は扉にすがりつく。
「っ本当にごめんなさい! 私、どうしても直接貴方に謝りたいの。だから扉を」
「っ違うのです……!」
開けて、と言う前に、アリスの涙声が私の言葉を遮った。
「お、お姉様が私に謝ることなど、ひっく、何もありませんっ! あんなことが起きるだなんて、誰も想像できるはずがないのですから……! ただ私は、私は……っ」
しゃくりあげながら話すアリスの言葉一つ一つが、針のように胸にちくちくと刺さる。だって私は、全部分かっていてあの場にアリスを連れ出した。アリスが傷つくと知りながら、少しでも被害を減らすことができればと思って。
あの時私は、アリスの心の負担よりも、エドガーと青髪の少年の安全を優先した。
それなのに結果、二人に『エスロワ』同様傷を負わせたどころか、剣聖にならなかったアリスの心をも傷つけてしまった。全て私の責任だ。世界を守るだなんて王子たちの前で意気込む前に、私は何より大切なアリスを傷つけた……。
「ごめんなさい。ごめんなさい、アリス」
私にできるのはこうして平謝りすることだけだ。悔やんでも悔やみきれない。どうして、いつもこうなのだろう。
「っお姉様……一つ、お願いがあるのです」
扉の前でうなだれていると、再びアリスの弱弱しい声が聞こえてきた。
「……ええ。何でも言って」
どんな罰も報いも受け入れる。それでアリスの心の傷や怒りが少しでも収まるのなら。
「お姉様が剣聖の任務に就くのは、明後日からだと伺いました。明日がお姉様が城で過ごす、最後の夜なのだと。ですからお姉様。明日の夜は、私と一緒に過ごしていただけないでしょうか……っ?」
「……えっ?」
予想だにしなかった内容に、私は思わず耳を疑った。
「ええと、アリスはそれでいいの……?」
もう二度と姿を見せないで欲しいとか、名前を呼ばれるのも汚らわしいからやめて欲しいとかではなくて?
「っはい。お姉様が、お許しくださるのでしたら」
許してって、それは私のセリフなのに。
あんな怖い目に遭わせられた私と一緒に居たいだなんて、本当にアリスは善の塊なのだとまた痛感させられた。彼女の発想は、いつも私の想像の外側にある気がする。
「貴方がそれでいいなら、明日パーティーの後で一緒に居ましょうか……?」
「っ本当ですか? ひくっ、ありがとう、ございますっ」
恐る恐る提案すると、心なしかわずかに弾んだ声が返ってきた。謝罪を受け入れてもらえるかは分からないけれど、明日には会えるのだからその時また謝ろう。
「アリス。私、夕食は外でいただいて来たの。貴方も何か食べた方がいいと思うわ。……おやすみなさい」
夕食の場で鉢合わせないように嘘をつき、私は扉の前から立ち去った。
その後すぐにルイスの部屋にも向かったけれど、控えていた兵士に「ルイス様に、ビビット様を絶対に近づけさせるなと命じられております」と止められてしまった。
面会謝絶。残念だけれど、これが普通の反応だろう。明日のパーティーにはルイスも出席するはずだからそこで謝ると決め、私は落ち着かない気持ちのまま眠る支度を始めた。
――本当は、明日はルイスと関わりたくなかったのだけれど。
私が剣聖になってしまった以上、これからどうなっていくのか全く分からなくなってしまった今、とにかく一つ一つのことにぶつかっていくしかない。
私は胸に不安を抱えたまま、眠りについたのだった。




