プロローグ 黄金の輝き
――考えるよりも、体が動き出す方が早かった。
「駄目――――!!!!!」
王女は今まさに命の灯が消える寸前だった少年と、炎を操る死霊の間に体を滑り込ませ、決死の覚悟で瞳を閉じた。
「うわああああああああっ!!」
背後からの叫び声に目を開くと、視界が黒で埋め尽くされていた。
王女が目を凝らすと、どす黒い液体が真下から噴き出している。黒い飛沫の隙間から、縦に割れた死霊の頭部が。その内側から、一筋の光がこちらに向かって伸びているのが微かに見えた。
それが光ではなく金色の何かだと分かり、元を目で辿ると、焼き尽くされると思っていた右手が無傷で生えていた。黒く汚れていくばかりで痛みもないが、何も持っていなかったはずの手の中に何かある。
――そう思った時だった。
頭部が割れ、動きを止めていた死霊が、耳をつんざくような絶叫を上げたのは。
凄まじい音圧が辺りを蹂躙し、目の前に立つ王女の耳朶を容赦なく打つ。酷い耳鳴りに、耳の奥から血が吹き出す感覚。消し飛びそうになる意識を保つことだけに気力を集中させる。
どれくらい経った頃か。
叫び声は小さな呻きに変わり、かろうじて意識を保った王女の目の前には、地面に膝をつき頭を垂れた人型の炭のような塊があった。割れた頭部から吹き出していた黒い飛沫は止まっている。
すると、瞬く間にその全身に細かい亀裂が入り、背中の真ん中あたりから一つ一つ小さな欠片が剥がれていき、浮かび上がっては消えていく。そんな姿になってもなお、死霊は弱々しくも叫び続けている。
一体、こんな体のどこから声を発しているのか。
まるで己の体に自ら止めを刺しているようだと、王女は傾いていく視界の中でぼんやりと思う。
視線の先。だらりと下がった腕から伸びた黄金。
それは黒い雨に晒されても汚れることを知らず、絶望を歌うような断末魔の中でも輝きを絶やさずにいた。
――王女の掌の中には、一振りの長剣が固く握られていた。
少しずつ地面が近づいてくるのを肌で感じながら、王女はその黄金の輝きをただ、美しいと思った。