11 誓いの儀式
「では、儀式を終えられた後にまたお迎えに参ります」
使用人頭は私をスターチス王国の教会まで案内すると、転移門をくぐりハルジオンの城へと帰っていった。
――”転移門”。
四つの連合国の都市を中心に要所に設置されているこの門は、使用者を心の中で指定した別の門まで転移させる。遥か昔に才を持つ者によって作られたそうで、呪われた時代にのみ、”剣聖と三賢者”及びその関係者だけが使用を許されている。連合国各地に突如として出現する死霊に、人類が勝利するための重要な要だ。
そして目前にそびえ立つは、スターチス王国が誇る大聖堂。ここもまた、剣聖と三賢者の拠点の一つとして代々使用されてきた、限られた者しか入ることを許されない神聖な場所で……。
悪役の私が、こんな場所にまで来ていいはずがないのに。
扉の前で立ち尽くしていると、いきなり背中にドスンと何かがぶつかってきた。振り返ってみれば、銀髪の少年が頭を押さえてよろけていた。
「ぼさっと突っ立ってるなよ。邪魔」
乱れた髪を手で払いのけた少年の顔は、ハッとするほどに整っていた。少年は美しい碧眼で私を睨むと、教会の扉を開けてさっさと中へと入っていく。
私は城の外には出たことがないし、保身のために姿絵なども一切出回っていない。だからハルジオンの民は勿論、外国に私の外見を知る者は今までいなかったし、私も外の人間を知らない。
けれど私は彼を、彼らを知っている。――攻略対象である、三人の王子たちを。ここまで来てしまったのだから、その姿を見るまでは帰ることは許されないだろう。
――ここで間違いが発覚して、『エスロワ』のシナリオが元に戻ることを祈ろう。
そう決心して大聖堂の扉を開くと、広大な部屋の最奥。見事なステンドグラスの前には、既に三人の王子と神父と思わしき高齢の男性が立っていた。どうやら私が最後らしい。
小走りで横並びに立っている王子たちの元へ行き、不自然に空いている空間の前で立ち止まる。すると、斜め前にいた金髪の少年が振り返った。
「初めまして、だね。剣聖サマ。ここが君の場所だよ」
どうぞ、と言うように金髪の麗しい少年は右手で隣に立つよう促し、金色の瞳と甘いマスクに微笑みを浮かべた。
「ええ……ありがとう」
促されるままに王子たちの中央――神父の目の前に立つ。素早く王子たちに視線を走らせると、さすがの美貌に目眩がしそうになり、慌てて前へと向き直った。
「――剣聖、ビビット・フォン・ハーティエよ。聖なる剣を持て」
神父が厳かに声を震わせるのを見て、『エスロワ』にも全く同じ場面があったことを今更になって思い出す。ここに来る前、使用人頭が儀式の段取りについて色々と説明していたけれど、気がかりなことがありすぎて何も頭に入らなかったのだ。
私は初めてゲームの記憶に感謝しながら、腰に携えた聖剣を両手に持ち、神父の前に差し出すように掲げた。
神父が、再び声を震わせる。
「三人の選ばれし賢者たちよ。己が使命を受け入れる覚悟をここに示せ」
神父が言い終わるのと同時に、王子たちが一斉にその場に跪いた。
神父が目を向けてきたのを合図に、聖剣を鞘から抜き、王子たちの前に立つ。無防備な彼らの首横に剣先を向け、夢に見るまで読んだ『エスロワ』のアリスのセリフを頭に思い浮かべる。
「――汝、如何なるときも四国の平和のため、そして我が宿願を果たすため、その力を惜しまんと誓うか」
「誓う」
「誓うさ」
「誓うよ」
王子たちがそれぞれ私の文言に応えると、神父は目を閉じて深く頷き、瞳の奥まで見透かすような目で私を見つめてきた。
「剣聖、ビビット・フォン・ハーティエよ。アーサー王の意思を継ぐ者よ。汝、その命を己の宿願のため惜しまんと誓うか」
「誓います」
誓えるわけ、ないじゃない。
そう思いながらも、私は記憶通りに神父の前で跪き、今度は聖剣の剣先を横から自分の首に向けて応えた。
すると神父は天を仰ぐように両手を掲げ、教会の天井に向かって大きく息を吸った。
「今ここに、剣聖と三人の賢者の誓いは刻まれたり。悪しき死霊を浄化せし、新たなる伝説の始まりを宣言する」
高らかに告げられた『エスロワ』と一言一句違わぬ言葉を最後に、誓いの儀式は終了。別室に案内され、数百年前の呪われた時代にも結び直されたという連合国の平和同盟の盟約書に、王子たちと共にサインを書かされた。
続いて神父は、大聖堂の3階にあるという会議室へと私たちを案内し、これからの段取りを決めるようにと言って姿を消した。
閉じられた扉を見つめながら、私は小さく吐息する。
また、こういう展開。何もかもについていけてないというのに、どうして不慣れな私が仕切らなければいけないのか。
でも、今回ばかりは頑張る理由なんてない。だってこれは、今起きているのは絶対に何かの間違いで、私は剣聖なんかじゃないもの。
仕切ったりなんかしない。絶対に!
固く決意した私は、大きな円卓と椅子を前に立ったままの王子たちを挑むような目で見回した。すると、黒髪の中に猫のような耳が生えた王子と目が合う。彼は瞳を一瞬きらりと光らせ、片方の口の端を上げてニッと笑ってみせた。
すると彼はその長い脚で、傍にあった木の椅子を思いっきり蹴り飛ばした。
――バキバキバキッ!!
猛烈な勢いで壁に激突した椅子は、見るも無残に砕け散り、あっという間に木屑と化した。
唖然と椅子だったものを見つめていると、木の粉の奥から笑みを浮かべたままの彼がズンズンとこちらに歩み寄って来るのが見えた。その迫力に思わず後ずさり、背中が壁にぶつかったかと思うと、彼の手が素早く私に向かって伸びてくる。
バンッ! と室内に乾いた音が響き、顔の横の壁に手を突かれた私は、不敵に微笑む彼の顔を凝視する。
いきなり、どうしたというのか。『エスロワ』では、剣聖となったアリスには彼はこんなこと、
「――お前さあ、さっきのアレ、何だったんだ?」
黒髪の王子は、その琥珀色の瞳に呆気にとられた私の顔を映し、挑発的に言い放ったのだった。




