表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第2章開始】悪役王女に世界を救えるはずがない!  作者: 如月結乃
第一章 伝説の始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/38

12 悪役王女に世界を救えるはずがない!

「――お前さあ、さっきのアレ、何だったんだ?」


 黒髪の王子は琥珀色の瞳に呆気にとられた私の顔を映して、挑発的に言い放った。


「いきなり、何を――」


「さっきの儀式。あの長ったらしいだけの文言に、何の効力もないのは知ってるよな。魔法が効かないお前はともかく、オレたち三人にも何の縛りもない。これから死霊と、人類存続をかけてたった四人で闘うってのに、おかしいだろ? 剣聖」


 当惑しながらも声を絞り出すも、容赦なく遮られる。責め立てるように言葉を並べた彼の表情は読めない。


 彼の言う通り、さっきの儀式には何の魔法もかけられていない。たとえ誰かが誓いを破って裏切ったとしても何も起きないし、気づけるような仕掛けもない。それはきっと


「それは……もし誓いの魔法で縛りをかけたせいで、三人のうち誰かを失うことにでもなったら、連合国にとって大きな損失になるから」

「ふーん、それは分かってんだな」


 黒髪の王子は意外そうな顔をし、鼻と鼻がくっつきそうになるほど顔を近づけてきたかと思うと、ぞっとするほど真剣な眼差しで私を射抜くように見た。



「じゃあ、お前のさっきの誓いの言葉。なんであれが嘘なんだ?」



 そう言われた瞬間。


 私は思い出した。彼は、()()が持っている能力は、”伝説の才”だけじゃない。だって彼らは


「その様子じゃ、知ってるみたいだな。オレが()()()()だってこと」


 四つの国の王族の中に、数百年に一度生まれるという”先祖返り”。


 私たちの先祖であるアーサー王と三人の賢者たちが、才と魔力とは別に有していた能力――第六感ともいえる潜在的な力を持つ王族の呼び名だ。


 ここにいる王子達は皆伝説の才に目覚めた上、全員が先祖返りという歴史上類のない最強の賢者だと、『エスロワ』でも語られていたのに!


  彼の先祖返りの能力は確か……


 ハッと琥珀色の瞳を凝視すると、彼は真顔でコクリと小さく頷いた。


「オレに、嘘は通じない。生まれた時からこの鼻が、どんな嘘も嗅ぎ分けちまうからな」


 そうだ。そうだった。私は神父の前で、誓いの場で平然と嘘をついた。『エスロワ』のシナリオをなぞることだけに気を取られて、彼の能力のことなど頭になかった。


 彼の性格を考えたら、アリスと違ってなるべくして剣聖となった私が正義に反することを許すはずがない。よく考えれば、分かることだったのに……!


 またしても自分がシナリオに翻弄された悔しさに歯噛みしていると、黒髪の王子に隙をつかれ片足を払われた。バランスを崩した私は床に倒れ込む。咄嗟に受け身を取るも、王子が逃げ場をなくすように覆いかぶさり、顔の横に両手をついてきた。


「剣聖、伝説の勇者、幼くして剣豪の名を欲しいままにした剣の天才……どんな奴かと思ったら、ふざけるなよ」


 吐き捨てるように言う彼の目には、怒りと失望の色が混じっていた。抜けようと思えば彼の下からは出られる。けれど、彼に嘘を語った私にはその選択は許されない。


「いいか、よく聞け剣聖。オレは(いにしえ)の竜の呪いなんかで、大事な民を死なせる気はねえ。一人もだ。けどよ、オレがいくら必死になったところで肝心のお前がそれじゃあ意味がねえんだ」


 彼はそこで言葉を切り、さも悔しそうな顔をして言った。


「――死霊を倒せるのは、この世界でお前ひとりだけなんだからな」


 その言葉に、私は自分の背中にどすんと重い荷が圧し掛かったような気がした。


 ……そう。死霊を倒すことができるのは剣聖だけ。


 聖剣だけが、この世で唯一死霊を浄化することができ、剣聖の才に目覚めた者だけが聖剣を振るうことができる。傀儡である死霊の魂を、古の竜の呪いから解放することが可能なのは、私だけ。


 けれどそれは、アリスの役目だ。私はアリスを補佐しながら、あの子に襲い掛かる悲劇を裏から討ち消す影になろうと決意したのだ。


 ――これは何かの間違いだから、私にそんなことを言われても困るわ。


 そう言いたい。……けれど言えない。


 彼の私を責める瞳の中に、僅かに苦痛の色が見える気がして。


 なら、私は彼に何を言えばいい? 私は何を言える? 今ここでまた正義を語っても、彼には嗅ぎ分けられてしまう。アリス一人さえ守り切れるか分からない私に、世界を守ることなんてできるはずがないのだから。


 ――ただでさえ『エスロワ』のシナリオがおかしくなっている今、この場で私が言えることなんてあるわけないじゃない!


 そう叫びたくなった瞬間。私は『エスロワ』での、アリスと彼の会話を思い出した。


 彼は、分家の子であるにも関わらず剣聖としていきなり世界の命運を背負わされたアリスに、今日この場で言ったのだ。


『先のことは、今は考えなくたっていい。けど、もしお前に戦場に立つ覚悟があるなら、オレがお前を支えてやる。何度失敗したって、負けそうになったっていい。オレがついている限り、勝ち続けるのはオレたちだ』


 三人の王子のどのルートを選んでも、彼は剣聖となった現状についていけないアリスを、明るく笑って慰めていた。その言葉に勇気づけられたアリスは、剣聖として歩んでいくことを決意していたのだった。


 私はこんな時でも、アリスのようにはなれない。あの子と私は、本質から違いすぎている。けれど今の私をアリスが見たらどう思うだろう。アリスは、剣聖になんてなってしまった私に、これから何を望んでくれるのか。


 私には、想像することしかできない。


 けれどきっと、必ず、彼女が望む先に光があるはずだ。私はそれを信じると決めて、今日この日まで生きてた。


 シナリオが覆ること自体は、本当なら望ましいことだ。守る対象がアリスから、連合国全ての民になっただけ……


 そうだ。アリスが背負うはずだったものを、私が肩代わりできるのだと考れば! むしろこの現状は、私にとって本望なのかもしれない。


 アリスはきっと、私が平和をもたらした世界で笑ってくれるはず。そのための道を、きっと応援してくれるだろう。それに、私のせいで死んでしまった母様たちへの贖罪のために、できることなら誰一人傷つけたくはない。


 ……大丈夫。私には悪役としての元々の剣の才能と、望まずして手に入れた剣聖の才。


 ――そして何より、アリスがついてくれている。


「私だって、誰一人死なせたりなんかない。救ってみせる、絶対に……!」


 ――きっとできる。叶えてみせる。いや、叶えなければ、アリスの幸せを守ることは、もうできないのだから。


「ふーん、本心みたいだな。じゃあ聞くけど、お前は自分の命と民の命、どっちかを選ばなきゃならない窮地に追い込まれたとして、どうする?」


 あらかじめ用意していたように疑問を投げかけてきた王子に、私は椅子を蹴飛ばしたときの彼のような不敵な笑みを作る。


「両方、救うに決まってるじゃない。だって、私は剣聖だもの。自分が死ぬことも、民を死なせることも万が一にもあり得ない。あたり前でしょう。いつまでもくだらないことを言ってないで、分かったらさっさと退いてちょうだい」


 思わずいつもの調子で返してしまったけれど、もういい。こっち(演技)の方が悪役の外見には合っているだろうし、今後彼らと仲良くできるとは到底思えないもの。


 瞳を丸くした黒髪の王子がどくのを待って、立ち上がった私はその場に仁王立ちになって腕を組んだ。


 アリス。今貴方はどうしているの? 怖い思いをさせただけでなく、貴方の見えないところでも格好悪い義姉でごめんなさい。


 けれど私はもう迷わないと決めた。貴方のおかげよ。私を望んでくれた貴方の幸せのためなら、なんだってできるから。


「――私はビビット・フォン・ハーティエ。聖剣に選ばれたからには、世界を何が何でも救ってみせるわ。これから毎日顔を合わせるのだから、貴方達も順に名乗りなさい」


 そう。世界だって、きっとこの手で救ってみせる。


 私は今度こそ王子達と対話するために、彼らを強い眼差しで見回したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ